役に立ちたい気持ちの裏側【池上海斗】









 時刻にして17時。

 無事に恵果ちゃんへ想いを伝え、付き合うことになった後。


 恵果ちゃんの言っていた通り、楽屋に顔を出すと翔太くんはゲームをしていた。

 横顔を見るからに目の下には酷い隈と、疲れ切っている雰囲気を感じた。


「お兄ちゃん、海斗さん来てるよ」


「えっ? あ、どうもっス。珍しいですね、なにかあったんですか?」


「あぁ、ちょっと翔太くんに手伝ってもらいたいことがあってな。ゲームしてる最中に悪いんだが少しいいか?」


「……別に、いいっスけど」


 ひとまずやることとして、俺は翔太くんをゲームから逸らさせることにした。

 多少渋々といった形ではあったが、翔太くんは手を止め、ゲームの電源を落とした。


 楽屋にあるソファーで座っている恵果ちゃんに言葉ではなく、小さく首を縦に振ってサインを出す。

 それは少しばかり、翔太くんを借りるというサインだった。


「ふあぁ……。それで、手伝って欲しいというのはなんスか?」


「別に難しいことじゃない、ちょっとパソコンを運ぶの手伝って欲しくてな」


「それぐらいなら大丈夫っスよ。あっ、でも設置とかはわからないっス」


「運んでもらうだけだから大丈夫だ。ゲームするのは構わないが、息抜きも必要だろう?」


「……そっスね」


 二人並んで新品のパソコンがある倉庫へ向かった。

 その道中、眠いのを我慢しているのか何度も欠伸をしている。


 倉庫に着いて俺は台車を取り出して、その上にパソコン本体と周辺機器を載せていき、翔太くんには指差しであれこれを持ってくるようにと指示を出した。


「海斗さん」


「んっ、どうした?」


「まどろっこしい事はやめましょうよ。これ、本当は一人でも出来る作業内容っスよね」


「ッ! なんだ、気付いていたのか」


「あからさまに不自然っスよ。……恵果にオレをなんとかするように言われたんスか?」


 指示した機器を運びながら、翔太くんは全てを見抜いていた。

 

「よく考えれば確かに不自然だな。でも、その通りだ。恵果ちゃんに言われて、翔太くんをゲームから引き離そうとした」


「はぁ……。本当に余計なお節介だ……」


「余計な、お節介?」


「オレはあいつが思ってるよりもバカじゃないんで。ゲームのやりすぎってことも、睡眠が取れていないことも自覚してるんスよ。けど、あいつはいつもオレを子供扱いしてくる……。母親じゃなくて、妹なのに」


「……ッ」


 いつも元気で明るい翔太くんの言葉に、俺はなにか引っかかる。

 考えずともそれは睡眠不足と疲労による思考回路の低下があるとわかる。


 しかし、恵果ちゃんに八つ当たりするような発言はこれまで見たことがないし、らしくない。


「それは恵果ちゃんが妹だから出る言葉か? もし本当の母親だったら、翔太くんは言われても仕方ないと思うのか?」


「そうじゃないっスけど……」


「なら、自分より上も下もないだろう? 恵果ちゃんは翔太くんの妹として然るべき心配を寄せているに過ぎない。そうやって人の心配を蔑ろにするような発言は控えた方がいい」


