自分で決めた事だから失敗を恐れない












 

 涼音がVTuberをしている事と、企業所属にあたり俺にマネージャーをして欲しいという願いに関して、親父たちを含め家族会議が始まった。

 親父には直接俺から話をして、涼音はメールを通じて母親の奏さんに今日の夜に話したいことがあると伝えた。


 こういう時の時間というのは早く過ぎるもので、気持ちの整理をしきれない状態で陽が沈んだ。

 今現在、日曜日ということもあって閉店している店内のテーブル席に、俺と涼音が、親父と奏さんが並ぶ形で対面している。


 俺から話してもいいが、それは筋ではない。涼音が自分で決めたことであり、やりたいと前向きに決めた以上は自ら話を切り出すのがセオリーというもの。


 親父も奏さんも、涼音が話し出すのを待っている。誰も急かしたりは一切しない。

 静寂が数分と続く中、涼音は親父たちに見えないとこで俺のズボンの裾を握り締め、深く一息を吐いて覚悟を決める。


「あ、あのね……お父さん、お母さん……ッ」


 大丈夫だ、涼音。俺の親父は馬鹿でも話はちゃんと聞く。奏さんは特に、誰よりもお前の傍に居たんだ。

 間違いなく、責めることはしない。安心して、言っちまえ。


「私、その……あの……!」


 緊張するのはわかる。だが努力してVTuberについて勉強し、成り上がったという実績がお前にはある。

 胸を張って、言うがいい。……貧乳だが。


「――私、兄さんと一緒になる……!!」


「おったまげぇええぇえぇえぇぇええええ!!!!」


「あらあらぁ、なぁに? もしかして禁断の恋? でも二人はお似合いだし、私はいいと思うわぁ」


「裕也、貴様ァ!! 朝あれほど忠告したというのに、もう理性がキレたのかァ!? おいいいいいいいいいッ!!!」


「バッキャロウ!! ンなわけねぇだろうがァ!?」


 そういえば午前に涼音と二人で話した時もそうだったが、こいつ地味に話の流れを端折るんだった。

 俺が涼音の胸に関して悪態を吐いて水を含んだ瞬間の出来事、俺は勢いよく横に水を吹き出して叫び散らかした。

 

 奏さんは涼音が放った言葉の綾に対して理解あるような反応をしているが、親父がテーブル越しに胸ぐらを掴んでくる。

 対して俺も胸ぐらを掴み返し、完全否定する。その状況に涼音はなにが起きたのかわからないと言わんばかりに小さく口を開けてポカンとしていた。


いや、お前が原因だからな? その端折る癖、やめれ?


「ったく、話を切り出すならこうだ! 朝に涼音から相談があってだな、VTuberをしてるんだとよ! それでチャンネル登録者が個人でやってるのにも関わらず15万人達成してて、それで企業から所属するかしないかの勧誘があったんだ! 今回この家族会議を通して話し合う議題として、まず一つは親父らが涼音のVTuber活動を公に認めることと、二つ目に企業に所属して良いと思うかそうでないかというもんだ! これでいいかァ!! あァん!?」


「……ッ。な、なんだそういうことかぁ! 全く、涼音ちゃんもおじさんを驚かせるの好きなんだからぁ。裕也も暴力的なのはあまりよくないぞ!」


「テメェが胸ぐら掴んできたからだろうが!」


「裕也くんの説明で流れはなんとなくわかったけど、なんで涼音は裕也くんと一緒になると発言したのかしらぁ」


「それは……。ほら、涼音。流石にそこは自分の口から言え」


「う、うん……? えっとね、お母さん」


 話の大半、いや……八割方は俺が説明した感じになったが、涼音は何故俺と一緒にと発言したのか説明をする。

 VTuberを始めた時期、登録者数について。そして人気が出てきた頃に、企業からの誘いがきたこと。


 そこで所属するにしても見知らぬ人がマネージャーは怖いから、そこで俺に涼音のマネージャーとして活動してほしいということを丁寧に。

 

 しかし実際これは難しい問題ではある。現実であるならその日に相手する人間は数えられるが、涼音が挑もうとしている場所は一度に数千人、数万人が見ている世界。


 ネットを通しての犯罪や炎上事、更にVTuberは身バレと言われるものが存在する。

 ネット用語では前世と称されるものだが、VTuberになる前のアカウントなどによるものから特定されかねない。


 そうなった場合、注意すべきは炎上などではなく、特定された挙句にいわゆる“ガチ恋勢”と呼ばれる者たちによるストーカー事件に繋がること。


 全員が全員ではない、ほんとに一部の存在だ。ネットを通して一方的に好意を抱いているという理由だけでリアルを特定し、犯罪を起こす愚者どもが棲息する。


 そうなるリスクも含めて考えないといけない。つまりこの議題、涼音だけの問題ではないということだ。


「んー、そうねぇ。私たちは若くはないからインターネットについてあまり詳しくはないけれど、少し不安というのが正直なところかしら。裕也くんの意見としては、どうなのかしら」


「俺は現実主義者なので言わせてもらいますが、仮に俺が涼音のマネージャーを務めたとしても絶対に保証できるとは言い切れませんね。ただそれは俺に限らず、所属しているVTuber達にも言えることです。なのでそこは、企業側と俺たちでセキュリティを固めるのが最善ともいえますが、一概にとは言えませんね」


「朝のニュースとかでも、ネットによる被害は多いからな。涼音ちゃんが自分でやりたいと決めたことだから尊重はしてあげたいが、親の気持ちとしては“もし自分たちが居ない間に”事件に巻き込まれたとあっちゃ、怖いからなぁ……」


