DreamLife配信編

Dream Life所属のヒスイ









 昼食を終えた後、俺は涼音にカードキーを預け、旋梨ちゃんと二人で先に戻っておくようにと言った。

 というのも、寿司屋で食べている最中に海斗からメールが届き、内容を確認すると『話したいことがある』と来たからだ。


 電話ではなくメール、それがどうも引っ掛かり、恐らく真面目な話なのだろうと俺は『了解』の二文字だけは送り返した。

 そして集まる場所はミライバの屋上。涼音と旋梨ちゃんと別れた後、俺は屋上に着いた。


 すると鉄製の柵に背中を預け、煙草を吹かしている海斗の姿がそこにあった。


「飯を食った後に悪いな、裕也」


「別に構わねぇよ。というか、相変わらず吸ってんだな」


「やめようにも依存しちまって、手遅れだわ。お前も吸うか?」


「禁煙に成功した人間に勧めるなや」


「禁煙……ねぇ。それも、義妹の涼音ちゃんが関係してるだろ」


 付き合いが悪いと見越しながらも、俺が禁煙した理由が涼音であることを突いてくる。

 まぁ時期的に涼音が来て以来のことだから、言わずとも此奴にはわかるんだろうな。


 だが海斗が真面目な話をするために呼び出すのは珍しい。俺は海斗の横に並んで、鉄製の柵に腕を乗っける。


すると正面に、煙草が差し出される。


「付き合えよ、裕也」


「……はぁ、一本だけだからな?」


「おうよ、それで十分だ」


 お袋が死んだことで、見失った自分。その時に俺は、不良に成り下がり、社会のルールに反抗した。

 高校生でありながらも煙草の味を噛み締めた。今思うと、本当に悪い奴だと自分で自覚する。


 俺は海斗から煙草を受け取り、取り出して口に咥える。そして借りたZIPPOで、火を付ける。

 喉に来る刺激、口から漏れる煙。成人になってから吸う煙草は、学生だった頃とは違い美味く感じる。


「屋上で一緒に吸うと、学生の頃を思い出す。絡んでくる気に入らない奴は片っ端に潰したり、いじめの現場に介入したり。その度に先生の野郎に呼び出されて、こっぴどく叱られて……。それでもあん時が俺にとって一番楽しかった時期ともいえる」


「……納得いかなかったのは、いじめの現場に介入してその虐められていた奴の保護者に感謝されたことだけどな。当時の心境を考えたら色々複雑だわ」


「あ~、確かにな。先生に怒られながらも保護者には感謝されるってそりゃ複雑だったわ。けど結局それが原因で虐めが発覚して、それを放置してた先生は退職していったのも覚えている。そん時はまさにしてやったりだったわ」


「俺たちも相当に荒れていたが、学校側自身も荒れてた。虐めは放置、先生の中には女子生徒に手を出す奴が居て、その問題全てを隠蔽しようとするクソ校長。ほんと、俺ら含めてゴミしか居なかったな」


 俺は海斗と昔を振り返りながら、煙草を吹かす。当時の記憶が蘇る度に、今の自分とは大違いなことをしていた。


「中学、そして高校。軽音部に入ってバンド結成したものの、青春という青春は結局無かったしなぁ。あ~あ、過去の自分に言ってやりてぇよ。女は食い荒らせって」


「最低且つクズ発言をどうも。そういう癖して、手を出さなかったのは勇気が無かっただけだろ。口先だけならどうとでも言える」


「おっほ、言うね~。そりゃ俺は当時から健全で繊細だからな、良い事悪い事の区別ぐらいはできるさ。……でも、高校の後半期。お前はガラリと変わっちまった。人を殴るのはやめるだの、煙草は吸わねぇと言い出したり。唐突過ぎて、俺は虚無に駆られたぜ」


