自分が良いと思ったモノを勧めてはいけない事案







 瀬川さんとの話し合いが終わり、涼音も翔太くん達と打ち解けることが出来た後。

 俺と涼音は瀬川さんにこれから使用する楽屋まで案内された。三階から四階、エレベーターが開くとホールに続き、その奥では左右にそれぞれ各部屋があった。

 

 406号室と記された表札が、俺と涼音が使用する楽屋。瀬川さんに続いて中に入ると、楽屋といえば楽屋なのだが、傍から見れば事務所並みに広かった。


「これからは此処が裕也さん達の使用する楽屋になります。物や道具類、家具などはご自由に置いて貰っても構いません。それこそ一室のワンルームと考えて頂ければ良いかと」


「いや、楽屋にしては少し豪華な感じがしますが……。トイレに、もしかしてあれは風呂場ですか?」


「はい、そうですよ。お湯を沸かすポッドなど、最低限生活ができる形には保っています。泊まり込みで作業をするマネージャーやVTuberの方々が居ますので。そしてこれが楽屋の鍵になります」


「しかも、カードキーって……」


 淡々と説明をしてくれる瀬川さんから受け取る鍵は、カードキーだった。

 ……楽屋にしては間違いなく贅沢の極みだろ。下手な一室のワンルームより、良物件じゃねぇか……。


「プライバシー保護に徹する業界だからこそ、セキュリティは万全にしています。なのでピッキングなどが通用しないカードキーを搭載することで、対策をしています。ちなみにあそこのマッサージ機は備え付けなので、ご自由に使用してください」


「やべぇ、此処に住もうかな」


「兄さん……?」


「すまん、冗談だ。だから安心しろ」


 思わず口に出た言葉に、涼音が物悲しそうな目で訴えてくる。やめろ、俺は地味にそれに弱いんだ。

 しかし口に出る程に見ただけで快適を感じられる楽屋に、悩んでしまったことは此処だけの話である。


「では私は仕事に戻りますので、ご自由に見学なさって下さい。許可証をそれぞれ渡しておきますので、首から下げてください。会社の見取り図も渡しておきます、一応赤く文字が記されているところは立ち入り禁止ですのでくれぐれも気を付けてくださいね」


「なにからなにまですみません。あっ、よろしければ連絡先の交換をしませんか? 見学した後、帰る際の報告はしたいので」


「そういえばそうですね、では交換しましょう」


 これから世話になる人であるのは間違いないので、しっかりと俺は連絡先を交換した。

 社会でまともに連絡先を交換したのは、何気に初めてだな。というのも、俺の連絡先はこうなっている。


・アホ(親父)

・奏さん

・涼音

・池上海斗(例のPCに詳しい奴)

・その他諸々


……んあっ、まともなのが奏さんと涼音しか居ないな。


 俺と連絡先を交換した後、瀬川さんは軽くお辞儀をしてその場を後にした。

 楽屋に残された俺と涼音は気を楽にして、とりあえずまずは休むことに決めた。


 涼音は中央にある椅子に座り、俺は備え付けのマッサージ機に座り込んだ。


「疲れたね、兄さん……」


「んあっ、そうだな……。とりあえず許可証に加えカードキーも受け取ったことだし、少しゆっくりしていこうか。と言っても、14時過ぎか……。認識すると腹減ったな……。おっ……」


「私もお腹空いた……。あっ、この会社ってレストランもあるんだ……」


「マジか。けど家に帰る頃には夕飯だし、軽く済ませる程度で食べていくか……。んおっ、気持ちいいなこれ……ッ」


「ねぇ、兄さん……」


「なんだ? おお、そこ効く……。最高だな……!」


「兄さん……!!」


 マッサージ機のモードを選択して快楽に満ちながら涼音と会話をしていると、珍しくも力強い声で呼ばれた。

 しかし快楽に逆らえない俺は首だけを涼音の方に向けて、表情を伺った。


なんか、そわそわしてるがどうしたんだ一体。


「ちょっと声を抑えて欲しい……。その、変な意味とかじゃなくてその……」


「いや、そう言われてもこのマッサージ機すげぇ的確にツボを突いてくんだよ。涼音もやってみたらどうだ?」


「そういうのじゃないもん……!」


 なにをそんなに過剰な反応をするんだ此奴は。あはぁ……それともなにか。

 俺が気持ちよさそうにしているのを見て、乗りたくなったとかそういうことか?


