私が貴方を大好きになったのは【義妹side】
私のお母さんが再婚した時のこと。当時住んでいた家から新しい家庭が待っている家に引っ越した時、出迎えてくれたのは新しいお父さんと、今の兄さんだった。
お父さんの方は厳つい感じで怖くて、兄さんの方は見た目こそ不良だったけど、優しい雰囲気があった。
『今日から涼音と一緒にお世話になります。えっと、裕也くんでしたよね。娘と上手くやっていけれたら、嬉しいです』
『あ~、堅苦しいの無しでいきましょうよ。親父からあらかた全部聞いてますし、なにより今日からちゃんとした家族なので』
『ふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ。なら雅也さんと普段話している感じでいかせてもらうわ』
堅苦しいと言って素で話してもらうように兄さんは言ったけど、その表情は少し複雑を抱いている感じだった。
正直、仕方ないと思った。今まではお父さんと二人で過ごしていた日々に、私たちが介入することになるのだから。
そんなお父さんと兄さんに続いて、私とお母さんがすることと言えばまずは荷物の解きだった。
その前に運ぶことから始めなきゃと思って、どこに置いてあるかを聞いてみた。
すると、兄さんが――。
『んあっ、それなら全部部屋に運んどいた。後は荷解きをするだけでいいぞ』
『えっ……?』
『二階に運ぶの大変だろ。だから俺と親父で先に届いていた荷物を奏さんと涼音ちゃんが使う部屋に運んどいた』
なに食わぬ顔、それが当然といわんばかりに言われ、私は驚いてしまった。
普通、こういうのは運ぶことから始めるものだと思っていたから余計に。
私は兄さんに感謝して、自分が使う部屋を案内してもらった。お母さんは一階にある部屋みたいで、お父さんとペアだった。
『此処が涼音ちゃんの部屋だ。一応部屋の掃除とか換気はしといたが、なにか足りないものや不便なことがあったら言ってくれ』
『あ、ありがとうございます……』
言葉は少しキツイ感じがしたけど、嫌な気分にはならなかった。必要箇所だけ伝えて、兄さんは部屋を後にした。
私は部屋で一人、荷解きを始めた。というのも、前のお父さんとの思い出が嫌いで大抵は捨ててしまったから、あまり荷物というほどのものがなかった。
だから時間にして一時間も掛からなかった。ある程度、部屋に物を設置できたところで、私は一階に降りてお母さんの手伝いをしようかなって思った。
それから少し休憩を挟んで一階に降りたら、私が手伝う前に兄さんがお父さんとお母さんの手伝いをしていた。
『親父、もうちょっと持ち上げろって! あんたがサボってる分、俺の方に重心が傾いてんだよ!』
『うるせぇ! もうちょっと年寄りを労われ! そもそも歳さえ食ってなきゃ、こんなの一人で余裕じゃい!』
『あぁそうですかい、ならサボってやるから当時の馬鹿力を発揮してくれ』
『おいおいおいおい! バカヤロォ!?』
お母さんの部屋にどうやらタンスを運んでいるみたいだった。けどお父さんと兄さんのやり取りが面白かった。
声を掛けるタイミングがなかなか見つからずに見ているだけだったけど、タンスを運び終えて話しかけるタイミングができた。
『えっと、その……。私も何か、手伝い……ます……』
『おぉ、涼音ちゃん。気持ちは嬉しいけど、重たいものを運ぶ作業だから大丈夫だよ。奏も段ボールの中の衣類とか整理しちゃってるみたいだから、ほんと作業はこれだけ』
『そう、ですか……』
軽いものなら手伝えたけど、重いものは力が無いから役には立てない。頑張って新しい家庭や交流を良くしようとしたけど、肝心な時に役に立てない自分に嫌気が差す。
そんなとき、私を見ていた兄さんがなにかを考える素振りをして近付いてきた。
『そういや冷蔵庫の中身、あまりなかったよな』
『そういえばそうだな』
『なら買い物で食材とか買ってくるわ。さすがに最初からラーメンはキツイだろ』
『あと少しで昼だしな。とりあえず運ぶモノ終わったら、買いに行くか』
『いや、親父は一人でやってろ。俺は行ってくる』
『はぁ!? お前、なに言ってんの!?』
『当時の馬鹿力を発揮しろって。それに、奏さんを前に良い所を見せるチャンスだぞ?』
『……よっしゃぁ!! 一人でやってやるわい!!』
『ハッ、単細胞』
調子に乗ったお父さんに、毒を吐く兄さん。すると兄さんは私の腕を優しく掴んで、玄関に向かった。
『えっと、あの……!』
『俺は男で買い物なんてのはよくわからないからな。せめてそこに女の人が居てくれたら、色々と助かる。食べたいものとか、決めてくれたら余計にな』
『ッ!』
違う、これは嘘だ。ラーメン店を開いているから、材料や料理のことぐらいわかるはず。
それなのに兄さんは一人で行かず、私を連れて行こうとしてくれたのには、きっと配慮があってのことだと思った。
運ぶことに力になれない私を見て、きっとこの人は機転を利かせてくれたのだと。
私がなにかの役に立ちたがっていることを察してくれたのかもしれないと思う程に。
『私の気持ち……わかるんですか……?』
『いいや、わからねぇ。でも、顔色を見れば大体は予測できる。親父や奏さんから聞いてるからこそだが、きっと涼音ちゃんは少しでも早くこの環境に慣れようとしてくれてるんじゃねえの? ほんとよくわからんけど』
ぶっきらぼうだけど、理解してくれていた。だからこそ、私にでも出来ることを提案してくれた。
私は兄さんの準備ができたあと、車に乗って、近くのスーパーまで移動した。
運転してもらっている最中、さっきから兄さんが左手でギアを変えたりしているの見ていた。
それが少しカッコいいと思ったり、運転に慣れてるんだなぁと思ったりもした。
それから私は兄さんと買い物を済ませ、帰った頃にはちょうど昼過ぎた辺りだったので昼食に入った。
お父さんとお母さんが厨房で料理をする間、私は兄さんと二人きりで話をした。
その中で、兄さんが過去に本当のお母さんを事故で亡くしていることとかも聞いた。
そのこともあって、実際に再婚という立場が目の前に来た時、受け入れられなかったりしたみたい。
正直、私も前のお父さんのこともあって怖い気持ちや、受け入れられない心情もあった。
それでも兄さんが受け入れることをしたのは、過去の自分にいつまでも囚われないようにする為と言っていた。
二人だけの空間が続く中、私は兄さんに前のお父さんのことがあり、少しまだ怖いという話をした。
『私の前のお父さんはお酒を飲んだら怖くて、いつもお母さんを叩いたり殴ったりしてました……。それだけじゃなくて、他の女の人と一緒になってたり、そのこともあって正直に言うと、裕也さんや新しいお父さんがまだ少し怖いです……』
兄さんやお父さんではなく、正確に言うと男性がだった。それでもこのことを話したのは、これからお世話になることと、少しでも交流して仲良くなれたらなって思ったからだ。
私の言葉は続き、兄さんは静かに聞いてくれていた。途中で口を挟むわけでもなく、私の話が終わるまで。
数分と過去のことや自分の事を話した後で、兄さんはその口をゆっくりと開いた。
『そんな話を聞かされたところで、俺は涼音ちゃんの前の親父さんを知ってるわけじゃないから安易に口出しはできない。ただそれでも言えるのは、――よく、頑張ったな』
『ッ!!』
隣同士で椅子に座っていた私と兄さん。兄さんはただ一言、私に向けて頑張ったと言いながら、頭に手を置いた。
それだけのことなのに、私はその一言で涙が止まらなかった。これまで怖い思いを目の前で見てきたからこそ余計に、頭に乗せられた兄さんの手は優しくて、温かった。
