癖の裏にある興味の発端
旋梨ちゃんに連れてこられた部屋は、俺が最初に間違えてしまった元の場所だった。
戻る道中、俺は腕を引かれ、何故か抵抗ができなかった。対して瀬川さんは後ろを歩き、ずっと念仏を唱えるかのように『ごめんなさい』を繰り返していた。
俺は今から、なにをされるんだろうか。
「改めて、私は如月旋梨。ミライバ株式会社のDream Lifeに所属しているVTuber、音神 旋律ばい。普段は四階の事務所じゃなくて三階にあるこの部屋を利用して、ゲームしたりと退屈を凌いどるんよ。やけん特に一人でやるのに少し飽きて、色んな人に声を掛けて遊んでもらってるんやけども、如何せん腕鳴らしにもならんばい」
「……ッ! ちなみに、赤城翔太って知ってる?」
「赤城翔太……。あぁ! 赤髪、音楽をばり好いとる男の子ばい。以前少し絡んだことあっちゃけど、それ以降はなぜか絡むことがなくなってしまったけん。なんでだろ……」
「なにかした、とか」
「んー……。ばり必死に話しかけてきたっちゃけど、あまりよくわからなかったから『もういいばい』って返したぐらいけんね」
ダウト、それ原因。翔太くんのコミュニケーションがあるない以前の問題だった件について。
余裕で脳内再生できる。自分は新人、そして先輩に対して必死に話しかけようとする翔太くんの姿が。
それなのに、たった一言。それも、『もういい』は確かに心折れるよな。
今こうして俺は当時の理由を聞いたからわかるが、翔太くんの視点からするとただただ否定されただけだもんな。
土産話に、翔太くんに真相を教えよう。
「さて、そろそろ遊ぶばい」
「俺は別にいいが、瀬川さん……」
「私の事はお気になさらず。今回お呼びした件は彼女の関係でもあるので。それと裕也さん、死なないでください」
「えっ」
元々は瀬川さんの用事で出勤という形を取ったのだが、如何せん遊び始めても大丈夫なのだろうか。
そう思い瀬川さんに聞いてみると、思う存分に付き合ってくださいという視線と、不穏な言葉だけを残した。
――それから、一時間後。
「真っ白に……燃え尽きたぜ……ッ」
「裕也さああああああああああああああああんッ!!!」
身体に力が入らない、頭が回らない。溶けるようにうつ伏せで倒れる俺に、瀬川さんが駆け寄る。
挑まれたのは音ゲー、降り注ぐノーツを目で追いかけるのがやっとで、コンボが続かねぇ。
というか、得意部門で挑んでくんじゃねえよ。
「あはは! でもお兄さん、筋はなかなかいいばい。私相手に粘れたのは普通に自信持ってよかと?」
「そりゃどーも……」
ろくに音ゲーなんてしたことがない。寧ろ、ゲーセンで遊んでたのはどちからというとスト〇ートファ〇ターだわ。
ジャンルが違うのもそうだし、環境が違いすぎる。しかし、せめてコンボは繋げたかった。
「ともかく、満足はしたか?」
「んー、まぁまぁやけんね。必死にコンボ繋げようとするお兄さんの姿、ふふっ……面白かったばい」
純粋無垢な笑顔、楽しんで頂けたならなによりだ。その後少し休憩を挟んだ時に聞いたが、勝負を挑んだのは本当に暇だったからという理由だったようだ。
しかし俺はその中で、翔太くんから聞いてた情報として『癖が強い』ということと、瀬川さんが恐れる意味がわからなかった。
今の所、旋梨ちゃんに抱いている印象はゲーム好きの普通の女の子というぐらいだが。
だがソファーに座りくつろいでいる俺に、旋梨ちゃんの癖が強いとされる部分が少し表に顔を出す。
「お兄さん、私のモノにならないと?」
「……んっ?」
静寂の中、耳に聞こえる幻聴。否、幻聴であると思い込みたいだけである。
旋梨ちゃんから放たれたその言葉に思考が停止する中、俺は無意識に隣に座っていた瀬川さんに視線を送る。
