如月旋梨にとっては大きな運命だった‐後編‐








 俺の悪巧みに賛成した親父は、旋梨ちゃんから両親の電話番号を聞き出し、なんの迷いも無く掛けた。

 何回かコールした後に、応答あったのだろう。親父は旋梨ちゃんの両親に、分かりやすく丁寧に説明をした。


 それから一時間後、店のドアが開き旋梨ちゃんの両親が入ってきた。その時にまず両親の視線は旋梨ちゃんに向けられ、それは安堵や安心といった溜息だった。


 海斗の言うように、決して旋梨ちゃんのことを蔑ろにしたいわけじゃなかったというのが見て取れた。

 その際、旋梨ちゃんは両親に何か言われるのかもしれないと恐怖心があったのだろう。


 俺の背中に身を隠し、袖を握ってきた。しかし、両親は最早に俺と親父に頭を下げ、旋梨ちゃんが迷惑をお掛けしたこと、保護したことに対して謝罪と感謝の意を述べてきた。


 俺と親父は頭を下げることはしなくていいと言い、ひとまず話をしようとテーブル席に案内した。

 親父は近くのカウンター席の椅子に座り、俺と旋梨ちゃん。そして向かい側には両親が座った。


『少し話をする前に、ご両親に心配を掛けたんだ。そこはまず謝らなきゃいけないと、おじさんは思うぞ』


『……お父さん、お母さん。心配かけて、本当にごめんなさい』


 親父に諭され、旋梨ちゃんはスカートをギュっと握り締めて素直に謝った。それに対して旋梨ちゃんの両親は互いに顔を見合わせながらも、同じように小さく頭を下げてきた。


『俺たちの方こそ、ごめんな。まさかお前が家を飛び出す程に、嫌だったと思わなかったんだ。けどお前が飛び出てしまった後、お母さんと考えを改めて、わかったんだ』


『でも決して間違えないでほしいのは、私もお父さんもあなたの夢に対して悪口を言ったんじゃないということ……。やっぱり親としては、成功する確率の低い夢が貴方の為になるかということを考えてたの。でもダメね、強い口調になってしまったから……』


 言い合いの中で両者の感情が高ぶる、というのはよくありがちな現象だ。それは互いに言いたいことを全部吐き出そうとする故、相手の気持ち、言葉を理解しようとしないからだ。


 旋梨ちゃんの行動も両親にとっては驚愕する者であり、両親が素直に謝ってきたことも旋梨ちゃんにとっては驚愕だった。

 てっきり怒られるのではないかと思っていたが為に、それも驚きに繋がったのだろう。


 親子共々、考えがあっての今回の件。それでありながらも、しっかりと和解をすることができた。

 それから俺と親父の二人で、節介ながらもVTuberを目指す旋梨ちゃんの夢を応援するだけでもできないかとお願いをした。


 決して両親の気持ちがわからないわけでもない。しかし、俺も親父もやりたいことしたいことを残したまま、実母を失った経験があっての頼みでもあった。


 過去を引き出してお願いをしたわけではない、ただそうしてあげてほしいというお願いをしたのだ。


 数十分と話し合いをした。旋梨ちゃんは自分の想いを、両親は自分の想いを。

 その中で生じているすれ違いを上手く繋ぎ合わせ、まとめることで状況は整理ができる。


 やがて両親は、不安がまだ残る形ではあるものの旋梨ちゃんの夢を応援、背中を押してみると決断をしてくれた。

 その時、俺と親父は顔を見合わせ笑いあった。それから仲直りをしたことに、俺と親父はラーメンを振る舞うことにした。


 もちろん、無料だ。是非とも食べて行って欲しいと、俺と親父は二人で作業して特製醤油ラーメンを差し出した。

 

