決して分かり合えることのない談話








 三日後のある日ーー。

 

 午前8時、朝風呂を済まし髪型を整え、少し生えていたヒゲを剃っていつも以上に自分を作り上げていた。


 というのも、涼音と旋梨ちゃんの配信を終えたその翌日に瀬川さんから連絡があり、提案した企画が通ったことと、宮田から談話しても良いという話があったと聞かされた。


 それが今日の午前9時、互いにスケジュールの空きがある為、俺はその談話に向けて気合いと細心の注意を払い準備をした。


「兄さん……ほんとに大丈夫なの……?」


「あぁ、ばっちりだ。今の俺は奴を片手だけで仕留められるぐらい、気合い入ってる」


「ゆうにぃの頭の中では、これから獲物を仕留めに行くハンターみたいやけん……。けど、手は出したらだめとね」


「いや、例えだよ……。大丈夫、上手くやれるように頑張るさ」


 鏡の前で着ているスーツのシワなどを直していると、涼音と旋梨ちゃんが心配してくれた。

 

「それにしてもスーツはやっぱり違和感があるというか、あまり似合わないな……」


 ミライバに来てから最初の頃はスーツを着て活動していた。


 しかしその途中、瀬川さんから『別に私服でも大丈夫ですよ』と小さく笑われて以来、言葉に甘えて私服で活動していた。


 だが今回は一応相手が宮田であろうと、立場上俺が下であることは社会において変わりない事実の為、スーツを着ることに。


「でも、兄さんのスーツ姿好きだよ……?」


「うんうん、私も涼音ちゃんに同意やけん。なんというか、一際更に大人の男性って感じがするとね」


「そうか……? んじゃ、俺と八神さんを比べた上でどっちが大人っぽい?」


「……八神さん、かな。ははは……」


「そりゃ八神さんやけんね……」


「知ってた。俺も八神さんみたいなダンディで素敵なおじさまになりたいなぁ」


 満場一致で八神さんの勝利。

 ちなみに八神さんがどれだけダンディなのかを例えると、スーツにハット帽子、そこに紙タバコではなく葉巻が似合うぐらいだ。


 それぐらいまさに男の中の男、それが八神さんなんだよな。


「とりあえず二人とも、今日は午前の配信はお休みになってしまうけどごめんな。その代わり午後は少し配信時間伸ばすから」


「ううん、気にしなくていいとね。それよりもゆうにぃ、こっち向いて」


「んあ?」


 スケジュールの変更を告げた時、旋梨ちゃんから声をかけられる。

 俺は言われるがままに旋梨ちゃんの方へ視線を向けると、パシャッ!とスマホで写真を撮られてしまう。


「えっ、急になに?」


「ゆうにぃコレクション、略してゆうコレの写真ばい。涼音ちゃん見て、凄くいい感じの写真が撮れたばい」


「あっ、ほんとだ……!」


「いや、そのコレクション誰得だよ……。今すぐに消しなさい」


「お断りやけんね〜」


 普段と変わらない日常。

 俺の写真を撮ってご機嫌の旋梨ちゃんは、涼音と一緒に撮った俺の写真に加工をし始めた。


 目の前でキャッキャと女の子同士が楽しそうにする尊いものを目の当たりにしながら、俺は涼音から先に貰っていたタバコを吸う為、二人に一声掛けて楽屋を出た。


「おっ、裕也。いつも以上にビッシリと決まってるな」


「なんだ海斗か……。仕事の最中か?」


「いや、まだだな。今日は4箇所パソコンの修理と新規のパソコンを設定するぐらい。タバコでも吸いに行くのか?」


「あぁ、付き合うか?」


「まだ時間あるし、そうするか」


 楽屋を出た先で海斗と合流し、お互いにまだ時間があるということでいつもの屋上へと移動することにした。


 そこで互いにタバコを咥え、互いにジッポで火を付け合い最初の一吸いを味わう。


「ふぅ……。そういや今日が宮田って奴との談話だっけか」


「そうだな。ここで駄弁って、そのまま直行って感じ。場所は5階にある宮田の楽屋で行うらしい」


「そうか。けど5階ってSmileRoadのVTuberが活動しているところだったよな。何気に初めて行くんじゃねえの?」


「言われてみればそうだな。まぁあまり変わらないとは思うけど」


 鉄製の柵にもたれ掛かりながら、海斗と何気ない会話をする。

 

