第7話
喧騒と熱気。一度宿屋に立ち寄った二人は、食事のために街に出ていた。旅人たちに食事を提供するために夜遅くまで開いている店は多く。街の賑わいはまだまだこれからといった様子だ。キョロキョロと辺りを見回すと、燁の暮らしていた南ノ
「兄ちゃん、これどうだい?」
思わず足を止めて見入ってしまっていた燁に店主が謎のキラキラした石のついた鏡を差し出す。
「これは、かの大将軍の奥方様が愛用されていたという逸話のある鏡なんでい。こいつがあれば、そこらへんの女を落とすなんてちょちょいのちょいだぜ」
ふーんと素直に聞いていた燁の襟首を藍が掴んで引き戻す。
「悪いな店主。こいつぁオレの連れなんだ」
藍が自分のコートにつけられた煤けた腕章を見せる。
「ふん。なんでぇ軍人かい」
「卵だけどな」
一昨日来やがれといったふうに、手でシッシと追い払われって燁は少し苦笑する。この街ではどうやら軍人はあまり歓迎されていないようだ。藍は燁の襟首を掴んだまま、半ば引きずるようにしてと一軒の店へと入った。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声がして、二人は開いている卓に案内される。
「何にする?」
「適当に二人分」
「あいよ!」
慣れた様子の藍に、これまた慣れた様子の給仕が返事をする。
しばらく待って卓上に並んだ料理は、燁がこれまでに目にしてきたものとは少し様子が違った。鉄板の上には、見たことのない熱々の丸い塊が乗っている。箸で持つと今にも崩れそうになり、燁は慌てて出汁につけて口へ放り込む。
「熱っつ!!!」
「そりゃ熱いだろ」
燁の前に座る藍は、苦笑しながら給仕から水の入ったグラスを受け取り燁に差し出す。燁はグラスを受け取ると急いで水を飲み干した。
「あーーっつい!!でも、ウマい!」
口に入れるととろっと溶けて、中から具がホロリと出てきて……何と言うか……
「ウマーーい」
語彙が少なくて申し訳ない。
「そりゃ良かった」
地元に近い地域なので、藍も食べたことがあるけれど確かに旨い。地元ではどちらかというとトロリとしたソースをつけて食べるもう少し硬いタイプのものが主流だ。他にも並ぶ料理を燁はニコニコしながら食べている。その姿は、藍が見知った幼い頃の燁と同じで懐かしさがこみ上げてくる。
「……しかし、でかくなったよなぁ……」
「あん?」
藍の呟きに、燁は口をモグモグさせながら聞き返す。
「昔はこーーんなにちっこかったのに……」
藍は自分の体の横で手を揺らし、このくらいの高さと示す。燁はゴクンと口の中のものを飲み込むと唇を尖らせて言う。
「そんなちっこくねぇよ。こんくらい」
燁は藍の手よりも数センチ上に手を重ねる。
それでも、十分小さい。
そりゃそうか
出会ったばかりの燁は、
昔は肩くらいだった髪を今では長く伸ばして、頭の高い位置で一つにくくっている。燁が動く度にその緋色の髪はサラリと揺れる。
「藍はあんま変わってないよな」
チビリチビリとグラスを傾けながら、気休め程度に料理を摘む藍に燁は言った。
「まぁ……そうかもな」
出会ったときから藍は金髪碧眼のイケメンだったし、話し始めるとちょっと二枚目で、燁にとっては面倒見の良い兄貴分だ。昔より少しは身長が高くなって、筋肉もついてガッチリしているようには見えるが、燁も成長しているので、あまり気にはならない。
「みんな元気かなー?」
思わず漏れた燁の呟きに、藍は小さく笑って答える。
「きっと元気だよ」
そして、きっとまた会える。
「うん。そうだよな」
元気じゃない彼らを燁は想像できない。
きっと元気だし、必ずまた会える。燁はそう信じている。
風もなく、空には雲もない。星の光は、その倍以上の輝きを放つ月によって消されていた。月はまもなく満月になるのだろう。円に近い、けれども少し歪な形をしてた。
『どんなに求めても、この世界は平和になんてならないのかもしれないね……』
その金色の瞳に哀しみの色を滲ませて、彼は言った。
そうかもしれない。けれど、求めなければ、求め続けなければ、何も得ることはできない。そう言ったのも彼だった。
彼……燁を探すように藍に命じた張本人である男は、この旅の先にいる。
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