神代涼音×ヒスイ





「あっ、あ~……。えっと、ヒスイです……。聞こえるかな……」


『キタコレッ』

『待ってた、今日も癒してくれ』

『聞こえるよ!久しぶり!』

『仕事終わりにこの声、成仏できる』


「あっ、聞こえてる……。よかった……!」


 お風呂上りに兄さんと出会い、言い逃げをした後。私は少しゆっくりしてから、配信の準備をして、始めた。

 SNS自体は活動していたけれど、配信をするのは久しぶり。ここ最近は色々と行動してたから、余計に。


 ちなみに配信のタイトルは【お久しぶりです。ご報告があります】と、至ってシンプルなものにした。

 15万人ということもあって、始まる30分前ぐらいから既に2000人以上の方々が待機してくれていたみたい。


「本当に久しぶりだね……。あっ、仕事お疲れ様です……。ゆっくり休んでください」


『いや、今ので元気出た。最後まで付き合うわ』

『俺も嘘で仕事終わりって言えばよかった』

『どうせニートだろ』

『なぜわかったし』

『俺もニートだからな。同士よ』

『運命を感じた』


「ふふっ……皆相変わらずでよかった」


 私のアバターはエルフをモデルにしている。特徴なのは、白色のマフラーで口元を隠していることかな。

 もちろんエルフに沿って、金髪にしてある。私はコメント欄が相変わらずで、嬉しかった。


 とはいえ本番は此処からだった。そう、ちゃんと皆にわかりやすく、そして理解してもらえるように企業勢として活動をするということを言わなくちゃいけない。


「えっとね……今日は皆に報告したいことがあるの……。しばらく配信とかできてなかったから、その理由とかも……」


『結婚報告以外なら聞こう』

『俺と付き合うなら聞こう』

『上の二人の理由以外でも、聞こう』

『どんな理由でも聞け、それが俺たちの使命だ』

『御意』

『了解』

『使命なら仕方ない』


「あ、ありがとう……。えっと、単刀直入で言うとね……?」


 私は嘘偽り無く、誤魔化すことをせずに話した。皆のおかげでチャンネル登録者数が15万人を到達したこと。

 それから企業の方からお誘いを受けて、もっと上を目指してみたいということから、お誘いを受けたこと。


 説明をする中で、コメント欄の流れが早くなる。その中で見たコメントの中には、『ちょっとなぁ……』といったものがあったりしたのを見て、怖くなる。


「ツイートでの予告も無し、それで久しぶりの配信で唐突に言われたらやっぱりその……困る、よね……。でも、私はもっと世界の視野を広げたいと思ってるの……」


『ツイートで予告しなかったのは逆にいいと思う。下手にそこで企業勢になりますと言ったら、その時点で荒れたりするから』

『俺もそれには同感。けど企業勢として活動するってことは、ヒスイちゃんの好きには配信できないってこと?』

『つまりそれって、これまでの絡みはできなくなるってことか。まぁブランドの元で活動だから、俺たちも今まで通りに絡んだら目を付けられかねないもんなぁ……』


 色んなコメントが流れる。大きく分けて、ある人は賛成、ある人は微妙といったもので溢れた。

 それでもコメント欄での言い合いが起きないのは、この人たちが凄い良い人だからだ……。


 それでも少し怖くて、コメント欄を見るのを控えようとしたり。けど、ある人のコメントが目に入ってきた。


『お前ら考えてもみろ。俺たちはヒスイちゃんに随分と楽しませてもらえているんだぞ? 今でも十分なのに、企業勢としてやっていくことで他のVTuberとのコラボも見れたりするって思うと、楽しみが減るどころか増えるんじゃないのか?』


 そのコメントを見た時、不安だった心に少し余裕を与えてくれた。すると他の議論を醸していたコメントも、やがて落ち着きを取り戻して色んな人が押してくれる。


『確かにそうだな。ヒスイちゃんの魅力を他のVTuberたちにも知らしめることができるしな!』

『VTuberコラボ、確かに楽しみだ。けど内気なヒスイちゃんだからなぁ、動揺だけして終わりそう』

『おい、ヒスイちゃんをバカにするなよ。やる時はやる子なんだぞ』

『君は父親か母親かい。まぁでもヒスイちゃんが決めたことなら俺はついていくよ。もっと楽しませてほしい』

 