 しかしまぁ、もしかしたらだけどSmileRoadのVTuberと出会うかもしれないってことだよな。

 一体どんな方々なのだろうかと、宮田と会うことが本題なのに気になってしまう。


「どちらにせよ宮田との談話で上手く誘えないと事は始まらないしな……。海斗の方は最近、なにか大きな変化とかあったか?」


「大きな変化、ねぇ……。お前に紹介されてミライバの専属になった事以外特には……。あっ、でも一つだけあったわ」


「おっ、なんだよ?」


「恵果ちゃんに、告られた」


 何食わぬ顔でタバコを吸う海斗。

 俺はそんな海斗の言葉に思考が停止し、間に少し強めの風が吹いた。


んん……? 一体それはどういう……。


「すまん、ちょっと耳が遠くて聞こえてなかったかもしれん。もう一回いいか?」


「恵果ちゃんに告られた」


「ん“ん“ッ!! えっ、一体いつから? というかそんな素振り一切知らないんだけど!?」


「いや、俺もビックリし過ぎて告られた時に考えさせて欲しいって動揺したわ」


「なんでまたそんなことに……」


「いや、それがさ。ほら前にお前の楽屋で集まった時あったじゃん? そんときに半分冗談で俺が恵果ちゃんに“デートしない?”って言ったことあっただろ」


「あ〜……思えばそんなこともあったな」


 海斗曰く、その冗談から解散したあとに恵果ちゃんから声を掛けられたそうだ。

 そこで恵果ちゃんは『あまり無闇に女性の人をデートに誘わない方がいいと思います』と注意を受けたそうだ。


 その点に関しては俺も同意だ。

 しかしこのバカは『あー、なんかごめんな。じゃあ恵果ちゃんのこと少しずつ知ってからまた言うわ』と返した。


 海斗の目線からその言葉の意味は、“冗談が通じるようになるぐらい仲良くなれたら”というものだったのだが、恵果ちゃんの目線からすれば、“自分を見てくれている、知ろうとしてくれている”と捉えたようで、この結果に繋がったという。


「いや、なんか告られてから余計にそうであると言いづらくなってしまってさ……。最初はそれでも言ったほうがいいのかとも思ったんだけども告ってきた恵果ちゃんは一際可愛くてなんか、すげぇ胸がドキッとしたんだよなぁ」


「うげぇ……タバコが甘く感じる……」


「しかも、ほら。お前の実家に行った時、遠藤さんと色々あったじゃん? それについても笑い話で恵果ちゃんらの前で掘り返したら、泣かれてしまってさ。罪悪感が……」


 乾いた笑いをしながら、遠い目でタバコを吸う海斗に俺はなにも言えなかった。

 解釈違いから成り立ったものであるとしても恵果ちゃんの気持ちを考えるとなかなかにやるせないものがある。


「まぁでも、そこまで来ちまったんなら責任持って一人の女の子として見てあげたらいいんじゃないのか?」


「いや、それでもなんか申し訳ない感じもしたりするんだよな……」


「とは言っても向き合わないと、いつまで経ってもダラダラと引きずるぞ」


「だよなぁ……」


 項垂れながら深く考え込む海斗に、俺は深いため息を吐くことしかできなかった。

 自業自得と言えばそれまでなのだが、それで悩んでいるダチを前に俺なりのアドバイスをすることしかできない。


 最終的に海斗は責任持って面向かうことにすると言って、それからは適当に雑談をして時間が過ぎ去っていった。









「よく来たね。食堂では互いに一悶着あった仲だけど、今回は穏便に行こうよ」

 

「……そうですね。食堂での件は改めてすみませんでした。今回はよろしくお願いします」


 海斗と話をして、時間になった頃。俺は気持ちを入れ替え、エレベーターを通じて5階へと上がり宮田の楽屋へと出向いた。


 ノックして返事があるのを確認した後、俺はドアを開け入室。

 すると目の前にはソファーに足を組んで座る宮田の姿あり、相変わらず不気味な感じを漂わせながら座るよう指示をしてきた。


 俺は小さく会釈した後、言われた通りもう片方のソファーに腰を下ろした。

 

 しかし、思ったことがある。

 対面する宮田の後ろに、四人の女性たちが立っているのはどういう意図があるんだ……?


