第18話

 それは、眠りに入る瞬間の感覚と良く似ている。

 いや、実際眠っているから、同じなのかもしれない。

 意識ははっきりしているのに、体はふわふわと浮いているようで、自分が立っているのか寝ているのかも良くわからない。この感覚には覚えがある。

 誰かが夢を渡ってきてる……

 夢渡ゆめわたりという術がある。それは、無意識下でつながる人々の意識を渡って、目的の人の夢に行くことができるという術だ。高度な能力が必要なのはもちろんだけれど、それ以上に元々持っている才能がモノを言う力だ。

 はるかは、閉じていたまぶたをゆっくりと開くと、手を握ったり閉じたりして体の感覚を取り戻す。切れ長の黒い瞳を上下に動かして、自分の立っている位置を安定させる。体の感覚が正常に戻ってきたら、軽く頭を振って意識もはっきりとさせる。肩の辺りで切りそろえた銀色の髪が揺れる。

 よし……大丈夫

 久しぶりの夢の中。意識をしっかりと保っていないと、現実に戻れなくなってしまうこともある。杳自身は経験したことはないが、中途半端な能力者が夢渡を行って、植物状態になってしまったという例は決して少なくない。

 白くもやがかかったような世界で、ふーっと細く長く息を吐くと、杳は気配を感じる一点だけをじっと見つめた。

 ……来る

 突然、濃くなった人の気配。その人の気配は、杳にとって懐かしくて良く知った気配だった。

 一瞬目の前の靄が歪んだかと思うと、それはやがて人の形をとる。

 濃紺の髪に金色の瞳。薄い着物の上に、同系色の羽織を肩からかけている。細い首筋と少し力ない笑みを見て、杳は眉間に皺を寄せた。

「ちょっと痩せ過ぎじゃない?」

 少し非難めいた口調の杳に、苦笑いを返しながら彼……ともえは言う。

「あはは。まぁちょっとね。杳は元気そうだね」

 笑う巴の方に近づいて、杳は彼の頭を撫でた。

「元気よ。元気以外の何者でもないわ」

 頭を撫でる手は、巴が良く知っている温かさと優しさで溢れている。ちょっとつっけんどんなところもあるけれど、基本的に杳は優しい。

「そりゃあ良かった」

 にこにこと微笑む巴に、杳は肩の力が抜けるのを感じた。

 久しぶりに会ったとは思えない距離感だ。五年ぶりとは思えない。本当は、会おうと思えばこうして夢の中で会えたのだけれど、それをしなかったのは、約束があったから。

『きっとまた会える』

 そう言って、別れたあの日があったから。だから、夢を伝って会いに行くことはなかったのだけれど……

「何かあったのね?」

 確認するように聞いてくる杳に、巴は小さく頷く。

「はぁーー」

 巴の肩を掴んだまま、大きく息を吐いて、杳は俯く。

 軍人として巴の下で働く藍はともかく、燁のように今の生活を捨てて、杳はホームに帰ってきてくれるだろうか?そんな疑問が一瞬浮かぶが、杳の言葉でそんな不安は吹き飛んだ。

「……今すぐ……ていうのは、無理よ?三日時間をちょうだい。その間に何とかするから」

 もしかしなくても、仲間たちの中で一番男気があるのは彼女かもしれない。口にしたら怒られるから、本人に言うことはないけれど、きっと他の仲間たちも同じように言うだろう。

「ついでに、金軍きんぐん隊長の杳に頼みたいこともあるんだけど、良い?」

 小首を傾げて可愛く言うと、杳は自分の右手に顔を埋めて肩を落とした。

「……高くつくわよ?」

「ありがとう♪」

 杳の言葉に、巴はにっこりと嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「本当はちゃんと整理して話せればいいんだけど、今回は時間がないから許してね」

 そう言うと巴は、杳の額に自分の額をそっと付ける。

 ーーー!!

 突然流れてくる大量の映像、言葉、音……。一気に流れ込んでくる情報の多さに、杳は目眩めまいを感じて思わず倒れそうになる。

「おっと……」

 巴はぐらりとかしいだ杳の体を、細い腕で抱きとめる。

「ごめんね、今は選べるほど力が戻ってないんだ」

 自分を支えながら済まなそうな表情を浮かべる巴を杳は抱きしめる。

「巴くんが謝ることじゃない。あたしは、大丈夫……」

 実際に体験した巴に比べたら、全然大したことじゃない。情報量が多くて、エネルギー酔いをしてしまっただけだから。

 大丈夫……巴くんには、火群隊長あたしたちがついてる……

 だから、これ以上傷つかないで。

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