DreamLife所属編

企業に乗り込むとあれば見た目から‐前編‐







 涼音を宥めたその日の夜、奏さんが夜遅くに帰ってきた。まさか一日掛かるとは思ってなかった為か、奏さんが帰ってきた瞬間に親父が涙を流しながら抱き着いた。


 まぁお袋の件もあるから特に親父は敏感だったのだろう。夜21時過ぎに帰ってきた奏さんを後から俺と涼音も迎える。


 朝早くに出て遅い帰りの理由を全員で聞いた。そしたらまぁ面白い話で、企業側が提出してきた規約内容を読んだ後に、こちら側の条件を幾つか提案したそうだ。


 涼音が未成年ということもあり、隙を見せないように奏さんは遠慮を知らない条件を幾つか出してきたとのこと。


「涼音はまだ未成年で学校の件もあるから企業さんのペースで振り回さないで欲しいっていう事と、保護者代表として裕也くんを推薦することとか色々言ってきたわぁ」


「お母さん、失礼なことはしてないよね……?」


「あらあら、まるで私がそこらのモンスターペアレントみたいなこと言うわねぇ。大丈夫、ちょっと釘を刺して置いただけだからぁ」


「その釘一本で担当者さんが病んでなければいいんですが……」


「なにか言ったかしら? 裕也くん」


「いえ、奏さんは相変わらず綺麗って話です」


「なに口説いてんだ裕也ァ!!」


「痛てェッ!!!」


 八方美人、親父曰く神代家に舞い降りた大和撫子の奏さんだが裏は何を考えているか想像もつかない。

 何気ない俺の一言を察した奏さんは圧のある声で問いただしてくるが、すぐに話を逸らした。


 だがその時に俺が奏さんを口説いていると謎に勘違いをした親父がテーブルを乗り越えて頬をはたいてきた。


「に、兄さんはお母さんみたいな綺麗な人が好き……?」


「いや、涼音はなんの話をしてんだよ……。別に奏さんが綺麗とかそういう理由じゃなくて――」


「あらぁ、綺麗じゃなくてなにかしらぁ?」


「奏が綺麗じゃないだとォ!? 貴様ァ!!」


「めんどくせぇなオイ!! 流れがループするだろうがァ!!」


 一度ならず二度までも殴ろうとしてくる親父を回避して、埒が明かない状況を静める。

 奏さんは口元を抑えて笑いを堪えているが、原因はあんたなんだよなぁ。


こういうとこ、涼音は受け継いでるな。


「ともかく話を戻すとして、確かに涼音は高校生。基本的な活動は夜に絞られるだろうな。そもそも今回の件は向こうからの勧誘なだけに、こちらが私生活を大きく変える必要はない。そこに関して担当者さんはなんか言ってました?」


「裕也くんが思っていることも話してきたわ。所属すると言っても学生の本分は勉学、だから活動できる時間帯に限りがあると。そしたら担当者さんね、それでも構いませんって言ってきたのよぉ」


「へぇ、意外にも素直ですね」


「釘、刺してきたからねぇ」


「なるほど、その釘は正しいですね」


「ただ、休日である土曜日や日曜日は企業に出向いて設備してあるライブルームで配信をお願いしたいと言ってたわ。なんでも、実際に涼音の配信の様子だとかを見てみたいとのことらしくて」


 まぁそこに関しては承諾するべきだろうな。企業がどういった伝手を辿って涼音に目を付けたのかはわからないが、担当者の方からしても実際に現場を目にしてみたいのは理解できる気持ちだ。


 趣味ではなく仕事としてやっていく以上、涼音の素性や現場の把握はしてもらうべきだ。


「けど大丈夫なのか? 涼音ちゃん、見られながらの配信をするって状況になると思うのだが……」


「ライブルームといっても、個室制度がある。VTuberをしている人たちの多くは自分の世界が必要だから、そこはしっかり気遣ってくれるとは思うぞ」


「裕也、お前やけに詳しいな」


「……VTuberハマってたからなぁ。すまん、現在進行形だわ」


「わ、私は兄さんが近くに居るなら大丈夫……だよ……」


「あらぁ、ほんとに可愛くて自慢の娘だわぁ。健気過ぎてほっぺた落ちちゃいそうだわ。裕也くん、娘とはいつ結婚するのかしら」


「け、結婚……ッ」


「いや、しませんよ! 俺と涼音は兄妹なんですから」


「……そう、だよね」


 奏さんの突拍子もない言葉に、俺は返す。するとなぜか涼音は落胆したように元気が無くなるが、どういうことだ。

 そして親父と奏さん、二人して俺を憐れむように見るな。むず痒いだろうが。


「まぁ、裕也くんは女心を理解できないということで今は置いときましょうか」


「んあっ、なんか勝手に置かれたんですが」


「裕也もまだまだだな……。さすが童貞、息子として唯一の恥というもんだ」


「おいコラてめぇ、もっぺん言ってみろや」


 童貞バカにすんじゃねえぞ。性欲にまみれたモンスターと一緒にすんじゃねぇ。

 俺は彼女ができないんじゃない、作らないだけだ。……いや、欲しいと思うが出会いがないというか。


俺は誰に言ってんだ、畜生。


「童貞でも、兄さんは素敵だよ……?」


「ンンンンンッ! なんだこの気持ち、病みそうッ」


「ふふっ、本当に貴方たちのやり取りはいつ見ても飽きないわ。それはそうと、裕也くん。話は逸れたけど、土曜日の午前10時にその企業元まで涼音と一緒に行ってくれるかしら」


