カミングアウトは唐突に【義妹side】








 二年前、私のお母さんは再婚した。前のお父さんは酒癖が悪く、いつもお母さんを殴っていた。

 とても裕福とは思えない生活の中、お父さんの機嫌を取る為に私は言う事だけを聞いていた。


 でも二年前のある日、離婚したお母さんが新しいお父さんと今の兄さんを連れて挨拶をしに来た。

 前のお父さんのこともあって、当時は男の人に対して怖いという印象があった。


 お母さんは前のお父さんとは違う、凄い優しい人と説明をしてくれたけど、それでも拭いきれなかった。

 けどお母さんが新しい道で幸せになれるならと、私は頷いてこの人たちと一緒になる決意をした。


 最初は怖かった、けどそれもすぐに無くなった。何故なら、兄さんは私の気持ちを救ってくれたからだ。


『前の親父さん? ンなもん過去だ過去。安心しろ、離婚した腹いせに住所特定して乗り込んできた暁には煮え滾った極熱のスープをぶっかけて、湯がいてやるよ』


『いいか、欲しいもんは言え。それと遠慮はするな、絶対。義理であろうと俺とお前は兄妹、助け合うのは当然の理だろ』


『涼音! 新作のラーメンが出来たから試食してくれ! 今回のは結構自信作なんだよ、不味かったら言ってくれ! 親父に処理させるからよ』


 兄さんは積極的に、絡んでくれた。私がなにも言い返さずとも、それが普通であるかのように振る舞ってくれた。

 無理に私から喋らせようとしてくるのではなく、私が反応するまで待ってくれたりもした。


 ほんとに怖い印象があったのは、最初だけ。改めて兄さんは、尊敬できる人なんだと実感する。


 それに兄さんは知らないだろうな。私がVTuberを始めたきっかけが、兄さん自身にあるなんて。

 それはVTuber活動を始める一年前。初めて私は、兄さんに甘える行動をした。


それも無理な、お願いをした。


『あ、あの……兄さん……ッ』


『んあ? どうした、涼音』


『あの、ね……。兄さんの使ってるパソコン、借りたりできるかな……?』


 最初はただ調べ物をしたい程度だった。スマホでも出来るけど、パソコンのメモを使って課題のレポートを作成したかった。

 兄さんの部屋に入り、そうお願いをした時。私の視線にはちょうど兄さんが動画を見ている内容が目に入った。


『ん? あぁ、これか。涼音、ちょっと来てみろ』


『えっ? う、うん……』


 そう手で招いては、兄さんは私を呼んだ。私は言われるがまま近付いて、その動画の画面に注目した。


『最近ハマってんだけどさ、VTuber?ってのが面白いんだよ。色んな奴が居てさ、十人十色で飽きねぇ』


『す、凄い……。これ、どうやって動いてるんだろう……』


『いや、俺も難しいことはよくわかんねぇけど、モーションキャプチャー?みたいなのを使ってるとは聞いたことがある。ほんとどうなってるのか、わかんねぇけど』


『この人カッコいい……。あ、この子は可愛い……』


『はははッ! そうそう、こいつは――』


 兄さんは笑いながら、色々話をしてくれた。VTuberの活動が主にどういう部類に分けられているのか、有名からそうでないものまで兄さんは教えてくれた。


 気付けば本題を忘れて、兄さんと一緒に色んなVTuberの切り抜きというのを見ていた。

 そこで兄さんが、ぽつりと呟いた。


『あ~、マジで面白いな。涼音は声質もいいし、性格も可愛いとこあるからVTuberになったら化けるだろうな』


『わ、私が……?』


『あぁ、冗談では言わんぞ。まぁ始めるまでが大変って聞いてるから難しいだろうけどな』


 きっと兄さんは、無自覚なんだと思う。そのさりげない一言が、私にとって大きく変わることを。

 なぜか私は兄さんの為に、VTuberになれたらいいなと思ってしまったからだ。


 そう考えていると、兄さんが思い出したかのように私がパソコンを借りたいという本題を話し始めてくれた。

 けどそこで更に、兄さんは驚くことを言い出した。


『俺の使用済みを使うより、涼音専用のパソコン買いに行くか』


『え……?』


『買うならやっぱデスクトップだろうな、容量的にも。とりあえず中古は信用ならんから新品を買う前提として――』


『ちょ、ちょっと待って兄さん……!』


『んあ?』


『そ、そこまでしなくていいよ……?』


 何故か一人で話が弾みだす兄さんに声を掛け、止める。私の言葉に兄さんはしばらく黙っていたが、なにを思ったのかスマホを取り出して電話をし始める。


『よぉ、元気にしてっか。こんな時間に悪いな、ちょっとパソコンに関して相談があるんだけどよ。……おう、おう。いや、俺のじゃなくて妹のなんだけどよ、新品で最高のデスクトップに加え、完璧なオプション付きでいいのあるかなっていう相談だわ』


