どの会社にもクソ野郎は存在するものか











 煙草を吸うのはやめて、俺はひとまず旋梨ちゃんの話を聞く為に椅子へと座り直した。

 対する涼音も隣に座り、旋梨ちゃんは目の前に座った。まぁ俺が起きている時を狙って顔を出したというのも、恐らく今から話す内容が本題なのだろうと思った。


「まず、マネージャーとしての立場を持つお兄さんの意見を聞きたいけん。お兄さんにとって、私たちVTuberはどう見えて、どんな存在って思ってると?」


「どんな存在って、そりゃマネージャーはVTuberを支えるのが仕事だと思ってるし、互いに必要な存在とは思っている。一人じゃなく二人で頑張る、そんな感じじゃねえかな」


「……そっか。元からわかってたけど、改めてお兄さんは優しいって知れて嬉しいばい」


 旋梨ちゃんの言葉がなにを指しているのか、その時点ではまだわからなかった。

 涼音も真面目な声で話す旋梨ちゃんを前に、いつもと雰囲気が違うのを感じているのか心配そうな表情をしていた。


「マネージャーが作り上げてくれるスケジュールに従って活動するのが企業に務めた主なVTuberの活動やけん。けどそもそも私はそれに縛られるのがあまり好きじゃないというのは、レイちゃんを通して理解してくれてるやんね?」


「あぁそうだな、瀬川さんからはその部分を聞かされてる」


「でも、その部分は苦手というだけであって本当は別の理由があるんよ。それは、“Smile Road”に所属しているVTuberのマネージャーが原因ばい……」


 それは瀬川さんからも聞かされていない、初めて知る旋梨ちゃんの話だった。

 

 話を聞くと、所属したばかりの時はマネージャーを付けて活動に勤しんでいた時期があったらしい。

 当時は特に縛られるような感覚はなかったようで、上手く共にこなすことができた。


 担当していたマネージャーはどちらかというと気遣ってくれる人だったみたいで、慣れ親しみやすいというのもあって、互いに信頼を寄せる程のコンビだった。


 だがある日を境に、その日常は壊れた。それら全てはsmile Roadに所属する一人のマネージャーによるもの。


「私は別に音ゲーに対する上手さとか、配信での立ち振る舞いとかの評価はどうでもよかったばい。自分が楽しめて、それの良し悪しを伝えてくれるマネージャーとの絡みが好きだったとね。その何気ない日常があるだけで、凄く頑張れたばい。けど私のなにを評価したのか、宮田マネージャーが引き抜こうとしてきたばい」


 宮田和利、Smile Roadのマネージャーを務める男性。その宮田マネージャーが旋梨ちゃんに目を付けて、あろうことか引き抜き行為に及んできたと話す。


 しかも厄介なのが、当時旋梨ちゃんの担当をしていたマネージャーが居ないところでの接触を常に図ってきたらしく、挙句の果てには脅し文句まで吐いてきた。


 だが人に左右されない旋梨ちゃんは断り続け、あまりにもしつこい宮田マネージャーのことを相談した。

 すると旋梨ちゃんのマネージャーは事の事態が悪化している道中であると警戒、そして対策を練ることに。


 その対策というのは、瀬川さん含め社長に直談判するというものであった。

 

「マネージャーは正義感が強い人だったばい。私が相談した後で、すぐに上へ報告したとね。けどマネージャーから聞いた話は、証拠もない状態では掛け持つことはできないという一点張りだったらしいけん」


 悔しそうに唇を少し噛み締めながら、旋梨ちゃんは言う。社長の発言は理解しがたいものであると同時に、理解してしまいかねない一言だった。


 というのも、人を呪わば穴二つという言葉があるように、誰かを疑うということはそれに見合った代償が返ってくる可能性が少なからずあるわけだ。


 なにせ旋梨ちゃんのマネージャーが直談判したと言っても、それは双方の意見ではなく片方の意見に過ぎない。


 判断が難しいというのは、間違いないだろう。例えばの話、裏で旋梨ちゃんに詰める宮田というマネージャーの現場を他の人が目にしていたのであれば証拠として残るかもしれないが、そういったことはなかったみたいだしな……。


「ちなみに担当していたマネージャーと、その宮田マネージャーの現状はどうなってるんだ?」


「……私の担当をしていたマネージャーは、つい最近に辞めてしまったばい。お兄さんたちが来る半年ほど前ぐらいに……。けど宮田マネージャーはまだ現役でおるばい。マネージャーとしての成果は上やけん、社長も残す価値はあると思ってるやんね……」