『親父、本当はラーメン食わせたかったんだろ?』


『これで常連になってくれりゃ売り上げに繋がるからな。ムフフ』


『親父も悪よのう』


『なになに、お主も悪よのう』


 小声でくだらない会話をしながらも、実のところ冗談である。親父も俺も、ちゃんと旋梨ちゃんの夢を支えてあげて欲しいと心から思っての行動だ。


 美味い美味いと言って食べてくれる旋梨ちゃんに、両親。やっぱり自分で作ったラーメンを美味いと言って食べてくれる人は、本当の意味での神様であると思えた。


 それから無事に家に帰ることになった旋梨ちゃんは、俺と連絡先の交換をしてほしいと言ってきた。

 断る理由も無く、俺は喜んで交換をした。


 それからは休日を利用してゲーセンで色んなゲーム、特に音ゲーを中心にやったりと遊んだり、海斗も含めて三人でドライブなどもした。


 しかしそれから数ヵ月経った頃、旋梨ちゃんから別の地域に引っ越すから会えなくなるとメールが届いた。

 悲しくもあり、寂しくも感じながら『諦めず、頑張れよ』とだけ返した。


 最後に届いた旋梨ちゃんのメールは、『お兄さんらしくて好き』というものだった。

 それから更に時が経ち、親父が再婚して奏さんと涼音を迎えた日から俺はこれまで以上に忙しくなり、まともに遊んだりすることがなくなった。


 俺の記憶から旋梨ちゃんとの思い出が薄れていってしまったのも、その忙しさに加え、連絡先の交換をしたのにも関わらずある日に起きた唐突な故障によるもの……。


 言い訳に過ぎないが、再婚した後は本当に店が繁盛し、奏さんや涼音との思い出作りに勤しんでいた。

 よく考えれば、すぐに思い出すことだった。当時の旋梨ちゃんは黒髪だったとはいえ、改めて隣で同じように横になっている旋梨ちゃんを見れば全くの同一人物だった――。









「……そうか、君はあの時の……」


「やっと思い出してくれたばい……。でも、お兄さんは忙しそうだったし、責めたりはしないけん。ただ正直に言うと、少し寂しかったりするけんね」


「本当にすまない……」


 これだけの思い出がありながらも、忘れていた。その事実が罪悪感として押し寄せてきて、俺は寝かしていた身体を起こして胡坐を掻いた。


 それに伴い旋梨ちゃんも身体を起こし、正座を崩した座り方に変える。


「涼音ちゃんが企業勢として活動する報告をした配信……、あれはたまたまトゥイッターを見てるときに切り抜きが流れてきたとね。最初は新人の子が増える程度で見てたんやけど、切り抜きの途中で決して忘れることのないお兄さんの声が聞こえてきたばい。聞き間違いとかではなくて、私の中にあるお兄さんの声はこれしかないって確信があったからばい」


「だからリトゥイートしたのか……」


「もちろん、此処だけの話にしといてほしいけん。周りからすれば私が涼音ちゃんに興味あるって話で落ち着いていると思うから。でも私の本命は、お兄さんやけん」


「このミライバで出会った時に興味を示してきたのも、俺と出会った過去があるからこそなのか」


「そういうことばい。あ~あ、けどお兄さんは私が話すまでは思い出すことすらしてくれなかったとね」


「いや、本当に申し訳ない……」


 旋梨ちゃんのわざとらしい言葉に、胸が痛くなる。いや、本当になんで忘れてしまっていたのか自分でもビックリだ。

 これは親父に定年退職だの言える立場じゃないレベルで、記憶力が無さ過ぎて口からスープ吐き出しそうだわ。


「お兄さんとの最初の出会い、それから海斗さんとかと遊んだりした日々は私の中で最高の出会いやけん。やから此処に来た時、お兄さんが煙草を吸ってる姿も久々に見れたばい。けどすぐに消してしもうたけど、もう吸わないと?」


「実は禁煙に成功してたんだよ。けど先日海斗の野郎に付き合わされてから、また吸いたくなってしまったんだよ……」


「あらら、悪魔に負けてしまったとね。ふふっ、けど私はお兄さんの吸ってる姿は大好きやけん。だから見せて欲しいばい」


「勘弁してくれ、未成年の前で吸えるかっての」


 アホなことを言ってくる旋梨ちゃんに、俺は頭を掻きながら煙草を無造作にポケットへしまう。

 それにしても髪色を変えるだけでこんなにも人は変わるのかと、思ったりしてしまう。


決して言い訳ではない、そう信じたい。


「まぁでも、改めてお兄さんと出会えて気持ちを伝えられて今日は満足したばい。そろそろ行くけんね、配信の打ち合わせをしないとレイちゃんがうるさいけん」


「あぁ、わかった。話してくれてありがとうな、同時に改めてすまない。埋め合わせは後日させてほしい」


「埋め合わせ……とね? なら、これで勘弁しといてあげるばい」


「――ッ!?」


 頬に感じる、柔らかい感触。それは旋梨ちゃんが、俺の頬にキスをしたことによって感じるものだった。

 不意な出来事に身体が硬直し、フリーズ。機械のように首を動かし視線を旋梨ちゃんに向けると、そこには両手を腰の後ろに組みながら少しかがみ込む旋梨ちゃんの姿があった。


「ばり好いとーよ、お兄さん」


 自分の行動に恥ずかしさを感じているのか、少し顔を赤くしながらそう言い残して去っていく旋梨ちゃん。

 その場に残された俺は頬にまだ残る柔らかい感触に、そのまま大の字で倒れ込んだ。



「……ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!!!」



 整理しきれない出来事に、俺は屋上にて可能な限り叫び散らかして意識を手放した。

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