酒は飲んでも飲まれるな






 VTuberである涼音たちと作戦の内容を伝え、話し合ってから夜を迎えた。

 時刻にして20時ぐらいだろうか。


 夜飯を食べた後、涼音たちは同じVTuberということもあり、二階にある涼音の部屋で盛り上がりを見せていた。


「裕也、親父さんらが呼んでるぞ。なんでも、話したいことがあるらしい」


「んあ? わかった、すぐに行く」


 自室でマネージャーについての勉強をしている時、海斗がドアをノックして入ってきた。

 どうやら一階の方で親父たちが俺を待っているとのことで、すぐに作業の手を止めて海斗と一緒に降りていく。


 するとそこには親父と奏さん、遠藤さんに八神さんが既に駄弁っていた。

 俺と海斗は空いているカウンター席の椅子に座った。


「来たか裕也。ミライバでの問題について、八神さんから既に聞いているぞ。そこで、大人組で裕也の話を是非聞きたくてな」


「話ってのは、俺の考えか?」


「うむ、その通りだ。楓から聞かされてね、彼女曰く本人から聞いた方が面白いとのことで私が君を交えて話したいと申したのだよ」


「だからって夜になってからじゃなくてもいいんですが」


「安心しろ裕也、親父さんらの目当てはただの酒飲みだからよ。お前の話はおまけみたいなもんだよ」


 海斗に言われてから気付いたが、確かに親父達が座っているテーブル席の上には既にビールやつまみなどが広げられていた。


 しかも海斗の言い方からするに、こいつ俺をこの宴会に誘い込む為のこじつけで真剣な顔つきで話したいことがあるって言いやがったな……。


 俺がまんまと嵌められたとげんなりしていると、親父がジョッキにビールを入れて俺の方へ持ってきた。


「ほら、飲めよ。グイッと、ほら!」


「うわっ、酒クセェ! あんた飲み過ぎだろ!」


「いいんだよ別に、明日も休みにしてあるし。うちは個人店だからな、気にすんな!」


「そういうことじゃねえ! 飲み過ぎて明日に支障出たら涼音たちを送迎できないだろうが!」


「ごちゃごちゃうるせぇな! さっさと飲まんかい!!」


「いや、だからーー」


 親父にジャッキを差し出されながらも否定していると、テーブル席の方で大きな音が鳴る。

 それに何事かと思って見てみると、そこにはジャッキを強く置き、ふらふらと立ち上がりこちらへ向かってくる遠藤さんが居た。


「男なのにごたごたごたごたと……。飲めって言われたら飲む! はっきりしなさいよ!!」


「ひえっ……遠藤さん……!?」


「私はねぇ〜、そういう男が大っっっ嫌いなんですよぉ! あ、でも裕也さんは嫌いじゃないですよ。……じゃなくて大人の飲み会にトゲ刺すのはよくないって言ってるんです! ほら、飲んでください!」


「んぐっ!?」


 胸ぐらを掴まれ、強制的にジョッキの飲み口を当てられる。

 普段とは違う遠藤さんに、俺は恐怖を感じながらも無理矢理流し込まれるビールを飲んだ。


「えへへ〜、いい子いい子〜」


「なんだ、この人ッ……」


「遠藤さん、私たちが飲み始める前から焼酎をもう二升ぐらい飲んでるの。ふふっ、仕事に対する不満が溜まってたみたいなのよ」


「いやはや、きっとこれは後に黒歴史となりかねないな」


 そう奏さんが説明してくれる。道理でビールとは違う酒臭さがあるもんだ。

 俺の頭を撫でてくる遠藤さんを引き離し、俺は大人しく親父の差し出したジョッキを手にして、如何にも飲んでますアピールだけした。


 しかし八神さんが言うように、恐らくここまで酔っているとなると明日の記憶は愚か、二日酔い間違い無しだな……。


「さて、私から君のご両親に宮田について詳しく話をさせて貰ったよ。昼食のラーメンを作る作業の中でお父さんからアドバイスを貰ったとも聞いたが、答えは出たのかね?」


「えぇ、そのことなら既に頭の中だけですが予定としては仕上がってます。前までの俺は宮田を物理的に潰すことしか考えていませんでしたが、よく考えれば宮田はマネージャーで、この俺も新人とはいえマネージャーの一人です。なので、奴が俺を三流だのと煽ったからには、その素質で勝負しようと思います」