「……ッ」


 納品リストを見ながら、持ち出す物の確認をしながら言葉で叱る。

 チェックしながら俺はふと、翔太くんに視線を移す。


 すると言われたことによるものだろうか。

 ギリっと歯を噛み締め、どこか不満を抱いているようだった。


「海斗さんも、オレを子供扱いっスか」


「子供扱いもなにも、実際ガキだろ」


「ッ! 確か海斗さんって、神代の兄貴と同じ年齢っスよね。だとしたらオレと二つしか違うのに、そこまで言われる道理はないと思うっス」


「確かに二つ違うだけだな。けど、俺と翔太くんの間にあるその二年は小さいようで大きいもんだよ。ましてや、今の翔太くんを見てると恵果ちゃんが可哀想と思える」


 あえて挑発するように、俺は言った。

 すると翔太くんの身体が小刻みに震え、両拳を握るのが見えた。


「海斗さんに、オレの気持ちのなにがわかるって言うんスか!!」


 倉庫に響く、翔太くんの怒鳴り声。

 幸いにも此処には俺たち以外誰も寄り付かない為に、その怒鳴り声は虚しくも響いただけ。


 疲労している上で叫んだせいか、すぐに息切れを起こす翔太くん。


「わかるわけないだろ。遠藤さん、そして恵果ちゃんの心配に耳を傾けようともしないテメェの気持ちなんて」


「じゃあ、余計な口出ししないでください!!」


「そういうわけにはいかない」


「なんで……!!」


「ーー今の翔太くんは、自分を見失ってるからに決まってるだろ。正直言うと、酷い有様だぞ?」


「ッ!」


 なにもできない自分に対する不満。

 それをなんとかしようとする努力。


 だがそれが足枷になり、結果を出すどころか自分に目を向けれていない。

 まるで、学生時代の俺と裕也みたいだ。目先のことばかり考えるせいで、周りを見ようとせず自分勝手なことばかり。


「宮田の所業については、この会社全体に噂として流れている。だが、それを揉み消すなにかがあるんだろう。だから裕也の奴は宮田のプライドをへし折る企画を練った。翔太くんは、そんな裕也の力に少しでもなりたいんだろ?」


 俺は翔太くんじゃない。

 だから気持ちの全部はわからない。


 それでも、誰かの役に立ちたいから頑張っていることは見ているだけでもわかる。

 普段やらないことをやり出して、妹の恵果ちゃんや遠藤さんの言うことを素直に受け入れられないぐらい集中してることにもなる。


 そんな俺の言葉に、翔太くんは下を俯きながら膝から崩れ落ちた。

 そして啜り泣く声と共に、目からは涙をポロポロと流していた。


「海斗さん、オレ……ただ見てるだけは嫌なんスよ……! 特に如月先輩と深い仲じゃないし、神代の兄貴のことをたくさん知ってるわけじゃないっス……。それでもオレは、一度知った関係の人の力になりたいっス……!!」


 打ち明けられる本当の気持ち。

 翔太くんは優しいから、仲良くしてくれる相手の為に役立ちたいのだろう。


 だが今回の件はゲームがメイン。

 音楽活動に熱を入れメインにしている翔太くんにとっては、あまり縁のないもの。


 それ故に自負に追われ、なんとかするにしてもひたすら練習する他なかった。

 そして更に翔太くんの言葉から知ったことなんだが、遠藤さんに頼らなかったのは、ただでさえいつも迷惑を掛けているのに、これ以上かけられないという気持ちがあったそうだ。


 そして恵果ちゃんも同様。

 音楽以外で妹に頼るのは兄として間違っているかもしれないと思っていたのだ。


「だからと言って、一人で抱え込むのはお門違いだろ。遠藤さんも恵果ちゃんも、きっと頼ってほしいと思ってる。けど、男だからわかる。あまり女子女性に頼るのは嫌なんだろ?」


「そうッスね……ッ」

 

「ははははっ! まぁ確かにそうだろうな、俺でも嫌だわ。恥ずかしいというか情けないというかあまりしたくはないよな。だったらさ、男同士なら別に本音で吐き出し合えるんじゃねえの?」


「えっ?」


「実は一人だけ知り合ってるVTuberをしている男の子がいるんだよ。翔太くんとは一つ違いで、それでもゲームは上手い。そこでだ、俺は背中を押すことしかできないが、もし翔太くんが本気で祐也たちの力になりたいってんなら掛け合ってみてやるがどうする?」


 俺の言葉に、翔太くんは考える。

 別に翔太くんのやることに、“辞めろ”なんてことは言わない。


 本人が望んでやろうとしていることだ。

 それを側から見てるだけの人間が辞めろなんて図々しいことはできない。


 ただし俺は条件を出した。

 それはしっかりと食事をして、睡眠を取って渡に迷惑と心配を掛けないということ。


 もしその条件を守ってくれるというのであれば間違いなく翔太くんの力にはなれる。

 