すると瀬川さんは、俺の耳に口を近づけ小声で伝えてくる。
「ちょっとこの子、色々とおかしいんです。なんていうか、自分が興味を持ったものを欲しがったり、逆に興味ないものに関わったりするのが嫌いなようで……」
「翔太くんから少し聞きましたが、マネージャーが付いていないというのもそれが原因ですか」
「まぁこれに限らずではないですが、大方そうです。過去に半ば強制的にマネージャーを付けたことあるのですが、興味ないモノに指示されたり、ペースを乱されたくないという理由で配信すら行わなくなったりしたこともしばしば……」
「ただのわがままっ子じゃねぇか……」
「それでいて尚、会社が彼女を雇用し続けるのには知名度の高さも然り、会社自体に貢献している売り上げが大きく関わっているので目を瞑っているというのが現状です。今は私がこの子の代わりにマネージャーをしているので大丈夫……とは言い切れませんが、今は何とかなっている感じなんです」
多少遊んで休息を取っている旋梨ちゃんは、クッキーを食べることに夢中で俺たちの会話を聞いてない。
瀬川さんから聞かされる目の前の子の独特な癖に、軽く同情するのと、尊敬の意を込める。
そもそもマネージャーについては前に瀬川さんから聞いているが主にスケジュール管理に加え、体調管理。
だがそれを裏手に考えれば、マネージャーの組んだ予定通りに動かなくてはならないということでもあり、それがきっと旋梨ちゃんにとっては縛りとなって好ましく思えないのだろう。
それから他にもマネージャーに対しての態度は配信をしなくなること以外に、反応が薄かったり、引きこもったり、挙句の果てには会話すらしなくなるという始末。
……やはりわがままっ子じゃねえか。
「でもそうなると、俺は旋梨ちゃんに興味を抱かれたことになりますが、正直わからないです」
「きっと裕也さんの雰囲気、じゃないですかね。他にもなにかありそうですか、心当たりは?」
「いや、ないです。そもそも初めて会ったので」
当たり前だが、俺に心当たりなどあるわけがない。初めてこの会社で会ったぐらいで、他にはない。
雰囲気と言われても、自分自身のそういった部分を理解できるわけもなく、ただただ謎が深まるばかりだった。
「んんっ! クッキー美味しかったばい。それでお兄さん、返事はくれんと?」
「あぁ、悪いが却下だ。そもそも出会って間もないのに、その距離の詰め方はありえないと思っている。すまないな」
「ッ! ……まぁそういうと思ったばい。けどお兄さん、ハッキリと物事を言うけんね。他人に嫌われたり、怖がられたりするかもしれんと思った事ってないと?」
「普段の喋りで嫌われるのならそれまで、寧ろ怖がるなら絡まなければいいだけだろ。それに、他人の評価なんてのは仕事と客以外では気にしないようにしてる。特に、最近はな」
涼音と気持ちを言い合った際、世間の評価を気にしないようにしたのは事実だ。
俺が俺である為に、それが無理なら必要以上に絡まなければ済むだけの話だから。
俺の言葉に少し驚愕と言わんばかりに目を見開く旋梨ちゃんだったが、やがてその口元は微笑む。
「とりあえず今は諦めるばい。やけん私は、こう見えて狙ったお気に入りは手に入れたい質やけんね。――覚悟、しててほしいばい」
なにがどうして、そう俺を狙うのか。そんなの理解することも難しいし、それはきっと旋梨ちゃんにしかわからない。
ただそれでも何かを決意するかのように部屋を後にする旋梨ちゃんを見送って、その場には俺と瀬川さんだけが残った。
「……やっぱりお兄さんは覚えてないけんね。それでも、私は覚えてるばい。お兄さんが作ってくれたラーメン、そして……。ふふっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます