この気持ちからはもう逃げない













 眩しい日差し、鳥の鳴き声が耳にやんわりと響く。目を開け、日差しに抵抗しながらも重い瞼を開ける。


俺は確か、昨日涼音と配信をして……。


 色々あった出来事に続いて涼音と配信をした事実。隣で感じる涼音がVTuberをしている姿……。

 新鮮という言葉と同時に、改めて配信をするまでの機材の調整やアバターが可愛かったという印象。


 思いに更ける中、俺は身体を動かそうとした。だが、右腕がやけに温かみがあり、少し重い。

 なんだと思い視線を横に向けるとそこには涼音が俺の腕にしがみついて寝ている姿があった。


「なッ……!」


 思わず声が出そうになるが、抑える。さすがに寝ているところを起こしてしまうのは申し訳ないからだ。

 だが、しがみつかれているおかげで当たっている。普段は無い様に見える柔らかい二つが、当たっている。


なぜこうなった。というか、普通にここ涼音の部屋じゃね?


 声を理性を保ちながら、改めて周囲を見てみると、そこは俺の部屋ではなく如何にも女子って感じの涼音の部屋だった。

 昨日の配信終わりをよく思い出せ、裕也。最初は順調に慣れしたんでは居たよな。


 そこから二時間ぶっ通しで、終わったのは日付が過ぎた辺り。俺は眠気が限界で部屋に戻ろうして、それで意識が……。


あぁ、つまりはそのまま気絶したのか……。


 となれば床で倒れた俺をわざわざ自分のベッドに運んでくれたと思えばいいか。

 確かに、俺の部屋まで運ぶにしては涼音の力じゃなんともならないだろうし。


とはいえ、だな……。


「今、何時だ……?」


 気絶という名の深い睡眠を味わったせいで、時間の感覚が一向にわからない。

 俺は部屋を視線で漁り、時計を発見する。


あ~……、七時か。……七時だァ!?


「おい、おい! 涼音起きろ、学校だろ!」


 今日は月曜日、普段ならもうリビングで朝食を済ませ、登校している時間だ。

 俺はそのことに気付き、起こしてはいけないという概念から、起こさなくてはいけないという概念の元、涼音に声を掛けた。


「んっ……。ふあぁ……、兄さんおはよう……」


「あぁ、おはよう。じゃねぇ! 早くしないと遅刻するぞ!」


「……? 兄さん、今日は“日曜日”だよ……?」


「んあッ!?」


 俺の声で起きた涼音は身体をゆっくりと起こし、目を軽くこすりながら日曜日であることを言ってくる。

 いや、そんなはずは……。そう思いながら俺はポケットに入れていたスマホを取り出して確認する。


【7:13 〇月〇日 日曜日】


 涼音の言う通り、スマホにはロック画面の段階で時刻と月日、そして曜日が日曜日を指していた。

 やべぇ……昨日の一日だけで俺の中では二日分を過ごしたと勘違いしていたってことかよ……。


「昨日は疲れたから、もう少しゆっくりしないと……。兄さんも、まだ横になって……?」


「いやいやいや、俺はやることあるから。それにこんな状況を親父や奏さんに見られたら――」


「涼音、おはよう。朝食できてるわよ~」


「ッ」


 最悪のパターンを予測した際、さっそくフラグ回収。ノックの後に開けられたドアの先に、奏さんが立っていた。

 起こした身体を再び横にした涼音と、その涼音を見下ろすように半分だけ寝かしている俺。

 

 その光景を奏さんはしばらく見つめた後、凄い笑顔でニコニコしながら言った。


「あらあら、前から薄々と気付いてたけど、もうそこまで行ってたのね。ふふっ、でも裕也くん。涼音はまだ未成年、然るべき対策はちゃんとしなさいね?」


「いや、これは――」


「別に隠そうとしなくてもいいのよ? ふぅ、朝からハッピーな現場を見てしまったわ、雅也さんに報告しなきゃ」


「ちょっと待って!? それはやめてください!!」


「それはってことは、涼音とそういう関係であることは認めるのね? ふふっ、これからも涼音のことをよろしくね?」


 奏さんはそう言い終えると同時に、言い逃げをするかの如くドアを閉めて階段を降りていく。

 事の次第がヤベェことになるのは明白。俺は涼音の腕を振り切って、慌てて部屋を出ようとする。


「すまねぇ涼音、ちょっと戦争の火種を止めてくる!」


 涼音の腕を無理やり解いたことに若干の罪悪感を感じながらも、俺は親父に報告する気満々の奏さんを追って部屋を出た。



「……私は兄さんとなら、いいのに……」









 部屋を飛び出し、靴下で滑りながらもなんとかドリフトを決めて俺は一目散に階段を降りていく。

 リズム良く、そして足を踏み外さないように。降りた先を右に曲がってドアを開ければそこがリビング。


「奏さん!!」


「おう、裕也ァ……。オメェ、そこに座れや」


「ッ」


 だが時すでに遅し。リビングにある椅子に座り、両手を組んで待ち構える鬼が居た。

 対する奏さんは鼻歌交じりにキッチンで洗い物をしている様子が見受けられるが、まずはこの鬼をなんとかしないといけない。


 俺は威圧してくる親父を前に唾を飲み込み、言われた通りに椅子へと座った。


「親父、これはちゃんとした理由があるんだよ」


「話は聞いてやる。とりあえず、一杯飲もうか」


「雅也さん、朝からお酒はダメよ?」


「あっ、ごめんなさい。じゃあ、珈琲を二つ……」


「ざっこ……」


 さっきまで君臨していた鬼は一気にポメラニアンのように大人しくなり、珈琲を所望した。

 思わずその豹変ぶりに本音が漏れてしまった。


「はいどうぞ、裕也くんは確かブラックよね?」


「えぇ、ありがとうございます。それで親父、俺は決して涼音に手なんか出してないからな?」


「お前が安易に手を出すような男じゃねえのはわかってる。だが兄妹とはいえ同じ部屋で、それも一緒に寝た事実はある。俺はな、お前に聞きたいことがある」


「なんだよ……」


「――結婚式は、するのか?」


「ブフゥッ!!!!」


 圧倒的意外な質問に、俺は口に含んだ珈琲を吹き出した。てっきり叱られるとは思ったんだがな。

 

……いや、叱られるってなんだよ。


「ケホッ……。何を言い出すかと思えば、バカなこと言うなよ。結婚する以前に、俺と涼音はそういう関係じゃねえ」


「ふーん。じゃあ涼音ちゃんが他の野郎に取られてもいいんだな?」


「それは……」


 親父の返しに、またズキンと胸が締め付けられる。海斗に言われた時の想像でもそうだが、嫌だった。

 だが俺は親父と奏さんの前ということもあり、素直にはなれず吐き返すように言った。


「ま、まぁ涼音がそいつと幸せになれるってんならいいんじゃねえの? ほら、兄として受け入れるのも大事だしな」


「兄として……か。はぁ……、奏さん。どう思う?」


「そうねぇ、裕也くんは肝心なところで素直にならないからぁ。でも、そういうとこが可愛らしいと思うわ。でもね、時としては兄としての立場を捨ててもいいと思うわよ?」


「それを捨てたら俺に何が残るんですか。とりあえず、この話はもう終わりだ! 俺は涼音に手を出してないし、今後もそういったことをするつもりもねぇ! 俺とあいつは兄妹、それ以上でもそれ以下でもないんだよ。あいつの為にも……ッ」


