晴天の空下に実る恋【赤城恵果】





午後13時から三時間のライブが終わった頃、私は楽屋でゲームするお兄ちゃんを見ていた。

 けど裕也さんの実家にお邪魔したその日から、ライブが終わってすぐに今まで興味が無かった色々なジャンルのゲームをするようになった。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「んー? どうした恵果」


「あの、さ……。もしかして、裕也さんの力になれないって気にしたりしてる?」


 それは素朴な疑問だった。

 あの日、ゲームが得意なのは如月先輩と鳴海先輩の二人だけだった。


 でもその時、お兄ちゃんは悔しそうで、どこか悲しそうな雰囲気を感じた。

 きっと裕也さんの力になれないことを気にしてるのかもしれないと思った。


「……オレ、音楽しか取り柄ないからさ。ゲームなんてろくにしたことないし、ましてや知識も浅はかだから、すぐに上手くなれるとは思いもしてない。けど、如月先輩が宮田マネージャーに狙われていることや、それを止めようとする神代の兄貴の力に少しでもなりたいって思ってる」


「うん……」


「神代の兄貴も言ってただろ。残り二人が足りないって。別に選抜されるわけじゃないけど、それでもなにもせずにただ見てるだけなんて、オレはしたくない」


 これまでちょっとした雑談と音楽活動だけで成り上がってきたお兄ちゃんは、不器用ながらもコントローラーを操作しながらそう言う。


 お兄ちゃんは素直で真っ直ぐな性格。

 けどその反面、誰かの為に動くときは自分のことが見えなくなる。


 現にお兄ちゃんはいつものように振る舞っているけれど、目の下には隈ができている。

 基本的に朝の7時半には起きて、その日のライブが終わってゲームの練習。


 いつも寝るのは深夜の1〜2時ぐらい。

 私はそんなお兄ちゃんが頑張りすぎていることに、とても心配だった。


「お兄ちゃんの言いたいこと、わかるよ。でも頑張りすぎはよくないよ……。まだ今日は午後の配信も控えてるんだし、少し寝た方が……」


「ダメだ、まだノルマは達成してない。それに心配しなくても大丈夫、ちゃんと配信に支障が出ないように気をつける」


「別にそういう意味じゃ……」


 なんだか、いつものお兄ちゃんじゃない。

 真剣に画面と向き合い、上手くなろうとする努力は確かに身近で感じる。


 けれど、最近お兄ちゃんの笑う姿は配信以外で見なくなってしまった。

 私たちのマネージャーである遠藤さんもお兄ちゃんの変化に気づいているようで、度々声を掛けているみたいだけど、今私に返したようなことをそのまま遠藤さんにも言っている。


 深い溜息を吐き、紅茶を少し飲む。

 するとテーブルに置いてあったスマホが振動して、メールを受信した。


その相手は、海斗さんだった。

 

【告白の返事がしたい。

 もし時間あるなら、屋上で】


 届いたメールに、私は胸をドキッとさせた。

 一週間前に私は海斗さんに告白をした。

 

 最初は冗談で女の人をたぶらかすような人だと思っていたけど、私が注意した時に、私のことを知りたいと言ってくれた。


 視線を逸らすことなく、真面目に。

 それから様子見も兼ねて連絡先を交換して絡んで、少しずつ海斗さんを知った。


 それは向こうも同じで、互いに知って、試しのデートもしたこともあった。

 海斗さんの車に乗って移動する時、ふと横目で海斗さんを見た。


その時、不意にカッコいいと思ってしまった。


 食事する時にファミレスへ寄った時も、会計する際に全額奢ってくれようともした。

 けど、私はそれが苦手だった。だから海斗さんに割り勘をお願いした。


 すると海斗さんはしばらく考えた後、私の意見を尊重して割り勘することを望んだ。


『確かにその方が、優しい恵果ちゃんに下手な罪悪感を与えなくて済むかもしれないな』


 優しく微笑みながら気遣ってくれた海斗さんを見て、ちゃんと相手のことを気遣って考えてくれる人なんだと再認識。


 それからも洋服店で選んでる時、積極的にこれが似合うのではないかなどの提案をしてくれたりもして、普通以上に楽しかった。

 