「オレは、役に立つ為に上手くなりたいっス。でも、神代の兄貴がどう言うか……」


「その点に関しては気にしなくていい。俺の方から翔太くんを推薦しといてやるよ。それでもガタガタ言うようなら、シバくだけだ」


 俺の冗談に、翔太くんは乾いた笑いをする。

 しかしそれから考えたのか、翔太くんは俺に頭を下げてきて決意を示した。


 俺はそんな翔太くんの頭をわしゃわしゃと撫でて、了承した。

 あらかた使用する機材を乗せ終えた俺は、翔太くんに楽屋へ戻るよう言った。


 協力者であるVTuberの子と、祐也に話をするのもあったからだ。

 翔太くんは俺の言葉に頷き、素直に楽屋へと戻っていった。


 俺はスマホを取り出して連絡先を漁る。

 そしてまずは裕也に電話をかける。


 耳につけているBluetoothイヤホンからコールが響き、俺はその状態のまま台車を押して現場へと向かった。


『んあっ、どうした海斗』


「ちょっと話したいことあるんだが、いいか?」


『涼音と旋梨ちゃんが絶賛配信中だが、別室だから大丈夫だ。けど瀬川さんも居るから、なるべく長くはできないぞ』


「いいや、短く話すつもりだから大丈夫だ」


 どうやら配信真っ只中に掛けてしまったらしいが、短くなら大丈夫と裕也は言った。


「宮田と勝負するゲームのジャンル内容、もう決めてあるのか?」


『ちょうどそれらを配信のチェックしながら瀬川さんと打ち合わせしてたところだ。一応ジャンルは音楽ゲーム、パズルゲーム、アクションゲームの三つは決まってる。あと一つのジャンルはまだこれからって感じだな』

 

「なるほどな。ちなみに構成として誰がどのジャンルに配置するかも決めてるか?」


『音楽ゲームは旋梨ちゃんが妥当だな。パズルゲームは八神さん曰く鳴海ちゃんが得意とのことで二人は決まってる』


「旋梨ちゃんと鳴海ちゃんね……。じゃあアクションゲームに翔太くんを推薦したい」


『えっ、翔太くんを?』


「あぁ、そうだ。実はな……」


 俺は翔太くんの現状について話をした。

 裕也の役に立ちたがっていることから、そのせいで自分の生活ペースが疎かになってしまっていることまで。


 翔太くんを推薦したいという俺の言葉に、しばらく悩む裕也だったがーー。


『わかった、頼りにしてると翔太くんに言っといてくれないか? 正直、瀬川さんとも話をしていたが人数に困ってたからな……。それに翔太くんが頑張ってくれてるのに、それを蔑ろにできるはずもないし』


「フッ、そういうと思ったよ。ちなみに企画のスケジュールも決まってるのか?」


『今度の土曜日が企画の決行日だ。その日は学生たちも休みで、視聴者も多くなりそうだな。ちなみに午前の部と午後の部で分ける予定』


 電話越しにスケジュールを組み立てたノートのめくる音が聞こえる。

 午前の部と午後の部に分けて、既に公式トゥイッターでは告知がされているとのこと。


「了解、仕事の最中に悪かったな」


『気にすんなよ。んじゃ、またな』


 俺は裕也との電話を切った。

 ……今度の土曜日、もうすぐじゃねえか。


 そうなるとすぐにでも掛け合わないといけないな。

 俺はもう一度連絡先を漁り、例のVTuberをしている男の子の番号をタップした。


『……あっ、もしもし!』


「久しぶりだな、ーー“祐樹”くん」


 俺が協力を要請した相手は、ミライバとは別の会社でVTuberをしている男の子だった。

 同時にあの日、裕也の実家に向かう時にひったくり事件をきっかけに知り合った。


ーー天道祐樹、アスノテという会社では新人でありながらも、ゲームにおいてはトップの実力を持つ最高の助っ人だった。



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