如月旋梨×音神旋律






 涼音の配信は二時間で終わらせ、17時から19時までは旋梨ちゃんの配信回へと繋ぐ。

 機材のセッティングを改めて調整し、不具合が無いかの確認をした後、ツールを用いてOP映像からアバターの映る画面の切り替え設定もした。


「本番15分前、準備はどうだ?」


「あー、あー。喉の調子も大丈夫ばい。スマホの画面も安定して映し出されているし、さすがお兄さんやけん」


「これも全部海斗の教えがあってなんだよな。けどありがとな」


「兄さん……私もなにか手伝うことある……?」


「涼音は旋梨ちゃんの配信が始まったら、俺と一緒に配信の復習するか。善し悪し、改善点など少しあったりしたから」


「うん、わかった……。あっ、マイクの電源入ってないかも……」


「えっ? あ、本当だ……。ありがとうな」


 時間にしてまだ余裕がある為、指摘されたマイクのスイッチをOFFにしたまま、電源を差し込んで直す。


 俺は鈴音の頭を撫で、感謝を述べる。気持ちよさそうに目を細めるのは、気持ちいいからなのだろうか。


 その時に旋梨ちゃんから何かを訴える眼差しを向けられたが、見えてないことにした。


 それから最終確認を行い、俺は涼音を連れて隣の部屋へと移動した。


「それにしても、本当に凄まじいな。開始10分前の段階で視聴者の待機数が9700人って……」


「今日は新しい音楽ゲームのアプリをやるって言ってたから、余計にかもしれないね……」


 俺と涼音は共に座り、画面に映る待機数に仰天していた。

 涼音の言うように今日はリリースされた新作の音ゲーをやるみたいだが、それでもこの数は明らかに多いと感じる。


『こんにちは、今日は新作の音ゲーをプレイして感想を述べていこうと思うけん』


:キターーーーッ!!

:うん、旋律ならやると思ってたw

:初見です

:今日は一体どんな神プが見れるのか

:可愛い、結婚してくれ


『なんでも“過去最高に難しい音楽ゲーム”がキャッチフレーズみたいやけん。まぁでも過去にそのようなキャッチフレーズは見てきたけど、そうでもなかったから今回もあまり期待しないようにやろうと思うばい。ちなみに結婚はしないけん』


:これが案件だったら炎上するぞwww

:このキッパリ具合が素晴らしい

:まぁ下手にお膳立てするよりかはなぁww

:実際にプレイして感じたことを素直に言う、これぞ旋律ちゃんだねww

:さて、お手並み拝見といこうか(自称名人)


『既にダウンロードは済ませてあるばい、だからチュートリアルからやけん。……うん、まぁ想像通り説明からやね。とりあえず難易度選択できるみたいやから、Expertで……』


:初手から飛ばすよなw

:どの音楽ゲームでもHARDが限界

:お手並み拝見で最高難易度をする旋律ww

:いや。ここまでは音ゲーのプロ達なら当然。問題は新作の難しさだなww


『じゃあ、頑張るばい』


 画面越しに小さく息を吸い、吐く音が微かに聞こえた。

 きっと集中モードに入ったのだろう。


 俺と涼音はひとまず旋梨ちゃんの腕前を見ようと画面に注目する。

 すると数秒の時が流れ終えた瞬間、上からは大量のノーツが降り注いだ。


 ペンギンをモチーフとした旋梨ちゃんのアバターが首を上下に動きリズムを刻む。

 驚くことに序盤から中盤に掛けて一つもミスることもなく、ましてや最高判定であるパーフェクトを刻みつけていく。


「いや……えっぐ……」


「いつみても頭が追いつかないよね……」


 結局チュートリアル用に用意された曲を最高難易度且つフルパーフェクトでクリア。

 俺と涼音、コメント欄の視聴者たちは同じように唖然とした。


『これあれやけん、親指勢はキツいかもしれんばい。ノーツの量も然り、トリルや階段が非常に嫌らしく組み込まれてるばい』


:見てたけど何一つ理解できなかったw

:確かにこれまでの音ゲーよりは鬼畜かも

:とはいえ普通にフルパするか?w

:これが音神の所以よ……

:けどまぁチュートリアルの曲やしなぁ


『確かに、○○さんの言う通りこれはチュートリアルやけん。別の曲も色々試すばい』


 最初から飛ばして盛り上げたことで、視聴者数は一万越えをした。

 その視聴者の中には世界大会に出場したことのある経験者たちや、名の知れた有名人がコメントもしたりして、勢いは止まらない。


 そんなこんなで無事にスタートは切り出せたことを確認して、俺は涼音の配信を振り返ったり、旋梨ちゃんの配信内容を細かく数十分単位でメモしたりしていく。


『んー、今のところ最高難易度のレベルは31までしか無いとね。もうちょっと速度上げたり、リズム調整しないといかんね』


カゲロウ&ホムラ(10000円):オレの新曲とかって入ってないッスか?


:うおっwwwでたぁwww

:カゲロウちーすwww

:音楽だけど部類がなぁwww

:入ってるわけねぇだろwwww

:入ってないっスか?じゃねえよwww


『いや……カゲロウくんの曲入ってたらアンインストールするばい』


:wwwww

:それは可哀想やめたげてwww

カゲロウ&ホムラ:えっ、もしかして嫌われてる?

:カゲロウどんまいwww

:可愛がられてる証拠よww


『嫌ってたらそもそも返事しないばい。カゲロウくん、ホムラちゃんは?』


カゲロウ&ホムラ:昼寝からまだ起きてないっスね。まぁだからこうしてコメントしてるっス!