 微妙だった人たちもその一つのコメントに感化され、私が企業勢としてやっていくことを受け入れてくれたみたいだった。

 それでも少しだけまだ納得できないというコメントもあったけど、私が頑張って活動して、またついていきたいと思ってくれるように努力はしなきゃだ。


 私は皆に、改めてありがとうと感謝を送る。すると皆は気にしないでいいと、言ってくれたりした。

 これからの予定や活動について、そのことも話そうとした時だった。



『ざけんじゃねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!』



――壁を伝って、兄さんの叫びが劈いた。



『はっ、男の声……?』

『しかも叫んでたな。身内の喧嘩?』

『ヒスイちゃん、大丈夫?』


「ご、ごめんね……! 兄さんが部屋で叫んでるみたい……。ちょっと様子を見に行ってくるね……!」


『あっ、お兄様でしたか』

『怒り方から察するに、きっとゲーム関連だな』

『wwwwww』

『wwwwww』

『ありえそうwwwww』


 兄さんが叫ぶなんて、珍しい。私は気になったので、皆にはちゃんと説明をしてマイクをミュートにした。

 少し遅れたけど私は部屋を出て、兄さんの部屋をノックした。けど返事がない……。


 とはいえ勝手に入るわけにもいかないと思い、去ろうとした時に部屋のドアがゆっくりと空いた。


「に、兄さん……大丈夫……?」


「……あぁ、ちょっと電話をしててな。もしかして、響いた?」


「あ、うん……。配信中だったけど、心配で来たの……」


「マジか。ほんとにすまねぇ……」


 疲れ果てたといわんばかりに、ゲッソリとしている。それに兄さんの視線が、私を見てくれない。

 少しそれが気に食わなくて、私は意地悪をすることにした。


「兄さんのせいで、視聴者の皆が私に男が居るって噂しちゃってるの……。一応、兄さんであると言っといたけど、まだ半信半疑だから一緒に配信しよ……?」


「え“ッ」


顔を引きつらせ、あたふたしだす兄さん。可愛い……。


 私は悩んでいる兄さんの腕を引っ張って、その後背中を押して無理やり私の部屋に連れて行った。

 すると兄さんは周りをきょろきょろし始めて、如何にも新鮮だといわんばかりの雰囲気を出す。


「私、いつもあそこで配信してるの……。前に兄さんが私のVTuberを教えてって言ってたから、これもいい機会だと思う……」


「まぁ、涼音がいいってんならやるが……。いきなり兄とはいえ、配信に出て大丈夫なのか?」


「私のリスナーは、ちゃんとわかってくれる人だもん……」


 部屋にあったもう一つの椅子を設置して、そこに兄さんを座らせる。私も同じように座り、マイクのミュートを解除した。


「ごめんね、みんな……お待たせ。あのね、兄さんつれてきた」


『おかえりなさい』

『まさかの連行wwww』

『どうもお兄様、こんばんは』

『これはある意味では神回だぞwww』


「あ、どうも……初めまして。えっと……」


「ヒスイ、だよ……?」


「あぁ、そうか。ヒスイの兄です。妹から聞きましたが、この度は叫んだことにより迷惑をかけたようですみませんでした」


『めっちゃ礼儀ええやん。しかもイケボ』

『なにこの低音ボイス、男でも惚れる』

『今まで裏で応援してました、けどお兄様で出てきました』

『お兄様、ヒスイちゃんをください』


「やらねぇよ、アホか」


「ちょっと兄さん……!」


「あ、やべっ。失礼いたしました」


『秒で素が出てきたんだがwww』

『これはお兄様の防御が固いぞ』

『すまん、変な性癖に目覚めそう。罵ってくれ』


 思わず素で対応してしまった兄さんに声を掛けるが、リスナーの皆は素のままで話してほしいと言う人が多かった。

 私も素で話してるけど、兄さんの素を知られるのはなんか複雑な気持ちだな……。


それになんか、閲覧者数が一気に増えてるような……。


 兄さんを出すのは少しまだやめた方がよかったかな、と思いつつも上手くやれているみたいで、私と兄さんのコンビで雑談だけでも二時間は超えてしまったのはここだけの話。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る