一筋のアドバイス、根本的な間違い
実家のラーメン店が有する敷地の駐車場に俺と海斗は車を止めて降りる。
座りっぱなしだったということもあり、全員は外の空気を味わいながら身体を伸ばした。
それから忘れ物が無いように確認をして、全員の準備が出来たところでスライド式の入り口の前まで移動した。
だが入り口のドアから透けて誰かが立っているのが目に見える。
「……ちょっと全員下がっててくれ」
俺の言葉に皆は一歩後ろに下がる。俺はそれを確認した後、勢いのままにドアを開けた。
「隙ありだああああああああああああッ!!」
「バレバレなんだよクソ親父がァ!!」
「ぎゃあああああああああああああああッ!!」
開けた先で待ち構えてたのは親父。思い切ってハグをしようと来たが、俺は親父に対して目潰しで返した。
大きく後ろに下がって倒れ込み、その場で左右にゴロゴロと転がり続けた。
「えっ……。これ、どういう状況っスか……?」
「ビ、ビックリしたば〜い!」
「お父さん……。はぁ……」
「ふむ、この方がお父様方か……。それにしても随分と元気のあるお方だな」
「すまない、とりあえずこのバカは無視でいいから入ってくれ」
俺と親父のやり取りに翔太くん達は困惑していたが、気にする必要はないとだけ付け加えて中へ案内をした。
「あらあら、旦那が見苦しいところを見せてしまったようで申し訳ないわぁ。裕也くん、そして涼音、おかえりなさい」
「お母さん……!」
「ただいま、奏さん」
遅れて厨房の方から顔を出した奏さんに、涼音は駆け寄り抱きついた。
それに対して奏さんは優しく抱きしめ返し、目の前には尊いシーンがあった。
そのあとに復活した親父は荷物は空いている座席などに置いて、自由に寛ぐようにと目を押さえながら言った。
それぞれが言われた通りに荷物を置いて、そこそこ長い距離を走ったことで疲れた身体を休ませるように座った。
「改めまして、私は神代奏と言います。二人が大変お世話になっているようで、本当にありがとうございます」
「いえいえ! こちらの方こそ涼音さんや裕也さんとは良くしてもらったり、楽しませてもらったりしてます! 申し遅れました、私はミライバ株式会社でこの赤城翔太と惠果のマネージャーをさせて頂いてる遠藤里美と言います。今回はこのお二人の保護者代役としてお邪魔させて頂く形になりますが、よろしくお願いします」
「同じく、ミライバ株式会社でこの子のマネージャーをさせて頂いている八神和馬と言います。勝手ながら裕也くんと涼音ちゃんに興味があり、彼らがどのような人物像であるのかが気になってしまい着いてきてしまいました。この度は勝手な行動、誠にすみません」
「あらあら。ふふっ、お二人ともそんな固くならないでくださいな。この子達の母親として、そして私個人としても深く関わってくださることは大変嬉しく思います。まだ二人とも未熟故、迷惑をお掛けするかもしれませんが、何卒ご指導の方よろしくお願いします」
遠藤さん、そして八神さんは自己紹介を挟んで奏さんと握手を交わした。
その間に親父がそれぞれに何が飲みたいのかを聞き出して、コップにジュースやコーヒーなどを入れて提供していた。
「それにしても、こうしてしっかり前向いて会うのは久しぶりだね海斗くん。君のお父さんは元気にしてるかい?」
「うっす、親父さんも相変わらずのようでよかったです。それに俺んとこの父親も健康に支障なく元気にやってますよ。まぁ強いて言うなら、最近やたらと裕也のトラブルに巻き込まれてるということぐらいですかね」
「おいコラ」
「はははははっ! そんなの今更じゃないか。だけど海斗くんは裕也に限らず俺も信用してる。これからも仲良くしてやってくれ」
「えぇ、そのつもりですよ。それに、こいつの紹介のおかげでミライバの専属になれたりもしてるんで感謝もありますし」
「そうかそうか! それと確か君は……、あぁそうか! 久しぶりだね、旋梨ちゃん!」
「お兄さんと違ってて覚えてくれてたと? その都度はお世話になりました、そしてお久しぶりです」
淡々と流れる日常会話。その中で少しトゲが刺さる感じで旋梨ちゃんから何か言われた気がしたが、互いに上手く馴染めているようでなによりだった。
ちなみに店は午前で今日は終了。俺たちが戻るのに合わせて、午後からは臨時休業として畳んでくれた。
なので特に客は来ないので、ここからは完全にフリーに話し合いができた。
俺と涼音はカウンター席に座り、両親と皆のたわいもない話を聞いたりして楽しんだ。
特にギターを弾ける翔太くんに、親父と奏さんが聴いてみたいと言った時はなにか嫌な予感がした。
というのも、つい最近完成させたばかりのいわくつきの歌……。
そう、Go To Pantsの弾き語りを歌い始めてしまったのだ。