「土曜日のその時間に、俺と涼音で挨拶と打ち合わせですか?」


「えぇ、そうなのよぉ。土曜日ならこの人の知り合いさんが裕也くんの代わりの準備をしてくれるだろうし、あまり長い期間を置くのもさすがにお相手さんに申し訳ないから」


「別に構いませんよ、わかりました」


 奏さんの言葉に、俺は頷いた。涼音も同じく大丈夫とだけ残し、その後は普段の雑談に戻って活気に溢れた。

 なんだかんだ、この雰囲気が好きだ。しょうもない会話で笑い合ったり、飽きがこない。


 客が居ない家族水入らずの時間はあっという間で、その日の就寝時間になった。

 お開きという事で涼音と一緒に部屋に戻る際、ドアを開ける時に声を掛けられる。


デジャヴ、だな。


「に、兄さん……!」


「……なんだ」


「わ、私は兄さんが童貞でも……大丈夫、だから……! き、気にしないでね……!」


「あぁハァァァァァンッ!! 童貞童貞って、貴方たちにはわからないでしょうねェ!! 言われる、側の、気持ちがァ!!」


 妹に真正面から童貞であることのフォローをされた俺は、どこぞの議員みたく発狂しながらドアを開け閉じ籠った。

 電気を付けることもなく、俺は布団にダイブした。そして身体を丸くして、悔し涙を流した。


 クソ……別の世界線の俺は卒業してるのだろうか。だとしたらその世界の俺、百万回死んどけ。









 日々は流れ、早くも土曜日。俺は既に準備を整えリビングにある椅子に座っていた。


「なぁ、裕也……」


「なんだ、親父」


「お前、スーツ姿は良いと思うが髪型とそのサングラスはどうしたんだ……?」


 多少、いや……かなり引き気味に親父が片手にマグカップを持ちながら問いてきた。

 風呂上りにドライヤーで髪の毛を逆立たせ、ワックスで固定。少し生えていたヒゲを剃り、サングラスを装着していた。


「親父、あんたはわかってねぇ。前は奏さんという大人の女性が行ったから企業も担当者も舐めなかったが、俺は向こうからすれば若者……つまり、ガキだ。だからこそ舐められないように、隙を見せないように見た目を取り繕ってんだよ」


「気にしすぎだろ!? てか傍から見れば他所の家に取り立てしに行くヤクザに見えるからやめとけ!?」


「俺が舐められて涼音が安く見られたらどうすんじゃボケェ!!」


「つくづく阿保だなお前は!?」


 親父に考え直すように言われるが、俺は最も嫌いな言葉ランキングの第二位に『これだから若者は~』が入る。

 まぁ本当に一部の人間に限る話だが、若いからっていう理由だけで全てを決めつける奴らが嫌いだ。


 故に、会社……もとい企業が相手だろうと舐められるような態度や姿をしてたらダメだ。

 全ては自分の為に、なにより涼音の為に。


 そうこう親父と対立していると、二階から準備を整えた涼音が降りてきた。

 相変わらず綺麗に整っている茶髪のショートにサイドテール。いつ見ても眠そうなジト目に、幼さを残す顔立ち。

 んん~、素晴らしい。百点満点中、千点以上は見積もれる。


 すると涼音はなにを思ったのか、スマホを取り出してその照準を俺に合わせて写真を撮った。

 

なぜ、撮った?


「兄さん、かっこいい……」


「んあっ、ありがとうな。涼音も見違えるぐらい、可愛いじゃねえか。気合い入ってんな」


「ふぇ……? あ、ありがと……ッ」


「おいイチャつくな、ヤーさん」


「誰がヤクザじゃゴラァ!!」


「その言葉と行動じゃい!?」


「あらあら、朝から賑やかねぇ。ふふっ」


 同じくして二階から降りてきた奏さんは、俺と親父のやり取りを見て微笑んだ。

 なるほど、涼音の可愛さは奏さん監修の元か。だとしても、素晴らしい。


 そう考えていると親父は俺から離れて、奏さんの腹部に顔を埋めて抱きしめた。


「奏~! 裕也が朝から涼音ちゃんとイチャついてんだよぉ! 俺たちもイチャつこう、なっ!?」


「うわぁ、きっしょ……。お袋を生き返らせてコンクリート詰めして欲しいレベル」


「はいはい、よしよし」


「ふえぇぇぇええん」


 いい歳こいたおっさんが目の前で妻に甘える姿はエグイ。どれくらいエグイのかというと、ドロッドロのドブ色をしたスープぐらいに気持ちが悪い。


 気付いたら俺は涼音の目と耳を両腕で塞いでいた。この光景、見てほしくない。汚れてしまう。


 結局のところサングラスをするのは奏さんにも言われたので、仕方なく外すことに。

 それから時間が少し経ち、頃合いを見て鍵を持ち車に乗車する。


ちなみに、親父の押し切りでマニュアルだ。


「兄さんの運転、久し振りかも……」


「そういえばそうだな。基本俺一人での行動だったし、誰かを助手席に座らせるっていうのは俺も久しぶりだな」


「なんだか、嬉しい……。ふふっ」


 手で口元を隠して笑う姿は、本当に奏さんと似ている。涼音が嬉しいと感じるのなら、それも涼音なりの幸せ。

 俺はシートベルトの確認をし、エンジンを掛けた。窓の外で見送る親父と奏さんに挨拶をし、出発した。



さぁ、ここからが気合い。緊張はするが、しっかりしないとだな。


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