 そうやって知り、触れていく中で私は海斗さんのことを好きになっていった。

 けどある日、裕也さんの実家にて遠藤さんと一緒に寝たという話を聞かされた。


 海斗さんはおもしろ話で話したのかもしれないけれど、心がもやもやして、気付けば泣いてしまっていた。


 きっと、取られてしまうかもしれないっていう醜い妬みがあったのかもしれない。


 そんな私を海斗さんは連れ出し、あたふたした感じでそばに寄り添ってくれた。

 私は泣きながらも、ただ感情のままに海斗さんを一人の男性として好きになってしまったことを打ち明けた。


それが、些細でありながら大きなきっかけ。


【今からでも大丈夫です】


 そして今、私の告白に対する返事を決めてくれたのか。

 私は届いたメールに、返事を返した。すると海斗さんからすぐに返事が返ってきて、屋上で待ち合わせすることにした。


「お兄ちゃん、ちょっと楽屋出るね」


「んっ、わかった。……あっ、恵果」


「なに? お兄ちゃん」


「……結果が全てじゃないからな。頑張れよ」


「う、うん……?」

 

 準備をして出ようとした時。

 お兄ちゃんの言葉が妙に引っかかる。


 もしかして、気づいているのかな? 

 そう思ったりもしたけど、さすがに鈍感なお兄ちゃんが察することはないだろうと決めつけ、私は屋上へと向かった。


 少し小走りで急いで屋上のドアを開けると、既にそこにはタバコを吸う海斗さんの姿があった。

 

「よぉ、恵果ちゃん」


「ど、どうも……!」


 黒の作業着がとても似合っていて、道具を入れるポーチをつけたベルト。

 職人のような海斗さんの格好に、私は大人でかっこいいと思った。


 私が近付くとタバコを携帯灰皿で消した。

 そして海斗さんは作業着のポケットからペットボトルの午後の紅茶を差し出してきた。


「確かアイスティー好きだったよな? 間違ってたらすまん」


「い、いえ! 大好きです……!」

 

「そうか、ならよかった。忙しいだろうに、付き合わせて悪いね」

 

「一回目の午後の配信が終わって休憩時間だったので大丈夫ですよ!」


「ふっ、そっか」


 私の反応が面白いのか、海斗さんは缶コーヒーに口をつけて小さく笑った。


「あ、あの……それで返事は……」


「返事……か」


「……ッ」


 少し焦ってしまったかもしれない。

 私のそんな言葉に、海斗さんは鉄の柵にもたれ掛かり空を見上げた。


 緊張するし、怖い気持ちも出てくる。

 なにより、断られるかもしれない。


「俺は裕也の奴と比べたら恋愛に疎いわけじゃないんだが、如何せん年下に告られたりしたの初めてなんだよ。学生時代、年上の先輩から告られたことしか無かったからさ」


「そうなんですか?」


「あぁ。でも、当時は裕也と遊び回るのがスゲェ楽しくてさ。恋愛する気も無かったから断ったんだよ。けどよく考えれば、それが最後のモテ期だったのかもしれないって思ったりもするよ」


「あははっ! そんなことないですよ。海斗さんは素敵な人なので、こっそり狙ってる人とかいるかもしれませんよ?」


「うーん、そうだなぁ。例えば、今でいうと恵果ちゃんにか?」


「〜〜ッ!」


 何気ない会話の中で、少し墓穴を掘った。

 意地悪な笑みを浮かべながら見つめてくる海斗さんに、私は視線を逸らした。


「……俺は裕也と違ってスペックが高いわけでもないし、恵果ちゃんみたいなVTuberの事とか全くわからない。言ってしまえば、俺と恵果ちゃんの間には共通点がないってことになる。それでも、恵果ちゃんは俺なんかでいいのか?」


「俺なんか……なんて悲しいこと言わないでください。私は、知っていく中でその……好きになってしまったので……」


「ふーん……、そっか」


 少しおかしかったかな……?

