ただそれでも、俺の我儘をーー
早朝から涼音を悲しませてしまった後、俺は涼音の部屋の前で少しだけ立ち尽くしていた。
中から奏さんが涼音を宥めている声が聞こえてくるが、俺は気持ちを入れ替える為に深く深呼吸をする。
気付いた気持ち、伝えないといけない言葉。俺は少し、言葉を間違えれば余計に悪化するかもしれないという状況を前に、ノックしてドアを勇気づけて開けた。
開けた先で視界に入るのは、体操座りで丸くなっている涼音と、その前に座って話をしていた奏さん。
「奏さん、お騒がせしました。後は俺が話してみますので、ちょっと涼音と二人にしてもらっていいですか」
「私は兄さんと話すことなんか、無い……ッ」
「お前に無くても、俺はあるんだよ。奏さん、お願いします」
少し強引ではあるが、涼音の意見を押し切って俺は奏さんが退いた場所に胡坐を掻いて座った。
心配そうに見てくる奏さんだったが、しばらくして俺の気持ちを尊重してくれたのか部屋を後にしてくれた。
顔を見せないように体操座りで丸くなっている涼音。こうして見ると、本当に小さい。
少し強く触れてしまえば、壊れてしまいそうな程に。
「まず最初に、ごめんな。俺さ、親父や奏さんの前だからって、少し大きい声でお前のことを否定しちまった」
「……ッ」
「本当はお前の好意は感じていたし、俺も自分で抱えるモヤモヤがなんなのか、わかってたんだ。でも、どうしても俺の中では兄と義妹という関係が概念として残ってて、上手く気持ちを伝えることも行動を起こすこともできずに居たんだ」
決して嘘は吐いてない。俺自身、涼音の思いや自分の抱える感情がなんなのか、理解していた。
ただ理解するまでに、それを受け入れようともせず、見ようともしなかったからこそ、混乱した。
涼音が関係することに全て兄としての立場を優先した結果が招いたことであると、今になって理解した。
俺はただただ話を聞いている涼音の反応を伺うこともせず、言いたいことを述べた。
「けど、今さっき親父にも話してきたよ。俺は、お前の事が大好きなんだよ。義妹としてではなく、一人の女の子として」
「ッ!」
その時、顔を隠していた涼音が表を上げた。少し目は赤くなっていることから、泣いたのだろう。
……いや、泣かせてしまったという方が正しいか。
「おかしな話だろうと、周りが何を言おうと。俺はお前が大好きになっちまったらしいんだ、涼音」
「……。兄さんのそれは、嘘じゃない……?」
「あぁ、嘘じゃない」
「無理、してない……?」
「無理って、なんの無理だよ」
やっと言葉にして喋ってくれた涼音は、不安がるように、俺が無理にそう言っているんじゃないかと心配をしてきた。
親父に話して、奏さんに席を外して貰ってまで無理をする必要性がどこにあるんだと、俺は苦笑しながら言う。
「それに、意識してから気付いたことがある。それは、誰よりも俺を陰で支えてくれていたのはお前だったかもしれないって。そりゃ親父や奏さんもそうだけど、俺が悩んでいたり、頑張り過ぎている時とかに一番声を掛けてくれていたのはお前だった」
仕事で疲れていた時にいつも『お疲れ様』の一言を言ってくれたことや、風邪を引いて寝込んでいた時に心配で様子見しに来てくれていたこと。
それ以外にも、涼音が接してきてくれたことは数えきれないほどにある。
だが俺はそんな涼音の気持ちを考えず、気付くことすらせずただ兄として接していた。
涼音がいつから俺を見てくれていたのかまではわからないが、それでも涼音が想いを寄せてくれていた期間を考えると、少しどうしようもない気持ちに駆られる。
だからこそ、涼音の気持ちに気付いた今。俺は兄としてではなく一人の男性、そして涼音を一人の女の子として接して面向かう必要性がある。
ただ、それでも――。
「俺もお前のことが大好きだ。もちろん、改めて何度でも言うが一人の女の子として。でも今は、まだ付き合えない」
「えっ……?」
「悪い意味で捉えないでほしい。こんな形で、俺は涼音と付き合おうと思えないんだ。だって、これからまだやらなくちゃいけないことが沢山ある。涼音はVTuber、俺はそれを支えるマネージャー。今後重要視される立場の前に、付き合ってもきっと俺としてはダメな気がする。なにより、こんな告白で涼音が想いを寄せてくれた期間を埋め合わせるようなことをしたくない」
こんな都合がいいと言われても仕方ない状況で、俺は涼音の気持ちに応えたくはなかった。
