DreamLife②












「……涼音、大丈夫か?」


「う、うん……。ごめんね、兄さん……」


 いきなり知らない人が押しかけて来たことによるビックリで、軽い動悸を起こしてしまった私はしばらく落ち着くことができなかった。

 でも私が落ち着くまで兄さんは背中を擦って、見守ってくれた。数分と落ち着くのに掛かってしまった後、私は兄さんから離れる。


 一方で、瀬川さんは押しかけて来た二人を引き連れて部屋を出ていき、廊下で説教をしている。

 だからこの場で、私は兄さんと二人きりだった。


「しかし、俺も少し大人げないことをしてしまった。いきなり押しかけて来たとはいえ、圧のある返しをしてしまった……。俺の悪い癖だなぁ」


「その時……兄さん怒ってた……?」


「少しだけな。そりゃ涼音を泣かせることをしたんだ、兄として少しキレることは当たり前だろ」


 さりげないというよりもそれが兄さんにとって普通の事かもしれないけど、私はその言葉を聞いて自惚れてしまった。

 私の為に、怒ってくれてたと勘違いをしてしまったから。けどそれがもし私の勘違いで、自惚れだとしても嬉しいと感じてしまった。


 少し待機するようにと瀬川さんに言われた以上、今は戻ってくるのを待つことしかできない。

 兄さんは隣でポケットを探り、ミルクのキャンディーを取り出し、袋を開封して口に放り込む。


「んあ、なんだよ」


「ううん、なんでもないよ……」


「そうか。まだあるけど、いるか?」


「うん、欲しい……」


 私が欲しがっているように見えたのか、兄さんは聞いてくる。本当は兄さんが可愛いから、気になっただけなんだけどね。

 もう一つを取り出して、それを受け取る。私は貰ったミルクのキャンディーを、兄さんと同じように口へ入れる。


 じんわりと口の中に広がる甘味。凄く、幸せな気分になれる。それも兄さんと二人きりだから、余計に。

 そもそも兄さんは、色々ずるい所がある。性格や言葉遣いは周りの男性と比べると荒いし、怖いところもある。


 けど、食べるモノとかもそうだけど女子みたいなところがある。今食べているミルクのキャンディーは特に。

 

「でも、なんでいきなり押しかけてきたんだろうね……」


「まぁ冷静になって考えてみると、涼音が目的だったと思う。新人VTuberは何処だという発言するからに、後輩ができるという嬉しさから押しかけに来たって所だろ」


「なんでそう思うの……?」


「知らん、ただの勘。そんな気がするってやつだな。深く言うと、嬉しさを感じさせる声のトーンとテンションが特にそんな気がするって部分だ」


 キャンディーをころころと口の中で転がしながら、兄さんはちゃんと説明してくれる。

 ……私がもしあの人たちの立場で、後輩ができるってなったら確かに嬉しくは思う。


いきなり押しかけたりは、しないけど……。


「それにしても暇だな。……涼音のVTuberの名前ってなんだ?」


「えっ……!?」


「ちょっと今この時間で見てみるから、教えてくれ」


「えっと、その……あの……」


 退屈を凌ぐ為に、私がVTuberをしている動画を見たいと言い出す兄さんに困惑する。

 なんで本人の前で見ようとするのかな……。そもそも、直接的に聞いてくる素直な所は心臓に悪いよ……。


 けど、兄さんに助けられてばかりだから教えない道理は無い。恥ずかしいけど、私はスマホを取り出して実際に見せようとした。

 

――その時。


「失礼します。お二人の説教が終わりましたので、話を続けようと思います」


 瀬川さんが戻ってきてくれた。凄くいいタイミング、兄さんには悪いけど、なんかすごくいいタイミング……!


 瀬川さんが戻ってきたことにリラックスしていた兄さんも背筋を伸ばして返事を返した。

 けど知らない二人も瀬川さんの後ろで並んでいた。


「改めて、オレはDream Life所属VTuberの赤城翔太です。この度は本当にすみませんでした……。ただ、Dream Lifeの中ではオレたちが一番下で後輩が居なかったんで、後輩ができるという嬉しさで感極まり調子に乗ってしまいました。本当に、すみませんでした……」


 意外にも、兄さんの推測は正しかった。それ故に、翔太さんが自己紹介と共に何故この行為に及んだのかを説明した。

 ……瀬川さんに凄く怒られたのかな。顔は入ってきたときよりもゲッソリしていて、生気を感じられない。


「お兄ちゃんに続いて私からも本当にすみません……。Dream Life所属VTuberの赤城恵果と言います。以後、瀬川さんとは別にお兄ちゃんにもっと厳しく言っておくので、この場だけでも許してあげてくれると幸いです」


 姉妹揃って深々と頭を下げてくる翔太さんと恵果さん。瀬川さんも最後に軽く頭を下げ、少し空気が重かった。

 すると兄さんは立ち上がり、なんと同じように頭を下げた。


「いえ、こちらもすみませんでした。突如として入ってきたこと俺は別によかったのですが、如何せん妹の涼音が騒々しい場面が得意ではなく動悸を起こしてしまっていたので、圧を掛けるように返してしまいました。大人げない自分の軽率な言動、すみませんでした」


 こういうところが、兄さんが大人だなと思える所かもしれない。他人の非だけでなく、自分の非も含めて厳しく取り繕う。

 兄さんの持つ素直がそうさせている一部もあるのだと思う。私も立ち上がり、過剰に驚いてしまったことを謝罪した。


本当に私は、弱いな……。


「瀬川さん、よければその二人もこの場に居て貰って、俺たちで話し合いをしませんか?」


「えっ? 私は別に構いませんが、後ろの二人と涼音さんがどう思うか……」


「翔太くんに、恵果ちゃんだっけか。俺と瀬川さんは二人で話をするから、その間だけでも涼音と親睦を深めてあげてくれないか? こいつは内気な性格でさっきも言ったように騒々しい場所が苦手なぐらいだ。けどDream Lifeに所属する以上後輩の立場になるし、今のうちに色んなことを教えてあげて欲しいんだ」


「……オレたちのこと、もう怒ってないんすか」


「さっきも言ったように俺も大人げないことをした。つまり、片方の非ではなく両方の非だ。それつまり互いに悪かったということだ。それにこれから世話になる先輩たちと仲良くなるのは、涼音本人の為にもなるからな。……頑張れるよな? 涼音」


 優しく微笑んで、そう聞いてくる兄さん。きっと私の為と思って、提案してくれたものだ。

 翔太さんに、恵果さん。その二人の先輩と今兄さんが居る場で仲良くなれば、もし一人で動くとなった時に頼れる人になるかもしれない。


それと、出来たら普通に友達に……。


「わ、私も翔太さんや、恵果さんのこと……し、知りたい……! 色んなことを、教えて欲しいです……!」


 いつまでも兄さんに頼りっぱなしじゃ、ダメだ。私も一人で誰かと一緒になることを頑張らないといけない。

 私の言葉に、瀬川さんはそれならばと了承してくれた。翔太さんも恵果さんも、喜んでと言ってくれた。


 ありがとうと返した時、何故か翔太さんが顔を少し赤くしていたけどすぐに恵果さんに叩かれていた。


なんでだろう……?


 私と先輩の二人はもう一つ空いている奥のソファーで座り、VTuberの話題で話を始めた。


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