:いつもホムラちゃんの監視下だもんなww

:こんなふざけたコメント許すわけがww

:寝てるホムラちゃん、ぺろぺろ

:じゃあ俺は旋律ちゃんを、ぺろぺろ

:妥協してカゲロウぺろぺろ


『ホムラちゃんを舐めるのは許さんばい。その代わりカゲロウくんは好きにするとね』


カゲロウ&ホムラ:えっ?


:wwwwwww

:どこの世界線でもこの扱いwww

:そりゃパンツマンだからなぁ

:パンツなら仕方ない

:雑な扱いしてプレイしようとするなwww


 気付くと旋梨ちゃんの配信に翔太くんが遊びにきているようだった。

 コメント欄の振り返りをしている時、舐め回すようなことが書いてあったが、まぁこれはセーフだろう。


 それにしても翔太くんの異名、前の新曲作成以来パンツマンで固定されているのは俺だけじゃなくこの界隈でもだったんだな。




 

 それから作業に取り組みながら色々やっていると、時間はあっという間に過ぎた。

 時刻19時、時間の流れを気にしてなかった俺はドアを開けて入ってきた旋梨ちゃんに声をかけられて、終わったと聞かされる。


「やっべ、スケジュールや書類の整理してたら配信内容に目を通せれてなかった。んあぁ……後で見返すかぁ。旋梨ちゃん、配信お疲れ様」


「ううん、お兄さんもお疲れ様やけん。それにしても涼音ちゃん、寝ちゃってるとね」


「あぁ、まぁここ最近よく頑張ってるからな。疲れが溜まりやすくなってるんだろう」


 俺に寄りかかって静かに寝息を立てる涼音に、俺は微笑んだ。

 すると旋梨ちゃんは近付いてきて、空いているもう一つの席に座り、涼音と同じように俺の方へ寄りかかってきた。


「旋梨ちゃんも眠いのか?」


「んー、どちらかというとお腹空いたばい。けどなんだか、涼音ちゃんが羨ましいばい」


「羨ましいって、なにがだ?」


「誰よりも身近にお兄さんを感じることができて甘えられるから……」


 少しだけ声のトーンが物悲しく聞こえた。というのも、旋梨ちゃんは一人っ子というのもあり、そういう面でも羨ましく思えるのだろう。


 俺は寄りかかってくる旋梨ちゃんを退けることなく、ただ目の前の作業を進める。


「まぁ、俺にとって旋梨ちゃんも妹みたいなところはあるけどな」


「ふふっ、年齢の差でもそうかもしれんばい。けどお兄さんの中では涼音ちゃんって決まってるとね?」


「あぁ、今は互いにやることがあって大変な時期だから、それを乗り越えて落ち着いた時、改めてって約束したからな……」


「そっか……。やけんど、薄々は気づいてた。涼音ちゃんには、勝てないなって……」


 持たれかかる力が、少し強くなる。立て続けに旋梨ちゃんは、『それでも諦めたくない』と弱々しく言った。


 その言葉に俺は、少し複雑にもなった。旋梨ちゃんの気持ちに応えることができないことや、涼音を裏切るわけにはいかないという気持ち。


 だからこそ俺ができるのは、旋梨ちゃんの気持ちをただ静かに聞くことだった。


「勝てないし、きっとお兄さんのことだから涼音ちゃんを裏切るようなことはしない……。だけどお兄さんに、私は一つ我儘を言いたいけん……」


「……なんだ?」


「呼び方……。お兄さんじゃなくて、“ゆうにぃ”って呼んでもいいと……?」


「えっ」


 俺の心を見透かしているのか、鈴音を裏切るようなことをしないと言った後。

 旋梨ちゃんは我儘として、俺の呼び方を変えたいと言ってきた。


 あまりの拍子抜けに、俺は一瞬だけ戸惑ったが笑いが少しずつ込み上げてくる。


「わ、笑わんでほしいばい……!」


「はははっ! いや、なんというか……。それぐらいなら別に許可取ろうとせずに、好きにしたらいいのになぁって」


 実際、呼び方に関しては相手の呼びやすいように、呼びたいようにすればいい。

 なのにそれを断られるかもと恐る恐る聞いてきた旋梨ちゃん。


耳を赤くして、そっぽ向いてしまう。


「でも逆に、旋梨ちゃんにできることと言えばそれぐらいしか無いけどな……」


「別に、これだけでもいいばい……。それにお兄さん……ゆうにぃを好きって気持ちは変わらないけん。ただその中で、自分だけの特別があればって……」


「……そうか」


 俺と旋梨ちゃんはそれ以上話すこともなく、ただ俺が作業する音だけが続いた。

 しかしどうも腑に落ちない。これだけで、旋梨ちゃんの想いを蔑ろにしてもいいのか。


 考えるほどにどうしたらいいか分からなくなってきた俺は、ムシャクシャしながらも勢いで旋梨ちゃんの頭を撫でた。


「これぐらいしかできない、すまない」


 涼音にしてるような感じで、俺はせめてものと思い撫でる。

 それに対して旋梨ちゃんは小さく笑い、満足してくれたのか同じように寄りかかってきた。


「ゆうにぃ、本当に色々ありがとう……」

 

「……おう」


 お互いに一言で返し、俺は作業を終わらせた。それから涼音を起こし、機材の手入れと整理をした後、楽屋へ。


 それから夕食を食べ、お風呂に入った二人は疲れもあって寝てしまった。

 そんな二人の寝顔を見ながら、俺はしっかり布団を被せ、テーブルに設置されている電気を付けて、部屋の明かりを落とした。

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