『に、兄さん……!?』


『んあ、そう……今の妹の声。可愛いだぁ? テメェ狙ってみろ、炎上させに行くぞコラッ。とりあえずそういうわけだから、明日の午前中に出向くわ。あぁ、おう……じゃあな』


 相手の人とどういう会話をしているのかはわからないけど、話が着いたみたいで電話を切る。

 そして兄さんは私に向かって、笑顔で――。


『はい、これで確定事項。拒否権は無い、明日の午前に行くから忘れんじゃねえぞ』


 なんというか、兄さんには勝てない気がした。そういうところで私の意見を尊重しないって、ずるい。

 結局言われるがままされるがまま、その日は兄さんがパソコンを貸してくれた。


 けどそれがきっかけで、私はVTuberになる為に独学でネットを行き来して調べ、勉強をした。

 僅か半年間、人の興味は凄いのだと改めて思う。私は独学であるけれど自分で絵を描いて、自分で動かすことができた。


 兄さんの為だけに始めたVTuber、ちゃんとしてから兄さんに教えようと思ったのだけれど、それから一年。


『嘘……でしょ。15万人、行っちゃった……ッ』


 趣味の範囲でやっていた分、登録者数をあまり気にしていなかった。けどある日、改めて確認をしてみると数万人どころか数十万人と増えていた。


 教えるにしてもこれは大事になりかねないと、どこか足枷となって黙り続けてきたけど、これが結果だった。

 そして更には、VTuber活動の専用アカウントとして利用していたSwitterのDMに、企業からの勧誘メッセージも来ていた。


 個人勢としてやってきたから収益は無かったけど、企業に勤めてやれば多少は稼ぎもあるのだろうか。

 もし稼げるなら、兄さんたちの負担を少しでも減らせれるのだろうか。

 

 しばらくは悩み続けた末に、私はまずメッセージの返答として見知らぬ人がマネージャーになるのは怖い事と、もし企業勢になったとしても続けられるかという不安を送った。


 もしやるとしたら、兄さんがマネージャーならと無理な話をしてみた。すると数分後には丁重な文章で、兄さんのやる気があれば未経験でも大丈夫です!と帰ってきた。


いや、ほんとにいいの……?


少し、ゆるゆるじゃないかな……。


 そんな気持ちに駆られる中、企業の方からそれでもいいと言うなら、兄さんに打ち明けてみようかなって思った。

 そして時は戻り、日曜日の今日。私は一階の方で作業をしようとしている兄さんに声を掛けた。


「あの、兄さん……。実は私ね、VTuberしてるんだ……」


 その言葉から始まって、兄さんはコップに水を入れて話を聞く姿勢をしてくれた。

 本当に優しくて、自分を見てくれる。私は兄さんに、迷いもしたけど全てを話した。


 もちろん、条件付き。でもそれは全て、私の為でもあり、兄さんが決めた約束事。

 寧ろ兄さんとの約束事だから、嫌じゃない。逆に嬉しいし、頑張れる気がする。


話が終わると同時に兄さんは立ち上がり、言った。


「んじゃ企業に話す前に、親父たちに報告すんぞ」


「ふあぁ!? そ、そんなの条件になかった……!」


「言わずともわかる必須条件だろ。言わないなら俺から言っといてやるよ」


「兄さんのいじわる……!!」


 引き留めようと兄さんの服を掴むけど、ズルズルと引きずられてしまう。

 こう見えて兄さん、身体の作りいいから……。きっと私なんて、軽くて気にもしないんだろうなぁ。


 けど、そんな兄さんが自慢。ちゃんと物事を見てくれて、真剣に向き合ってくれる。

 

――ここだけの話、私は兄さんのこと凄く大好きなんだよ?



 

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