「お前がさっき言ったように、俺には大事にしたい存在ができたからな……。それに続けていたら、お袋に顔を向けられねぇ」


 海斗自身、自由に好き勝手していた学生時代が続くと思っていたのだろう。

 だがそんなの、未成年を卒業すればどのみち変えなくてはいけないものだ。


 そんなこと海斗も言われずともわかっていた。だがこうやって過去を振り返るということは、それでも海斗の中で拭い切れないモヤモヤがあるのだと勘づく。


「俺は元々ラーメン店で仕事をしていた、だが今は涼音を支えないといけないマネージャーの仕事に就いた。お前も学生の頃に好き勝手しただろうが、今の自分を見てみろ。親父さんの店で働く副店長だ。もう、あの時みたいに羽目を外すことは簡単にできないってわかってるだろ」


 俺も海斗も、ガキじゃない。社会を補わないといけない社会人の一人だ。

 守るものがあれば、捨てることもしないといけない。海斗の心情は恐らく、あの頃みたいにもう一度戻りたいというもの。


「そんなこと言われずともわかってる。俺も親父の跡取りとしてまだ覚えなきゃいけないことあるし、お前もこれからはマネージャーとして色々頑張んねぇといけないからな。それに、涼音ちゃんのことも一人の女の子として好きなんだろ?」


「あぁ、恥ずかしながらそうだよ。だから尚更、俺は羽目を外さずに一つ一つあいつが上手くいけるように頑張るんだよ」


「告白はもうしたのか?」


「いや、涼音にはまだ付き合えないと言った」


「……なんで」


「互いにやることをやり切れてないからだ。それに、自分がしっかりして胸張って幸せにできるようにしたいからだ。だから涼音には待って欲しいと言った」


「変なところだけ律儀なんだよなぁ。俺なら押し倒してるわ」


「一緒にすんじゃねえよ」


「痛でェ!!」


 俺は海斗の横腹を蹴った。海斗は体制を崩して尻もちを付き、すぐさま起き上がり顔を寄せてくる。

 だから俺は口に含んでいた煙を顔面に吐いてやった。すると今度は目を抑えながら倒れ込み、じたばたし始める。


なにがしたいんだ、こいつは。


 俺は置いてあった携帯灰皿を手に持ち、吸い終えた煙草の火を決して中に入れる。

 

「ともかく、今は互いに頑張ろうぜ。やることやって、時間が出来た時はまた昔みたいにバイクでツーリングしようや」


「……はぁ、仕方ない。それまで待っててやるか。けど途中で投げ出すんじゃねえぞ? お前なら出来る限りのことは助けてやるからよ、前みたいに亡くなったお袋さんの時のように一人で抱え込んだりすんなよ」


「もう既にお前には頼りっぱなしだよ。じゃあそろそろ戻るわ、ありがとうな。海斗」


 これが、俺と海斗の関係。互いに助け合い、話し合い、そして支え合う。

 学生時代を共にした仲だからこそ、信頼できる。俺はそれを、嬉しくもあり、誇りであると思える。


 大丈夫、俺はもう一人で抱え込まない。海斗も然り、俺の周りには多くの人が支えてくれているから。



だからこそ、もう後ろは向かない。絶対に――。









 親父たちの許可を取り、楽屋で寝泊りをした次の日。俺と涼音は瀬川さんに案内され、さっそくと今日から企業勢としてのVTuber活動に加え、マネージャーとしての仕事が始まった。


