如月旋梨にとっては大きな運命だった‐中編‐







――約二年半前の事。


 現在の母親である奏さんが親父と再婚する半年前、言い方を変えればまだ俺が海斗と不良をしていた頃の話だ。


 学校終わりに一度帰り、親父に一言掛けた後に俺はバイクで海斗と待ち合わせ場所である廃墟まで飛ばした。

 場所的には遠くも無く、信号に捕まりながらも20分程度で廃墟と化した建物に着いた。


 既にそこでは海斗がバイクにもたれ掛かっており、後から来た俺はその隣にバイクを止めてヘルメットを外した。


『悪い、見事綺麗に全部の信号に捕まったわ。詫びに飲み物と少しのつまみを持ってきた』


『おっ、気が利くじゃん。とりあえず一服しようぜ』


 誰も寄り付かない、人気の無い場所であるからこそ俺と海斗は煙草を吸い始めた。

 まだ寒い時期ということもあって、陽が落ちるのが早い。俺は煙草を吸いながらも、海斗の左腕に巻かれた包帯が目に入り、なにがあったのか聞いた。


『また俺の知らねぇところでやり合ったか?』


『あぁ、前にお前と二人で潰した〇〇高の連中とな。此処に来る前に俺が一人って所を狙って仕掛けてきた』


『ははははッ! 本当に懲りねぇよな、あいつら』


『全くだ、数さえ多けりゃいいってもんじゃねえのにな。あいつらが束になろうと、負ける気がしねぇ』


『単細胞だから仕方ねえよ、俺にも仕掛けてこねぇかな』


『無理無理、やめときな』


『あ? それは俺が負けるって言いてぇのかよ』


『違う、お前が相手だと本気であいつら死ぬかもしれないからって意味だよ。加減ってのを知らないだろ?』


『いつでも全力、それが俺の生き方だ』


 当時、不穏な会話が俺と海斗の間ではごく当たり前だった。だが決して勘違いしないでほしいのは、俺たちが喧嘩を売ったわけじゃないということ。


 過去にホームレス相手に集団で集っていた奴らがたまたま近場の別高校の連中だったということもあって、撃退したはいいもののそれ以来目を付けられて週に一度二度のペースで絡まれるようになったということぐらい。


 しかし俺も海斗も結局はストレス発散にも繋がるという理由から退くつもりなど毛頭に無かったわけだが……。


『それはそうと腹減ったな……。ゲーセン行く前に、腹ごしらえにファミレス行こうぜ』


『帰った時に少し親父の飯を食べてきたからあまり腹は減ってないんだよな……』


『おい、少し遅れた理由って信号じゃなくてそれじゃね?』


『やべっ、墓穴掘った』


『テメェ、この野郎』


 ケツを軽く蹴られて前に押された俺は、これ以上文句を言わずに海斗のファミレスで飯を食うことに賛成した。

 二人同時にバイクに跨り、吹かす。そして準備ができたことを確認し、並んで移動をする。


 目的があろうとなかろうと、二人でこうして移動するだけでも当時の俺たちにとっては楽しみの一つだった。


 それから数十分と、あえて距離の離れたファミレスにまで移動し着いた頃。

 俺と海斗はバイクに鍵を掛け、忘れ物がないか確認。互いに大丈夫とわかったところで動こうとした時、海斗が目線の先にある出来事に気付き、声を掛けてきた。


『おっ、あの子ナンパされてんじゃん。助ける?』


 海斗に指差され、俺はその先に視線を向ける。すると少し距離が空いているが、確かに人気のない路地裏で一人の女の子を囲んでいる連中がそこには居た。


 俺は先ほど此処に来る前、海斗に蹴られた部分がヒリヒリとするということもあって、若干のストレスを感じていた。

 しかしそれを本人にあえて言わないのは、やはり仲が良いからという保険があるからだろう。


故に俺は、海斗にサインを出しながらその方向に歩いていった。


『ストレス発散にブッ殺す』


『いや、殺しはするな。俺まで巻き添えじゃねえか』


 なにやらブツブツと文句を垂れる海斗を他所に、背後から忍び寄り俺たちは声を掛ける。


『一人は危ないから、俺たちが家まで送ってあげるよ』


『だ、大丈夫です……。私、一人でも大丈夫……』


『えー? 君可愛いからすぐに襲われちゃうよ? だから俺たちが優しく声を掛けてあげてるのにさぁ』


『――オイ、集団で女の子を狙うぐらい自分に自信が無いなら二次元で一人虚しくシコってな』


『あぁ? なんだテメェ――。ガハッ!?』


 そいつの肩を手で叩き、注意を引くことに成功し振り返ったと同時に頬を殴った。

 連中の一人が横に向けて吹っ飛び、残りの奴らはいきなり起きた出来事にあっけらかんとしていた。


『ッ!?』


『うっわぁ……、不意打ちは外道だわ……』


『テメェよくも!!』


『ナイフとか普通に銃刀法違反だろうが。それに男なら、拳で掛かってこいよ!!』


 ナイフを取り出してこちらに向かって振り下ろしてくる男に、海斗が庇うようにして前に立った。

 自身の腕を男の腕に被せ、弾いた。それと同時に強烈な膝蹴りが見事にヒット。


……お前が殺す勢いなんだけど。


 それから揉みくちゃになりながらも、俺と海斗は思うがままに暴れまわった。

 女の子を助けるというよりかは、完全に自分らが抱えるストレスを発散する形だったが。

 

 それから喧嘩が終わり、辺りには半殺しにした連中たちが気絶して倒れていた。

 俺と海斗は呼吸を整えながらも、辺りに倒れている連中を目にしては互いに笑い合っていた。


『あ、あの……!』


 そこで女の子から声を掛けられ、俺たちは最初の主旨である助けるということを忘れていた。

 しかし声を掛けられたことで思い出し、あからさまにそうであったかのように俺は声を掛けた。


『あ~……、大丈夫か?』


『だ、大丈夫です……ッ』


 両手を握り締めながら大丈夫と言う割には、その両手と身体が震えていた。

 嘘を吐くのが下手と思いながらも、この場にずっと居させるのは余計にダメと感じた。


 海斗と目を合わせながらも、どうしたもんかと考えた。その末に俺は、頭を掻きむしりながら言った。


『飯、一緒に食うか?』


『えっ……?』



―――――


――――


―――


――




『それで海斗の野郎が一人で全部倒しちまってよ、俺の苦労が水の泡だったんだよ』


『そもそも、誰もお前の手を借りようなんざ思ってないわ。そこにお前が勝手に介入してきただけであって』


『ふふっ、そういうことがあったとね……!』


 半ば強制的に飯を食うことになった俺たちは、最初こそ警戒していたがほんの数分で打ち解けるまでに至った。

 女の子の名前は如月旋梨と言い、身内で言い合いをしてしまって家出してきた先にナンパで囲まれてしまったとのこと。


 たまたまそこに俺と海斗が駆けつけたからこそよかったが、そうじゃなかったらゾッとする話だった。

 海斗自身、まだ高校生である旋梨ちゃんを連れ回すのはさすがにヤバいのではと反対気味だったが、今では寧ろこれが正解だったと言わんばかりに話をしている。


『だが裕也、これからどうする? さすがに旋梨ちゃんを連れてここ以外を回るのは危ないぜ』


『ハッ! 既に社会のルールに反してる俺らが心配することかよ。それに家庭の事情は知らずとも、旋梨ちゃんも日頃の鬱憤が蓄積されてるだろうし、遊び倒せばいいんだよ』


『そ、そんなとんでもないばい……! 私はこの時間だけでも楽しめてるし、ちゃんとこの後家に帰るとね……』


 語尾に近付くにつれて、弱々しくなる旋梨ちゃん。本当は帰りたくないのだと、俺も海斗も感じた。

 言い合いの内容はうっすらと聞いたが、なんでも旋梨ちゃんは本気でVTuberを目指しているとのこと。


 当時の俺はそこまで興味無かったものだが、目指しているものを否定された旋梨ちゃんの心境を考えると同情してしまう。

 この時点でVTuberの一次審査は通っているみたいだったが、親の賛成を得らなければ難しいということだった。


 それで話はしてみたが、根本的に学生であることも然り、年齢にそぐわないということでかなりキツめに言われたようだ。


『けど目指している夢を笑われたのであれば、それ相当に反抗する意思は持っていてもいいと思うぞ。帰りたくないなら帰りたくないでいいと俺は思うしな。ただ、そうだな……。だからといって親に言われたから諦めますも、俺なら癪に障るしなぁ……』


『それは間違いないな。だが、俺は旋梨ちゃんの両親の気持ちもわからなくはない。VTuberは少し耳にした程度だが、いわば将来性の見込みが極めて低いに等しい部分もあるからさ。家出する際に呼び止める行為があったとも聞いたけど、その時点で決して両親は旋梨ちゃんのことを蔑ろにしているわけじゃないってのはわかるし』


『う、うん……。私も本当はわかってるんよ、お父さんやお母さんが心配して、将来を考えて言ってくれていると……。でも家出するまでは、考えられなかっただけやけん……。でも、お兄さんたちはなんでそこまで親身になって考えてくれると……?』


『そりゃ旋梨ちゃんの立場だったらって考えるからだよ』


『俺も裕也も、社会ではゴミの立ち位置かもしれないが相手の気持ちになって物事を考えるようにはしてるからな。あぁ、ちなみにムカつく奴やナンパしていた輩みたいなやつの気持ちは一切考えるつもりはない』