ちゃんとやりたいことをやりきってないこともそうだが、それらを成し得た後に、自分の気持ちを改めて整理をして、兄としてではなく一人の男性として涼音を受け入れられるような環境を作り上げた上で、応えたかった。
そう涼音に、今の俺の気持ちを嘘無く話した。いわば、これは俺の勝手な我儘に過ぎない。
それでも涼音はちゃんと俺の目を見て、聞いてくれた。
「……わかった。でも、兄さんに一つだけ約束してほしい……」
「なんだ」
「私の気持ちを知ったからには、私だけを見てほしい……。他の女の子と接しちゃダメなんて言わない……。でも、目移りしてほしくない……。ちゃんとお互いにやりたいことをやって、しっかりできた時、改めて私は兄さんの答えを聞くから……」
俺がもし、涼音の立場だったら同じことを言うかもしれない。不安で、仕方ないのだと思う。
だが俺は、親父たちにも話して、なにより涼音の前で啖呵を切ったようなもの。
目移りなんて、絶対にしない。
だがそれを保証、証拠を出せない。それでも今涼音が抱える不安を少しでも解消する為に俺は大胆な行動に出た。
「涼音、ちょっといいか」
「なに、兄さん――。ッ!!」
涼音がちゃんと聞き返す前に、俺は涼音を胸に抱き寄せた。保証も証拠も無い、だがそれでも……。
「心の中では思っても、口で軽々と絶対なんてことは言えない。人生なにがあるか、わからないからだ。とはいっても、保険として残す言葉じゃないからな。証拠が無い以上、俺が涼音の前で出来る行動といえばこれしかない。今はまだ、これで許してほしい。俺の勝手な我儘、そしてどうしようもない頼みを……」
壊れないように、不安を抱かせないように。俺は両手で優しく抱きしめる。
自分でしておいてなんだが、ドキドキする。感じる涼音の体温が余計に鼓動を早くする。
俺の言葉に、涼音も腕を回して抱き着いてきた。これが、本当はいけない恋愛だろうと知ったことじゃない。
そして、気持ち悪いと言われても知らねぇ。好きだと気付いてしまった以上、取り返しも出来ない。
「……兄さんが自分から抱きしめてくれたの初めてだね。うん、今はこれで許してあげる……。兄さんの気持ちが冷めないように、私も頑張る……。ありがとう、兄さん……」
「……お互い様だ」
頭を優しく撫で、しばらく俺たちは抱きしめ合った。そして互いの気持ちを吐き出したところで和解することができた。
その後色々と駄弁りを続けていたら、時間が過ぎていた。俺はマネージャーに関する勉学、そして今後の予定を組み立てる為に涼音の部屋を後にした。
それから昼前になった頃。今後の予定をまだ組み立てているとスマホが振動し、画面には『赤城翔太』の文字が浮かび上がってた。
「んあっ、もしもし」
『神代の兄貴! ロックンロールッ!!』
「うるせぇ!!」
鼓膜が破れる勢いで叫び散らかす翔太くん。というかロックンロールの意味知ってるのか?
いや、これはきっと翔太くんなりの挨拶なのだろう。だとしてもおかしいが。
「それで、どうしたんだ?」
『聞いてくだせぇ! 神代の兄貴、昨夜涼音と配信したっスよね!?』
「まぁ、そうだが。てか何で知ってる?」
『あぁ、神代の兄貴が瀬川さんと打ち合わせしてるときに涼音から教えてもらいました。……じゃなくて!』
「んあっ?」
『今すぐにトゥイッターのトレンドを見てください! ヒスイのお兄さんでトレンド入りしてるっスよ!!』
「……。はああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
『うるさっ!!』
翔太くんの言葉に最初思考停止した俺だったが、その言葉を理解した瞬間に叫び散らかした。
慌ててトゥイッターを開いて言われた通りにトレンドを見ると、確かにそこにはヒスイのお兄さんで乗っていた。
俺がその状況に唇を噛み締めていると、部屋のドアがいきなり開いて涼音が入ってきた。
「に、兄さん……! トゥイッターで、兄さんが……!!」
「あ、あぁ……。今、翔太くんから聞いた……」
入ってきた涼音の言葉に俺が返すと、今度は翔太くんの通話を上書きするように瀬川さんから電話がかかってくる。
「はい、もしもし――」
『ちょっと裕也さん!? 貴方、トゥイッターで――』
「いやそれもう三回目! 一分も経たないうちに三回も聞きましたから!!」
怒涛の押し寄せに俺はツッコミを入れ、混乱する思考に飲み込まれてしまった。
――なぜ、俺がトレンド入りしてんだ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます