後輩VTuberに送る先輩からのメッセージ






『記念に、前代未聞のコラボしましょう!』



 企業勢としての配信活動、翔太くんと恵果ちゃんの誘いによるコラボが初配信にして始まろうとしていた。

 コメント欄はざわつき、不穏な空気は流れない。寧ろ歓迎しているようで、皆がまだかまだかという状態だった。


 涼音は通話アプリであるJascoedを起動し、画面には表示されてはいないが二人のシリアルナンバーを入力しフレンド追加する。

 雑談でコラボするまでなんとか繋いでいる涼音。嬉しさの反面、視聴者による期待が圧となって焦っているようだった。


 そこで俺は涼音にメールを送った。配信中は声を出しての以心伝心が出来ない為、こうやって指示を出したりする。

 

【周りは楽しみでソワソワしてるだけだ。焦らず、ゆっくりと与太話をしながら準備しな】


 俺のメールが届き、見てくれたのか。雑談をする涼音の声が少し落ち着いた気がした。

 そして準備が無事に整い、画面上には涼音のアバターであるエルフの少女の隣に、赤と黒が入り混じった髪型をしている龍をモチーフにしたアバターと、可愛らしい黄髪の虎をモチーフにしたアバターが並んだ。


 なるほど、龍と虎か。アバターの性別を見れば龍が翔太くんで虎が恵果ちゃんだな。

 涼音の初配信で目にする二人のアバターに、俺はその仕上がりの完成度に見惚れる。


『いええええええええええい!! ヒスイさんのリスナー達、元気にやってるか!? ロックンロール!!』


『ふあぁあぁあ……!?』


:ロックンロール!!!www

:バカ野郎wwヒスイちゃんビックリしてんじゃねえかwww

:相変わらず痺れる声してるわwww

:逆にカゲロウが元気過ぎて疲れるwww

:ヒスイちゃん鼓膜大丈夫かなww


『ちょっとカゲロウ兄さん、うるさい。元気を確かめる前に視聴者とヒスイさんの鼓膜を破壊してどうすんのよ』


『えっ、そんなにうるさい?』


『ちょ、ちょっとだけだよ……大丈夫……!』


:無自覚なのが性質悪いwww

:音のボリューム30でもうるさいわいww

:ヒスイちゃんいい子、尊い

:早速ホムラたそに怒られてやがるwww


 翔太くんが登場際に元気のいい挨拶をしたものの、視聴者の言うように俺は鼓膜が破壊された。

 涼音の心地いい声色とは反対に、元気の権化ともいえるバカでかい声量に音量を下げ損ねた。


耳が痛てぇ……。


『こほん、まぁとりあえずだ! スパチャでも伝えた通り、無事にDreamLife所属おめでとう!』


『こ、こちらこそありがとう……! びっくりしたけど……』


『ごめんねヒスイさん。これでもカゲロウ兄さん、後輩が出来るってずっとソワソワしてたから……』


『おい、裏話をするなよ』


:カゲロウの性格でソワソワはギャップ萌えw

:まぁでも、確かにDreamLifeではこれまでカゲロウとホムラちゃんが下だったからね。後輩が出来て喜ぶのは仕方ない

:VTuberに限らず、後輩ができるのは嬉しいよな!

:あれだ、ホムラちゃんは然り、カゲロウは後輩に対して甘々になりそうwww

:あ~、安易に想像できるwwww

:暴露される裏話で戸惑ってて草wwww


『だがまぁ後輩が出来て嬉しいけど、先輩だからって余計な遠慮はしないでくれ! フレンドリーが一番、楽だからな!』


『カゲロウ兄さんの言う通り、気を遣わなくて大丈夫だからね』


『う、うん……!』


『それに視聴者たちが文句言うようであれば、オレの熱い魂を込めたシャウトで黙らせてやるぜ!』


:おい、開き直るなwww

:それは勘弁願いたいwwww

:でも実際、この雰囲気が好きだから賛成

:間違いない

:というかカゲロウとホムラちゃんが兄と姉で、ヒスイちゃんが妹みたいに感じるのはなんでだろw

:そりゃヒスイちゃんは可愛くてお姉さんっぽくないからなw


 涼音、そして翔太くんと恵果ちゃんのやり取り。それに加えてコメント欄の状況を見て俺はあることに気付く。

 それは決して、呼び捨てにしないことだ。些細なことであるかもしれないが、上下関係の差を固定する上で先輩後輩関係無しに最初は互いにさん付けをする。


 特に瀬川さんから聞いているが、DreamLifeにおいて男性ライバーは翔太くんしか居ない。

 それ故に距離の詰め方、及び呼び方などに細心の注意を払わなければ、最悪のパターンとして直結厨と呼ばれるモノが現れる。


 直結厨というのは、ネット上において厄介な存在にもなり得る者たちの事だ。

 当然これも一部の者に限るが、〇〇×〇〇と言った感じにカップルとして作り出す。


まぁこれは、直結というよりかはカップル厨だが。

 