 実に皮肉で、腹立たしい結果だ。旋梨ちゃんのマネージャーは辞める際に『ごめんね』と何度も謝り続けた。

 なにもできない自分に打ちひしがれ、精神的にも相当に来てしまい辞めてしまったのだろう。


 誰にも左右されない、そして束縛を嫌うという性格からもきっとそれが本当の始まりであるのだろう。

 そして今も尚、その宮田マネージャーからの誘いという名の鬱陶しいアプローチが絶えないという。


 そりゃ旋梨ちゃんからしても、悔しい結果だ。証拠を残すにしても、一人の場を狙っていつ現れるかわからない相手ということもありそれなりに口は達者か……。


「兄さん……なんとか、してあげられない……?」


「なんとかしてあげたいが、俺も新入りっていう立場があるから下手に調子乗った動きはできないんだよな……。マネージャーになるという話に関しては瀬川さんを通せばなんとかなるかもしれんが、その宮田マネージャーの件は難しいな……」


「今でもあまりにしつこいけん……。やけん、私をお兄さんの元に置いてくれたら諦めてくれるかもしれんばい……」


「諦めるって言ったって、前のマネージャーさんの時から既にそういう行動を起こしてたんだろ? なら俺がマネージャーになったところで変わるような奴とは思えんが」


「そ、そうやけど……。ほら、お兄さんって見た目は怖い雰囲気あったりするけん。やから、宮田マネージャーもそれで腰を引いてくれるかもって思うばい……」


「いやちょっと待て、人を魔除けに使うな?」


 確かに昔から周りに人を殺してそうな面してると言われたことはあるけど、実際はその気なんてないからな?

 魔除けに使うなとは言ったけど、それで簡単に解決できるのであれば苦労はしないだろうし。


 しかし此処で旋梨ちゃんが話してきたということは、彼女自身も相当にキている可能性が少なからずある。

 その証拠に、この内容を話しているときの旋梨ちゃんはいつもと違って元気が無く、少し怯えている雰囲気もあった。


「それに、私はお兄さんがマネージャーをしてくれるならばり嬉しいとね。涼音ちゃんは不快に思うかもしれんけど、それでも私はお兄さんがいいばい」


「不快には、思わないよ……。今の話を聞いたら、兄さんの傍に居た方が安心かもしれないし……」


 安心できるできないはよくわからないが、マネージャーを付けてない状態での現状は確かによくないと思う。

 せめて目があるというアピールする形だけでも、多少なりとも下手に動くことはできないだろ。


「まぁ、瀬川さんに持ち掛けて旋梨ちゃんのマネージャーをする話は頑張ってみる。ただ最終的に解決しないといけないのは、その宮田マネージャーの件だ。証拠が無い状態で取り繕って貰えないというのなら証拠を搔き集める必要もあるし、なによりずっと抱え込む問題になっちまう。言い方はあれだが、ここまで生き残れているのも向こう側からして逃れる術を持っているということになる。そこも上手く掘り起こさなきゃいけないな」


 確かに調子こいた大きな動きはできない。だが、新入りだからこそ動けるものがあったりする。

 そこを見出してなんとか解決できるように動きたいものだが、如何せん俺は宮田というマネージャーに会ったことすらない。


 そして言ってしまえば、この現状も旋梨ちゃんから一方的に聞いている話に過ぎない。

 信じてないわけではないが、片方だけの意見だとどうしても淀みが生じている部分もあったりする。


 実際にこの目で見て、判断することも大事だ。そう俺が色々考えて、マグカップに手を付けた時。


 全部を話そうと決意してくれたのだろう。旋梨ちゃんがこれまでよりも喉から声を振り絞って、教えてくれた。


「わ、私もすぐにこの問題を解決したいばい……。つい数日前、宮田マネージャーに太腿とか触られたり、胸も触られそうになったりもしたけん……。口は強気で言えても、実際になにかあった場合じゃ勝てないけん……。だから、もう頼れるのお兄さんぐらいしか居なくて……!」


 それを聞いた瞬間、俺は沸々と上がってくる怒りの感情のままマグカップに力が入り、割ってしまった。

 手に浴びる熱い珈琲、そして割れた破片が刺さる感触。それに驚いた涼音と旋梨ちゃんが近付いてきては、俺の手を掴み、ゆっくりと開かせる。


すると破片が刺さった場所から、出血していた。


「あっ、痛てェ」


「兄さん……!!」


「急にどうしたばい!? す、すぐに血を止めないと……!!」


 意識を向けてから感じるジワジワとした痛み。涼音と旋梨ちゃんが慌てて救急箱を手にして俺の手当をする中で、俺はそれよりも宮田というクソ野郎が移した行動に対して自然と怒りが湧いて止まらなかった。


 破片が刺さったことで病院に行くべきと促す涼音、それと共に心配してくる旋梨ちゃん。

 思うことでいっぱいになっている俺を他所に、涼音は涙声で瀬川さんに連絡したらしく、数分後に瀬川さんが駆けつけてくる。


 俺の手から止まらない出血に、瀬川さんは然るべき手当の処置をして、俺の手を引いて病院へ連れていこうとした。

 そして俺は強制的に瀬川さんの車に乗せられ、その間もずっと怒りで放心状態だった。

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