トレンド入りした理由がまさかの切り抜き?








 翔太くん、涼音、そして瀬川さんの三人からトレンド入りしているとの報告を受けた後、俺は原因を探った。

 するとなんでも、トレンド入りしたのには“切り抜き”と呼ばれる言わば切り抜き職人という者によるものだった。


 しかし彼らは害悪な存在ではなく、寧ろVTuberにとって知名度を広げてくれるメリットを持つ故に貴重視されている。

 そんな切り抜き師のチャンネル名は『全裸でヒスイ推し』という名前だけ見ればヤベェ。


 だが投稿されている涼音の切り抜き動画はしっかりと丁寧な編集された上、概要欄に涼音が使用しているヒスイのトゥイッターのアカウント、そしてチャンネルへのリンクが欠かさず貼られている。


 話がそれたが、そんな『全裸でヒスイ推し』さんによる最新の切り抜き動画のタイトルがこれだ。



【脳死で妹のリスナーに質問返しする兄貴】



 至ってシンプル、それでいて意味が凝縮されている。だが問題はそこじゃない、俺は昨日の夜の記憶がほぼ無いに等しい。

 涼音と並んで配信をしたこと以外、ろくに記憶が無い。そう思い恐る恐る昨日の自分はなにをやらかしたんだと、翔太くんと通話を繋げ、隣に涼音を座らせた状態で動画をクリックして見てみることに。


ちなみに、瀬川さんは呼び出しを受けたようで抜けている。




『えっと、せっかくだし兄さんに質問したい人とかいるかな……』


『いや、メインはお前だろ』


『そうだけど、コーナーとしては成り立つかなって……』


『俺をコーナー利用するな』


『えへへ……』


:可愛い

:ヒスイの兄貴に質問かぁ

:聞きたいこととりあえず聞いていいやつ?


『あ、うん。けど答えるかどうかは兄さんが決めていいよ……』


『じゃあ全部黙秘で』


『さすがにそれは……』


:黙秘権の乱用は草www

:とかいって、実は答えてくれるやつ

:ヒスイちゃんが上目遣いで見ればチョロくなるだろ

:それただのシスコンじゃねえかww


『誰がシスコンだ、アホか』


『ちょっと兄さん、口悪いよ……!』


:ヒスイちゃん、大丈夫。これがお兄さんの素なんだろうな

:寧ろこれぐらいがフレンドリーで有難いwww

:アットホーム全開な感じがしていいよなww

:私一人っ子だから実際に兄が居たらこんな感じなのだろうか


『皆がそういうなら、いいのかな……?』


『ただただ眠い、それだけはハッキリ答えられる』


『寝落ち、する……?』


『するわけないだろ、公開処刑じゃねえか』


:間違いないwww

:妹に対しても変わらない態度が逆に好印象w

:とりあえず書き込めば答えてくれそう

:質問を一言で返す系にしたら?

:なるほど、じゃあ質問。お兄さんって何歳?


『物理で抵抗、21歳』


:本当に答えたwww

:これはいけるぞwwww

:物理で抵抗は兄貴さんらしいww

:彼女はいますか


『年齢=彼女いない歴』


:じゃあ俺が兄貴貰うわw

:は? 俺のだし

:いや、ヒスイちゃんが怒るぞ。たぶん会話からするにヒスイちゃんの方がブラコン

:それはありえるかも

:お兄さん、ヒスイちゃんをください


『どこの馬の骨とも知らん奴にやるわけないだろ』


:厳しいww

:そりゃ当然だわなww

:これはガチ恋勢、折れますねぇ

:私、お兄さんのガチ恋勢になります


『あっ、兄さんは渡さないよ……』


:ひえっ

:冷たい低い声、初めて聞いたww

:ヒスイちゃん、そんな声出るんかww

:じゃあ両方とも狙えば解決じゃね?

:それ採用




……なんだ、この切り抜き。そしてなんだ、この動画で話している内容は。


 淡々と進んでいく質問とその返し、昨日の俺はこんなぶっきらぼうに脳死で会話していたのか。

 しかも包み隠す気ゼロじゃねぇか。個人情報、自分で漏洩しているようなものだし。


 それから数分と見続けるが、あまりの眠たさに半分目を閉じていたことを思い出す。

 涼音の配信、そして一緒に居るからこそ頑張ってはいたが、眠気に勝てずうとうとしたままにやってたしなぁ……。


 涼音、そして俺と視聴者たちのやり取りがあまりにも距離詰めすぎているのが伺える。

 しかしそれが逆に受けがよかったのか、視聴者の中に指摘するものはいなかった。


「あぁ、やり直してぇ……!!」


『でも寧ろ神代の兄貴らしくていいと思うっスよ! それに涼音はチャンネル登録者数15万人越え、切り抜きされれば当然の流れみたいなもんっスよ』


「とは言ってもなぁ……」


「あっ……」


「どうした、涼音」


「チャンネル登録者数のことなんだけどね、その……。今さっき確認したら、17万人到達してた……」


「ほあぁ!?」


『それマジで!?』


 登録者数の話題になった時、涼音が俺の袖を引っ張って17万人到達していると報告してきた。

 なんでも昨日確認した時点では15万と2千人ちょっと。だが切り抜きされた後に、17万突破とのこと。


 だが俺は驚きながらも、冷静に考える。いくら切り抜きとはいえさすがに株上がりし過ぎじゃないかと。

 【全裸でヒスイ推し】さんの登録者数が1万とちょっと。仮に他の人が見たとしても、ここまで上がるものなのか?


