ちょっとした出会いが今後の影響に繋がることもある









 ひとまずという形で海斗、及び涼音と旋梨ちゃんにも全てを話した。協力者は多いほどに得る情報量も違い、動く予定の細かな組み立ても可能になるからだ。


 幸いにも瀬川さんから旋梨ちゃんのマネージャーをするという許可は貰えたということで、俺はこの楽屋の中に旋梨ちゃんが使用する着替えやパソコンなどの機材を移し替え、寝泊りするのに必要なベッドも一つ更に注文をした。


 そして俺の話を聞いた海斗は、最初こそ悩みつつ難しい問題に対して意見を述べていたが、古き友である旋梨ちゃんの現状を変える為ならと提案に乗ってくれた。


 しかし最初から飛ばして動くと余計に危ないので、これまで通りマネージャーとしての質を向上させつつ、涼音や旋梨ちゃんの活動を支えることに。


 それと驚いた事実があるのだが、この楽屋に身を移すまでは前に俺が間違えてノックしたあの部屋で過ごしていたという。

 あそこは此処のようにオートロック式のドアじゃない故、あまりにも無防備過ぎると注意を促した。


 それに対して旋梨ちゃんはしょんぼりとしつつ、以後気を付けると反省をした。


「裕也、ちょっといいか」


「んあっ、どうした」


 旋梨ちゃんの生活用品の整理を手伝っていると海斗に呼ばれて、俺は涼音に手伝ってあげてくれと伝えて楽屋を出た。


「お前の作戦とやらに必要なもんを揃える為に電話を掛けて聞いてみたんだが、使ってないのがあるみたいで貸してくれるってよ。ただお前はマネージャーとしての活動があるから、あまり実家の方面には帰らないだろ?」


「あぁそうだな、親父と奏さんにもとりあえず一週間は帰らないと伝えてある。往復するのに大変だしな。それにしても繋がったのは運がいいな、生きてるかどうかも怪しかったのに」


「お前って奴は本当に非情だな……。とりあえず俺は生憎と休みだから代わりに受け取ってきてやるよ。ただ、戻ってくるのは夕方頃になりそうだ」


「構わない、準備は時間掛けて念入りにする方が安全だしな。向こうに行ったら、燐にありがとうと伝えておいてくれ」


 ――木島 燐。俺と海斗より一つ下の年齢で、かつての後輩だった者だ。名前は女っぽいが、れきっとした男だ。

 高校時代に学校内でよく付きまとっては謎に弟子志願してきた奴で少し頭はおかしい。


 機種変更した時に連絡先が消えて以来、連絡を取り合うことが無くなったが海斗を通して連絡が付いた。

 燐は思考回路こそおかしい部分があるものの、海斗から現在大手企業に勤めていることを知った。


 戻ってくる頃には夕方ぐらいにはなりそうという海斗に、俺は了承し頼んだ。

 そこで別れ、俺は楽屋に戻って中の状況に目を通す。あらかた片付けも終わったみたいで、二人はやりきった達成感なのか、満足そうにお茶会を開いていた。


「おかえり、兄さん……。海斗さんは……?」


「ちょっと用事で一度家に帰るってよ。また夕方頃には戻ってくるらしい」


「お兄さんの珈琲も淹れてあげるばい、待ってて」


「すまない、ありがとうな」


自業自得とはいえ、利き手を怪我してから異様に気遣われている感じが否めない。

 海斗に話をするときも常に密着されてたし、なにより涼音はちらちらと俺の方を見たりしている。


いや、本当に大丈夫なんだがな……。


 そう思っていると旋梨ちゃんが珈琲を淹れてくれて、差し出してきた。俺はそれを受け取り、一口飲む。


「とりあえず、今日からよろしくな旋梨ちゃん。スケジュールに関してだが、俺もまだ学んでいる最中……。好きなときにやればいいと思うぞ」


「私はお兄さんなら別にスケジュールを組んでもらっても大丈夫ばい。寧ろ、そうして欲しいと思うけん」


「……その方が、兄さんも組み方の練習にはなるかも」


「確かに、そう思うとそうだな。涼音のは既にあらかた決めているが、それなら旋梨ちゃんのも組み立てるか。それと、あまり深く考えなくていいからな。宮田マネージャーに関しては瀬川さんも把握してるし、俺の目がある内は手を出させないようにするさ」