 なんだが素っ気ない気がして、更にモヤモヤが出てきてしまう。


 もしかして断るための言葉を選んでいるのかなと、そう思ってしまう。

 

ーーでも、私のそんな気持ちは海斗さんの一言で飛んでしまった。


「じゃあ、よろしく頼むよ」


「……ふぇ?」


「彼女がただ単に欲しいからじゃないからな。恵果ちゃんの本気を感じ取れたから、付き合ってもっと知ろうと思えた。ただ、それだけだ」


 耳を赤くして、海斗さんは顔が見えないように逸らした。

 一方で私は、呆気ない成立を前に最初はポカンとしていた。


 けれど、やがてそれは実ったという事実が押し寄せてきて、胸がぽかぽかと暖かくなる。

 同時に嬉しさが込み上げ、涙が出てくる。


「ほんとに……いいんですか……?」


「あぁ、けど俺はバカだから苦労するかもな」


「ううん、そんなことありません……! けど、本当に私でいいんですか……?」


「はぁ……。恵果ちゃんがいいから、俺もこうして言ってんだよ。これ以上はいいだろ……」


「うっ……あぁ……! 海斗さん……!」


「ちょっ!?」


 私は嬉しさのあまり、抱きついた。

 顔を見せないように海斗さんに抱きついて、情けない話、泣きじゃくってしまった。


 最初は驚いていた海斗さん。

 けど、ゆっくりと私の頭を撫でてくれた。


 それならしばらくして私は落ち着きを取り戻して、海斗さんと一緒に座っていた。


「取り乱してすみません……」


「いや、別に大丈夫だが……。泣くほどのものなのか、ちょっとわかんないわ」


「そういうものなんです! けど、本当によかったです……!」


「ははははっ! まぁ、喜んでもらえてるならいいのかと思っておくよ。迷惑かけるかもしれないけど、逆に甘えても大丈夫だからな?」


 それぐらいしかできないけど。

 そんなことを最後に付け足す海斗さんに、私は小さく笑った。


 でも、甘えても大丈夫……かぁ。

 甘えるというのは、相談とかでも大丈夫なのかなと思い、私は楽屋に残してきたお兄ちゃんのことを思い出す。


「あの……じゃあ早速甘えてもいいですか……?」


「おっ、なんだ?」


「実は……」

 

 私は、最近お兄ちゃんの様子がおかしいという話をした。

 裕也さんの実家の件から、役に立てるようにゲームをし始め、睡眠時間を削って体調があまりよくないように思えること。


 私の話に海斗さんは静かに聞いていた。

 そしてあらかた話し終わると、海斗さんは小さく吹き出して笑った。


「恵果ちゃん、それ甘えるに入らないぞ。それは相談ってやつだ」


「あぅ……す、すいません」


「いいよ、大丈夫。しかし翔太くんが、ゲームの練習して体調を疎かにしてるねぇ……。確かに妹の恵果ちゃんからすれば心配だよな」


「そうなんです。お兄ちゃん、裕也さんのこと尊敬してるみたいで、役に立ちたがっているんですよ。別に悪いことじゃないですよ? でも、このまま続けていたら倒れちゃいそうで……」


「倒れたりしたら配信にも影響出るしな。けど言っても聞かない……そういうことだな?」


「そう、ですね……」


 私は深い溜息を吐いてしまう。

 どうしたらお兄ちゃんにわかってもらえるのか考える度、強く言った方がいいのかもしれないと思ったりもする。


 けど頑張ってることに変わりはないから、あまり口出しもできない気もする。


「そうだな……。翔太くんはまだ楽屋でゲームしてるんだよな?」


「そうだと思います」


「じゃあ一緒に翔太くんの所に行こうか。まだ次の仕事まで時間あるし、俺からもなんとかしてみるよ」


「でも、海斗さんの貴重な休憩が……。それに、迷惑かもしれませんし……」


「なに言ってんだ?」


「えっ?」


「俺と恵果ちゃんはもう付き合ってんだぞ? 彼女の悩みは、俺も一緒に考えてやるのは普通のことだろう。ほら、思いついたらすぐ行動! 行くぞ、恵果ちゃん」


 さっきまで耳を赤くしてたのに、今ではなんともないように言い切る海斗さん。

 立ち上がり、私に手を差し出してくる。


 行動的なのは裕也さんと似てるなぁと思いながらも、私はその手に自分の手を重ねた。


 そのまま立ち上がる。

 でもその際、足のバランスを崩してしまいせっかく起こした身体が揺らぐ。


 すると私の腰に手が回される。

 倒れないように支えてくれたのは、たった今さっき私の彼氏になった人、海斗さんだった。


「大丈夫か?」


「〜〜ッ!!」


……心臓、もたないかもしれない。


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