第7話 血も涙も
舞台変わって[
通路脇へしゃがみこんで、苺の木を覗き込んでいる、小柄な少女が1人。赤くよく熟れたもののヘタを指で捻り切り、苺を1つ手に取った。
「苺って…カワイイなあ。」
温室のライトへ照らして見てから、苺のヘタの着いていた硬い緑色の出っ張りを唇に押し付けて、歯で齧り取る。それを吐き出すと、もう一度おしりから齧った。
「しかも美味しいし、言う事なし。」
そばかすの散った柔らかそうなほっぺを動かして、美味しそうに苺を平らげる少女。
「カズさんに会いに行きたいけど、既読付かない。何処にいるかわからないよう。」
スカートで覆われ、さらに高デニールのタイツで覆われた太ももを手で探る少女。ホルダーベルトのような所から携帯を取り出して、アプリの通知を確認する。
画面には夥しい量のメッセージが確認できるが、どれにも既読はついていない。
「もしかして、未読無視?ムカッ。」
少女は新しく『未読無視ですか?』『切っちゃおっかな』『死にますよ』と3件のメッセージを立て続けに送ると、携帯を元のようにしまい直した。
「……あっ。」
温室のドアが開く音がする。
少女はナスの木の影に隠れて、手の甲から二の腕までを覆っているアームスリーブを少し捲った。
少女の手首は洗濯板のようにでこぼこで、肉の抉れた
少女はホルダーからカッターを取り出すと、少しの躊躇もなく手首を深く引き裂いた。
ばっくりと裂けた赤い肉に埋まるように生えた、真っ白い骨が覗く。
「……アハハハハ……!」
思わず喉から漏れた笑い声に、先程入ってきた女子生徒が勘づいた。身構えるように足踏みするその姿は、少女の目には
「……誰かいるの!?」
少女の血液は流れ落ちるでも飛沫するでもなく腕へ盛り上がり、ふつふつと沸するように泡を吹いて湧き立って、玉のように纏まって宙へ浮かんだ。
「“
そう少女が呟くと、色の白い手首から有り得ない量の血液が噴き出す。噴水のように飛び散る血液だけが女子生徒の目に映る。
「……きゃあーッ!何ッ!?」
「弱そう。素手でも勝てたかも。」
少女は木の影から身を乗り出した。
「そ、そこね、殺してやる!」
女子生徒は何も無い空間から拳銃を生成し、手に取る。そして、少女目掛けて撃った。
しかし少女はそのまま動かない。
弾丸は少女に掠りもせずに通り過ぎた。
「く……くそっ!」
「銃なんか当たる訳ないですよ。」
少女は腕を前へ突き出し、女子生徒へ向けて人差し指を立てた。
「“
「こオっ」
破裂音が響き、女子生徒の眉間を少女の血液の弾が貫通した。
女子生徒はそのまま地面へ倒れ伏し、深い茶色の土に赤黒い血を染み込ませた。
「命、はかない。」
【
所持異能力「
自他問わず血液を自分の手足のように操ることが出来る。操れるのは一度体外に放出された血液のみ。頑固な血染みもこれで解決。
「“
拳を上へ突き上げた瞬間、周辺を漂っていた血液達が一斉にナエの手首へと戻って行く。
血液が手首の血管を押し拡げているにも関わらず、ナエは全く苦痛でなさそうだった。
「よしよーし。お疲れ様です。」
ナエは女子生徒の死体を覗き込む。そして、
「“
女子生徒の死体から、ある限りの血を絞り出す。うつ伏せに倒れ込んでいる女子生徒は干からびて、体色は濃くなり、体積は2回りほども小さくなった。
「“
彼女のその一声で、血は意志を持って動き出す。ナエの異能力の真骨頂は、これにあった。
「ああー!可愛いっ!素敵。」
ナエはその血液に飛び込むが、血液はその中へ彼女が混ざり込むことを拒否し、クッションのように凹み、跳ね返した。
「最高。触れる血液、最高っ。」
ふと、ホルダーからバイブ音が響いた。
「カズさん!?」
ナエは携帯を取り出し、画面を確認する。
「……誰、こいつ。」
目に飛び込んできたのは、スタンプで『よろしく』と返したきりの会話履歴。
その下に、[今日]『
「誰なのーーッ、こいつッ!!」
ナエは携帯電話を地面へ投げつけた。
宙へ浮かんでいた血液がそれをすんでのところで受け止め、携帯を持って戻ってくる。
ナエは渋々、返信した。
ナエ『誰ですか?』
ナエ『なんで私の連絡先』
ナエ『知ってるんですか?』
マミ『教員科の
ナエ『わかりました』
ナエ『でも動くの怖いし』
ナエ『どこかで会ったらで』
ナエ『良いですか?』
マミ『構いません。では、また。』
ナエ『(またね!と文字が書かれたスタンプ)』
雑談もそこそこに会話を切ると、コバタとの会話履歴を確認する。
既読はついていない。
ナエは舌打ちし、携帯をホルダーへ滑り込ませて虚空を睨み付けた。
「カズさん……もしかして死んでる!?」
ナエは段々、
もし死んでいるなら、あの人の血が欲しい。あの人の血を自分に入れ替えて生きたい。もしくは心中を
「カズさーーーん!!今行きまぁーーーす!!」
ナエは温室から、凍えるような吹雪の外へ飛び出した。
彼女は雪の積もった白い地面へ、点々と小さなローファーの跡を付けながら駆け出していくのだった。
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