「その目はなぜ彼女たちが席を外さずこの場に居るのかっていう疑問を抱いているよね?」


「……ッ。いえ、楽屋ならVTuberの方々が居ることはなんら不自然じゃないと思います。ただ一つ言わせてもらうとするなら、なぜ立たせたままでいるのかってことです」


「へぇ、君って意外と見てるんだねぇ。八神さんなら“話の場を設けるなら当人同士だけでいい”と指摘するのに、君はこの楽屋に居ること自体が普通で、立たせていることが不自然と思うんだね」


「楽屋はマネージャーである俺らも然り、VTuberたちの憩いの場であると考えてますから。普通に考えて、客人に向かって立たせる事は誰がどう見ても不自然と思うのは仕方ないと思いますが?」


「ふっ、あはははははは! ほんとに君は思ったことをズバズバと言うねぇ。おい神崎、僕と裕也くんにコーヒーを入れろ」


「ッ! は、はい……」


 強い口調で名前を呼ばれた女性は、身体を震わせながらもマグカップ二つにコーヒーを注ぐ。

 その行動は少しでも早くという感じを漂わせており、残された三人の女性も顔色を悪くして下を俯いていた。


「ど、どうぞ……!」


「……ありがとうございます」


 差し出されたマグカップを受けとり、テーブルの上に置く。

 正直に言うとこんなに怯えている女性たちの前で飲むような気持ちにはなれなかった。


「話を始める前に、彼女たちを紹介しよう。今こうしてコーヒーを入れたのは神崎夏目、僕が担当するVTuberの中では最年長なんだ」


 俺と彼女たちをそっちのけで、宮田は悠長に紹介を始めた。

 俺から見て左から神崎夏目さん、黒髪ロングの白いストールを羽織っているのが特徴。


 続いて柊真奈さん。ピンク髪に、こちらは薄さのある白いマフラーを巻いている。口元はマフラーで隠され、身体を震わせていることから宮田に限らずそもそもの性格が後ろ向きなのだろう。


 沢田やよいさん。黄髪に向日葵の造花が付いたカチューシャを付けているのが特徴。

 寡黙で、人見知りな性格をしている。


 最後に金髪で碧色の瞳が特徴で、見た感じ日本人ではなさそうだった。

 名前はエカチェリーナと言うようで、宮田はリーナと呼んでいるとのこと。


「まぁこんな感じだね。さて、なぜ彼女たちが立っているのか。その疑問について答える前に、その胸元に隠しているボイスレコーダーを出してもらえるかな?」


「……お見通しってことですか」


「いやいや、だって君は僕を潰そうとしているんだろう? 隠さずともわかってるさ。けど僕はそんなことで怒るつもりもない」

 

 道化師のような笑みを浮かべる宮田。

 だがボイスレコーダーを仕組んでいることを指摘してくることは、計算済み……。


 俺は下手な言い訳をすることもなく、胸元に仕込んでいたボイスレコーダーを取り出して、テーブルの上に置いた。


その光景に後ろの四人が驚愕する。


「素直でいいね。もしかして他にも何か仕組んでいるのかな?」


「まさか。ボイスレコーダーしか無いですよ。俺の言葉を信じるかどうかは貴方次第ですが」


「……いいや、どうやらその通りのようだ。君は小細工よりも、考えたという企画で僕を潰そうとしているみたいだからね」


 宮田の楽屋に入った時から既に、詮索のし合いは始まっている。

 俺が持ってきたのはボイスレコーダーただ一つだけだ。


 宮田はそんな俺の言葉を少し考えた後に信用して、コーヒーを一口と飲んだ。


「裕也くん、僕たちはマネージャーだ。彼女たちVTuberを高みへ送り出す為、然るべき教育と知識を教えなければならない。その為にもまずは立場というものを教えなければならない。立たせている理由としても、客人を前に駄弁ったり日常を晒すのは無粋なものだと思うからなんだよ」


