第26話
部屋の大きなベッドに寝そべり、コロリと寝返りを打つと大きな窓からは満点の星空が見える。反対側に転がると、絹糸のような黒髪がサラリと広がっている。
やっぱり、
離れている間に、燁の身長は随分伸びた。当時と比べると二〇センチ近く伸びているはずだ。この度、蒼に会えることになったときには、同じくらいの身長になれたはず!と期待していたのだけれど、そうは問屋が卸してくれなかった。
全然縮んでないじゃん……
久しぶりに会った蒼は、やっぱり目線が少し上にあった。
ちぇ……
年齢は一つしか変わらないはずなのに、燁と蒼の成長には大きな違いがある。『その分身軽に動けるんだからいいだろ』と
リーチが違うんだよ、リーチが
蒼の背中に自分の腕を添わせて長さを比べてみると、当たり前だけれど蒼のほうが腕が長い。ついでに足も長い。
む〜っと膨れていると目の間の背中がゴソッと動いたので、燁はビクッと体をすくめる。
「眠れないのか?」
コロンと寝返りを打った蒼は、少しだけ眠そうな表情で微笑む。黒い瞳が星のように瞬いて、吸い込まれてしまいそうだ。
「眠れなくはない」
でも、まだ寝たくない気分。
蒼はクスッと笑うと少しだけ体を起こして燁を抱き寄せる。
口に出したわけではないけれど、蒼には燁の声が聞こえたのだろう。昔からそうだった。蒼には燁の心の声が聞こえることがある。それはまた、燁も同じだった。燁にも蒼の声にならない声が聞こえることがある。
小さい子どもを寝かしつけるように、一定のリズムで背中をトントンされるとふわっと眠りの波がやってくる。
そのリズムも手の温もりも優しい声もあの頃と変わらない。
「……なんか、久しぶりに眠い」
「そうか……」
燁は一人で暮らしている間には感じなかった猛烈な眠気を感じて小さくあくびをする。そんなつもりはなかったけれど、一人で暮らしているときは、緊張をしていたのかもしれない。
いや、違うな……
蒼がいなかったから、眠れなかったのかもしれない。気付いたらいつも隣にあった温もり。それを手放したのは自分たちの選択だったし、決して後悔はしていないけれど、でも……やっぱり必要だった。
幼い子どもだった自分たち。巴や藍や
蒼がいたから。
燁がいたから。
互いが互いに依存しているのは、薄々感じていた。それがあんまり良い傾向でないこともわかっていた。だから、別々の道を進むことを選んだんだ。
もしかしたら、あの頃とは違うのかもしれない。久しぶりに会ったら、全然別人みたいに変わっているのかもしれない。
そんなふうに、ちょっとだけ不安にも思ったけれど、会ってみたら吹っ飛んだ。
見た目は、ちょっと変わった。身長も伸びているし髪型だって変わってた。おまけに眼鏡までかけるようになってたし。
でも、変わらずに綺麗な顔だったし、燁に向ける笑顔や声や口調や態度や温もり……そんなものは変わってない。
隣にいてくれるのも変わらない。
「蒼……?」
「ん?何だ?」
蒼の手は、燁の髪を梳くように撫でる。
「会えて、嬉しい……」
すぅーっと消えるように呟いて、燁は静かに寝息を立て始める。蒼はその肩に上掛けをかけてやりながら小さく呟く。
「オレもだよ……」
おやすみと耳元で囁いて、蒼も布団に潜る。
今夜は眠れそうだ……
燁の寝息に耳を傾けているうちに、蒼もいつの間にか眠ってしまっていた。
こんな子どもに何ができる?
初めて見たときの印象は、それだった。自分よりも幼い子ども。年長の青年に絡まるようにじゃれついているのが目についた。こちらに気付いたのだろうか。ふと彼の動きが止まり、大きな赤い瞳がこちらを見つめてくる。
本物を見たことはないけれど、紅玉はこんなふうに輝いているのかもしれない。
蒼の隣に立つ
「おかえり!きょうはどこにいってたんだ?」
おっと……と小さく声をこぼしながら抱きとめた巴は、笑顔のまま彼の真紅の髪を撫でた。
「ただいま。今日は新しい仲間を迎えに行ってきたんだよ」
「あたらしい……なかま?」
きょとんとした表情で小首を傾げる赤髪の彼は、そう言われてようやく巴の斜め後方に立っている蒼に気付いたようだった。
……なんか、失礼だな……
思わずそんなふうに思ってしまうほど不躾に、上から下まで舐めるように見られて、蒼は少し眉根を寄せる。そんな蒼に気付いたのか、巴は少し苦笑して彼に言う。
「ごあいさつ、できるよね?燁?」
紅玉の瞳と真紅の髪を持つこの失礼な少年はヨウと言うらしい。
燁は、一瞬ハッとした表情を浮かべるとすぐに笑顔を蒼へと向けた。
「はじめまして。オレ、燁・ライファ!きみのなまえは?」
「……蒼……蒼・スタンツ」
「あおい?カッコいいなまえ!そらのいろのなまえだ!」
そう言って差し出された小さな手を、蒼は反射的に握り返した。小さい……けれど、しっかりとした温かい手。その手の温もりと握る力の強さをきっと蒼は一生忘れることはないと思う。
「よろしくな!」
そして、向けられた眩しいほどに輝く笑顔もきっと忘れない。
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