「で、ですよね……ッ」


 まぁ、話し合う前から目に見えていた光景だな。俺が親父たちの立場でも、同じことを言うだろう。

 必ず安全が保障されるならまだしも、現実それが絶対とは限らないしな。


 親父と奏さんの意見に、涼音はしょんぼりとする。残念だが、そう簡単には通らない話だ。


――だが。


「絶対の安全は保証できないが、事件に巻き込まれるリスクを下げることはできる。涼音は未成年、なら尚更これは俺たち家族と企業側で綿密な対策を練った上で所属するのはどうだろうか。言葉はあれだが、元々涼音は個人勢……つまり趣味の範囲でやっていたがそこに向こうから誘って来たんだ。多少の我儘というか条件を聞いてもらわないと、割に合わないと思わねぇか?」


「そうは言うが、それでもな……」


「俺と親父はともかく、奏さん。涼音がこれまで自分の感情をここまで素直に出して、こうしたいと言ったことありますか? たった二年、されど二年の関係とはいえわかります。こいつは自分の言いたいことを言いたくても、言葉にするのが苦手だ……。だが俺を挟んでいるとはいえ、自分が決めた目標に向かって前向きに進もうとしている涼音を、俺は手助けしてやりたいと思ってます」


「あら、凄い男前なこと言うわねぇ。でも、どうしてそんなに涼音のことを思ってくれるの?」


 なんだ……、奏さんのこの視線。まるでなにかを試されている気がしてならない、その視線は。

 しかしここまで啖呵切っておいて、逃げるわけにはいかない。俺はいつだって物事に全力、自分以外の奴がそれをしたいと頑張るならその背中を押すまで。


だから俺は、一息吸って奏さんの目を見てハッキリと言った。


「前の親父さんから受けていた不幸の分、こいつをそれ以上に幸せへと導きたいからです」


「ッ!」


「奏さん、俺は直接その現場に居たわけじゃないから貴方と涼音が他にどのような待遇を受けていたかなんてわかりません。ですが貴方と涼音から聞かされた内容だけでも、ろくでもなかったと思えるぐらいには理解しているつもりです。そんな中、俺は親父と二人でこのラーメン店を経営しながら、好きに生きてきました」


「裕也、お前……」


「俺や親父が好きにしてきたように、どうか貴方や涼音にも何一つ不自由なく好きにしてほしい。そして今回、俺はそんな涼音に好きな事をやらせる為に、背中を押してやりたいということです。これが理由じゃ、足りませんか?」


「兄さん……ッ」


 奏さんや涼音が前の親父さんから受けた傷痕、想いを知ろうとするのは寧ろ愚行だ。

 そしてそれを詳しく聞こうとするのは、愚者だ。だから深く関与しない程度で留まり、俺が涼音の背中を押す理由を鮮明に伝えてみた。

 

 人生も十人十色、全員が同じ境遇の元で生まれ、同じように育つわけじゃない。

 裕福に暮らす奴もいれば、貧困に暮らす奴もいる。だが俺と親父はどちらかといえば、裕福の部類だ。


 そんな裕福な環境に来た……いや、来てくれた涼音や奏さんには過去に受けた不幸以上に、幸せになってもらいたかった。

 もはや他人ではない、兄妹であり親だ。余計に俺はそこで、優劣を感じてほしくはなかった。


 俺の言葉に、親父と奏さんはしばらく考え込んだ。そして互いに視線を合わせ、微笑んだ。


「裕也、お前は昔からいつもそうだ。一度決めたことは失敗してもいいから突き進む。今回、それが涼音ちゃんなんだな?」


「あぁ」


「涼音は未成年と言うけれど、私たちからすれば裕也くんもまだ子供……。本当なら、まだ甘えてもいいお年頃。でもそこまで涼音の為に本気になってくれたら、断るわけにもいかないわよねぇ」


「えっと、それじゃお母さん……ッ」


「えぇ、貴方のVTuber活動を親として認めるわ。その企業の方々とも後日、お話をすることにしましょう。正直それでも不安は拭いきれないけれど、裕也くんの言うようにやってみなくちゃわからないものね。特に貴方たちは若いから、その内に好きなことをやって経験するのは良いと思うわぁ」


「奏さんの言う通り、そうだな。だが裕也、ネットの世界は現実よりも厳しいと聞く。お前はその中で、涼音ちゃんを出来るだけ支えてやれよ?」


「あぁ、もちろんだ」


 親父と奏さんが正式に涼音のVTuber活動を認めたということで、話し合いは終わった。

 俺と涼音は先に二階の部屋に戻り、それぞれ部屋に入る前にハイタッチをした。


 これは涼音だけじゃない。俺も含めて、二人で始める新しい道だから気を引き締めないといけない。

 

……とりあえず、マネージャーに関しての本を買い漁るか。


「に、兄さん……!」


「んあ?」


「あ、ありがとう……! だ、大好きだよ……!」


「~~ッ!。お、おーう」


 部屋に入ろうとした瞬間、涼音に呼び止められて足を止めた。すると涼音からは感謝と、大好き発言をされた。

 俺が反応を返す頃には既に部屋に勢いよく入っていった。しばらく俺はその場で立ち尽くしていた。


 なんだ、この胸の高鳴りは。心臓の鼓動が、はえぇ。


 よくわからない感情を気にしながらも、俺は静かに部屋へと戻っていった。




――裕也と涼音が一足先に戻った後の一階では。



「そういえば裕也の奴マネージャーになるとは言ってたが、経験も知識も無いはずだが……」


「あら、確かにそうねぇ。もしかしたら企業の担当者さんが未経験でもいいって言ったのかしら?」


「だとしたらその企業どんだけあっさりしてるんだ。あっさり過ぎてスープがただのお湯じゃないか」


「あら、上手いわね。ふふっ」


「いやぁ、それほどでもぉ!!」




 

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