日常というのは案外、賑やかなのが丁度いい







 唐突、いや……本当に唐突だが海斗が赤城兄妹のパソコンを設備してから一週間が経った。

 ということで、この一週間に何があったのか、進況報告然りダイジェストで送ろうと思う。


 まず手始めに、瀬川さんの講習について。俺は実家と会社を行き来するのに往復四時間という地味に辛いことを考慮して、会社の近くにあるファッションセンターを利用し服を買い、三日間の泊まり込み講習を行った。


 前に勉強が苦手と言っていたが、その分逆に話を聞くことを意識してたが為に、内容は覚えている。

 基本的には月曜から金曜日までの週五日、ライバーの活動に応じて出勤日は変動するらしいが。


 それでもマネージャーとしての仕事はVTuberに限らず、互いが担当しているVTuberの進況報告や、良い部分悪い部分などの提案をし合う会議が月に一度は開かれるという。


 知識も経験、何に対しても経験が浅いとはいえ正社員で雇ってくれるらしく、給料面は固定給とのこと。

 その他にも社会保険やら何やらと色々あったが、そこに関しては別に重要ではないので省くとする。


まぁ簡単に言ってしまえば、ライバー中心の活動になる。


 それから、俺が使用する事務所を紹介しよう。最初は家具も少なく、ただ広いだけの殺風景だったものがあら不思議。


なんということでしょう。


 入って中央奥にある窓ガラスにはシンプルでありながらも映えている黒色のカーテンが、朝のクッソ鬱陶しい日差しを遮断してくれるように飾られている。


 更にその窓際の両サイドにはそれぞれベッドが設置されており、寝泊りした時の安眠も保証されている。

 そして中央部には元々あったソファーとテーブルを退かし、新しいテーブルに、オフィスチェアを五つ設置した。


 ちなみにテーブルの上には、俺と涼音専用のパソコンが備えられている。これも、海斗に頼んだ。もちろん、デスクトップ。


 退かしたソファーは出入り口のドア、壁際に寄せてそれぞれ両サイドに設置することにした。

 それだけではなく、冷蔵庫、電子レンジ、その他には非常食としてカップラーメンやインスタント系の食べ物を置いた。


 それだけじゃない。もちろん来客用に菓子類や紅茶のティーパックなども常時完備している。

 その他にも色々と好みに合わせて設置したことで、殺風景から一気に生活感溢れる事務所へと変貌を遂げた。


ん~、我ながら素晴らしい。


 日曜日の晴天、窓を開けていることで流れてくる美味い新鮮な空気を味わいながら、俺は一人酔い知れる。


……だが。


「ん“あ“ぁ“……ッ。この事務所のマッサージ機、そこらのとは比べ物にならないぐらい最高だな裕也」


「涼音ちゃん、これ美味しいね」


「うん……。兄さんが、選んでくれたものだから……」


「12時間ぶっ通しで音楽配信するんじゃなかった、のど飴が足りなさすぎる……ッ」


「ちょっと翔太さん、だらしないですよ。しっかりしてください」


 マッサージ機を嗜む海斗に菓子を食べて女子会を開いている涼音と恵果ちゃん。

 そして出入り口付近にあるソファーで横になり項垂れている翔太くんを咎める、遠藤さん。


しまいには……。


「あ~! またミスしたばい! やっぱり目隠しでフルパーフェクト取るのは難しいとね~!」


 涼音と恵果に並んでオフィスチェアに座っているのは、癖が強いで有名な旋梨ちゃんだった。

 

「お前らなァ!? ここは集会所じゃねぇって何回言えば気が済むんだコラァ!! 特に海斗ォ! テメェは部外者だろうがァ!?」


「うっせぇな。残念ながら部外者じゃないんだよなぁ、これが。この会社から正式に認められてます~」


「はぁ!?」


「ほれ」


 そう言って、海斗はマッサージ機を堪能しながら許可証の入ったホルダーを投げてくる。

 俺はそれを受けとり見てみると、こいつの親父さんが経営している会社名と共に、名前とミライバ株式会社の専属元であることの記載がされていた。


「いやぁ、お前の紹介のおかげで親父のとこもガッポリよ。ありがとうな、クソジャップ」


「いつの間に……! てか、他も出て行かんかい!!」


 部外者から関係者に昇格している海斗に歯を噛み締めながら、涼音以外の全員に出ていくように暗示を掛ける。

 すると涼音を除く全員から一言。


「嫌っス」


「私はお兄ちゃんを見ないといけないので……。いえ、涼音ちゃんと話していたいので」


「そんな固い事言わんでいいとね。ほら、そんなに怒っとっと、眉間にしわが増えるけんよ」


「す、すみません……。私も最初はこの二人を連れて行こうと思ったのですが、此処があまりにも居心地良すぎて……」


「満場一致、諦めろ裕也」


「く……クソがァ!!」


 怒り散らしたところで、此奴らは出ていかない。ちなみに涼音と旋梨ちゃんは最初こそおどおどしい感じだったが、なぜか二人の中で意気投合、いや……決意をし合ったようで険悪にはなっていないようだ。