『過去はどう抗っても変えられない。けど、今やこれからは自分次第では思い通りに描ける。それが人生だと、前のお袋を失って俺がわかったことだ』
『でも、まだ怖いことがあるの……。それはね、前のお父さんは理解した上での離婚じゃなかったから、その腹いせに此処に私やお母さんが居ることを知って、裕也さんたちにも迷惑が掛かったらって思うと、怖くて、申し訳なくて、その……ッ』
『前の親父さん? ンなもん過去だ過去。安心しろ、離婚した腹いせに住所特定して乗り込んできた暁には煮え滾った極熱のスープをぶっかけて、湯がいてやるよ』
涙を流しながら最悪の展開を考えてしまう私の頭をわしゃわしゃと撫で、兄さんはそう言った。
人生を一緒に謳歌する以上、自分含めお父さんが守ってやると、目を見て言ってくれた。
『裕也さん、ありがとう……ッ』
『気にすんじゃねえよ。まぁ最初の段階だし、まだわからないことや不安なことあるかもしれないけど、頑張っていこうぜ』
その言葉から始まり、私は兄さんと少しずつ日々を大切に過ごして互いの事を知っていった。
兄さんの仕草や癖、好きなものや嫌いなもの。趣味や、日々の過ごし方を見たりして徐々に打ち解けていった。
それから半年の月日が流れた頃。その日は兄さんとお父さんの、本当のお母さんの墓参りだった。
正直、私とお母さんは複雑な思いを抱いていたのだと思う。その日を共にして、本当に良かったのかと。
けどお父さんが、是非一緒にとのことで墓参りに訪れた。お墓の清掃をして、新しい花に変えた。
お供えもしっかりして、手を合わせてお父さんが先にしゃがみ込んでお参りをした。
それから兄さん、そして私とお母さんが。心の中で、再婚したお母さんの事をどうか、認めてあげてほしいと祈った。
一通りの流れが終わったところで帰ろうとした時。兄さんだけが墓の前でずっと立ち尽くしていた。
『親父、先に戻っててくれ。もうちょっと、此処に居たい』
『……わかった。俺たちは先に車へ戻っているから、気が済んだら来てくれ』
『……あぁ』
『行こう奏、涼音ちゃん。あいつはいつも、ああやって墓の前で駄々をこねるんだよ。いつもな……』
一人の時間を、いつも貰うのだとお父さんは言った。背中を向けて戻る時、背後から微かにすすり泣くような声が聞こえた。
決して人前で泣くようなことをしないと、日常を送る中で知った兄さんの一面。
けど、墓の前で泣き崩れているのがわかった。そんな兄さんの状況に、お母さんは歩きながら口元を抑えて泣いていた。
私もお母さんの姿と、兄さんの気持ちを考えると涙が溢れてきて、静かに泣いてしまった。
『裕也は、ああやって墓参りをする度に後悔してるんだ。上手く自分がラーメンを作れるようになったタイミングで、母親を、瑠実を亡くしたから……。瑠実が死ぬ前に、裕也のラーメンを食べてみたいと言ったことがあってな。けど裕也はちゃんと上手いラーメンを作れるまでは瑠実の口に入れようとはしなかった。それ故に、あいつは……』
運転席でそう話してくれるお父さんは当時を振り返っていたのか、腕で口元を隠してハンドルに額を付けた。
そして、泣いていた。そんなお父さんの背中を優しく擦ってあげるお母さん。
その時、私は兄さんを支えてあげられるようになりたいという心が芽生えてしまった。
兄さんは、あの人は一人にしてはいけない気がした。前向きで優しくて、しっかり者と思っていた分、話だけでも兄さんの弱い部分を知ってしまったら、余計に……。
それがきっと、些細なきっかけだったのかもしれない。強い部分も弱い部分も含めて、私は兄さんのことが気になった。
――義兄としてではなく、一人の男性として……。
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