第10話 酷い夢
コバタの荒々しい息遣いが沈黙に混ぜ込まれるが、ハバミはそれを弱々しい 、震えた声色で遮った。
「…俺は今人を殺した…その事実が…それそのものが許せない…」
「
「誰かが俺に触ったら死ぬかもしれないってことだ…こんなんじゃ手術や治療には…使えない…」
「練習すればええんちゃう?」
分けた長い前髪をいじり倒しながら、何でもなさそうにコバタが呟いた。
「………。」
「ボクなんか変なこと喋ったか?
……あ、てかずっと思っとんのやけど手術てどやって慣れとんの?」
「…………えっと」
ハバミはやっと顔を上げた。
「最初、動物解剖するやん?したらそっから生身の人間使うて練習しとんの?」
「それは……たくさん上司の上手い人の手術を見て……」
「おー……」
「ごく簡単な手術から回数を重ねて執刀して……」
思わずはぐらかされるハバミだが、コバタはハバミが憂鬱な気分に戻る暇もないほど、さっさと次の言葉を用意した。
「やっぱそうなんやな〜。せやったら初めての手術でウッカリ〜!て変なとこ切って人殺す医者もおるんとちゃうのん?それと同じなんちゃう?ウッカリ〜!やっちゃいましたん!て感じで」
「……それはそうだけど……それとこれとは違うじゃないか……俺のやったこれは」
カズはその線が数本引かれただけのような顔を満足げに、人懐こそうに更ににこにことさせる。
「ヨウ〜、わかっとんのやったらあんま思い込む必要ないやん!なんで他人は許すのにジブンは許せないん?」
「……はあ……。」
「多分周りも同じ目できみのこと見とるで、他人っちゅーんはな、自分に何かされとらんかったら割と
「……。」
「その証拠に今言われたこと、ボクは何とも思ってへんで。ほんまに。」
「…………ッ……。」
ハバミは下を向いて、小さく呻く。
それは嗚咽の呻きで、血溜まりに涙が落ちた。
「ボクは、ヨウのこと大好きやからな!!」
と言うや否や、ハバミに飛び付くコバタ。
「あぶっ!!なに、何するんだ……お……俺に触るな!!うっかり殺すかも……」
コバタより一回り体躯の小さなハバミは、撫で回されたことによって、更にくしゃくしゃに丸まって小さくなる。
「存分に触ったるわ!!オラァ!!破裂がなんやねん!!爆発したからなんやねん!!」
コバタはハバミをぎゅうぎゅうと抱き締めて、大事な荷物のように胸へ抱え込んだ。
「わかった……わかったから!」
コバタの馬鹿力によって団子のようにされたハバミが、苦しそうに声を上げる。
「俺の四肢が錆びた
団子を思い切りに締め上げて撫でくりまわしながら、コバタは少しの沈黙を挟んだ。
「……ちょっとそれは言い過ぎたわ、爆発するのは嫌や。でもそれはヨウを避ける理由にはならんやん?」
「……………。」
ハバミは緩んだ腕の隙間から、蛇のごとくぬるりと抜け出す。すぐさま机に置いたゴム手袋を取りに行き、それを整えるフリをしながら呟く。
「……少し楽になったかもしれない……」
コバタはアヒル気味の口角を上げられるだけ上げ、身体を揺らした。
「かまへんかまへん、困った時はお互い様やで。その代わりボクの内臓爆発したらオペってどうにかしてくれや!」
「爆発したら手遅れだと思うけど……」
「ダハハ!どうにかせえ、医者やろうが!」
笑いながらハバミの背をバン!と強く叩く。
陰気そうなタレ目が驚いたことによって丸くなり、ハバミの両脚が一瞬、宙に浮いた。
「ほな、そろそろ行こか。」
「死体と過ごしたくは、ないしな……」
「せやろな、ボクもやー。」
コバタに手のひらで促されて、外れてぶっ飛んだ教室のドアを抜け、外へ出ていくハバミ。
コバタはハバミが廊下を歩いていくのを確認すると、教室を振り返って、一言発した。
「“シュレディンガーの猫”」
瞬間、真っ白だった教室がどす黒く染まる。
壁も床も血によって染められて、どこから現れたかも分からない死体があちこちに転がり血溜まりを作っている。
否、ここは元々こうだったのだろう。
コバタは表情ひとつ変えずにその惨状を眺めている。
「カズ、どうした?」
「……おん!」
ハバミが振り向いて、問いかけた。
コバタはにっと笑うと、音を立てて頭を掻きながら、ハバミの方へ落ち着いた足取りで歩いていく。
「ホラあ、忘れ物とかあったらあかんやん。」
「ああー……しっかりしてるな。」
そのまま廊下を歩いていくコバタとハバミ。
コバタが通り過ぎた場所の幻覚が解け、今までただ綺麗であった白い校舎は赤黒く染まり、その赤い道に死体が転々と現れていく。
一体彼は、親友の安全を確保するためだけに、何十人の生徒を殺したのだろうか。
静まり返った高校棟に、
ふたりのひそひそ話だけが響いていた。
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