まぁ涼音の成長も含めて頑張っていると思えばいいか。


 今日に限って午後からは全員予定が無いようで、涼音は明日から本格的に配信が始まる。

 それらも含めて準備は既に終わらせているのだが、あまりにも賑やかすぎるだろ。


「ふぅ、暑いば~い! お兄さん、クーラー付けてくれんと?」


「空気の入れ替えもだいぶしたし、入れるか……」


「おっ、旋梨ちゃんエロいな。そんな胸袖をパタパタして」


「は? この場で死にたいと?」


「なんでもないです。ねぇ恵果ちゃん、俺とデートしない?」


「ふぁ!? で、デート!? そ、そんなまだ私たちお互いを知らないですし……!」


「恵果ちゃん、このバカの言葉を鵜吞みにしなくていいぞ。可愛けりゃ誰でもこんな風に言ってるから」


「「「「うわぁ……ッ」」」」


「えっ、ちょ……。女性陣の視線が痛いんだけど」


「自業自得だ、バーカ」


 哀れみ、そして冷たい視線を浴びる海斗に俺は毒を吐いてリモコンを持ち、クーラーを付ける。

 最初こそは暑苦しい空間も、やがて数分とすれば快適でいい涼しい空間に早変わり。


 俺は空いているオフィスチェアに座り、壁に設置されているテレビを付けた。

 昼を迎える前のニュースなどが流れ始め、遠藤さんは翔太くんから離れて、同じように椅子に座った。


「それにしても、裕也さんって海斗さんとなんだかんだ仲がいいですよね」


「まぁ俺と裕也は腐れ縁だからなぁ」


「腐れ縁以上にクソだがな」


「兄さんはそういうけど、信頼し合ってるのわかるよ……?」


「こいつは昔から素直じゃないんだよ。不良時代が一番ツンツンしてたんだぜ?」


「おい海斗、その話は――」


「に、兄さんが不良……?」


「ッ! 改めて気になるばい!」


 皆の前、特に涼音の前で不良をしていた時代があると暴露した海斗によって、最初は考えられないと表情をしていた涼音も興味を示し、なにより旋梨ちゃんが食いついてきた。


 そして奥の方のソファーで横になっていた翔太くんが起き上がり膝の上に肘を置いて、両手を組み顎を乗せて言った。


「話を聞きましょう、神代の兄貴」


「なんだこいつ」


 12時間ぶっ通しで音楽配信をしたせいで、ガラガラの声。かっこつけてる割には、死に過ぎてて逆に心配だ。


「さて、何処から話そうか……。そう、あれは確か……」


「テメェも続けようとするなや、コラッ」


 天井を見上げながら過去を振り替えようとする海斗に、俺は圧をかける。しかしそれでも辞める気がないのと、周りの興味の圧に俺が押し負けてしまい、あらいざらい暴露された。


 海斗が俺の学生、もとい不良時代の話をしている間、俺は常にテーブルの上に顔を付けて伏せていた。

 なぜか周りは興味津々に聞いていたが、前も言ったように俺の中では黒歴史。


後で海斗の野郎、締めとくか。


 話が終わった後、やけに翔太くんが目を輝かせて絡んできたり、俺が不良だった事実に涼音は何故かふわふわしていた。

 何を考えてるんだ、幻滅でもされたか? ともあれ、昼時を迎えて多くは解散することになった。


だが、その場には涼音だけでなく旋梨ちゃんも残った。


「皆、昼飯食べに行ったけど旋梨ちゃんは行かないのか?」


「お兄さんが行くなら私も行くばい。それまではやることもないけん、ここでまったりするばい」


「……一人でも、いけると思います……」


「一人で食べるなんて、寂しいばい。それとも涼音ちゃんが一緒に行ってくれると?」


「私は兄さんと一緒がいい……から……」


「私も涼音ちゃんと同じばい。だからお兄さんが動くまで此処に残るんよ。生憎とマネージャーに私は縛られないけん、どうしようが私の自由ばい」


「むぅ……!」


 涼音ならわかるが、本当に旋梨ちゃんの考えがわからない。というか、目の前で二人の背後にそれぞれ化身が見えるんだが。

 というよりも、普通にマネージャーの縛りが無いって断言してるけど、一応瀬川さんが付いていること忘れないであげて欲しい。


 とはいえ流石に一人だけ蔑ろな扱いをするわけにもいかない、俺は財布と車の鍵を持ち、立ち上がる。


「三人で食いに行くぞ、何が食べたい?」


「「お寿司が食べたい……!!」」


「そこは意気投合するんかい」


 仲がいいのか悪いのか、全くわからねぇ。けどこれも、涼音にしては成長の糧の一部だろう。

 俺の後に続いで二人も準備をし、楽屋を後にする。寿司なら、外食先の方で美味そうな店があったんだよな……。


 廊下を歩く中で、後ろで二人が何かのやり取りをしていた。だが小声だった為、聞こえなかった。


……悪口、とかじゃないよな。



「兄さんは、渡しませんから……ッ」


「例えお兄さんが涼音ちゃんに目を向けていても、私は上書きするように見てもらうようにするけん。覚悟、してほしいばい」


「私のだもん……。絶対に、負けない……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る