誰かの為に出来る限りの魂を【赤城翔太】











『ーーカゲロウって歌は上手いけど、逆にそれが売りで他は特にないよね』


 それは視聴者に言われた一言だった。

 オレと恵果がVTuberとして活動し始めた最初の頃、既存するアニソンやボカロなどのカバーで配信していた。


 まだ最初ということもあって、恵果は作詞作曲には手を出せていない状況の中、オレは歌ってみたの配信だけで盛り上げた。


 だがそんなある日、上記のような一言が目に止まり、ずっと胸のシコリとして残っていた。

 

ーー確かに、歌が無かったらオレにはなにが残るんだろう?


 ギターの腕前もプロには及ばず、あくまで趣味の許容範囲だ。

 歌は周りが評価してくれている以上、上手い部類であることは認められている。


 だが言ってしまえば、それだけだ。

 恵果が居るから雑談も曲も、そしてオレの歌も一つの完成へと向かっていく。


 ただそれがもし、オレ一人だったら?

 そう考えた時、きっとVTuberに限らずオレの人生は無色でつまらないものだと思う。


 だからこそなのかもしれない。

 神代の兄貴が宮田マネージャーを如月先輩から引き離し、且つその所業を打ち砕くという話が出た時に、オレは力になりたいと思った。


 今まではオレたちが後輩の立場だった。

 でも、神代の兄貴やその義妹である涼音が入ってきたことで初めての後輩ができた。


 それからだろうか。

 オレはそんな後輩である涼音の為に、神代の兄貴みたいな人の役に立ちたいと心の底から湧き上がる感情が芽生えたのは。


 オレは神代の兄貴の実家で企画の内容や今後の予定を聞いた際、ゲームが上手い人が誰なのかという質問に対して手を挙げれなかった。


 その時に見えた神代の兄貴の表情。

 別に神代の兄貴は他人を軽蔑するようなことはしない人だというのはわかっている。


 ただそれでも、悔しかった。

 力になれない自分の存在が、なにもできない自分の価値観が。


 だからこそ、神代の兄貴には何も言わず、ひたすらにゲームをし続けた。

 上手くなって、役に立てるように。ただそんな想いの中、一心不乱に……。



『お兄ちゃん、海斗さん来てるよ』



 睡眠時間を削り、ゲームをしていると恵果が楽屋に戻ってきて声をかけてきた。

 するとそこには神代の兄貴の幼馴染で親友である海斗さんの姿があった。


 オレは恵果が思っている以上にバカじゃない。

 きっとオレが睡眠を削ってまでゲームに打ち込んでいることを相談したのだろう。


 じゃなきゃこのタイミングで海斗さんが赴くなんてことは、ありえない。

 故に、海斗さんはオレをゲームから引き離して仕事の手伝いをしてほしいと言ってきた。


『まどろっこしい事はやめましょうよ。これ、本当は一人でも出来る作業内容っスよね』


 正直に言うと、不愉快だった。

 あからさまな行動、遠回しに事情を聞こうとしているのが見え見えだった。


 だからこそオレは圧のある言葉で、海斗さんに言葉を吐き捨てた。


 それから話を聞くと、やはり恵果の相談でなんとかしてほしいとあったそうだ。

 それが無性に歯痒く、ストレスだった。恵果は誰かに頼ることが得意。


 それ同様に、オレにないものをたくさん才能として持っている。

 そんな余計なことを考えるうちに、オレの中で感情が煮えたぎり、気付いたら関係のない海斗さんに向けて爆発していた。


『海斗さんに、オレの気持ちのなにがわかるって言うんスか!!』


『わかるわけないだろ。遠藤さん、そして恵果ちゃんの心配に耳を傾けようともしないテメェの気持ちなんて』


 抑え切れない我慢し続けていたオレの感情に対して、海斗さんは冷たく低い声で返した。

 思わずゾッとしてしまう。神代の兄貴と違ってこの人は、真正面から堂々と吐き捨てる故に言い返すことができないと。


 ただそれは本当に一瞬だった。

 それからは海斗さんに色々と諭され、気付けばオレは膝から崩れ落ちて泣いていた。


 ただ見ているだけの自分。

 なにもできないでいる自分。


 そんなのは嫌で嫌で、なんでもいいから少しでも役に立ちたいと心の本音を泣きじゃくりながら吐き出した。


『だからと言って、一人で抱え込むのはお門違いだろ。遠藤さんも恵果ちゃんも、きっと頼ってほしいと思ってる。けど、男だからわかる。あまり女子女性に頼るのは嫌なんだろ?』


