準備は万全にしないと後に響くモノ
旋梨ちゃんが出て行った後、俺は場が落ち着いたこともあって瀬川さんと改めて話をした。
切り出しはまず最初に、電話でも掛けた通り涼音の配信が比較的にバズったことに関して。
翔太くんが言ってたように、音神 旋律こと如月 旋梨ちゃんによるリツイートが主に原因だったと話を聞いた。
切り抜きだけでは到底ありえない伸びだった為に、大方それが原因だろうと踏んでいた。
瀬川さんが言うには旋梨ちゃんの疎かな行動を注意、及び止めることができなかったことに対する謝罪だった。
というのも、各書類に目を通してサインしたものの、涼音が正式に活動するのは一週間後の夏休みから。
それまでは内密にという話だったのだが、今回の件で目立ち過ぎたが為に急遽、涼音がDream Lifeに所属して活動することの表明をしたそうだ。
涼音自身、企業勢としてやっていくと配信で先行報告はしたが、どこの企業でどのライバーグループに所属するかなんてのは控えていた。
しかし事が過ぎてしまった以上、元に戻すことはできない。頭を下げてくる瀬川さんに、俺は大丈夫ですと返す。
それからは改めて旋梨ちゃんのことを聞き、今後の俺と涼音の活動についても教えてもらった。
俺がマネージャーとして活動するのは明日から。午前の部と午後の部に分けて、三日間特別講習を行う。
そこで世話になる他のマネージャーとの交流も含め、瀬川さんによる特別講習を受けることになった。
必要な持ち物及び、事前に集合時間を聞き出した。
それから涼音の活動についてだが、先ほども言ったように一週間後の夏休み突入と同時に始まる。
それまでに自分が使用する事務所の管理、必要最低限のモノを揃えることをしなくてはならない。
それに、三日間の講習と交流があるなら、会社の内部の把握などもしたいから泊まり込みの方がいいかもしれない。
瀬川さんと話し合いをする中で、俺は自分のスケジュールと泊まり込みの許可を問う。
すると瀬川さんは許可をしてくれた。その他にも色々とするべきこと、揃えるべきものの詳細を聞いた後、お開きとなった。
「……それで、俺の事務所は待ち合わせの集会所じゃないんだが」
「そんな固いこと言わないでくださいよ、神代の兄貴!」
「毎回毎回お兄ちゃんがすみません、裕也さん……」
昼を迎える前の時間、俺は楽屋に戻って必要なモノが何かをまとめている時。
楽屋のドアがノックされ開けてみれば、案の定そこには赤城兄妹が居た。
なんでも午前のライブ配信を終えたばかりで、休憩時間とのことだったが、何故俺が居るのがわかったのか不思議だ。
そう思い聞いてみると、廊下で出くわした瀬川さんから聞いたとのことで知ったようだ。
「もはや腐れ縁だな、俺たち。というか翔太くんはわかるとして恵果ちゃんは学校とか大丈夫なのか?」
「私は通信制に切り替えたので大丈夫なんです。涼音ちゃんと同じ通いながらにしようかなって思ってたんですけど、それだと曲作りする時間を割くことになるので……」
「やりたいことの時間を増やすのは良い事だが、学生としては険しい判断をしたな……」
「ちなみにこいつは通信制に切り替える前は学年トップだったんで頭はいい方っスよ」
「マジ?」
「べ、別に勉強をちゃんとしてれば普通の事です……ッ」
俺と翔太くんの反応に、恵果ちゃんは耳元の髪の毛を指で少し上げながら照れる。
いや、それを普通と言える時点で天才の発言なんだよな。
「勉強と言えば、俺も明日から講習だな」
「講習ってマネージャーのっスか?」
「あぁ、三日に分けて瀬川さんが教えてくれるらしい。涼音をしっかり支える為にも、勉強頑張らねぇと……」
「神代の兄貴、雰囲気的にも勉強苦手そうっスもんね!」
「お兄ちゃん!」
「いや、大丈夫だ恵果ちゃん。翔太くんの言う通り、俺は勉強があまり得意じゃなくてな」
「神代の兄貴は学生時代どういった日常送ってたんスか?」
「あ、勉強の方じゃなくて日常の方を聞くんか」
まさかの日常を聞いてくる翔太くん。そんな俺の学生時代を、なぜか恵果ちゃんも気になると言わんばかりに目を輝かせる。
俺の、学生時代……か。主に海斗としか絡んでなかったな……。
『おい裕也、〇〇高の奴らが呼び出してんぞ。どうする?』
『完膚無きまでにブッ殺す』
『おっ、あの子ナンパされてんじゃん。助ける?』
『ストレス発散にブッ殺す』