「立場、ですか」


「そう、社会とは立場に始まり立場で終わる。確かにVTuberとマネージャーは表裏一体、互いが求め合うことで成り立つものだよ。でもね、僕は思うんだよ。特にこの業界、僕たちマネージャーが居なければ彼女たちは活動を禁じられる。つまりそれって、僕たちマネージャーの方が立場は上ってことなんだよね」


「……ッ」


「だってよく考えても見てよ。僕たちマネージャーは別にVTuberに限らず他のところでも必要とされる。それこそ探せば多種多様に。けだ彼女たちは一度勤めた場所で失敗すれば、他では通用しないし続けることも困難だ。その置かれた立場を考えればバカでもわかるよ」


 俺はゆっくりと握り拳を作った。

 演説するようにベラベラと発せられる言葉は全て宮田の中で正当化された屁理屈だ。


 正当化、そして自分が上であると決して歪まない倫理を前に宮田は自分のしていることが如何に愚行であるよかを理解していなかった。


「宮田さん、俺は貴方の言うようなバカだからその言葉には一切の理解ができません。俺たちマネージャーと彼女たちは表裏一体であり、立場に縛られず互いに協力して高みを目指す関係であると俺は思うので」


「ふーん……、君は面白い奴だけど、そういうところは本当につまらないね」


「つまらない奴で結構です。人それぞれと言うように、俺には俺のやり方と考えがあるので」


 誰しもが自分のやり方を全うすべきであると考える奴は、決して報われない。

 バカにしてくる宮田に対して、俺は言葉で嘲笑うように返した。


 すると宮田の表情は険しくなり、納得がいかないといった感じだった。


「まぁいいや、僕と君はそもそも相性が悪い。これ以上先輩として教えようとしたところで時間の無駄だ。それで、企画について聞こうか」


 呆れたようにソファーにもたれ掛かり、最初の態度から一変し雑になった。

 だがこれは俺からしても好都合だ。きっと反論されて、不服を抱いているのだろう。


 こんな幼稚レベルの返しに対して不満を募らせる時点で、プライドは高いと見受けられる。

 俺は宮田に対して企画の説明をした。マネージャーとしての素質を試す勝負に加え、その名目として互いが担当するVTuberをコラボさせて視聴者たちに楽しんでもらうこと。


「貴方は前に俺を三流だのと罵りました。だったら宮田さん、先輩として貴方の素質を見たいと思うんですよ。もちろん、ただとは言いません。入りたての新人が先輩に対して喧嘩を売ってるようなもの……。ですからこの勝負、俺が負けたら潔くマネージャーとしての立場から足を洗い、旋梨ちゃんを貴方に任せます」


「……ッ!。へぇ、それは君だけの判断じゃなくて旋梨ちゃんも同意したのかな?」


 企画自体の説明には興味を示さなかった。

 しかし俺の口から負けたら旋梨ちゃんを渡すと言う発言に、食い付いた。


わかりやすく、それでいて単純だった。


「えぇ、この事については旋梨ちゃんからも同意を得ています。ただし俺が勝った場合、逆に貴方にはマネージャーから足を洗ってもらい、今後一切旋梨ちゃんに近づかない事を要求します」


「新人である君が僕に勝負を挑み、更に旋梨ちゃんがそれでいいと……。はははっ! となると君の方にも算段はあるってことか。ふーん、あの頑固で僕の言葉に揺らがなかった旋梨ちゃんが、負けたら自ら僕のものに……。いいねその条件。実にそそられる。でもね、物足りないなぁ」