 ダメだ、考える程に涙腺が緩む。俺は強がりを見せて、強制的に話を終わらせた。

 俺の言葉に、親父と奏さんは深い溜息を吐いた。すると後ろに気配を感じて、振り返る。


「あ、あら……。涼音、おはよう。起きたのね」


「……うん」


「もしかして聞こえてたかしら……?」


「……大丈夫。お母さん、喉乾いた……」


 階段を降りてきた涼音が、暗い表情で立っていた。喉が渇いたと言って、奏さんは涼音にカフェオレを入れた。

 それを受け取って、涼音は二階に戻ろうとした。いつもならそのままリビングで飲むのだが……。


「お、おい。涼音……」


「……兄さんの、バカ……」


 その声は今にも消えそうで、悲しかった。受け取ったカフェオレを持って二階に上がっていく涼音を、俺は見ていることしかできなかった。


「裕也、お前……」


「今のは完全に俺がやらかしたな……。はははっ、最近なにもかも上手くいかねぇや……ッ」


 強がりを見せて大きな声で言ったことが仇となったのか。涼音にそれを聞かれ、気分を害してしまった。

 しかも怒らせてしまったようで、俺は自己嫌悪に駆られ抑えていた涙腺が緩み、泣いてしまう。


「雅也さん、ちょっと裕也くんをお願い。私は涼音の様子を見てくるわ」


「あぁ、わかった」


 泣いているところを見られたくない為、俺は下を俯いて腕で顔を覆い隠す。

 奏さんは涼音の様子を見に行くと言って二階へ行き、親父は俺が泣いているのに気付いているのか、なにも発さない。


 本当は、知っている。知っているというか、涼音の行動や言葉を聞いていれば、好意を抱いてくれているのかもしれないという可能性は前々から薄々と勘づいていた。


 だがそれを受け入れると自惚れに繋がって、もし違った時が取り返しのつかないことになりそうで怖かった。

 昨日、海斗に言われるまでは隠し続けていた。だが、海斗に言われたことで全てを自覚した。


「……親父ッ」


「……なんだ」


「俺、涼音が居ないからって強がっちまった。親父たちの前だからって素直になれなかった」


「そんなの、見てりゃわかる」


「でも、本当は自分の気持ちがなんなのかわかってんだ。昨日、海斗と話してそれが確信に変わったってのもあるけどよ……。俺は涼音のことが、好きになっちまったんだ……ッ」


「……ふっ。好きになっちまったじゃなくて、好きであることに気付いたんじゃねぇのか? 前までのお前はずっと何かに没頭してて気づいてなかったかもしれないがな、俺たち以上に涼音を気に掛けて頑張ってたのはお前なんだぞ?」


 親父は俺に言う。恋は自覚する前まではこれといった予兆は表にないが、自覚した後に一気に押し寄せてくると。

 それは感情の奥に閉ざしていたものであって、自覚した瞬間に漏れ出すと。


 俺は気付かぬうちに、涼音に思いを寄せていた。じゃなきゃ、ここまで誰かの為に動いたり、考えたりはしない。

 それでも俺が涼音に思いを寄せているという事実が、もしかしたら今後の足枷となってしまうのではないかという恐怖。


 それ以外にも、世間の目や兄として失格になってしまうのではないかという海斗が言うようにチキンな部分がある。

 

「涼音ちゃんは大丈夫だ。奏が話をしてくれているだろうからな。だがいつまでも逃げていたら、それこそ涼音ちゃんの為にもならないことを肝に銘じることだな。涼音ちゃんはVTuber、お前はそのマネージャー。これから忙しくなる上に、その感情に終止符を打たなくちゃいけねぇ。大変だが、その気持ちから逃げていたらなにもかもを失うぞ?」


 親父の言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。言葉にしようとしても、嗚咽が混じってくる。

 泣きたいのは、きっと涼音の方なのに。俺が泣いている意味が、きっと間違いなんだろう。


 親父のいう事に、俺は涙を拭って考える。これから、どのように行動すればいいのか。

 自分の気持ちにモヤモヤができないよう、どう涼音と接すればいいのかを。


 逃げていたら、その先にあるのは後悔でしかない。そんなの、実母を失った時に学んだことじゃねぇか。

 涙を拭って少し考え、落ち着きを取り戻した後。俺は親父の目をしっかり見て、言った。


「親父、ありがとうな。認めるよ、俺は神代涼音を義妹ではなく、一人の女の子として大好きだってことを。気持ち悪いかもしれねぇけど、世間は冷たい視線をするだろうけど、そんなの関係ねぇ。これからやるマネージャーの仕事も含め、俺は涼音とも前向き合ってぶつかってみる。逃げて、後悔しないように」


「生意気で前向きなお前の目に、戻ったな」


「あぁ、今回はおかげさまでな。それに、まだまだやらないといけないこともあって、頑張らねぇといけないからな。なんたって義妹がVTuberで、俺はそのマネージャーらしいからな。全力であいつを支えて、全力であいつと接する。それが今の俺にできることであり、やるべきことだから」


 俺は冷めた珈琲を飲み干して、置く。いつまでもうだうだなんてしてられねぇ、やるべきことはこれからだ。

 その為にもまず、涼音に謝らないといけない。この気持ちは特に放っておくことはできないから。


 海斗の言う通り、世間の目を気にするなんて俺らしくねぇ。いつ如何なる時も俺が決めた事なら、周りの意見や概念なんてのはどうだっていい。


 俺がしたくてする、俺がやりたいようにやる。結果がどうであれ今を全力でやることに、価値がある。


気持ちを入れ替えた俺は、涼音のいる部屋に向かった――。

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