『そういや〇〇の奴が虐められてるって聞いた?』
『ダチに手を出した奴は骨も残らずブチ殺すッ!!!』
脳内に過る中学、高校の記憶。お袋を亡くしてから荒れに荒れた俺は海斗と共にして暴れていた。
故に、黒歴史となって鮮明に頭の中で映像化される。思い出しておいてなんだが、自分がガキ過ぎて憐れんでしまう。
「いっそのこと殺してくれ……ッ」
「えっ!? ゆ、裕也さん!?」
「神代の兄貴が急に弱々しくなった!?」
軽音部に入っていると聞けば普通なのかもしれないが、学生時代は中学以降不良として生きてきた。
いや、一応勉強はしていたんだが頭に入ってこずに、成績は卒業できるかできないかというギリギリだった。
思い出したくないことだったかもしれない、と恵果ちゃんが気を利かせてくれたおかげで、話さずには済んだ。
「と、とにかく勉強なんてのは話を聞くのが肝心っスよ! それに神代の兄貴の学生時代がどんなんだったかなんてのは知らないっスけど、きっと大丈夫っスよ!」
「そ、そうですよ! 大事なのは過去じゃなくて今です! それに裕也さんならお兄ちゃんが言うように大丈夫です! やれば、出来る子です!」
「おい恵果ちゃん、それ子供を宥める時に使う言葉だ」
必死にフォローしてくれるのは有難いが、なにが悲しくて年下の女の子にあやされなきゃいけないんだ。
聞こえるか聞こえないかの声量でツッコミを入れ、俺は気持ちを切り替えて家具や家電製品をAruzonで調べる。
湯沸かしのポットがあったり、マッサージ機などはあるが他にもバスタオルやシャンプーなど日常用品も揃えないといけないな。
着替えも多少置くとして、必要なモノと言えばベッドや室内でも乾かせる物干し系か。
んー、考える程に自分でアレンジできるから意外に楽しいな。
目の前でごく当たり前のように作詞作曲の作業をする恵果ちゃんと、ギターの練習をする翔太くん。
まぁ逆にこういうのが俺にとって本当の日常に思えるから、安心はするけど。
それぞれがしたいようにしていると、再びドアがノックされた。
『す、すみません! 私、赤城さん二人のマネージャーをしている遠藤里美って言います! 此処にお二人っていらっしゃいますでしょうか!』
「ンハァッ!?」
「あっ……あぁ……!」
ドア越しに名前と要件を言う二人のマネージャー。此処に居ることをバレている二人は、作業していた手を止めて、翔太くんは特に冷や汗を掻きながら絶望の表情をしている。
「か、かかか神代の兄貴! 俺たちは此処に居ないって言ってください! お願いしやっス!!」
「翔太くん……」
「そ、そういえばマネージャーさんに裕也さんの所に行くって言ってなかった……あぅ……!」
「恵果ちゃん……」
根本的にまずマネージャーに行き先を言わない時点で、この二人の落ち度だ。
俺の腰に腕を回して泣きついてくる翔太くんと、罪悪感で涙目になっている恵果ちゃん。
だが悪いな、今回の件……君たちが悪い。
「はい、ここに居ますよ!」
「神代の兄貴いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!」
必死にしがみついてくる翔太くんを引きずりながらも、俺はドア開けて遠藤さんを迎え入れる。
最初こそは謝罪の一言から始まり、赤城兄妹が毎回此処に来ていることを知っているようで、頭を下げてきた。
しかし、その次に俺の腰にしがみついている翔太くんを見た途端に表情は一変。冷たい表情に変わった。
「さて、恵果さんはともかく翔太さん……。貴方にはみっちり言いたいことがありますので、お時間よろしいでしょうか?」
「ひ、ひえぇ……!!」
「――お覚悟を」
「んぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」
君は一体なにをしたら、そう怒られることになるんだ。
腰にしがみついていた翔太くんの首根っこを掴んで引き離し、その場に押し倒して馬乗りになる遠藤さん。
恵果ちゃんはそんな光景に両手で目を隠し、見ないようにするので必死だった。
押し倒し、馬乗りになった遠藤さんはおもむろに胸元から一枚のクレジットカードを取り出した。
「配信する上で必要な機材、及び小道具などは会社からの経費で落ちます。しかし翔太さん、貴方は関係のない物を買いましたよね」
「な、なんのことですかなぁ!」