 これの何が原因かと言えば、数少ない男性ライバーの翔太くんにとっては炎上しかねないものである。

 そりゃそうだ、自分が決めたことでもない直結厨による行動でありもせぬ噂を立てられたりする。


 平和に仲睦まじくやってても、視聴者の中に度が過ぎていると感じた奴らで付き合ってるんじゃないかという考察が過る。

 そうなると拡散されたり、考察程度の噂で荒れたりもする。故に距離を離し過ぎても、詰めすぎてもダメ。


 ただ翔太くんの場合はそれが比較的に安全だとは思う。というのも隣には常に恵果ちゃんの存在があるからだ。

 それによって下手に直結される心配も無いし、逆にカゲロウとホムラのコンビが多く取り上げられている。


 それを上手く活用した上で、涼音に対する接し方。翔太くんだけが接するのではなく、バランスよくそこに恵果ちゃんが介入。


――やっぱ、すげぇな。


『……それで最初は緊張してたけど、カゲロウ先輩やホムラ先輩が来てくれて正直言うと心に余裕ができたかな……』


『あ~、わかるわ。オレも最初は初配信の時にすんげぇ緊張したもんな。けど、自己紹介も含めてしっかりと視聴者に面向かってやったら、受け入れてくれたんだよなぁ』


『ちなみにカゲロウ兄さんは緊張のあまり、肝心の初配信で歌うことがままならなかったよね』


『えっ、なにこれ。後輩にオレの失態集を晒す回?』


『ふふっ……』


:懐かしいなぁwww

:やばい、天使の笑い声や

:ホムラちゃんによって晒される兄の失態ww

:もっとやれww

:コラボによってポテンシャリティを失う兄の図


『さて、そろそろカゲロウ兄さん始めようよ。後輩の為に、今日はプレゼント用意したんでしょ?』


『おっ、そういやそうだった!』


『プレゼントなんてとんでもないよ……! わ、私は先輩たちがコラボに上がってくれただけで凄く嬉しいのに……ッ』


『まぁまぁ、そう言うなって! プレゼントって言っても、オレたちに出来るのは音楽……。そう、つまりはヒスイさんの為に作ったオリジナル曲だ!』


:なにそれエモいんだけど!ww

:マジかよ!!ww

:一体いつから用意してたんだろ

:私たちも楽しみなんだけど

:うおあああああああああああッ!!!


 コメント欄が一気に盛り上がる。通話越しに、慣らしでギターを弾く音が聞こえてくる。

 オリジナル曲、それも弾き語りをするようだった。涼音も自分に向けての曲を披露ということに、驚いている様子だった。


『しかも今回はオレじゃなく、ホムラが歌うぜ! 最初はロックでもいいかと思ったが、それじゃ歓迎に向いてねぇ。だから俺が弾くのはバラード系だ!』


『上手く歌えるかな……。けど、頑張るね。こほん、あー、あー』


:ホムラちゃんが歌うのって激レアすぎん?

:というかメインで歌うのは何気に初じゃねw

:やばい、この腐った耳に刻み込もう


 チューニング、そして声の調整をした恵果ちゃんの準備が整ったところで静かになる。

 涼音も静かに待ち、始まるのを楽しみにする。そして小さい声で翔太くんと恵果ちゃんが合図を出し合った後に、ゆっくりと心地のいいギターの音色が聞こえてくる。


 天真爛漫、いつも元気の権化である翔太くんからは到底想像のできない心地のよい音色は、最初にして視聴者と涼音の気持ちをしっかり掴んだ。


 それから曲の入りと同時に、恵果ちゃんの歌が聞こえる。透き通っていて、混じりけの無い繊細な声。

 それはVTuber業界の厳しい所、そして苦しい事。それがありながらも、楽しいこともある。

 

 そんな歌詞の意味に続いて、涼音を心の底から歓迎する意味のある恵果ちゃんの歌い方に、涼音のすすり泣く声が聞こえる。

 実際、俺も泣きそうになっている。思えば、所属が決定し配信をする前までは内気だった涼音。


 それが今では支えてくれる仲間、同時に新しい道を歩んだ。これはきっと、大きなプレッシャーだったに違いない。

  音楽とは心に染みる程に感動を知るモノ。成長に繋がる良い思い出の数々が、きっとこれからもあるだろう。


 数分と翔太くんのギター、そして恵果ちゃんの歌が続いた後、終わりが近付く。

 そして最後のフレーズは、『これからも、よろしくね』という歓迎のエールだった。


『うっ……あぁ……! あ、ありがとう……! ほんとうに、ありがとう……!』


:ダメだ、目から行水だわ

:こんなに先輩に歓迎された新人が居るだろうか

:ヒスイちゃん、DreamLifeに来てくれてありがとう!

:ありがとおおおおおおおお!!

:これからもよろしくね!!


 赤城兄妹の曲が終わると同時に、視聴者によるコメントも盛大に歓迎するものが流れた。

 嬉しさ、そして感動で涙声でありながらも感謝の意を忘れない涼音は、幸せ者だと思う。


 そして、俺からもありがとう。VTuberの世界が、こんなにも綺麗で美しいものだと改めて認識できた。

 俺は別室の場で、小さく拍手を送った。全ては涼音の歓迎、そして赤城兄妹のサプライズに対して――。







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