目先にある問題よりも貢献を見据えるのが会社









 八神さんに食事を誘われた俺たちは食券で食べたいものを注文して、空いているテーブル席へと腰を下ろした。

 涼音、旋梨、そして楓ちゃんの三人はドリンクを取りに行くようで早速と席を外した。

 

 その時に何が飲みたいかを聞かれたので、俺はお茶を、八神さんはカルピスを頼んだ。

 意外にも可愛らしい飲み物を頼む人だなと思った。


「楓が騒々しくて申し訳ないね、ただ彼女も同じ所属の同士と出会えて嬉しさが抑えらないみたいだ。最初だけ見たところ、裕也くんの妹さんは人との関わりが得意じゃなさそうだが……」


「そうですね、苦手というのが正しいと思います。しかしミライバで活動を始めてから、少しはマシになった方ですよ。それに鳴海さんの行動に関しては大丈夫ですよ。ああやって率先して動いてくれた方が、涼音の為にもなると踏んでいますので」


「君は実に言葉遣い、そして礼儀がしっかりしているようだ。見た目で言えばやんちゃしてそうな雰囲気も、やはり外見で人を語るのは些か古い考えなのかもしれないな」


 八神さんの言葉に、俺は内心冷や汗を掻く。見た目の限りではそうかもしれないが、実際には海斗と不良をしていたからな。

 乾いた笑いで受け答えするが、さすがに自ら言う事ではないと思った。


「私たちのような年配者はよく若者を見た目、そして年齢だけで下に見る傾向があったりする。私もかつてそうだった……。しかし最近流行りのVTuberとやらを知ってからは、若者とはいえ自分よりも上に立つ存在が居ることを知らされた。時代の変わりというのはなにがあるかなんてのはわからないものだ」


「最初の印象からするに、八神さんと鳴海ちゃんはかなり信頼し合っているようにも思えました。この業界ではお互いとも長い感じですか?」


「VTuberを支援する会社、ミライバよりも以前に私は他所でも同じ仕事をしていた。もうかれこれ20年だろうか……。此処へ来たのも三年前ぐらいだよ。別グループのSmile Roadが結成された後に出来たのがDream Life、そこで最初にVTuberとなったのが楓であり、その次に旋梨くんということだ」


 ということはDream Lifeそのものが三年目ということか。それよりも前に出来たのがSmile Roadだから、そこに所属するVTuberたちはより長いこと続けているのだろうな……。


 しかしマネージャーの仕事を20年も続けていると言っていたが、この落ち着き具合からして昇進もできたはず……。

 俺は僭越ながらも、聞いてみた。すると八神さんは、昇進することの全てが自分の為になるとは限らないと答えてくれた。


 自分のペースで頑張れる立ち位置、そして役割。マネージャーの位置で留まることが自分にとっての働き方、目指し方であると丁寧に教えてもくれた。


 それから色々と互いの事を話していく中で、八神さんは41歳とのことらしい。このミライバにおいてのマネージャーの中では最年長とも教えてくれた。

 

……俺も、こんなダンディなおじさまになりてぇな。


「君は実に話しやすく、それでいて絡みやすい。こんな年寄りを相手にめんどくさそうな表情もせず、態度にも出さない。涼音くんの頼みとは言え、瀬川くんが君を受け入れた理由がわかった気がするよ」


「いえ、俺もまだまだ何もわからないド素人ですから。特に八神さんのような年上の方から聞ける話は貴重ですし。ちなみにご結婚とかされてるんですか?」


「ふむ、大変恥ずかしいことながら結婚自体したことがなくてね。というよりも世間からすれば受け入れがたい事であるが、私は楓の恋人であるのだよ」


「……んあッ!?」


 とんでもない事を最後に知ってしまい、俺はドスの効いた驚きの声を上げた。

 するとそのタイミングでこちらに小走りで戻ってくる涼音達の姿が見えた。


「に、兄さん……! 遅くなっちゃった、ごめんね……!」


「ドリンクバー、結構混んでたばい。はいこれ、お兄さんのお茶やけんね」


「あぁ……ありがとう……」


「兄さん、元気ない……? なにかあった……?」


「八神さん、もしかしてもう説教したん? あかんよ、そんなんしたら可哀想やないの!」


「いやいや、私は裕也くんと世間話を嗜んでいたのだよ。その中で結婚しているか問われたので、隠す必要もないと思い私と君が恋人関係であることを教えた、ただそれだけだ」


 鳴海ちゃんの気迫に、八神さんは受け取ったカルピスを一口飲んで事の説明をした。

 すると鳴海ちゃんは顔を赤くして言葉が出ないようで、涼音も隣に座ったまま情報の処理が追い付かず首を傾げる。


 旋梨ちゃんはそのことを知っていたのか、あまり驚きはせずに深い溜息を吐いた。


「驚くのも無理はないだろう。しかし、好意も告白も全て楓が仕掛けてきてね。私も最初は戸惑い、何かの悪戯なのではないかと疑ったものだよ」


「八神さん、ストップ! ストーップ!! もうええやん、別にそんな話せんでも! なっ!?」


「しかし楓は本気だったようでね。なんでも世間でいう、オジ専というものらしい」


「八神さああああああああああああああああああんッ!!!!」


 予想外の話をしていたと踏んだ鳴海ちゃんは、必死に八神さんの口元を両手で塞ぎ止めようとする。

 しかしその手を退けて面白がるように続けて言った。


 いやまぁ、恋愛の形はそれぞれというし理解はある方だ。逆に年齢の差はあるが、八神さんという大人が鳴海ちゃんの恋人という事実がそもそも安心できる感じがする。


 しかも丁寧に、『未だに手は出していないので安心してくれたまえ』などという情報も吐き出された。

 未成年である以上、手を出すことは成人として我慢しなくてはならないことであるのと、常識の範囲内だと言う。


 次々と語られる二人の関係に、鳴海ちゃんはテーブルに顔を埋めてプシュ~と言わんばかりに蒸発していた。


「ちなみに、今はまだ八神さんがいるから自制してるけん、これが二人きりとか八神さんが居ないところでだったら惚気で数十分は捕まるから私は少し苦手やけん……」


「あぁ、だから最初の挨拶の時乗り気じゃなかったんだな」


 八神さんが居る居ない以前に、鳴海ちゃんとの相性がそもそも良くないのかもしれない。

 小声でそう伝えてくる旋梨ちゃんに、俺は把握したと返した。


 それから俺たちは親睦を深め、料理を堪能しながら昼の時間を過ごした。

 涼音も最初は困惑、緊張していたがそれも打ち解け、上手く鳴海ちゃんとも話で盛り上がることができた。


それから昼食を食べ終え、一息を吐いた頃。


「少し気になったことがあるのだが、その右手はどうしたのかね」


「えっ? あぁ、これですか……」


 負傷した右手を使わずにずっと左手で飲んだり食べたりしていることや、包帯を巻いていることからも気になっていたのだろう。

 そう問うてきた八神さんに、隣で座っていた旋梨ちゃんや涼音の表情が曇る。


「作業している時に深く切ってしまって、この有様です。しかしこれからの動きには何の不便も影響もないんで、大丈夫ですよ」


「ふむ、切ったとしても全体的に包帯が必要な程の怪我はなかなか出来ないと思うがね。しかし話しづらいことは誰にでもあるようなもの、だが無理だけはよくない。今回私たちは出会ったばかり、遠慮もするかもしれないが、悩みなどがあるならいつでも聞こう」


「ありがとうございます。悩み、ですか……。じゃあ一つだけ聞いてもいいですか?」


「うむ、構わない」


「では、本当に一つだけ。――宮田マネージャーのこと、知ってますか」


 現状、少しでも情報として欲しい人物の名前を俺は出した。すると隣に座っていた旋梨ちゃんはその単語に反応したのか、身体を身震いさせた。

 

 だが俺はそんな旋梨ちゃんの手を、見えない位置で握り締めた。言葉には出さず、大丈夫と伝える為に。

 すると旋梨ちゃんは俺の手を握り返し、小さく息を吐いた。


「……宮田 翔、私が最も毛嫌いしている者の名前だね。あまり良い噂は聞かないが、その者について知りたいのかな?」


「えぇ、深く事情を話すことはできませんが……」


「なるほど。しかし君は、少し慎重に欠けるね。もし私が宮田と繋がりのある人間だったら、どうするつもりだい?」


「貴方程の器が、良くない噂で塗れている人物と仲を良くするわけがないと見込んでの質問です。それに繋がっていたとしたら、それは貴方の言うように慎重性に欠けた俺の落ち度です。けどこの質問には、大きな意味があります」


