企業に乗り込むとあれば見た目から‐後編‐
自宅から車を出してから、一時間が経過した。10時までに間に合わせればいいと奏さんから言われていたが、少し早出し過ぎたか。
奏さんと同じルートをカーナビで検索したはいいものの、二時間ちょっとで着く時間だった。
まぁ、高速道路に乗ればそりゃ早く着くわな。
「涼音、今って何時ぐらいだ?」
「んっ、えっとね……。8時15分ぐらいかな……」
「おうふ、この調子じゃ早く着きそうだな。途中でパーキングに寄って朝飯と飲み物でも買うか」
車を走らせていると、無性に缶コーヒーを飲みたくなる。運転に限らず仕事をする前の缶コーヒーは美味しいよな。
ちなみに俺は、ブラック派だ。
「朝ご飯、なに食べようかな……。兄さんはお出掛けとかした先でなにを食べたりするの……?」
「その日によるけど、基本的にはおにぎりだな。シンプルに鮭もいいが、一番好きなのは昆布だな。涼音は?」
「私はパンが好きだから、メロンパンかな……。でも兄さんの好みが昆布は少し意外……」
「そんなに意外か?」
「うん……。てっきり、シーチキンマヨかなって」
「あ~、それは邪道」
俺と涼音は何気ない会話で笑い合う。涼音のパソコンを買うときに連絡した知り合いが、シーチキンマヨしか勝たんとほざいていた記憶が鮮明に蘇る。
おにぎりの具材といえば鮭や昆布の他に、梅とかならわかる。しかしご飯にマヨネーズ、しかもそこにシーチキンをぶち込むのは理解しがたいものがある。
すまないな、シーチキンマヨ派。そこだけは譲らねぇ。
「あっ、もうすぐパーキングみたい……」
「了解、じゃあそこで休憩を挟もう」
運転する以上、前方注意しなくてはならない為に標識を見逃したり通り過ぎてしまうことがある。
しかし涼音はこうやって見逃したかもしれないと保険をかけて伝えてくれるので、地味に助かる。
身内だろうと乗せている以上、命大切に安全運転ってな。
涼音の言う通りパーキングが近付いてきて、俺は左にウィンカーを出して中に入っていく。
休日というのもあってパーキングは混んでいるようで、空いている駐車スペースを探すのに苦労した。
しかしそれもすぐに見つかり、俺は周囲に注意を払いながらバックして駐車した。
「すまねぇ、ちょっと歩かないとダメだわ」
「ううん、大丈夫……。運転ありがとう、兄さん」
さりげないその一言で運転のしがいがあるわ、マジで。エンジンを止めて、俺と涼音はシートベルトを解除した。
鍵を外して財布などの貴重品類を手に取り、外に出た。
「空気がうめぇ。それも休日と相まって余計にそう思えるわ」
「んっ、本当に美味しい……。それに、兄さんとだから余計に……」
「んあっ?」
「ッ! な、なんでもない……!」
最後の方が聞き取れなかった為に聞き返すが、涼音は慌てた様子で口を両手で塞ぐ。
なんなんだ、一体。俺は空気を味わい、涼音の反応に疑問を抱きながらも鍵を掛けてコンビニへと向かう。
「に、兄さん……」
「あぁ、悪い。ほらよ」
鍵を閉めて先に行こうとした俺に、涼音が小走りで近付く。そして俺の腕の袖を掴んだ。
身内ではなんともないが、やはり人が多い場所は慣れないか。前も一緒に出掛けた時、こういう状況になった。
しかし慣れないものを無理に突き放したところで改善されるわけもないので、ここはさすがにリードする。
だが本当に素朴な疑問なのだが、この状態になった涼音はやけにピッタリとくっつくんだよな。
歩きづらいというのが本音だが、密着する必要性があるのか?