『はははっ! そりゃ違いねぇ!』


 海斗の言葉に受けた俺は笑い、それに釣られたのか旋梨ちゃんも小さく笑う。

 確かに海斗の言うように、俺たちはゴミだ。けどゴミなりに、夢を追いかける誰かの背中は押してやりたかった。


 しばらく飯を食いながら駄弁り、時間を過ごした後。会計を済ませて俺たちは外に出た。

 

『ちょっと良い提案が浮かんだから、此処で解散するわ』


『オイオイ、またろくでもない企みをしてるな?』


『まぁ結果は後程にでも教えてやるよ。旋梨ちゃん、ヘルメット被って後ろに乗りな』


『えぇ……!?』


 後部座席に設置してあった予備のヘルメットを旋梨ちゃんに向けて渡し、俺は先に乗り上げエンジンを入れる。

 深く追及してこない海斗は小さく微笑んだ後、『あまり厄介事は生むなよ』とだけ残してその場を去った。


『お兄さん、何処に行くと……?』


『んー? あぁ、俺の家』


『ふぇ……?』


 俺の言葉に惚けた声を漏らし、固まる旋梨ちゃん。いつまでも乗らない故に、俺は急かすように親指で後ろにサインを出した。

 するとそれに気づいたのか、旋梨ちゃんは急いでヘルメットを被り言われるがままに乗った。


『安全運転は心掛けるが、しっかり俺の身体にしがみついといてくれよ』


『ひ、ひゃい……!』


 バイクに乗るのは初めてだろう。故に、きっと緊張していたのかもしれない。

 しっかり俺の腹部に腕を回してしがみついてきたのを確認し、俺はゆっくりと走行させ、家に向かった。


 道中、異様な程に旋梨ちゃんの小さい手が俺の服を鷲掴みにしていたが、そんなに俺の運転って怖いか?


 程なくして家に着き、俺は駐車場に止めエンジンを切る。ヘルメットを外して、旋梨ちゃんからも受け取った。

 

『一応言っておくが、なにもしないからな? 悪巧みなのは認めるが、決してやましいことをするつもりで家に連れてきたわけじゃないからな?』


『そ、そんなに強調して言わんくてもわかってるばい……!!』


 念の為に釘を刺しておく……というのもおかしな話だが、俺はなにもしないと誓う。

 それに対して旋梨ちゃんは顔を真っ赤にして、返してきた。


そんな怒らんでもいいやろ……。


『親父、帰ったぞ』


『お、お邪魔します……』


『おぉ、おかえり裕也――。って、誰だその子は!?』


『うっせぇよ……、声がでけぇ。まぁなんだ、拾ってきた』


『わ、私は猫じゃないばい!!』


『拾ってきたって、お前……! ついに犯罪へと、俺はお前をそんな風に育てた覚えはないぞおおおおおおおッ!!!』


 そう叫びながら親父はスマホを取り出し、警察へと連絡しようとした。俺は慌てて親父に駆け寄り、そのスマホを取り上げて壁に向けて投げ捨てた。


『バカヤロォ!? 此処に来る前にメールで事情説明しただろうがァ!?』


『事情説明ってこの文章でか!?』



【親父、なんか拾った。持って帰るからちょっと手助けしてほしい】



『……ちょっと端折りすぎたな』


『端折りにも程があるだろうが!?』


 この上ない親父の正論に、俺は頭を掻きむしって改めて事情説明をした。

 ナンパされている旋梨ちゃんを海斗と一緒に助けたことから、家出をした理由。


 テーブル席に座り話をする中で最初は貧乏揺すりをして落ち着きが無かった親父だったが、やがては内容を理解したようで深い溜息と同時に背中を背もたれに預ける。


『それで、俺になにをしろってんだ?』


『ちょっと俺の悪巧みに付き合ってほしい。結果はどうであれ、少なからず良い方向には向かうと思っている』


『ほう……。まぁ平和に解決できるならいいけどよ、それでどういう悪巧みの内容なんだ?』


『それはだな――』


 悪巧みの内容を、俺は説明する。まず一つ目に、旋梨ちゃんの両親に電話を掛けて保護していると伝える。

 住所を伝えてこっちに来るように仕向け、二つ目に旋梨ちゃんから家出をした内容をチラっと聞いたと言う。


まぁ、少しと言うよりかは結構聞いたが。


 三つ目、これは大胆な行動ではあるのだが、親父含め俺で両親に旋梨ちゃんの夢を応援して貰えるように諭すことだ。


 そんな内容に隣で聞いていた旋梨ちゃんは慌てふためき、そこまでしなくていいと言ってきた。

 しかし俺の話を聞いた親父はそんな旋梨ちゃんを落ち着かせ、最終的には二ヤリと不敵な笑みを浮かべた。



『――裕也、これは是非ともやろう』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る