DreamLife活動編

個人勢と企業勢のスタートライン











 涼音の一件で赤城兄妹に一悶着があった後。まるで何事も無かったかのように楽屋でくつろぐ翔太くんと恵果ちゃん。

 まぁ一歩譲って恵果ちゃんは礼儀正しく、今こうしてくつろいでいるとは言え、女の子らしく大人しさを感じる。


故に、まぁ許容範囲で許せる。


 しかし一方で、問題なのは翔太くんだ。ソファーに腰を掛け、大股開きでジャカジャカとギターを鳴らしている。

 本来、いや……普通なら態度の悪さで叱るところだが如何せんこれが翔太くんなのではないかと許してしまう。


 というか、涼音と打ち解けてる時点で悪い奴ではない。現に翔太くんのギターをその隣で座っている涼音は聞き入れていた。


「翔太さん、凄い上手……!」


「ありがとう。けどオレなんか全然だぜ? 技術で言えば、恵果の方が多彩で器用だし、楽器の種類は違えどベースがクソうめぇ」


「ちょっとやめてよお兄ちゃん。私よりお兄ちゃんの方がハイスペックじゃない」


「いや、オレなんかギターが弾けて歌えるってだけだよ。作詞作曲もお前が居ないと成り立たないし、スペックで言えばお前には劣るんだよ」


へぇ……意外と謙虚なんだな。


 涼音の言葉に若干の照れ臭さを見せる翔太くんだったが、自分を持ち上げるよりも妹の恵果ちゃんを持ち上げる。

 俺からすればギターを弾いて歌える翔太くんもすげぇと思うし、一から作曲する恵果ちゃんも同じレベルですげぇわ。


「神代の兄貴や涼音は何か楽器を弾いたり、歌ったりするんスか?」


「私はあまり歌わないかな……あまり、上手くないから……。楽器はピアノを少しだけ……」


「如何にも涼音ちゃんらしいって感じだね。涼音ちゃんのお兄さんは?」


「ギターとドラム程度なら弾けるぐらいだな」


「えっ、マジっすか!?」


「あぁ、中学と高校で知り合いと軽音楽部に入ってたからな。そこで結成したバンドで、活動してた時期があった」


「兄さんのギター、ドラム姿……ッ」


 知り合いと言っても、大体はわかるだろう。そう、涼音のPCを用意してくれた唯一の親友。

 池上海斗、俺と同年代だ。実家が地元で有名なパソコン店で、中高共にしてきた大事な知り合いだ。


 学生だった当時、海斗に誘われて入った軽音楽部でバンドをする際、青春の二文字を知った気がしたのはいい思い出。

 

気がしただけで、実際はそんなことなかったが。


「くうううううううッ!! オレがギターで恵果がベース、そこに涼音のピアノに神代の兄貴によるドラム……!! これは後々に是非ともコラボしたいぜぇ!!」


 俺と涼音が多少の楽器を弾けると知った翔太くんは、嬉しいという感情が際立ちジャカジャカと鳴らし始める。

 しかし不思議とその行動は不快にならない。寧ろ、本当に音楽を心の底から好きなんだと感じたからだ。


「そういえば翔太くん、コラボってVTuber同士のことだよな? 俺は今まで動画で色んなVTuberのコラボを見てきたが、あれって実際には難しいのか?」


「まぁそうっスね。少なくともこの会社では新人VTuberは最初からコラボはできないと思うっス。オレらの時はどれくらいの期間が空いたっけかな」


「確か一ヵ月ぐらいじゃなかったかな。活動開始の日から一ヵ月間は新人VTuberは企業勢として自分の世界を作り出してほしいとのことで集中する期間を設けられるんです。私たちは職業が同じでも配信環境やスタイル、そもそもの主旨が若干違うので慣れる為の期間と言えばわかりやすいかもしれません」


「なるほどな……。だが逆にそれは有難い事ではあると思うし、会社はしっかりしてくれていると印象が付く」


「けど、涼音の場合はコラボ以前に難しい所があると思うっス」


「翔太さん、それはどういう……?」


 翔太くんの言葉に少し不安を感じた涼音が問う。少し表情を曇らせる翔太くんだったが、持っていたギターをケースにしまい込み、近くにあったホワイトボードの前に水性ペンを持って立つ。


「わかりやすく説明すると、VTuberの始まりは二つの種類に分けられるんスよ。趣味として始める個人勢と、仕事として始める企業勢スね。涼音は前者の個人勢から始めたよな?」


「は、はい……」


「企業勢から始めたVTuberは会社の支援の元で機材や自分の分身となり得るイラストを用意してもらえるんスよね。そして企業勢から始めたことによるメリットは、“まだ誰一人として認知されていない状態”でのスタートなんスよ」


「それがなにか、問題でもあるのか?」


「このポイントが個人勢と企業勢の違いなんスよ。確かに神代の兄貴みたいにおおまかに見れば何の問題が無い様に見える。でも、企業勢のスタート地点と個人勢のスタート地点とじゃ、後々のデメリットの差が違うんスよ」


 個人勢と企業勢の文字に円を描き、俺たちにわかりやすくホワイトボードを活用した説明をしてくれる翔太くん。

 スタート地点、後々のデメリットがなにか考えてみるが的確な推測ができなかった。


「企業勢でスタートしたVTuberに求められるのは、言わずもがなコミュニケーション能力が基本っス。登録者数0の状態から、如何に視聴者を獲得することができるか。自己紹介の動画から始まり、雑談枠などで成功すれば流れは掴んだようなもんっス。けど失敗すれば会社としては赤字みたいなもんなんスよね。だから個人勢よりも遥かに企業勢でのスタートはよりシビアで厳しい」


「……そうか。個人勢が企業勢に転換した場合、元々居る登録者数はそのままで始められる。しかし企業勢でのスタートは、そのままの意味でゼロでのスタート……。よって、始めた現段階では会社が得られる利益は不安定でしかない」


「ズバリ、そういうことっス。Dream Lifeというブランドで多少の保証はあるようなもんですが、それはオレたちの先輩であるVTuberたちが作り出してくれた保険なんスよね。だから余計にオレたちのような後から来たVTuberは先輩たち、そして企業たちの為にも最初の流れをどうしても掴まなきゃダメなんス。けど先ほども言ったように、企業勢でのスタートは視聴者に認知されていない状態での始まりなんで大きな失敗はしなければ上手く流れは掴めるっス。そして長くなって申し訳ないけど、次にオレがなんで涼音がコラボ以前に難しい場面があると言ったかについてなんスけど――」


 丁寧に書き記しながら説明をする翔太くんの話に、俺を含めた涼音たちは釘付けになっていた。

 それはまるで授業を受けるかのように、気付けばメモを取り出して俺は知識として残す。


 そして涼音に難しい場面があると言ったその理由としては、個人勢の時に獲得した視聴者たちが、素直に企業勢として活動する涼音を受け入れられるかどうかにあった。


翔太くんはありのままにこう言った。


「VTuberは本当に十人十色っス。その人のスタイルで成り立つ配信や世界が絶対にある。そんなオレたちの世界を、視聴者は見てくれているのではなく、付いてきてくれているとオレは捉えてる。それ同様に『夢を与える』のではなく、『笑顔』を届けるのがVTuberの本質だとオレは思ってるっス」


 自分の世界、それつまり自分が持つ主観。VTuberも視聴者も、形が違うだけで同じ土俵の上で対面しているのだと翔太くんは自分の考えをハッキリと伝えてきた。


 そして話を戻し、涼音が企業勢として活動することに視聴者はどれくらい付いてきてくれるのか。

 ……否、どうすれば理解してもらえるのかを考えなければ多くを失うということだ。


 確かに個人勢として活動していたからこそ馴染み深く、そして絡みやすいというのもある。

 涼音が作り出す世界に、浸れる視聴者が多かったかもしれない。だが企業勢として活動することにより涼音の世界が遠く感じてしまい、同じ土俵から降りてしまう者も出てくる可能性。


それが、まず最初に涼音のするべきことだった。


「離れていく視聴者は放っておけ、なんて言う奴も居ますがオレは極力それを避けたいっス。だってこれまで自分の世界に付いてきてくれていた視聴者の一人っスよ? その一人の存在がどれだけ大きいか、そう言葉を吐く奴は理解していない。例えそれが画面越しであっても、オレたちはその一人を雑に扱っちゃいけねぇ……。音楽だってそうだ、観客の声が重なれば小さく見える一人の存在でも、その一人が発してくれる応援で頑張れているのは事実……」


「お兄ちゃん……」


「だから、オレは視聴者一人一人の為に全力で応える。曲も歌も演奏も、本気で取り組む。だから涼音、先輩としてオレが言えるのは視聴者を粗末な扱いしないようにというぐらいだ。けどきっと大丈夫、オレたちが応えるように視聴者も応えてくれる。だから企業に所属したこと、正面切って伝えるべきだ。それを乗り越えてからが個人勢だった者のスタート地点だ。……以上っス」