「ふむ、それは実に面白そうだ。では酒を嗜みながら聞くとしよう」


 ベロンベロンになっている遠藤さんは次の標的として海斗にダル絡み。

 とりあえず遠藤さんのお守りは海斗に任せるとして、俺は八神さんを中心に親父と奏さんにも聞いてもらうことにした。


 親父の言うように宮田の人間性、態度を見れば確かにプライドは高い方だ。

 それゆえに、マネージャーとしての質で勝負を仕掛け、涼音たちVTuberを通して企画へと誘惑する。


 勝敗を賭ける上で必須なのは、互いのカードを切り出すこと。

 メリットが無ければ、そもそも受ける必要性のない勝負だからな。


 そこで俺は、自分を信用してくれた旋梨ちゃんと、俺自身の首を差し出すことに。

 対して俺が勝った際に求めることは、一切の限り旋梨ちゃんへの接触を禁止すると共に、マネージャーから足を引いてもらうこと。


 だがあくまでこれは予定。考えている全てが上手くいくとは限らない。

 ただそれでも、企画を通して宮田を誘い込むまでは成り立たさないと話にはならない。


「宮田を企画に誘い込むまでに、色々と準備をしなくてはいけない。マネージャー取締役である瀬川さんに企画の説明をして、審査してもらった上で許可を貰うこと。これが最初の手順で、それができたなら次へ……宮田との談話です」


「確かにそうね……。裕也くんの考えを一方的に押し付けてしまうのは、きっと向こうからしても納得いくものではないし。けど、談話するにしても大丈夫なの?」


「一応その時にも俺はボイスレコーダーを仕込んでおきます。まぁ、宮田は俺と接触したその日から警戒はしてると思うので、通用はしないと思いますが。それでも俺と宮田はマネージャー、談話する分には問題ないと思います」


 宮田は何を考えているのかわからないし、その分しっかりと考え警戒する。

 俺の手は見透かされていることを前提に、接触するべきではあるだろう。


 態度から見える余裕も結局はなにかしらの手口があるからこそ……。

 

 それから八神さんたちに俺が考えている計画の一つ一つを説明し、その話だけでも時間は過ぎていった。


「とまぁ、こんな感じですね。とりあえず瀬川さんに話をすることから始めないと進みはしないので、結局のところは期間が空く感じです」


 俺はそう全員に計画を話し終えた後、もはや勢いのままにビールを飲み干した。

 

「裕也、ほらよ」


「んあっ、さんきゅ。というか、遠藤さん引き離した方がよくねぇか?」


 ビールを足してくれる海斗だったか、その海斗の胸板に顔を擦り付けながら幸せそうにしている遠藤さん。


 側から見れば付き合ってるんじゃないかと思うも、海斗は深い溜息を吐いて言った。


「腰に回されてる腕の力が尋常じゃなくて引き離せないんだよ」


「……と言いつつ、本当はなんだ?」


「いや、遠藤さんの胸の感触最高だわ」


「うっわぁ……」

 

 隠し通すこともせず、あっけらかんにそう言う海斗に俺は引いた。

 対する遠藤さんは『ふへへ……』と声を漏らしながらそのまま眠りについた。


「きっとそれが本当の姿なのだろうな。遠藤くんは実家との距離が離れている分、ずっとミライバにある楽屋で寝ているようだからね。一人っ子というのもあり、甘えたがりなのだろう」


「あらあら、可愛らしいですねぇ。でもさすがに海斗くんにくっついたまま寝るのは体制的にも危ないからちゃんとしたところで寝かせましょう」


「二階までは大変だろうから、奥にある居間で寝かせとこうか。確か押し入れに予備の布団があったはずだから。海斗くん、頼むよ」


「親父さんがそう言うなら、布団敷いて寝かせてきます。裕也、ちょっと手伝え」


「んあっ、しゃあねえな」


 持っていたジョッキを置いて、俺と海斗で遠藤さんの両脇に腕を入れ運ぶ。

 奥の部屋で靴を脱ぎ、俺は海斗に一人で支えて貰い、押し入れから布団を取り出す。


「遠藤さんちょっと飲み過ぎじゃねえか? こりゃ二日酔い以上だぞ……」


「焼酎を短時間で二升も飲めばそうなる。よし、寝かせていいぞ海斗」


「おん、さんきゅ。……うおあっ!?」


「海斗!?」


 布団を敷き終え、海斗に遠藤さんを寝かせるように指示を出す。

 膝をついて起こさないようにゆっくりと降ろそうとした時、遠藤さんが海斗の首に腕を回してそのまま倒れ込んだ。


 その結果、遠藤さんの柔らかな胸に海斗の顔が沈んだ。


「……主人公昇格、おめでとう」


「んなこと言ってる場合か!? って、マジで力強いんだが!?」


「ふへへ〜、海斗さんめっちゃ好み〜。裕也さんもいいけど、海斗さんの方が好き〜」


「首ッ! 首がへし折れるって!! 裕也、助けてくれ!」


「ハッ! 末永くそのまま散ってろクソがァ!」


 俺は電気を消して、海斗を助けずにそのまま部屋を後にした。

 別に遠藤さんを気にかけているとかじゃなく、純粋に海斗に負けた気がしてならなかった。


 ドアを閉め部屋を出た後でも海斗からは悲痛に満ちた叫びが聞こえたが、無視した。

 そして親父達の元に戻った後、海斗は?と聞かれたので、飲み過ぎで心配だから少し看病するらしいと適当に返した。



とりあえず、瀬川さんにメールだけでも送っておくとしよう。

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