「……俺が出せるカードはこれぐらいしかありませんよ」


「いやいや、まだあるじゃないか。ほら、君の可愛い妹の涼音ちゃんだっけ? フフッ……」


「まさか……」


「だってよく考えてもみてよ。君は新人の立場でありながら先輩に一世一代の大勝負を挑むんだよ? それって世間からすれば失礼極まりない事であるのに対し、本来するべきようなことでもないだろう? だったらもうちょっと覚悟と決意を示してもらわなきゃなぁ」


 ニヤニヤと微笑む宮田。

 つまりは、涼音も寄越せと言うのが宮田の勝負を受ける追加条件だった。


 旋梨ちゃんを欲しがる傾向に意識が向いてしまってた故に、涼音も切り出せと言われるのは予想もしなかった。


 ……いや、よく考えてもみろ。食堂での一件、その時に宮田は涼音を舐めるように下見して、なにかを見定めていた。


 俺は考える。

 しかし涼音も条件に乗せないと、宮田はこの勝負を引き受けることをしない。

 

 つまりそれはスタート地点に立つ事すらできなくなるということだ。


「さぁ、どうするのかな。裕也くん」


「……ッ」


 宮田は気付いている。

 俺が涼音を差し出すことを渋っていること、そして悩んでいる事。

 

 負けた場合、マネージャーの立場や旋梨ちゃんだけでなく、涼音も失う。

 すると俺の頭の中に、涼音の姿が過った。



『どんなことがあっても、私は大丈夫だよ。私は兄さんのこと、信じているから……』



 それは前に実家で風呂場から出た際、涼音と出くわした時に言われた言葉。

 私は大丈夫。俺のことを、信じているから。


 どんなことがあってもというのは、決してこういう場面は想像もしていないだろう。

 しかし脳裏に過った涼音の姿と言葉は、純粋で真っ直ぐ、それでいて何故か不安で悩んでしまう俺を奮い立たせた。


「ははっ……あはははははははは!!」


「ッ! 一体、どうしたのかな? もしかして予定していた通りにいかなくてバカらしくなっちゃったのかな」


「宮田さん……」


「なにかな……?」


「貴方の言葉からするに、涼音も条件に乗せれば勝負を引き受けてくれるって解釈してもいいんですかね」


「うん、そういうつもりだけど……。君は、まさか……」


「じゃあこの勝負、引き受けてくださいよ。涼音を条件に出します」


 俺の言葉に、宮田は目を見開く。そして後ろに立つ神崎さんたちも同様に。

 負ければハイリスクの条件を飲み込んだ俺は側からみれば妹までも売ったクソ野郎だ。


 だが、それでも俺は宮田を潰す。負けるつもりがないから、負けるわけにはいかないから。

 成すべきことは宮田を誘い込むこと。今はそれ以外を考えるべきではない。


「君は、本気かい? 妹を売るってことだよ?」


「そう捉えてもらっても構いません。それで、引き受けてくれますよね?」


「それなら引き受けるが……」


「言いましたね? では、これ以上貴方と話すことはなにもありません。企画の実行日は瀬川さんから再度連絡があると思います。それまでは互いに干渉せず、穏便にいきましょう」


 宮田から“引き受ける”と確かに聞いた俺はソファーから立ち上がり、神崎さんが出してくれたコーヒーを一気に飲み干した。


「そのボイスレコーダーは置いていきます。処理するなり好きにしてください。ただ、最後に失礼を承知に言いたいことがあります」


「なにかな?」


「ーーテメェなんかに涼音を渡してたまるか、この腐れピエロがッ」


 中指を立て、宣戦布告した。

 すると宮田は身体を震わせ、やがて小さな笑いから大きな笑いへ。


「ーーやってみろよ三流、目に物を見せてやる」


「その言葉、最後にはそっくり返してやるよ。それと神崎さん」


「は、はい!」


「コーヒー、美味しかったです」


「ふぇ……?」


 俺と宮田はそれぞれ宣戦布告し、最後はコーヒーを淹れてくれた神崎さんに礼を言って楽屋を後にした。


 四階にある自分の楽屋へ戻る最中のエレベーターの中で俺は、第一段階を突破したことの喜びと同時に、算段を練る事にした。



ーー俺と涼音の絆は、奴如きじゃ散らない。


 

 

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