 今日は午前の部と午後の部に分けて配信をする。故に朝8時には打ち合わせをし、雑談をする上でなにを話すのかなどの提案をし、決まったところで準備を始める。


 機材の調子、セッティング。一つ一つを確かめながら、正常に動作することを確認する。


「に、兄さん……。私、その……」


「大丈夫だ、裏でちゃんと見てるから。もしなにかあっても、すぐにカバーできるようにしとくから、今まで通りに配信をすればきっと上手くいくさ」


 ライブルームの中にある椅子に座り、俺の袖を引っ張る涼音。緊張しているのが伝わり、俺は涼音の手を両手で握り締める。

 無理もない、慣れない環境下での配信。それに加え、企業勢としての活動。


 なにもかもがこれまでと違う。それでも一つだけ変わらないのは涼音の配信スタイル、そして想い。

 俺の目を見て言葉を聞いた涼音は、緊張で涙目になっていたが、やがて落ち着き小さく頷いた。


「そろそろ始まります、裕也さんは別室にある部屋で涼音さんの配信を見ていてください。コメント欄やスーパーチャットに不審、及び度の過ぎた卑猥な言葉や煽りを見つけ次第対処してください。一応企業勢としての活動は初めてということで私も近場で見守りますが、基本的には自分で考え判断の方をよろしくお願いします」


 瀬川さんの合図に、俺は涼音の頭を撫でて部屋を後にする。そして俺は別室に移動し、設置されているデスクトップから涼音の配信を見守る。


 今回は瀬川さんが近くに居てくれるとのことで、わからないことがあればすぐに聞ける。

 だが講習会で教えてもらった通りに動けば、自分の判断だけでもなんとかできる部分はあるはず。


 涼音も然り、俺も緊張してくる。マネージャーとしての仕事が初めてというのもあるが、涼音がしっかりと配信している場をこの目にしながらコメントを打つユーザーなどの監視をするのは、少し疲れそうだ。


 涼音と俺、互いに準備が完了した所で瀬川さんに合図を出す。すると瀬川さんは頷き、涼音が使用するライブルームのドアを閉めて一人の空間を作り出した。



それからしばらくして、涼音の配信が始まった――。



『あ、あ~……。えっと、どうも皆さん……! おはようございます、本日よりDream Lifeに所属しましたヒスイです……!』


:キターーーーーッ!!!

:俺らの癒し、ヒスイちゃんだぞおおおおお!!1

:初めて来たけど、めっちゃ声が可愛い

:聞いただけでわかる妹属性、最高

:Dream Lifeに所属おめでとう!!


 Dream Life公式のトゥイッターによる告知の効果もあり、閲覧数は驚異の二万越え。

 始まると同時にコメント欄の流れは勢いがよく、それでありながらも掴みはバッチリだった。


『無事にDream Lifeに所属できたことに加え、告知で私の事を知ってくれた方々の為にもまずは自己紹介を頑張ります……!』


:自己紹介せずとも推します

:やっぱり個人勢だった時とは違って口調が固いな

:仕方ない、緊張しているんだよ

:そりゃこれだけの閲覧数、俺ならゲロってる

:草wwww


 手始めに自己紹介から入る涼音。今回、個人勢の時に見てくれていた視聴者に加え、新しい視聴者が多く居る。

 故にまずは自己紹介で自分の事を知ってもらうのが基本中の基本ではある。


 それにVTuberとして肝心なのは自己紹介でもある。そこで流れを掴めれば、伸びしろは大きく見受けられるからだ。

 緊張で声が震えている箇所、そしてもどかしい所もあるが、涼音はゆっくりと自己紹介を始める。


 コメント欄は相変わらず流れが早いが、ある程度は見れる。やはり涼音はリアルでもそうだが、VTuberとしても可愛い故に受けはいい方であるのがわかる。


『い、以上が自己紹介……です。えっと、その……。少し、水を飲んでもいいですか……?』


:別にいいよwwww

:飲み物を飲むのに聞いてくるVTuberは初めてwww

:くっそ可愛いかよwww

:ヒスイちゃん、飲みたいときに飲みな

:リラックスリラックス! ひっひっふー!