「……フフッ、そうか」


 先走りだとか、慎重性に欠けると言われようとも俺はこうした地味で大きな一歩を踏み出さないと状況は変わらないと思った。

 俺の返事に八神さんは微笑み、笑いを堪えた。


「若さ故の大胆ともいえる行動だな。宮田に関しては私含め、楓も嫌っているのだよ。無論本人の前では最低限のマナーで接するが、それ以外では関わるつもりはない。だが間違いなく言えるのは、あまり彼と深く関わるのは辞めたほうがいい」


「そうみたいですね。しかし瀬川さんから聞いた話の中で、売上重視で動いていると聞きました。VTuberの健康管理は然り、配信のスケジュールはめちゃくちゃだとか。しかしこれだけ噂が耳に入っていて、過去に何度も掛け合ったものの受け入れて貰えていないということは聞きました」


「そこまで聞いているということは、瀬川くんは相当に君を見越しているのだろうね。ふむ、それら全ては事実だ。実際に彼が担当しているVTuberたちはほぼ毎日の活動を配信で行っている。コメント欄では心配する声もあるが、それでも元気に仮面を被っているのは背後に宮田の存在があるからだろう」


 ミライバはVTuberを支援する会社としてあるが、瀬川さんから最初に話をされたときにもそうだが、VTuberよりもマネージャーが不足している。


 それ故にVTuberをすることが大好きで続けたいという宮田マネージャーが担当しているVTuber達は頑張る他ないという現状。

 旋梨ちゃんの場合は代役として瀬川さんが最初やっていたが、基本的にはマネージャーが居ないと規約上において活動が難しくなってしまう。


 だからこそ無茶なスケジュールの通り動くしかないのだと、八神さんは事細かく説明をしてくれた。


「私たちマネージャーはVTuberである彼らの意見、そして体調などの管理を尊重しなければならない。しかし宮田は売上重視、この子たちVTuberのことは商売道具でしか見ていないのだろう。しかしだな裕也くん、これは社会の闇であり変えることの難しい横暴な常識に過ぎないのだよ」


「えっ?」


「会社として売り上げというのは最も大切な常識だ。それはどの会社でも掲げる最終地点……。雇っている社員の素性が問題ではなくて、売り上げに繋がる人材なのかそうでないのかを見据え判断するのが会社であり、そのトップなのだよ。宮田の性格は腐っている、それに加え良くない噂が流れている。だが売り上げという成果を出している以上、会社には貢献しているということだ」


 俺は改めて、八神さんから社会のどうしようもない現実を教え込まれた。

 俺たち社員が求める事と、会社そのものが求める事の大きなすれ違い、そして根本的な掲げる思想の違い。


 どんな状況においてもそれを判断するのは社長であり、全ての取り決めはそこで完結するもの。

 幾ら宮田マネージャーが嫌われ、良くない噂があり、酷い所業がそこにあろうとも、会社が残すと言えばそれまでだと。


「君は若い、それでいてまだ色んな可能性を秘めている。だがね、冷静と判断は決して欠けちゃダメだよ。時には我慢し、時には引くことを覚えるべきだ。君が何を考え何を成そうとしているかまでは深く聞くつもりはない。それに新人という立場上、あまり目立った行動は良いものとされないだろう」


「そう、ですね……ッ」


「その悔しさ、悩みというのは君一人で抱え込めるような大きさじゃないだろう。もし君が私、そして楓を信じてくれるというなら是非話を聞かせて頂きたいものだ」


 八神さんのご厚意に、俺は考える。そもそもこれは俺の問題ではなく、旋梨ちゃんの問題だ。

 俺はふと旋梨ちゃんの方に視線を移した。下を俯いたまま、俺の手を握り続ける。


 考えていてくれているようで、俺は待った。そしてやがて、その顔は俺に向けられ、小さく頷かれた。

 きっと旋梨ちゃんは、俺を信用してくれたのだろう。そしてなにより、頼ってくれた。


 俺も頷き返し、思い切って八神さんと鳴海ちゃんに事の経由、そして全てを話すことにした。



 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る