 最後、涼音にフォローを付け加え無造作に頭を掻いて翔太くんはソファーに戻る。

 俺はホワイトボードにびっしりと書き記された情報を、重要部分だけを切り抜きメモに移す。


すると後ろから、会話が聞こえてくる。


「お兄ちゃん、熱烈な解説をご苦労様」


「やめろ、オレもなんでこんなことをしたんだ……!! 神代の兄貴を前に偉そうなこと言っちまった!! 説明しなくてもわかってると思うのにいいいいいいいッ!!」


「そんなこと、ないよ……? 翔太さん、ありがとう……」


「……ッ」


「なに鼻の下伸ばしてんの、お兄ちゃん。気持ち悪い」


「べ、別に伸ばしてねぇよ!!」


「ふふっ……!」


 背中で感じる三人のやり取りに、俺は小さく微笑んだ。なんだかんだ、翔太くんたちの存在は涼音に大きい。

 ライブとしてのスタート地点はまだだが、先輩と後輩のスタート地点は良い感じみたいだ。


そう俺が思い、書き続けていると。



「なにお兄ちゃん、もしかして涼音ちゃんのこと気になってる?」



恵果ちゃんの何気ない言葉で、心臓がドクンと大きく鳴った。


 なんだ、今の……。翔太くんが涼音のことを気になってる、それつまりは別の意味でってことか?

 だとしても、なぜ俺は鼓動が早い? 別に涼音とは年齢が近い、それに同じVTuberとしても気が合う。


待て、俺は何を考えている?


「はぁ!? バッカじゃねえの!? 別に涼音はお前と同じ、妹みたいに思えるだけだ! それに後輩、面倒見てやらねぇと先輩として顔が立たねぇだろうが!」


「ふーん……。けど、確かに私も涼音ちゃんみたいな妹が欲しかったなぁ。だって凄く可愛いんだもん」


「えっ……? 別に、可愛くはないよ……?」


「いやいや、可愛いよ? ねっ、お兄ちゃん」


「まぁ、確かに可愛いとは思う」


「ちょっと、恵果さん……!」


 後ろのやり取りを聞いていた、ただそれだけだ。けど俺の中で何かが煮え手繰ったのか、思わずホワイトボートを殴りつけてしまった。


俺自身、自分の行動が理解できなかった。


「に、兄さん……?」


「ッ!!」


 耳に聞こえる涼音の声。俺はハッとなり、そこで自分が起こした行動を目にし、気付く。

 慌てて振り返ると、そこには心配そうに見てくる涼音の姿と、驚いて緊迫している赤城兄妹が居た。


「……いや、翔太くんの書いてくれた情報をメモに記していたら蚊が止まってな。勢い付け過ぎた」


「神代の兄貴、物理的過ぎてヤベェ。けどそこがクレイジーで、痺れるぜぇ!!」


「びっくりしたぁ……! 蚊に同情しちゃうよ、そんな最期の迎え方は。あはは!」


「悪いな、驚かせてしまって。はははっ……」


「……兄さん」


 俺は振り向き、作業を再開。なんとか誤魔化したが、俺はどうしてこんな行動をしたんだ。意味が分からない。

 落ち着きを取り戻し、俺はメモに全部記した。その時、涼音が俺を見ている事を知らず。


「さてと、小腹も空いてきたしレストランで飯食おうか。詫びと言っちゃなんだが、翔太くんも恵果ちゃんも来な。奢ってやるよ」


「えっ? 別に大丈夫です――」


「マジすか!? 行きましょう、是非!!」


「お兄ちゃん……」


 俺の言葉に恵果ちゃんは断ろうとしたが、それを上書きするように翔太くんが元気に誘いを受けてきた。

 それに対して恵果ちゃんは諦めるように溜息を吐いた。それから準備をし、気分変えも含めてレストランに向かおうとした時。


涼音は考え込むようにその場で止まった。


「どうした、涼音」


「……兄さん、私は――」


「神代の兄貴、早く行きましょうぜ!!」


「あぁ、ちょっと待ってくれ。あまり腹減ってないか?」


「ううん、違う……。やっぱり、大丈夫だよ……」


 なにか言いたげな涼音だったが、外で既に待機している翔太くんと恵果ちゃんが居た為に涼音を連れて早く出るようにした。

 

 しかしその後、涼音の言いたげなことも含め俺のモヤモヤとした感情はしばらく取れなかった。

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