「うん、本当にありがとうお兄さん……」


「気にするな。それと涼音、今日はこの後に午前の配信予定だったけど、午後の部を二回する形に変更するけど大丈夫そうか?」


「うん……大丈夫。今日はお絵かき配信する……」


 怪我の具合的にも瀬川さんからは活発的に動かないようにと厳重注意を受けてしまったからな。

 涼音には申し訳ないが、午前は様子見して午後から頑張ってもらう事にしよう。


 何気ない日常、その中にある会話。それらを通して見ていたがやはり旋梨ちゃんの表情はまだ不安があるみたいだ。

 しかし仕方ないと思う。宮田マネージャーの行動を聞く限りでは一人を狙って現れるらしいからな……。


出来るだけ一人にしないほうが安全かもしれないな。


 マネージャーとしての仕事に、変な話護衛のような動き。これは忙しいというか、一人じゃ身体を潰してしまうな。

 そう色々考えながらも俺はするべきことをやって、午前は三人で自由に時間を潰した。


――そして迎えた昼、俺たちは会社内にある食堂へ足を運んだ。


「あっ、新人さんと旋梨ちゃんや! お~い!」


「んあっ?」


 昼という事もあって食堂は大勢の社員で混んでいる。その中で声を上げる一人の少女と、男性が居た。

 その少女は声を上げた後に、小走りで近付いてくる。男性の方も小走りではないが、後を追うようにこちらへ向かってきた。


「……鳴海先輩、こんにちは」


「相変わらずしけた反応するやん。ほんま可愛い顔が台無しやで? それとこの子が噂に聞いてた新人かぁ! 旋梨ちゃんに負けず可愛い顔しとる。好き、是非抱きしめさせてもらうわぁ!」


「ふあぁ……!?」


「なんだこのハイペースは……ッ」


 近付くにつれて挨拶をしてくる少女に、旋梨ちゃんは冷たく返事を返し、涼音はなぜか抱きしめられて困惑している。

 同じように向かってきた男性はその光景に大きな溜め息を吐いて涼音から少女を引き離した。


「楓、新人の子もそうだがマネージャーも居るだろう。礼儀としてまず初対面には名前を告げ、しっかり挨拶しなさい。私は八神 和馬と言う、君が最近入ってきた新しいマネージャーだね?」


「神代 裕也です。妹の涼音と一緒にこのミライバで働くことになりました、不束者ですがよろしくお願いします」


「ふむ、礼儀が良いのはしっかりしている証拠だな」


 八神さんが手を差し出してきたので、俺も同じように差し出し握手を交わした。

 年配の方という印象で、雰囲気も大人だ。落ち着いていて、それでありながら俺が若いからといって見下ろすような姿勢ではなかった。


「はぁ……八神さんは本当に事細かいわ~。だから周りからも絡みづらいって言われるんとちゃうか? と言っても、確かに挨拶は大事やね。改めて、うちは鳴海 楓。Dream Life古参にして、最初のVTuberやで。以後、お見知りおきを」


「よ、よろしくおねがいします……!」


「Dream Life古参、それも最初ってことは……」


「Dream Lifeの中でトップに立つ人やけん。チャンネル登録者数は100万人越え、実力も全て大手の存在ばい」


 目の前で恐る恐る鳴海ちゃんと握手を交わす涼音。その隣で旋梨ちゃんが小声で情報を教えてくれた。

 つまり、旋梨ちゃんの先輩でありDream Lifeの中ではトップに立つVTuber……。


 しかも聞き捨てならないのが、100万人越えって……。確かにノリがよさそうに見える以上、雑談もそれなりに面白そうだが、そんな桁違いの実力を持っているのは珍しいぞ……。


「挨拶もしたところで、裕也くん達もこれから昼食を?」


「えぇ、お腹が空いている状態の維持は身体に悪いですから。八神さんたちはもう済ませた後ですか?」


「いや、私たちもこれからだ。食券を買おうとしたところ、楓が君たちを見つけたようでね。もしよければだが、ちょっとした交流会も含めて一緒に食事でもどうだね?」


「それいい提案やねぇ! 是非とも一緒に食べへん?」


 変な社会の掟として、先輩方の誘いを断るわけにもいかない。それに、せっかく距離を詰めて貰える機会だ。

 俺は小さく頭を下げて、受け入れた。対する涼音も同じように緊張はしているものの頭を下げたが、対する旋梨ちゃんは俺の服袖を掴んであまり乗り気じゃなかったみたいだ。



――鳴海ちゃんと、なにか関係があるのか……?



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