「なるほど、あくまでシラを押し通すつもりですか。ではこの電子明細書はなんですか?」
「ぬぁ!? ……ギターのピック、買いました……。オレの好きなバンドの限定品だったので、思わず……ッ」
スマホに記載されている明細書を見せつけられたことにより、翔太くんは自白した。
言い逃れできない状況に、俺はそんな翔太くんを憐れむ。間違いなく自業自得であると。
「素直でよろしい。しかし、購入するにしてもしっかり相談してください。別に買うなとは言いませんので」
「は、はい……。本当にすいませんでした」
「はぁ……。まぁこれが初めてなので大目に見ます。それと翔太くん、そして恵果さんに残念なお知らせがあります。……お二人の使用しているパソコンが不調で、午後に予定していた配信はできなさそうです」
「……ふぁ!?」
翔太くん個人の問題に続いて、仕事に関する問題が出たと遠藤さんは言う。
その後聞いてみると、使用年数もそうだが、なにより音楽活動をする上で機材への負担が大きく一気に不調に繋がったという。
今から新しいモノに切り替えるとしても、数日は見越す必要があるようで、その間は配信ができないという。
そのことを聞いた翔太くんと恵果ちゃんはショックを受けたようで、二人して死んだ目をしていた。
即行でパソコンと言えば、あいつがいるじゃねえか。
「遠藤さん、ちなみに午後の配信は何時からですか」
「えっ? えっと、19時からですね。なんでですか?」
「こういう関係で頼りになる知り合いが居るので、今日中になんとかなると思いますよ」
俺の言葉に、遠藤さんは驚く。対して落ち込んでいた二人も、キラキラと目を輝かせて希望を抱いた。
俺は遠藤さんにも座ってもらい、スマホを取り出して海斗に電話を掛けてみる。
コールが続いた後、繋がる。
『あいよ、どうした裕也』
「パソコンの注文をしたい、今日中に」
『また横暴なことを言うよな、お前は。まぁこちらとしても売り上げに繋がるから有難いけど……。ちなみにパソコンのスペック、種類とかあるのか?』
「あぁ、ちょっと待ってくれ。遠藤さん、パソコンの希望するスペックや種類ってありますか?」
「えっと、確か……」
遠藤さんは赤城兄妹が使用していた種類と同じパソコン、そしてスペックについて教えてくれた。
その通りに俺は海斗に伝えると、少し悩ましいように唸った後、キーボードを操作する雰囲気が伝わった。
『おっ、在庫は残り二つあるわ。それにしてもこのパソコンでよく一年半以上も持ったな。特にPCオーディオとの相性によっては本当にすぐガタが来るからな。けどこの種類で最近に出た最新式があるけど、そっちにするか?』
「状態が良い方がいいだろうし、そっちにするか」
『了解。一台でいいのか?』
「待ってくれ。遠藤さん、一台でいいですか?」
「本当は二台が欲しい所ですが、とりあえずは一台で……。けど本当に大丈夫ですか……?」
「なにがですが?」
「その、お知り合いさんに申し訳なくて……」
「あぁ、大丈夫です。気にしないでください」
『おいコラ、俺の意見を尊重しろよ。まぁ別にお前の頼みだからいいけどよ。それでいつ受け取りに来る?』
海斗と相変わらずのやり取りをしながら、進める。しかし思えば海斗に俺が離れた場所に居ると伝えてない為、俺は住所をメールで送り、此処に届けるように指示を出した。
『おまっ、ちょ……。えっ、二時間?』
「まぁそう言うなよ、可愛い女の子が待ってるぞ」
『……年齢は』
「現役女子高生」
『特急で行くわ』
「クズがッ」
恵果ちゃんを餌に来る気にさせたものの、俺は決して海斗を恵果ちゃんに近付けさせないように気を付けることに。
しかし一応卒業してからは常識人ではある為、見積もりなどしっかりと作った上で来るため、予定より一時間は多く掛かるかもしれないと言っていた。
海斗とのやり取りを終え、今日中になんとかできると伝えたら遠藤さん含め、全員が感謝して喜んでくれた。
それから自分自身も海斗が来るまでにやりたいことがある為、準備をしている時。
涼音からメールが届いた。
『兄さん……寂しい』
俺はそのメールに胸を貫かれた。故に腕を胸の前で十字に組んでその場で仰向けに倒れた。
駆け寄る遠藤さん達は俺を囲んで心配してくる。
「――俺、もうシスコンでいいや」
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