バグかもしれないエンカウント
後日、俺は会社に向かう為に早起きをした。風呂に入って目を覚まし、リビングに居る親父と奏さんに朝の挨拶。
早起きと言っても7時だが、俺にとっては早いもんだ。そして俺は奏さんが作ってくれた朝食を食べる。
白飯に、大根とネギの入った味噌汁。さんまの塩焼きに、たくあん。やはり俺はパンより、こっちだな。
「なぁ、裕也」
「なんだよ」
「パンにラーメン乗っけたら美味いと思うか?」
親父の言葉に、俺は箸で掴んでいたたくあんを落とす。
えっ、その質問にはどういった意味があるんだ?
ふざけて答えるなら『やってみればいい』と言えるが、真面目に答えるなら『定年退職』の四文字を叩きつけたい所だ。
結局のところ俺は答えずに、何も聞かなかったように食べるのを再開する。
――しかし。
「無視すんなよ、裕也。俺は悲しいぜ」
「いや、朝からボケ老人の相手する風習は俺には無い」
「実の父親に向かってボケ老人だァ? ぶっ飛ばすぞ」
「めんどくせぇ! ったく、一体何があったんだよ。別に今まで黙って飯食っててもなにも無かっただろうが」
やけにダル絡みをしてくる親父に、最初は二日酔いでもしてんのかと疑ったが、そういう感じではなかった。
故に、なにか悩み事でもあるのだろうかと俺は聞き返す。
「いや、実はさ……」
「おう」
「お父さん、欲求不満です」
「知らねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!」
両手を組み真面目な顔付きになった親父に俺は少し気を引き締めたが、言葉に出たのはしょうもない一言だった。
いや、マジで知らねぇよ。なにが悲しくて親父の性的欲求の悩みを聞かねぇといけないんだよ。
「裕也、これは男にとって死活問題だ。俺はここ最近、仕事に追われ過ぎて溜まりに溜まっちゃってるんです」
「いや、話を続けんなやコラッ。誰も聞いちゃいねぇし、聞きたくもねぇわ。というか早朝からなんて話をしてんだよ。気持ち悪いなオイ」
「うわぁ、罵倒罵声の雨あられ……。いやね、ほら。裕也も大人だろ? だから、どうしたらいいのかなって」
「だから知らねぇよ。一人で営みでもしとけばいいんじゃねえの」
「はぁ……。これだから童貞は」
「あァ~! 手が滑ってお茶が親父の顔面に~!!」
「あぢいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」
最も関係ない俺の童貞事情を突いてきた親父に、俺は箸を置いてホカホカのお茶を盛大に親父の顔面にぶちまけた。
もろに受けた親父は両手で顔面を覆いながら、床にゴロゴロと左右に転がりながら悶え苦しむ。
「あらあら大変、大丈夫かしら!?」
「奏……ゆ、裕也がァ……!!」
「えっ? 裕也くんがしたの?」
親父の状況を察知した奏さんがキッチンから顔を出して、すぐに駆け寄る。
しかし親父が奏さんの胸に顔を埋めながら、指で俺がやったと差してきた。
故に奏さんから少し鋭い視線が送られる。だが、俺は別にどうということはない。
悪いのは親父、全ては親父。急いで朝食を掻き込んだ後、立ち上がって地雷を埋めていく。
「親父が欲求不満で〇俗に行くみたいなので、俺から制裁を食らわしときました。後はお願いします」
「あらあら……ッ」
「えぇ? そんなあからさまな嘘を吐くの~? 奏、これは違うんだ。あいつの戯言だァ!!」
「でも、裕也くんは嘘を吐かないと思うからぁ」
「あれ、俺より裕也の意見を聞き入れるの? あれれ?」
「お話、しましょうね?」
すまない奏さん、嘘を吐きました。けど後悔はしてません、親父の関係だから。
俺は貴重品の入ったカバンを背負い、家を出た。
親父? その後は知らん、みっちりシバかれとけ。
それから俺は二時間移動し続け、会社に着く。前回は涼音も居たから休憩を挟んだが、今回は無しで飛ばした。
それだけに会社の駐車場に止めた時、結構ケツと腰が痛くて苦い顔をした。
車にはしっかり鍵を掛け、前に瀬川さんから預かった許可証を首から下げ、中に入っていく。
するとフロントにはあの時の受付担当の人が居た。
「この前は怖がらせてしまってすいません。神代裕也です、今日は瀬川さんに呼ばれてきました」
「あっ、どうもご無沙汰しております! 私の方こそ、その節は取り乱してしまいすみませんでした! 今回の件ですが、瀬川さんからお聞きしております。前に向かった部屋でお待ちしていると思いますので、向かってみてください!」