 涼音はなにかと俺のすることをやったり、真似たりすることがあるからな。

 仕方ない、変わってやるか。


「来いよ、涼音」


「えっ? べ、別に大丈夫だよ……!」


「遠慮すんな、お前も乗ってみればわかる。この楽屋において最高の快楽を与えてくれるコイツの実力をな」


 引き気味に抵抗する涼音の腕を掴んで、俺はマッサージ機の魅力を存分に知って欲しいと強制的に座らせる。


「兄さん……!」


「騙されたと思ってやってみな、飛ぶぞォ!」


 若干ふざけながら、俺は涼音を背もたれに軽く押し倒してスイッチを入れた。

 社畜、及び年寄りには最高の相棒ともいえるであろうこの機械の魅力、そして有難みを若い内に知るのはいいことだ。


……と、最初は思っていた。


 マッサージ機が作動し、背中を中心に揉み解し始める。すると慌ただしかった涼音は、大人しくなった。


「んっ……ふぁ……!」


「……ん?」


「あっ……これ、確かにいいかも……。んぅ、気持ちいい……!」


……やっべぇ!! なんか、思ってたのとちげぇ!!


 というか、俺よりも声出してんのお前じゃねえか。つか、これ普通にセンシティブを感じるのは気のせいか?


「すまん涼音、チェンジだ」


「なん……で……?」


「いや、これはちょっと教育によくねぇわ。うん、お前にはまだ早かったかもしれん。チェンジだ」


「待って、もう少しだけ……。んんっ……!」


 わかる、そいつの魅力はわかる。けど違う、違うんだよ。涼音分かってくれ、男性諸君の気持ちを。

 俺は涼音を引きずり下ろそうとするが、それを拒まれる。無理やり下ろしては可哀想という善良な気持ちと、このままじゃダメな気がする善良の気持ちが入り混じる。


誰か、誰か涼音を止めてくれ! 俺が悪かったからぁ!!


 悲痛の叫びを撒き散らしていると、部屋のドアがノックされた。まさか本当に瀬川さんが戻って来てくれたのか?と思いながらすぐに駆け寄り、俺はロックを解除してドアを捻り開けた。



「いえええええええええええい!! ロックンロール!!! 神代の兄貴、そして涼音! さっそく遊びに来たぜええええええええええええッ!!」



 ドアを開いたその先に、先ほどまで涼音と仲良くしてくれていた翔太くんが居た。

 だがこのタイミングだからこそ、言わせてもらおう。今求めているのはお前じゃない、瀬川さん、もしくは妹の恵果ちゃんだ。


「んっ……翔太、さん……。いらっしゃい……ふぁ……!」


「……ッ。ぶふぁああぁあぁぁあぁあああぁぁあああッ!!!」


 翔太くんの再来に、マッサージ機を堪能しつつも視線を送り返事を返す涼音。

 その状況、そして絶妙に妖艶さのある声で名を呼ばれた翔太くんは勢いよく鼻血を出して床に仰向けで倒れ込んだ。


「おいおいおい、翔太くん! 気を確かにしろ!」


「か……神代の、兄貴……。オレ、死んでもいいかもしれねぇ……」


「バカヤロォ!! こんなとこで死ぬような玉じゃねぇだろ!」


「ふっ……恵果にはねぇ色気をあんたの妹さんから感じれて、よかったです……!」


「――へぇ、私には色気が無くて涼音ちゃんにはあると。なるほどね、お兄ちゃん。死にたいなら私の手で逝かせてあげる」


「あっ、死神が見える」


「誰が死神よ! このバカあああああああああああッ!!!」


「ぬあああああああああああああああああああああッ!!!」


 翔太くんを抱き抱えていたが、恵果ちゃんの登場により俺は後ろに下がった。

 今目の前で起きている状況、それは翔太くんに跨り頬をおうふくビンタする鬼の形相をした恵果ちゃんだった。


 その光景にゾッとしていると、後ろから涼音が背中の裾を掴んできた。


「兄さん、なにがあったの……?」


「……すまん、涼音。本当にすまねぇ……」


「……?」


 我ながら恐ろしい妹だと、この日初めて思った。そして翔太くんの言うように、色気があったのは認めよう。

 だからこそこれからはマッサージ機は禁止だ。少し俺も男として反応してしまった、故に他の男性諸君が暴走しかねない。


――その後、頬をパンパンに腫れさせた翔太くんと、再度突撃したことを謝罪してくる恵果ちゃんだった。

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