視線が怖いっていうのなら、理解はできるが。
「さてと、買うもんはカゴに入れていけよ」
「うん……」
コンビニに入って、俺はカゴを手に持つ。最初に向かうのはドリンク売り場にある缶コーヒー。
そして定番で安定の、BOSSNのブラックだ。俺に続いて涼音は隣のドアを開けて、ミルクティーを手に取りカゴへ入れた。
苦いのが好きな俺と甘いのが好きな涼音、正反対だな。
次に俺はおにぎりを買いに向かい、涼音は車で言ってた通りメロンパンを持ってきた。
好物なのか、少しうれしそうな表情をする。くそ、一個と言わず十個でも構わないんだぞ、俺は。
他にも色々と菓子などを放り込み、そのままレジへ。パーキングエリアというのもあり普通のコンビニよりも混んでいる。
その間も俺の裾を掴んで密着している涼音だが、数分待ってようやく俺たちの番が来た。
ベテラン店員なのか、会計が手際よく進められていく。合計金額が出たところで財布を取り出すが、その時に涼音がクイクイっと裾を引っ張って合図をしてきた。
「んあ?」
「わ、私も少し……出すよ……?」
「はうあぁああぁあッ!!」
「え?」
涼音に気を取られていた時、店員から甘い声が出た。あまりにも突拍子も無い事だったから視線を店員に向けるが、真顔だった。
一度に情報が多すぎるせいで多少混乱するだろうが……。
「別に大丈夫だ、気持ちだけ受け取っておく。代わりに帰りそのお金でコーヒーを奢ってくれ。なっ?」
「う、うん……。わかった……!」
「ンガワイイイイイイイッ!!」
「いや、やっぱ貴方から出てますよね。その声」
「いえ、違います。お客様を前にそんな失礼なことしません」
「……涼音、この店員さんに手を振ってあげな」
財布から千円札を取り出して受け皿に置く中、小声で涼音に指示を出した。その通りに涼音は俺の後ろで小さく手を店員に振った瞬間、店員の表情が気持ち悪い程に歪んだのを確認した。
「すいません私の負けですどうかこれからもお幸せに過ごしてくださいごちそうさまでした」
早口で負けを認めた店員はスムーズに処理を行い、早口で言いながらお釣りを渡してきた。
レジ袋を手に持ち、俺は涼音にグッジョブの合図を出した。まぁ涼音はなんのことか、わからないみたいだったが。
それからは少し休憩を挟んだ後、俺は運転を再開して目的地へ。隣で小さい口でメロンパンを頬張る涼音という癒しを堪能していたら、無事に到着した。
「意外にもデカいな、会社……。奏さんは此処に一人で挑んだのかよ」
「うぅ……」
VTuberの活動を支援することを目的とした【ミライバ株式会社】は想像よりも大きかった。
何十階建てというビルに広い駐車場。VTuberの活動支援をメインにした会社にしては立派過ぎる。
まぁそれ以外にも活動はしていると思うが……。
俺はとりあえず奏さんの情報と涼音がDМでやり取りをした内容通りにビルの中に入っていく。
するとフロントがすぐに見えて、受付をすることに。
「あ、すいません」
「はい、ミライバへようこそ! ご用件をお伺い――。ひぃ!?」
「えっ」
「あ、あの……! も、もしかしてミライバなにかしてしまいましたでしょうか……!!」
「ちょっと待ってくれ!」
挨拶をしただけなのに、この動揺。女性のフロント担当者が涙目で許しを求めてくる。
さっきのコンビニ店員もそうだが、なぜこうも癖の強い人を相手にしないといけないのか。
俺は今にも叫びそうな女性にストップを掛けて、後ろに隠れている涼音を引っ張り出して説明をした。
「10時にこのミライバで打ち合わせを予定している神代涼音と、その保護者代表である神代裕也です! 今回の打ち合わせをしてくれる担当者、瀬川玲奈さんに知らせてくれるとわかると思います!」
なぜか女性のペースに合わせて俺も早口で説明をする。無理やり引っ張りだした涼音からは可愛らしく唸る声が聞こえる。
すまない、こうでもしないと兄が通報されかねないからな。この場だけでも許してくれ。
こんなに怖がられるって、どんだけ人相ヤバいんだ俺は。しばらくすると涙声ながらも担当者に連絡を入れてくれたそうで、やがて奥から今回の話し合いをする瀬川玲奈さんが見えた。
ひとまず、通報は免れた……。これがもしサングラスをしていたとあれば間違いなく詰んでいた。
この瞬間だけ、親父の反対は正しかったんだなと思った。
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