DreamLife①
無事にミライバ株式会社に着き、働く全マネージャーの統括役の瀬川玲奈さんと合流した。
フロントで互いに軽い挨拶を交わすと、瀬川さんは俺たちを引いてビル三階までエレベーターを通して案内してくれた。
その道中で周囲を見渡していたが、壁から床にかけて全てが綺麗で、最近建築されたんじゃないかと疑ってしまう。
俺でさえ少し緊張する中、涼音は特に緊張していた。もはや俺の袖を掴んでは、下を俯いてしまっている程に。
しばらく歩いた後、一室のドアの前で瀬川さんが止まり、この中で話すと説明してくれた。
俺は了承の返事を返して、瀬川さんに続いて涼音と共に入った。
「フロントの子が動揺しちゃって本当にごめんなさい! ともかく此処まで来るのに疲れただろうから、ソファーに座っちゃってください」
「わかりました。涼音、緊張するのはわかるが本命はお前の用事だ。いつまでも隠れてないで、ちゃんとしな」
「う、うん……」
「あははは! まぁそう気遣わなくて大丈夫ですよ。あまり深く考えても疲れちゃうだけ、リラックスリラックス!」
瀬川さんの指示通り、俺は涼音と並んでソファーに座った。もじもじと落ち着かない様子で辺りを見渡す涼音は警戒してる猫のようだった。
しかしそんな涼音を責めることもせず、瀬川さんは室内に備えられていたポッドで俺にはブラックコーヒーを、涼音には紅茶を出してくれた。
「……ピンポイントで好みが合ってますね」
「そう? 見た目で決めたようなもんですよ、あはは。涼音ちゃんは如何にも甘いの好きそうだし、“お父様”方はブラックが好きそうみたいですから。好みが合っててよかったです、ほんとに」
「ぶふッ!!」
「うわぁ!? も、もしかして熱過ぎましたか!?」
「に、兄さん……!」
「ゲホッ、ゴホッ! い、いえ……! その、なにか勘違いしてるみたいですが、俺……兄ですッ」
本当にどう見れば俺が親父に見えるのか。俺の言葉に、瀬川さんは嘘でしょ?と言わんばかりの表情をする。
それに対して涼音も俺が噴き出した意味を理解したのか、なんともいえない表情になる。
「そ、そうでしたか……。いえ、本当にすみません。あまりにも大人びた顔立ちに落ち着いた雰囲気でしたから……。あの、ちなみにご年齢の方は……?」
「21歳です」
「ふぁ!?」
「せ、瀬川さんが驚くのも無理は無いと思う、よ……。私から見ても、兄さんは大人だから……」
いや、成人してるから大人では間違いないんだけどな。ただ21歳で驚かれるって、どんだけ歳食ってると思われたんだよマジで。
なんだ、ほうれい線か? 老けて見えるってか?
「ちなみに瀬川さんは俺が何歳だと思ってたんですか」
「えっと、三十代前半……?」
「その年齢から涼音の歳を引いてみてくださいよ。明らかにおかしいってことがわかるんで。涼音に目を付けたのが瀬川さんなら、高校生ということもあって涼音の年齢はわかりますよね?」
「ほえぇ……た、確かに……」
見た感じではしっかりしてるように見えたが、此処で俺は確信をしてしまう。あぁ、アホの子だなぁ……と。
ただし年上であることは間違いないので、心の中で留めておく。
「と、とりあえず改めて! 私は瀬川玲奈、マネージャーの統括役をしています! 年齢は32歳の未だに独身です!」
お~、最後の独身発言が無ければ完璧だったんだよなぁ。
「神代裕也、先ほども言いましたが21歳です。この度は話し合いの場を設けてくださりありがとうございます」
「神代涼音……です」
手を差し出して、瀬川さんと握手する。涼音も続いて握手を交わし、座り込む。
こういう何気ない行動も、涼音にとっては大きな一歩。誰かと対面し、親睦を深める……。
これは間違いなくお前の為にもなる、頑張れ。
「さて、早速ですが本題に移りたいと思います。今回、涼音さんに声を掛けさせて頂いたのは私の独断によるものです。たまたまVTuberの配信を確認して周っていたら、目に止まったという流れです。裕也さんは涼音さんのVTuber活動をご覧になったことはありますか?」
「いえ、つい最近VTuberをしていると本人から聞かされただけで実際には見たことが無いです。涼音の活動に何か問題でも?」
「いえいえ、とんでもない! 寧ろその逆で、涼音さんの配信スタイルが絶妙に素晴らしいです。雑談に偏るわけでもなく、ゲームに偏るわけでもなくといった感じです。過去のアーカイブも全部ではありませんが、時間が許す限り見ました。評価の最高が10としたら、余裕で9は行くぐらいにバランスがいいんです」
「そんなにいいのか……。よかったじゃねえか、涼音」
「う、うん……。でも、照れるよ……」
「それと評価すべきは配信スタイルに限らず、個人勢でありながらも15万人に到達する才能です。VTuberは言うなればネットの宝くじとも言える立場で、非常に上がり下がりが激しいんですよね。その中で涼音さんは自分でアバターを制作し、多少動かす程度の技術までも独学で成されたと聞いています」
瀬川さんの口から教えられる、VTuberとしての涼音。それは俺が知らないもう一人の涼音だった。
VTuberは始めるまでが大変であると周りが当然のように知っている程度の知識で理解していたつもりだが、涼音が成している一つ一つの技術は賛美するに値すると丁寧に教えられた。
独学で全てを構成し、個人勢での成り上がり。俺は瀬川さんの話で知る涼音の姿に引き込まれた。
