放置できる問題じゃないからこそ考える
会社から車を数十分走らせた先に着いた病院で、俺は看護師から治療を受けた。
瀬川さんに支えられながらも入り口を通して入った瞬間、受付の人が事の重大さに気付いてくれたのか、すぐに先生を呼んでくれたようですぐに治療を受けることに。
とりあえず形だけの止血として巻かれていたガーゼと包帯を解いて状態を見せた時、マグカップの破片がこんなにも深く刺さることは早々に無いと言われ、改めて自分が無意識に強く握り壊したのかとそこで気付いた。
よって部分麻酔をしてもらい、ちょっとした手術をすることになり一時間が経過した。
適切な処置を受け、看護師と先生に頭を下げてお礼を言い、受付ホールへ向かった。
そこにはそわそわして、落ち着きがない瀬川さんの姿があった。
「瀬川さん、終わりましたよ。迷惑を掛けてすいません」
「ッ! 裕也さん、よかった……!」
「本当にすみません。先生が言うには、幸いに神経は傷付いていることはなく、破片の摘出と消毒、しばらくは右手を安静にとのことで済みました。……受付だけ、済ませてきます」
自分でも何故、あんなにも冷静を欠いたのかわからない。ただそれでも言えるのは、知り合った一人がそういう目に遭っているという事実に苛立ったということだけ。
過去にそういう現場があってとか、知り合いがそういう目に遭ったからとかじゃない。
恐らく仲を良くしている関係の子がそういう目に遭っているからという単純な理由だ。
瀬川さんに頭を下げ、受付を済ませて俺は瀬川さんと一緒に外へ出た。
「……瀬川さん、少し話したいことがあるんですが、いいですか」
「旋梨ちゃんのことと、宮田マネージャーのこと……ですよね」
「ッ! 知ってたんですか」
「裕也さんが治療を受けている間に、涼音さんや旋梨さんからメールを通して聞きました。立ちっぱなしもよくありません、車の中でお聞きします」
その表情は、悲しい何かを感じた。俺は瀬川さんの後ろをついて車の中に乗った。
「まず一つ、旋梨さんのマネージャーに関してですが、彼女がそう望んだのであれば私は許可します。その方が、あの子の為にも少なからずなると思いますので。しかし本題は、恐らく一番裕也さんが知りたいと思われてる宮田マネージャーの件……ですよね」
「そうですね。朝方、旋梨ちゃんが全部話してくれました。相当に精神への負荷があるみたいで、雰囲気そのものが辛そうでした。普段は元気に振る舞う旋梨ちゃんが、助けて欲しいと言葉には出さずとも救いを求めている気がしました」
確かに旋梨ちゃんは、才能を秘めている。じゃないと、音ゲーをメインに何十万人と登録者数は増えない。
皆が彼女に注目することがなによりの証拠で、そのプレイを見たいが為に集まる。
だが旋梨ちゃん自身、上手さよりも楽しむことを優先する。それは基本的にVTuberをしているほとんどが思う事。
しかしそれを狙う宮田マネージャーの所業。才能ある者を傍に置いておき、自分の評価に繋げようとしている。
それらを踏まえての恐喝、そしてつい最近ではセクハラ行為。瀬川さんが言うには、宮田マネージャーの所業による噂はほとんどのマネージャーにも流れている。
だが結局のところ会社というのは売上重視なのが基本だ。それに証拠が無ければ、問い詰めることすらできない。
更に瀬川さんが話す上で知ったのは、宮田マネージャーはVTuberのスケジュール、及び健康管理はろくに取り扱わないそうだ。
全ては成績というレッテルを上げる為の商売道具としてしか、見ていないようだ。
「……まさにクソ野郎ですね」
「私含めマネージャーの界隈では、裕也さんの言うように良い印象はありません。ここまで噂だけでも悪印象がある為、宮田マネージャーの所業を知っている者で掛け合ってみたのですが、どうしても証拠を出せの一点張りで取り扱ってくれませんでした。本当に頑固な、人です」
証人、証言はあれどそういった現場の証拠が無ければなにをしようとも無駄。
頑固以上にわからずやだと、俺は思った。瀬川さんは悔しそうに握り拳を作っていた。
宮田マネージャーはずる賢い。そう噂が流れているとわかっている上で、逃げる術を持っているからこそ続けるのかもしれない。
俺の中であらゆる憶測を考え、なんとかして旋梨ちゃんをそいつから引き離せないか考える。
直談判するにしても立場上無理だ。それに、瀬川さんから前に別グループであるSmile Roadとの交流は極めて少ない。
VTuberであるなら、マネージャーは特にだ。だがそれと同時に俺の中で、チャンスがある場面を思い出す。
それは、月に一度行われる意見交流会だ。
その時こそが、しっかりと面向かって出会えるチャンス。それまでに証拠を取り揃えれば、なんとかなる可能性もある。
しかもその時に社長も顔を出すと言っていた。なら余計に、これを逃す術はない。
「瀬川さんに一つだけ質問があります。新人の立場として言うべきことではないのは承知なんですが」
「大丈夫です、あの人に関しては私も頭を抱えているので。それで一体なんですか?」
「……俺がもし、宮田マネージャーを潰すと言ったらどう思いますか?」
「……えっ?」
俺の言葉に、瀬川さんはポカンとした表情で固まる。しかし言葉の意味を理解したのか、クスっと笑い窓側に視線を移した。
「そうですね、私もこの場を借りて少し荒い言い方をしましょう。潰せるのなら、是非ともって言いたいですね。ただそれをするのに、なにか考えがあるんですか?」
「今の時点では二つ程だけですが、やってみる価値はあります。この件に関しては早急に解決しないと、旋梨ちゃんが報われない気がしますので」
「ふふっ、あはははは! いや、本当に貴方は面白いですね。普通はそんなこと言わないし、やろうとも思いませんよ。はぁ、しかしそうであるなら私も協力させてください。一人よりも二人の方が情報も行動もしやすいでしょう?」
「取締役が悪い事を考えている奴に協力して大丈夫なんですか?」
「いえいえ、取締役としてではなく個人的にです」
微笑んだその表情は、やってやりましょうという意思表明と思えた。俺は形上では新人、だから表に立つことはできない。
しかし裏で一つずつ行動する分には別にいいだろう。それが旋梨ちゃんの為にもなり、会社の為にもなるなら。
――それに、こういうのは意外と得意分野だったりするもんだ。
■
「兄さん……兄さん……!!」
「お兄さん、お兄さん……!!」
瀬川さんに送迎をしてもらった後、俺は一度瀬川さんと別れ楽屋へと足を運んだ。
ドアを開け、中に入るとそこには気分を沈ませていた涼音と旋梨ちゃん、そして何故か海斗が居た。
しかし俺が入ってきたと知った瞬間に、涼音と旋梨ちゃんが泣きながら抱き着いてきた。
かなり不安と心配を掛けてしまったようだ。せめて、俺からもメールを送っておくべきだったか。
「お前が病院に運ばれたと瀬川さんから連絡あって来たが、どうやら無事みたいだな」
「そんな大したことじゃねえ。ただ自分で傷付けただけだ」
「そうだろうと、今はその二人の前で大したことないなんて言うべきじゃない。特に旋梨ちゃんなんて自分のせいかもしれないと、責めてたんだからな」
「ごめんなさい、お兄さん……!」
「いや、別に旋梨ちゃんが悪いわけじゃないから大丈夫だ。それに涼音も、心配掛けた。ごめんな」
「うん……ッ」
「とりあえず何があったか俺にも話せよ。事の次第によっては、協力してやる」
そういう海斗は、どうやら旋梨ちゃんからは聞かされていないようだった。
どのみち俺がこれからする上で、海斗にも協力してもらおうと思っていた。
抱き着いてなかなか離れない涼音と旋梨ちゃんを引き離し、俺は椅子に座って一息吐いた。
すると海斗も同じように対向側に座り、なぜか涼音と旋梨ちゃんはピッタリと左右にそれぞれ座ってくる。
大丈夫と言っても、恐らく信用されていないなこれは。俺はひとまず、海斗になにがあったのか、そしてどう動こうとしているかをすべて話すことにした。
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