翔太くんと関わり持つようになって気づいたことがあるのだが、ギターを手にして歌い始めると周りに注意がいかなくなり、自分の世界に入り込んでしまう為に手が付けられなくなる。
その結果、完走してしまう。だが歌詞はともかくしてギターの技術に加え、力強い歌唱力に歌い終えたあと、拍手が巻き起こった。
受けはよかったが、そのあと遠藤さんにこっぴどく説教されていたが。
「そういえば、皆さんってお昼は食べたのかしら?」
全員がそれぞれ話し合いで盛り上がって、一息ついていた時。
奏さんが両手を合わせて昼食を取ったかと聞いてきた。
ここに来るまでの道中で少しの菓子類をつまんだだけで、これといったものは食べていない。
俺がまだ特にはと言うと、親父はニヤリと笑い俺に指をクイっとやって、合図してきた。
「だったら皆さん、俺と裕也の作るラーメンでも食べませんか? もちろん無料で提供させていただきますよ」
「あら、それはいい提案ねぇ。お腹空かせてるだろうし、私も賛成だわ」
「ほう、是非とも食べてみたいものですね」
「私、お兄さんが作ったラーメン食べたいけん! とても久しぶりやけん!」
「オレ味噌バター醤油がいいっス!」
粋な計らいをしやがるな、親父……。
けどまぁ、確かに俺もラーメンを作ることは好きなのでやる気はある。
奏さんが皆の注文を受けている間に、俺は頭にタオルを巻いて、エプロンを付けた。
既に厨房で準備に入っている親父。俺は注文を取り終えた奏さんから教えてもらい、親父にそれを伝えた。
「マネージャーの仕事に勤しんでたからって言い訳は通用しねぇからな、裕也」
「ハッ、伊達に親父の元でラーメン作ってたわけじゃねぇよ。舐めんな」
「あらあら、二人ともやる気満々ねぇ」
「はわぁ……お兄さん、カッコイイばい……」
「うん、兄さん本当にカッコいい……」
「くううううっ!! オレもなにか手伝いますよ神代の兄貴いいいいいい!!」
「いや、お兄ちゃんは此処で大人しくしてて?」
「あははは! 翔太くんが出来ることと言えば恐らく皿洗いぐらいやろうなぁ」
「なにを言うんですか! オレだってラーメンの湯切りぐらいはできますよ!」
「翔太さん、お兄さんの邪魔しないでほしいばい」
「アッ、ハイ」
なにやら席の方で話しているみたいだが、楽しみにしてくれているのは嬉しいものだ。
より作ることに力を入れてしまう。だが意外にもブランクは感じることはなく、親父のペースに合わせて動くことができた。
それに、まだ期間としては短いのに懐かしさを感じてしまう。
思えば、ラーメン一筋でやっていくつもりだったのに、今ではマネージャー。
大き過ぎる変化、環境の違い。別に涼音の誘いを批判したいわけじゃ無いが、こっちの方がやはり性に合っているのかもしれない。
親父と厨房に立ち、作業する。前からある風景と流れに、俺は自然と笑みが溢れる。
「……裕也、お前最近頑張り過ぎてねぇか」
「んあっ? 急にどうしたんだよ」
「度々、涼音ちゃんからそっちでの出来事とかを聞いてたんだが、内容的にも頭も身体も使いっぱなしらしいからな。息抜きはしっかりしているのか心配でな」
作業しながら親父と会話する。どうやら、向こうでの仕事が気になるようだった。
「別に無理をしてるつもりはねぇよ。そりゃまだ覚えなきゃいけないこともあるし、頑張らないといけない場面は幾つもある。でも、親父とラーメンを作ること以外は俺にとってすげぇ新鮮だと感じるし、やりがいもあったりする」
「そうか。ならその右手の傷に関して、言うことはあるか?」
「……ッ。ちょっと、切っただけだ」
「さっきも言ったが、涼音ちゃんから全て聞いている。俺はな、裕也。お前の口からちゃんと聞きたいんだよ」
さっきまでのふざけた態度から一変して、親父の雰囲気は至って真面目だった。
親の前で下手な嘘をつくもんじゃないとまで言われる始末で、俺は少し考えた後に、改めて出来事の数々を話した。
その中で特に、今大きな問題として抱えている宮田のことも話した。
右手の傷に関しては俺が感情的になってしまったことによるモノであると説明をした上で、どうしらたいいのか。
そして、宮田という存在に対して不気味だと感じで、不安になっている自分が居るということ加えて、あらいざらいを話した。
「そうか、そういうことがあったんだな。だがな裕也、例え感情的になって自分で傷つけたとはいえ、その一つが親として心配な部分があるもんなんだよ。俺と奏が知らない、見ていないところで傷付いたり、悩んだり……。今までは側に居てやれたから助けられたが、今は違う。距離もそうだが、なにかあってもすぐにお前たちを助けにいけない。俺たちは、それが心配なんだ」
「親父の気持ちはわかる。けど、俺はもうガキじゃない。自分で考えて、動ける歳だ。心配かけちまうのは申し訳ないと思ってる、けど俺なりに息抜きも挟んでいるつもりだし、無理はしていないつもりなんだよ」