 トレンド入りを含め拡散されたことで涼音の知名度が広がったことには理解できるが、見たからといって誰しもがそれにハマるとは限らない。


「なぁ翔太くん。切り抜きの恩恵って5000人以上も登録するという事例ってあったりするのか?」


『いや、聞いたことも見たこともないのでわからないっスね。オレもそこに引っかかるんでトゥイッターで色々詮索してるんですが決定的なもんが無いっスね』


「じゃあ普通に涼音の配信を見て、純粋に登録してくれた人が居たっていう感じなのか」


『まぁそう考えるのが妥当――。ッ!! え”ぇ”ッ!?』


「ど、どうしたの……翔太さん……?」


 互いに詮索していると、通話越しに翔太くんがドスの効かせた驚愕を上げる。

 それに対して涼音は少し驚き、問いかける。


『神代の兄貴、涼音……。根源見つけたっス……』


「んあっ、なんだった?」


『――“音神 旋律”さんが引用リトゥイートしてらっしゃるッ』


「ッ!! え、えぇ……!?」


「えっ、誰だそれ」


「に、兄さん知らないの……!? 凄い人だよ……!?」


 翔太くんと涼音がある人物について盛り上がる中、俺だけがわからない為に取り残される。

 だが二人曰く、音神旋律というVTuber名で活動している少女らしく、なんとDream Lifeに所属しているとのこと。


いや、逆にそっちの方が驚きなんだが。


『Dream Lifeにおいては古株でNo,2に位置する人なんスよ。配信スタイルはゲーム中心で、その中でも音ゲーに関してはVTuberの中でも右に出る者は居ないぐらいヤバいっス』


「そうなのか。ゲームの中でも音ゲーは集中しなきゃいけないからあまり受けが良くない気がするけど、それでやっていけてるのは普通に凄いな」


「それだけじゃないよ、兄さん……。その人の実力はゲームもさながらだけど、チャンネル登録者数もかなりなんだよ……」


「そんなにか?」


『チャンネル登録者数76万人っス』


「ん”あ”ッ!?」


 驚愕過ぎて先ほどの翔太くんみたいにドスい声が出た。音ゲーを中心に活動していると言っても、まさかそれ中心でそんなに登録者数が居るのか、疑わしい程だ。

 

 もちろん雑談もありきみたいだが、ほぼ音ゲーで成り上がったと言っても過言ではないらしい。


『ただ旋律さんって癖が強いって噂なんスよね。マイペース過ぎるというか、性格に難があってマネージャーが付いてない状態なんスよ』


「えっ、それは契約上大丈夫なのか?」


『本来はダメっスよ。けどそこは瀬川さんが代役としてマネージャーの仕事をしてカバーしてるみたいっス。なんでも、我儘というよりも周りに左右されないというか……。オレも絡んだことあるんスけど、5分も持たずに心折れました』


「翔太くんが……?」


 元気、そしてコミュ力の権化と言えるであろう翔太くんでも苦戦して断念するとは、どれだけ癖が強いんだその人は。

 というかこの話を聞いて思ったのだが、呼び出しを受けて抜けた瀬川さんはもしかして……。


 新しいVTuber、そしてその性格の癖強さ。もし会社で出会うことがあるなら、気を付けるべきかと今の内に気を引き締めた。



 ――それからしばらく三人で雑談し、解散した頃。昼食を終え部屋に戻ったタイミングで、瀬川さんから電話が。


俺は応答のボタンを押し、耳にスマホを当てた。



『あっ、もしもし。瀬川です……。裕也さん、大変申し訳ありませんが、明日ってこちらに来ることできるでしょうか……』


「明日ですか? 涼音は学校なんで、連れていくことできませんよ」


『あっ、いえ……。裕也さん、お一人だけでいいので……』


「俺は別に構いませんが……。もしかして、なにかありました?」


『……なにか、ですか、ふひ、ふひひひ。ふへへへへへへへへへへへへッ!』


「ヒュッ……」


 地雷を踏んだのか、あるいは聞かないほうがよかったのか。唐突に電話越しに聞こえる瀬川さんの壊れた笑い声に、ゾッと身を震わせてしまった。


一体、なにがあったんだ……?


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