「涼音、お前すげぇな……」
「そ、そんなことない……」
「そんなことないって、お前なぁ……」
自分は大して頑張ってないと言わんばかりに自信を持てない涼音に、俺は頭をわしゃわしゃと撫でた。
「高校生という若さで、持っている技術が凄いです。裕也さんが思っているように、自信を持って大丈夫です。私が保障します。そこで涼音さんの技術を活かし、我が社でVTuberとしてより活躍して頂きたいと思い、スカウトさせて頂きました」
「あ、ありがとうございます……」
「趣味の範囲でVTuber活動していた本人にとって、企業に所属するという決心は意味のあるものだと家族で話し合って決断しました。ただ以前に母親の方が先行して顔を出した際、説明されたと思いますが涼音はまだ高校生……。学生としての本分を優先にしたいと思ってるので、そちらの都合で動けることが少ないと思いますが、そちらの方はどうでしょうか」
「はい、その件に関しては全く問題はありません。これまで通りに活動して頂ければ大丈夫です。ただお母様からも言づてがあったと思いますが、土曜日と日曜日の二日だけはこちらまで出向いて頂き、配信専用のライブルームで活動して頂きたいというのがこちらの出す条件になります」
「わ、私は大丈夫です……。VTuber活動は、好きなので……。ただ此処に来るにしても兄さんの送迎が必要なので……その……」
「んあっ? 俺は別に構わないぞ。涼音がやりたいことに俺は全力で協力する」
此処に来るまで、確かに二時間は掛かる。更に言えば、高速代も乗っかる為、きっとそこを考慮して涼音は申し訳ないと思うのだろう。
まったく、逆に此処まで来て『送迎は厳しいので無理です』なんて言うわけないだろうが。
一度やると決めた事に対しては結果がどうであれ突っ切る。挫折した時に考えて無理と判断したなら引けばいい。
俺の言葉に涼音は少し口元を綻ばせ、俺のズボンをギュっと握りしめた。
「俺の意思も、本人の意思も固まってます。色々と不備や不便を掛けるかもしれませんが、どうか涼音をよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……!」
軽く頭を下げる俺に続いて、涼音も一緒に頭を下げる。そんな俺たちを見て、瀬川さんは小さく笑いを溢す。
「良いお兄さんを持って幸せですね、涼音さん」
「ッ! わ、私の大切な……自慢の、兄さんです……」
嬉しそうに言うんじゃねえよ、照れるだろうが……。
「では次に、涼音さんが所属する先についてです。我が社では二つのライバーのグループがあるのですが、涼音さんには【DreamLife】に所属してもらいます」
「そのDreamLifeはどういったグループなんですか?」
「涼音さんと同じように、成人に満たない学生で構成されたグループです。もう一つは主に成人で構成された【SmileRoad】があります。後者のグループとの交流は最初なかなか無いかもしれませんが、DreamLifeの方々とは交流が多いかもしれません。男女の比率は3:7と言った感じですね」
「噂には聞いてましたが、やはり女性のライバーの方が需要が高いんですかね」
「んー、一概には言えませんが受けだけを見ればそうなのかもしれませんね。ただ男性ライバーの方々はゲームの分野でかなり活躍をしており、そのプレイを見たいという視聴者が多い感じです。もちろん、雑談も見ていて面白いですよ」
闇とは言わないが、男性ライバーよりも女性ライバーが多いのは紛れもない事実。
現にアイドル系VTuberも数多く存在してたりと、男性ライバーが優先してオススメに出てくることは珍しい。
こういった風潮も変わっていけたらいいのだがなぁ……。
「今日の話し合いでしなければならないのは正式な契約を結ぶことなので、先輩となるライバーの方々と会うのは次回にしたいと思います。涼音さんの気持ちの整理時間も必要だと思いますし」
「気遣ってくださり、ありがとうございます……」
「いえいえ、私の方からスカウトさせて頂いた以上は当然です。さて、次に裕也さんにマネージャーをして頂くという話に移りますが――」
ついに俺の番……と、より集中しようとした時。瀬川さんの話を遮るかのように部屋のドアが勢いよく開いた。
ガチャ、という音よりもドオオオオオンッ!と音の方が似合うのではないかと思う程に勢いよく開いたドアの方を注目する。
その先に居たのは赤髪の少年と、少女だった。
「新人ライバーが居るのは此処かあああああああ!?」
「ちょっとお兄ちゃん!? いきなりはまずいって!!」
派手な登場と共に叫び散らかす少年と、それを必死に止める少女の構図がそこにはあった。
だが彼らの奇抜な登場よりも、物音と叫びによるビックリで俺に抱き着いて泣いている涼音の姿が目を引いた。
……このガキ、よくも涼音をッ。
「――ちょっと静かにしてくれねぇか?」
「ひぃ……!?」
「す、すんませんでした……」
歯を食いしばり、入ってきた二人に注意する。お兄ちゃんという発言から俺らと同じ兄妹だろう。妹の方は萎縮してしまい、兄の方は静かになる。
分かればいい、二度とするな。
俺は未だに身体を震わせて落ち着きを取り戻せない涼音の背中を擦り続けた。
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