:ラマーズ法はヒスイ氏にとってまだ早いでござる


 相当緊張しているな、涼音。コメント欄でもあるが、飲み物を飲むのに許可はいらないんだぞ。

 というかラマーズ法を指摘した奴ナイスツッコミだろ。センスが輝き過ぎている。


語尾が古臭いが。


 それから30分が経過した。雑談だけとはいえ上手く事が進んでおり、今の所怪しげなコメントなどは見受けられない。

 そして珈琲を口にして気付いたが、スーパーチャットの総計額が既に32万を超えていた。


いや、エッグ……。俺もVTuberになろうかな。


 期待の新人、それも大手のDream Lifeというブランドでの立場故にきっと視聴者からの期待が凄いのだろう。

 だとしても投資し過ぎだろ、もっと金は大事にしろ。


 それから更に涼音の配信を見ながらチェックしていると、20,000円という赤色の表示と共に【カゲロウ&ホムラ】がスーパーチャットを送った。


これって、まさか……。


カゲロウ&ホムラ:ヒスイさん! Dream Life所属おめでとうございます!!


『ふぁ……!? カゲロウさんに、ホムラさん……!?』


:マジで!?

:おいおい、本物かよ!?

:嘘だろwww凄いてこれはwwww

:あの熱血兄妹のカゲロウとホムラ!?

:うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!


 翔太くん、そして恵果ちゃんのスーパーチャットにコメント欄はお祭り状態になった。

 対する涼音もビックリと言わんばかりの声を上げ、興奮を隠しきれない模様。


そして、立て続けに――。


音神 旋律:私からも祝福やけんね。おめでとう、ヒスイちゃん


:なっ、マジでェ!?

:あの引きこもり音ゲーマーのセンちゃんだと!?

:やばいやばいw初配信にして神回wwww

:いや、真面目に旋律が出てくるのは異常過ぎるww

:なにこれ、好きなVTuberが集うって殺す気?

:切り抜き確定不可避wwww


 赤城兄妹に続いて投げられた赤色のスーパーチャット。その額にして50,000円。

 旋梨ちゃんが涼音の配信に現れたことで、更にコメント欄は荒れに荒れまくり、和気藹々状態となった。


『旋律さんも、ありがとうございます……! こ、こんなに祝福されたの初めてで、嬉しいです……!』


:ヒスイちゃん、この子は大物だ

:バックが強すぎる、冗談抜きにww

:ヒスイちゃん可愛いし先輩たちは尊いし何なん

:よかったなぁ、ヒスイちゃん。お父さんは嬉しいよ


 皆が皆して、歓喜合切で涼音を祝福する。それが嬉しいのか、少し涙声になっている涼音。

 始まりが上手く成功しているようで、俺も涼音が楽しそうにしているのを見ると涙腺が緩む。

 

 きっと涼音が緊張していると、赤城兄妹や旋梨ちゃんも気付いていてくれたのだろう。

 本来なら新人VTuberを目立たせないといけないはずなのだが、これは逆に涼音としても助かっていると思う。


 その証拠に、最初は弱々しく緊張で震えていた声も元気を取り戻して、意気揚々と話し出している。

 俺は不意に瀬川さんに視線を向けた。すると瀬川さんは優しく微笑み、人差し指を鼻に当てていた。


粋な計らい、さすがです。


 そして瀬川さんはペンを取り出し、紙に何かを書いていく。そして書き終え、それを俺に見せてくる。


【今回は特別に、更にサプライズを用意してます】


 俺はそれを見た時に、サプライズは決して赤城兄妹や旋梨ちゃんのスーパーチャットじゃないことに気付く。

 じゃあそれは一体なんなのか。俺は画面に視線を戻して見ていると、再び赤城兄妹からコメントが貼られる。


カゲロウ&ホムラ:記念に、前代未聞のコラボしましょう!


 決して最初からコラボというのは先輩後輩の立場上あることがないもの。しかし先輩の方から誘うことで、視聴者には涼音が調子に乗っているという捉え方にはならない。


 だからこそ、前代未聞という言葉を見せたのだろう。俺は此処まで許可をしてくれた瀬川さんに、小さく頭を下げた。



――涼音、今をもっと楽しめ。俺はお前より先に、楽しんでるぞ。

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