「まだ二十代前半のクソガキが一丁前に言ってんじゃねえよ。海斗くんからも聞いたが、宮田という奴と一悶着あってから様子がおかしいとまで連絡を受けたぞ。事情は今お前から聞いた、だが問題なのは、お前がこれからどうするつもりでいるのかだ」
俺がこれから、どうしたいのか。そんなの、宮田の所業を証拠として突き止めて、今後一切旋梨ちゃんに近付けさせないようにしたい。
そしてあわよくば、八神さんから聞かされた通りであるなら、宮田が担当するVTuberの解放もしてやりたいとまで思っている。
強欲、そして実に傲慢かもしれない。けど、宮田の存在を野放しにしているミライバの現状は維持してならないものだ。
俺は予定している動きについて、親父へ話してみた。すると親父は、小さい溜息を吐いた。
「俺はお前たちみたいに若くはないから、ネットの世界について詳しくはわからない。だがそれでも言えるのは、決して物理で解決しようとしちゃいけないことだ。涼音はVTuberで、お前はそれを支えるマネージャーだ。そして、今後ろの方で楽しげに話している遠藤さんや八神さんも、立場でいえばお前と変わらない」
「あぁ、そうだな」
「ならその宮田とかいう奴の所業を止める手として、それ相応のやり方ってのがあるんじゃねえのか」
「……確たる証拠を突き止めて、提示することじゃねえのか? 社長も証拠が無ければ対応することはできないと言ってたし」
「確たる証拠と言っても、自分の悪質な行動を揉み消せる方法のある相手なんだろ。正規じゃ間違いなく、無理に等しいはずだ。そしてこれはしがない時代遅れのオヤジが出すアドバイスだが、大概そういう奴に限ってプライドは高いもんだ」
正直、親父が一体なにを伝えようとしているのかわからなかった。
だが、宮田の喋り方、そして俺を見下すように三流とまで放つということは、より自分に自信を持っているのは確かだ。
親父はそれこそが宮田の弱い部分でもあると、俺にアドバイスをしてきた。
「プライドが高い奴に限って、自分が持っている自信に対してツボを突かれると脆くなる。特に下と捉えている存在から突かれれば、お前が感情的になるようにな」
「まどろっこしいな、なにが言いたい?」
「ーー証拠なんざ揃えなくても、奴の持つプライドそのものをへし折れば自ずと地に膝を付けざる得ないということだよ」
「……は?」
「ここまで言ってまだわからないのか? 全くそういうところは変わらず鈍いなお前は。つまりだな裕也、奴を極限までに刺激しろ。そして鈴音とお前、VTuberとマネージャーの立場として奴を潰せばいい」
そこまで言われて、俺は自然と作業の手を止めて気付いてしまう。
俺は親父に言われるこの時まで、ずっと宮田の証拠をどうしたらかき集められるのかを考えて悩んでいた。
だが本質として、それはそもそも時間が掛かりすぎるという事と、非合理的であることだと間違いに気付く。
そうだ、そもそも俺も涼音も働いている場所は主にVTuber活動だ。
となれば、親父がさっき言ってたように相応の立場で挑めばいいってことだ。
「ははっ、ははははは!! なるほど、そういうことか……!!」
「ようやく気付いたか、バカ息子」
「あぁ、おかげさまでな。俺はなにを悩む必要があったんだ、そして……なにを恐れる必要があったのかバカみたいだわ!」
親父の言葉に背中を押され、俺は作業の手を再び動かして閃いた。
つまり、奴を刺激した上でVTuberの活動を通してプライドをへし折ればいいんだ。
それすなわち、本質は宮田を潰すことだが、表上では【VTuberコラボ企画】で奴を炙り出し誘うことが出来れば可能性はある。
もちろんデメリットもある。だが、実際にやる価値はあるようなもんだ。
形上はなんの変哲もないコラボ企画、だがその裏では俺と宮田の相互による駆け引き。
奴が今一番欲しがっているのは旋梨ちゃんであり、きっとこの先も狙い続ける。
となれば勝敗による報酬をそれぞれ決めて手を打てば、奴なら乗ってくるはず。
だが間違えてはいけないのは、これは旋梨ちゃんの意見を聞かなくてはならないこと。
言葉はあれだが、彼女は一人の女の子であって物ではない。
本人の意見を聞いたあとで、不安で怖がるなら別のことでも対策は練れる。
無論、勝てる保証もないからな。けど、親父のアドバイスを俺は信じたい。
素早く、それでいて徹底的にするのであればこれが最善の手と考える他ない。
ーー俺は、ラーメンを作る最中でありながら既に多くのパターンを限りなく想定し、組み立て上げることにした。
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