 優しく語り掛けてくる海斗さんの言葉。

 それはオレが頼りたくても頼れない理由や、一人で頑張ってしまうことに対して返した。


 海斗さんは理解してくれたんだ。

 長男として簡単に妹に頼ることをしたくないオレのバカみたいな気持ちを。


 それがやけに嬉しくて、オレは絶え間なく流れる涙を腕で拭った。

 やがて落ち着き、海斗さんは男同士なら本音で語り合えると言った。


 オレはそれに対して返すと、海斗さんなりに背中を押してくれるというものだった。

 だからこそオレは頭を下げて、海斗さんにお願いをした。


ーーそして時は戻る。


 それから楽屋に戻るよう言われて、午後の二回目の配信が始まるということもあり遠藤さんと軽い打ち合わせをして、準備した。


「あの、お兄ちゃん……」


「大丈夫、そしてごめんな」


「ッ!」


 きっと恵果はこんなオレをまだ心配してくれているのだろう。

 小さい声で話しかけてきた為に、オレは必要以上に何も言わず、ただ謝った。


 もちろん遠藤さんにも謝った。

 海斗さんと交わした条件の中で、睡眠はしっかり取ること。

 そして迷惑をかけないこと。


 そんなオレの反応に対して、恵果はふと微笑みながら言った。


「お兄ちゃん、頑張ろうね」


「あぁ」


 距離が離れていた恵果とのわだかまりが、少し埋まったような気がした。

 それからは睡眠を怠ったせいで睡魔に駆られながらも無事に配信は終えて、その日のスケジュールは完遂した。


 遠藤さんはオレに気遣ってくれて、明日は配信休みという形を取ってくれた。

 頭を下げて遠藤さんが部屋を出たあと、時刻にして21時頃。


 恵果は寝る前の入浴時間で、オレは23時に寝ると決めてゲームをしていた。

 するとスマホが振動して、通知を知らせた。オレはゲームを中断して、画面に目を通す。


【夜遅くにすまない、恵果ちゃんから電話番号を聞いてショートメッセージ送らせてもらった。とりあえず俺はゲームに疎いから、助っ人として紹介したい子が居る】


 それは海斗さんからのメールだった。

 助っ人として紹介したいという文章の最後にはその者の電話番号が載せられていた。


 その相手はまだ起きているとのことで、話だけでもしといたほうがいいと書かれており、海斗さんからの返事は無かった。


「なんか、緊張するな……。けど、せっかく海斗さんが勧めてくれたし、かけてみよう」


 下手に怖い人じゃなければいいなと思いながらも、オレは電話番号を入力してかけた。


プルルル……プルルル……、ガチャ。


『あ、もしもし』


「夜遅くにすいません。あの、海斗さんからこの電話番号に掛けるようにって言われて掛けたんですけど……。あっ、赤城翔太って言います」


『あぁ! 貴方が海斗さんの言ってた人ですか。わざわざすいません』


「いえ、こちらこそすいません」


 電話に出た相手の声は低音で、それでいて明るく元気を感じさせるものだった。

 

『俺は天道祐樹って言います。ANIMAL四期生のVTuberをしてるんですよ。それで海斗さんから同じVTuber同士で尚且つ男同士なら、赤城さんもやりやすいんじゃないかって言われたんです』


「あっ、そうなんですね」


『どうやらゲームが上手くなりたいとのことで頼まれたんですけど、俺もそこまで上手くないけど大丈夫ですかね?』


「恥ずかしながら教えてもらえる人が居ないので助かります」


『そう言って貰えると少し気持ちが楽です。あ、ちょっと待ってくださいね。……いや、別に女の子じゃないですよ。うん、男の人……。あの、後で埋め合わせするんで……。はい、本当にすみません小鳩さん』


 電話越しに祐樹さんが誰かに問い詰められているような雰囲気が漂ってくる。

 さっきまでハキハキとしていた喋りが、なぜか物腰低くなっていた。


『電話の最中にすみません』


「いえ、お気になさらず。ちなみに、マネージャーさんですか?」


『えっと、彼女……ですね。痛い!?』


「……日を改めましょうか」


『と、とりあえずメッセージのやり取りでも大丈夫でしょうか? なんかこちらの都合で申し訳ないんですけど……あはは』


 そう言い、電話でのやり取りを終える。

 いや、なにこれ。イチャイチャ見せつけられただけじゃね?


 なんだろ、羨ましいなクソッ。

 結局少し話しただけで、メッセージのやり取りが始まった。


 アクションゲームとシミュレーションゲームが得意とのことで、オレが練習しているスマ○ラを教えてもらうことになった。


 RainのQRコードを教えてもらい追加。

 今日はもう遅いということもあり、明日から通話越しに教えてもらうことになった。


 ちなみになんだが、ほんとオレからすればどうでもいい話ではあるが、先程に彼女さんからつねられた件に関して説明があった。


 なんでも、女の子の日らしい。

 その日に限って構ってあげないと拗ねたり、つねったりしてくるとのこと。


……いや、知らねぇ!!


「はぁ……オレも欲しくなったなぁ」


「えっ、なにが?」


「うおあ!? 出たんなら出たと言えよ!」


「……? 変なの、お兄ちゃん」


 急に掛けられた声に驚き、オレは前のめりに倒れる。

 そんなオレの気持ちも知らずに恵果は無防備にも下着にぶかぶかのTシャツを着ていた。


「な、なに見てるの?」


「なんでもない。ただ、そんな無防備の格好を海斗さんがみたらどう思うかなぁって」


「えっ?」


「バレてないと思ってた? 付き合い始めたんだろ、お前と海斗さん」


「ふえぇ!? な、なんで知ってんの!?」


「そんなのお前の反応見てたらわかるだろ。はああああっ、オレも彼女欲しいなぁ」


 逆にバレてないと思う方がおかしい。

 なんたってオレは誰よりも恵果の側に居た兄貴なんだぜ?


 まぁどうであれ、そんな妹が幸せと感じるなら応援するよ。


 オレも、オレなりに頑張るから。

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