第5話
「最近は女子生徒も増えてきてるんだなぁ」
足を止め、廊下の窓からグラウンドで訓練を受けている生徒たちを見て
とは言え。燁のクラスは九割男子生徒という偏ったクラス編成となっている。
「トリーム大佐の通っていた頃は女子生徒は少なかったんですか?」
藍のフルネームがそういう名前なんだということを燁は今日初めて知った。
「オレのときは女人禁制とかの時代だから」
ということは、藍は藩校に通っていたということか……
「ていうか。止めようぜ、ソレ」
……止めようぜと言われても
燁は藍の目を見ながら小さく肩を竦める。
クラスの級長だからと担任に藍の校内案内係を命じられた燁は、放課後の学内を藍に見せて回っていた。その際、粗相のないようにと重々言われているのだ。気安い態度を取るわけにもいかない。
大体、オレが藍を知ってるってこと誰も知らないし……
関係を知らない者が見たら、軍の上層部の人間に馴れ馴れしくしているガキンチョにしか見えないだろう。
「……大佐に対して失礼な対応はできませんよ」
その言葉を聞いて、藍はふはっと小さく吹き出す。
「あの燁が、そんな事言うなんてな」
初めて会ったときのことは、今でも思い出すことができる。
出会った頃の燁はまだ幼さが残っていて、外を走り回るのが大好きで、目を離すとすぐにフラフラどこかに行ってしまうような元気な少年だった。何度燁を探しに森の奥まで行ったことか……。崖の下にいたり、高い木の上にいたり、暗い洞窟の中にいたり……肝を冷やしたことも一度や二度ではなかった。
「あの燁がねぇ……」
懐かしそうに目を細めて自分を見る藍の視線がくすぐったくて、燁はプイッと目を逸らす。
迷惑をかけていた自覚はある。森で道に迷ったことも一度や二度ではないし、遊んでいる途中で足を滑らせて崖から落ちそうになったことだってある。でも、どんなときだって、じっとその場で待っていたら、藍は見つけてくれた。だから、どんどん遠くに行けたし、怖いと思うこともほとんどなかった。自分は守られていたんだということに気付いたのは、仲間たちと離れてからだった。
「ライファ!」
それほど大きいわけではないけれど、鋭く、よく響く声で呼ばれ、燁はそちらを向く。年齢の割にしっかりとした体つきの初老の男性。すっかりグレイになってしまった髪は年齢を感じさせるが、肌艶はすこぶるよく、瞳の光は少しも衰えを感じさせない。
「グウィン先生」
燁の通う軍属高等学校の校長は、グウィンと言う。基本的には穏やかだが、現役時代は鬼軍曹だったらしいという噂だ。
近づいて来たグウィンは、燁よりも頭一つ分くらい背が高く、藍と並ばれると何というか……囚われのナンチャラ感がすごい。
「トリーム大佐をご案内しているのか?」
「はい」
答える燁から藍に目を移して、グウィンは言う。
「どうですか、当校は」
「そうですね……」
一度窓の外に目をやった藍は、グウィンを見つめて続ける。
「この規模の学校では、大変良い生徒たちが育っていると思います。皆勉学にも訓練にも積極的な姿勢が見えますし、央都の学校に引けをとらないくらいの実力がついていると思います。先生方も優秀な方が多いようですし、グウィン先生の見る目が素晴らしいんでしょうね」
そう言ってにっこり笑う藍に、どこか人の悪いような笑みをグウィンは返す。
「ありがとうございます。大佐にそのように行ってもらえると、教師一同励みになるでしょう。……して、今回の目的は何でしょうか?」
放課後の校舎内の人の気配は少ない。けれど、どこかひっそりとした声で言うグウィンに、藍は少しだけ背中を汗が伝うのを感じる。
「目的……ですか?」
穏便に、できれば誰にも知らせずに、事を進めることができればいいと思っていたが、そう上手くはいかないようだ。
「目的は、学校の視察です。全国の軍属高等学校を回って、現状を把握するというのが今回のわたしの仕事ですよ」
にっこり浮かべる笑顔は、他人を骨抜きにすると言われるものだけれど、この元軍人の老紳士には通用しないようだ。見透かすような、薄茶の瞳は修羅場をくぐってきた者が持つソレだ。
「視察にライファは関係ないでしょう」
その顔は笑っているけれども、目の奥の光は鋭い。藍はゆっくりと言葉を選びながら話し始める。
「そうですね……視察には彼は関係ないですね。でも……」
どこか不安そうな表情を浮かべる燁に、藍は柔らかく微笑んで見せる。
大丈夫。心配するな。
「私は、彼をずっと探していたんです」
「……探していた……?」
「はい。わたしと彼……燁・ライファは昔なじみで、今回の学校視察は彼を探すためでもあったんです。……もちろん、全国の軍属学校の様子を見て回って上に報告するというのも目的の一つですが……」
藍の話を聞いたグウィンは、ふむ……と呟き、その立派な顎髭を撫でると燁へと視線を移した。
「トリーム大佐とはどれくらい前からの知り合いなんだ?」
「えーと……十年くらい前からです」
解散したのが五年前、出会ったのはそれよりも四、五年ほど前だっただろうか。
「正確に言うなら九年前だな」
口を挟んだ藍に燁は、うんうんと頷いてみせる。
そうだ。出会ってから一年くらいした頃に、戦いが始まったんだった。
離れてしまっても、決して忘れることのない日々。楽しことも苦しことも嬉しことも辛いことも……たくさんたくさん、経験した。
「ここで話すのもなんだ……二人とも校長室に来なさい」
踵を返したグウィンのあとを、燁と藍は慌てて追いかけた。
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