第24話
海岸線から内陸に向かうにつれ、緩やかに海抜が下がっていき、一番低い場所が島の中心になる。そこには澄んだ水の湧く泉があり、その水は島に暮らす彼らの生活に必要な水でもある。その泉の中心には小さな島があり、石造りの
泉の中心の祠の前に海が立ち、泉を囲む四方に藍たちが立つ。
かつて藍たちが封印した
そもそも自然界に流れている力は、本来人間ごときがどうこうできる代物ではなかった。長い時間の中で、人は自然を畏れ敬い、自然と寄り添って生きてきた。
そうして過ごすうちに、より自然に近く自然の声すら聞くことのできる人たちが生まれた。やがて彼らは、自然と同様に敬われ、信仰の対象となり、同時に忌み嫌う対象にもなった。激しい迫害の結果、力を持つ者は表舞台から姿を消した。国中に散らばり息を潜めて暮らしていた「力を持つ者」を集めたのが
火群は、力を持つ者を保護する機関でもあったのだ。それとともに、強大な力を悪用されるのを防ぐ機関でもあった。
その力を国のために使う限り、火群にいる限り、その身元を保証し保護する。それが火群だった。
でも、時代が変わり火群の力を必要なくなった。これから先の未来は、人々が自分たちの力で切り拓いていくんだ。……そう思って、
キラキラと輝く光が、火群の再開を喜んでいるかのようだった。
「始めるよーー!」
思考の海に沈みかけていた藍は、
……集中、しないとな
一度大きく息を吐くと、姿勢を正して泉の中央の祠を見据える。
ふわりと体が浮くような感覚。目を閉じると、体の中にある軸をエネルギーが通って上がっていくような、上空の高いところからエネルギーが降りてくるような不思議な感覚が体中をめぐる。
綺麗だ……
海は、泉の中心で
四方を囲む四隊長たちは、光の柱の中にいる。藍は黒、燁は赤、杳は白、蒼は青……そして、海は金色の光の中にいた。輝く光は天に昇り、ひとまとめになって祠へと降り注ぐ。
空に灰色の雲が満ち、稲妻が光り、雷が響く。強い光が瞬いた次の瞬間、雲が晴れ青空が広がった。
……
ふーっと大きく息を吐いた燁は、静かに目を開いて手を握ったり開いたりしてみる。
島に力が満ちているのを感じる。そして、その力は燁自身の中にも満ちていた。
右手の人差指の先に意識を集中させると、ポッと小さな音を立てて炎が踊る。くるくると指で空に円を描くと、動きに合わせて炎が周りやがて小さな火の輪となる。簡単にこんなことができてしまうほどに、島には力が満ちている。ふと目をやると、他の三人の隊長たちも各々力の操作を試しているようだった。
小さな水の城ができていたり、草木で作ったソファにくつろいでいたり、落ちていた小石を輝く玉に変えたりしている。唯一、中央にいた海だけが、大の字になって寝転がり立ち上がることができずにいるようだった。
まぁ……そりゃそうか
火群の隊長クラスと隊員とでは、扱える
体を起こすのに手を貸そうと燁が泉に向かおうとした瞬間。空気がピンっと張り詰めるのを感じる。
「!!」
四軍の隊長たちは思わず身構え、その気配の方……祠の方に目を向けた。
と、海の横の空がぐにゃりと歪み、霧のような光の粒がどこからともなく現れる。それはやがて輪郭を描き、形を成していく。やがてその形に色がつけられると、鮮やかな色で魔法陣の描かれた呪布とその隙間から濃紺の髪が見えた。
「
声を上げて、ザバザバと泉の水をかき分けながら燁は祠へと駆け寄る。その後を追うように藍、杳、蒼も祠へ急ぐ。
頭から被っていた布を肩まで落とし、ふう……と大きく息を吐いて、巴は力なく笑う。起き上がった海は、立ち上がろうとする巴の体を横から支える。
「体力、かなり戻ってきたと思ったんだけどねぇ……」
言葉通り、燁が以前藍の実家で会ったときよりも随分顔色は良くなっている。
「酷いな……」
巴の側に来た蒼が、顔を覗いて眉根を寄せる。
「あはは。面目ないー。これでもかなり良くなったんだよ?」
苦笑いを浮かべる巴を藍は海に変わって支え、ヒョイと横抱きに抱える。
「まぁ、とりあえず。ここじゃナンだ。家に帰ろうぜ」
そう言うと藍は、巴を抱えたまま泉の水面を軽い足取りで歩いていく。
「……水の上歩けるのってずるくない?」
その背を見送りながら呟く燁に、同意するように蒼も頷いた。
一回でいいから歩いてみたい。
頭から
「行くのかい?」
青い瞳の壮年の女性が、真っ直ぐに巴を見つめている。その強い光を帯びた瞳は、藍のものにそっくりだ。西方の血が混じっているという彼女は、この国の人よりも少し顔の彫りが深く、そこには藍の面影がある。
「はい。長い間お世話になりました」
そういう巴に藍の母は、破顔して笑う。
「いいんだよ。気にする必要はないさ。あんたもウチの子みたいなもんだからね」
トリーム家と巴との付き合いは、巴が生まれる前に遡る。藍の母が若い頃出仕していたのが、巴の母の生家だという。
「……あんたは、お嬢さんにほんとに良く似てるよ」
そう言って、巴の頭を撫でる手は温かく、彼女の瞳は巴を超えて別の誰かを見ているようでもあった。
巴自身に母の記憶はほとんどない。巴が物心つくかつかないかの頃に流行り病で亡くなった。覚えているのは、自分と同じべっこうあめのような金色の瞳と優しい歌声くらいだ。それでも、母が自分を愛してくれていたことを周囲の人々から聞かされて育った巴は、母がいないことを寂しいとはあまり思わなかった。
いよいよ光が強くなり、巴の輪郭がぼんやりと滲み始める。
「無茶するんじゃないよ。体に気をつけて。……それから……あの子のこと頼んだよ……」
最後に見えた微笑みは、少しだけ寂しそうに見えた。
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