どうやら前に瀬川さんが説明してくれたこともあり、フロントの人と和解できているようで安心した。
俺は言われた通り、軽くお辞儀をしてからエレベーターを利用して前に訪れた部屋へと向かった。
確か、こっちだったよな。
やはり会社がしっかりしているだけあって、いつ見ても掃除が行き届いていて、綺麗だ。
しかしその反面、一歩間違えれば迷子になりかねない。流れ的に知った感じで来たのはいいが、少し不安だな。
ともあれ、当時に出向いた部屋らしきところに着いたので一応ノックして確認する。
「すみません、神代裕也です」
ドア越しというのもあって、俺は少し大きめに名前を言う。しかし中からは何も聞こえない。
まさか部屋を間違っているのかと思うも、それでもしばらく待っていても返事が返ってくることは無かった。
絶対に違う気がする。そう感じた俺は頭を掻き、改めて探してみることにした。最悪、誰かに聞いてみればわかるだろう。
その場を離れようとした時、何も聞こえなかった部屋のドアがゆっくりと開き、女の子が顔を出した。
「ごめん、ゲームしてたばい。なにか用事でもあったと?」
「えっ、いや……。部屋間違えたみたいで、申し訳ない」
水色の髪の毛に眼鏡、そして首に下げているヘッドフォン。色々と独特な女の子に、俺は部屋を間違えたこともあって小さく頭を下げた。
俺は女の子に一言掛けた後、スマホを取り出して瀬川さんに掛ける。しばらくコールが鳴った後、電話越しに瀬川さんの声が聞こえた。
「あ、もしもし。裕也ですけど、今会社に着いて三階に来たのはいいんですが部屋がわからなくて……」
『あ、そうなんですね。わかりました。今ってどの辺にいますか?』
「エレベーターのあるホールに戻ってきました」
『ではそちらの方に向かうので、少し待っててください』
そこで電話は途切れる。瀬川さんには二度手間を掛けてしまい申し訳ない気持ちになる。
俺はホールにある椅子に座り、深い溜息を吐いた。
「――お兄さん、レイちゃんと知り合いだったと?」
「あぁ、つい二日前に来て知り合ったんだ。……って、なんでついてきてるんだ!?」
自然に、それも友達感覚で話しかけられたことで普通に返答してしまったが、俺はさっきの女の子が居ることに気付く。
俺の驚いた行動にしばらく女の子は目を見開かせていたが、時間差で口元を緩ませ、小さく笑った。
「そんな驚かなくてもいいのに、面白い反応するとね。あはは!」
「……ッ」
おい、これは一体どういう状況だ?
どこぞの兵長の如く自分に問いただすが、わからない。俺の反応がやけに気に入ったのか、女の子は人差し指で頬を突いてきては弄んでくる。
「あ、裕也さん! ……って、げぇッ!?」
そこに後から来てくれた瀬川さんだったが、美人から出るとは到底思えない濁った言葉が出た。
「な……なぁ……! なんでセンリさんが一緒なんですか!?」
「センリ……。あぁ、君の名前か」
「そうばい。如月旋梨、それが私の名前。それはそうとレイちゃんも失礼とね。人を前にげぇ!?なんて、品がないとね」
「裕也さん、今すぐにその子から離れてください!!」
「えっ」
両手を前に出してこっちに来るようジェスチャーする瀬川さん。俺は犬じゃねえんだけど。
この二人がどういう関係なのかわからないが、とりあえずあの瀬川さんが焦っているのはきっと珍しい。
俺は立ち上がり、センリちゃんから離れようとした時。後ろから首に手を回され、抱き着かれた。
――そして、一言。
「とりあえず私と出会ったら勝負。お兄さん、見た感じゲーム上手そうに見えるばい。やけん、ちょっと相手してほしいばい」
「ひえっ……」
ドッドッドッと心臓の鼓動が早くなる。これは決して、涼音の時のように感じたドキドキではない。
そう、言うなれば恐怖による鼓動の速さ。耳に囁かれた言葉は狙いを付けた獲物を逃がさない肉食動物……。
ちなみに昨日、翔太くんの話を聞いて出会った時に気を付けておこうと思った相手がセンリちゃんだったことは、後に知ることであり、エンカウント率の高さに打ちひしがれるとはこの時まだ思いもしなかった。
「あぁ、裕也さん……。ご愁傷様です……ッ」
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