華胥の夢
かくしてすべてを片付けた後。
レリックは、溢れ出た
ソラウミニスに語った通り、
ただし『収納』の能力が及ぶのは自身を中心として半径十
故に、たとえ収納量に余裕があったとしても、街中へ一気に
とはいえ今は、目先のことである。
ソラウミニスは生きたまま捕らえた。地上へ戻ってからギルドに引き渡し、そこからはギルドと王国の仕事となる。せいぜい酷い拷問を受ければいい。そういう
そして後は、キースバレイドの遺体と愛刀、なのだが——。
「ごめん、ツバキ。全部なくなってしまった」
「構わんよ」
佇んでいたツバキは、寂しげに笑った。
剣神の遺骸とそれに『
あの時、破壊対象の取捨選択ができる余裕はなかった。遺骸は目視できないほどの高速で移動していて、幾ら制御剣で操れるといっても
だが師の遺体と愛刀を喪ってなお、ツバキの顔はどこか晴れやかだった。
「これでよかったのだと思う。もともと
そして彼女はゆるりと、目の前に在る家屋——キースバレイドの隠れ家を仰ぐ。
「この家がある。きっと師匠は迷宮探索の度、ここに立ち寄っては英気を養ったのであろう。時には拠点にして修行に励んでいたのかもしれん。……ここを
「ねえツバキ」
そんな彼女に、フローが問うた。
「兄弟子の気持ち、見る?」
その瞳は『
アカシアの遺体もキースバレイドと同様、巻き込まれて消滅してしまった。だが魂はきっとまだ、この辺りを漂っているだろう。
それを可視化し、残留思念としてツバキに送り込むことが、フローにはできる。
「いや」
しかしツバキは首を振った。
「兄者とはもう剣で語り合ったし、別れも告げたから。……ありがとう、気を遣ってもらったな」
そう言って彼女の頭をわしわしと撫でる。フローは猫のように目を細めた。
——と。
ツバキの手が止まる。
そしてすんすんと鼻を鳴らし、今度は彼女が犬みたいな仕草を始める。
「……まさか、この香り」
ツバキはつぶやき、フローから手を離して踵を返し、歩きだす。
レリックの横をすり抜け、隠れ家の正面を横切る。
隣の建物との敷地を隔てる、壁と壁の隙間へと入っていく。
ふたりは首を傾げつつも後を追った。隙間は狭いが通れないこともない。そしてそれを抜けた先、つまりは玄関の反対側——。
「これは……」
小さな裏庭がある。
裏庭には、木が植えられていた。
二本の木だ。
ひとつは高さ
もうひとつは三
「あ……あ」
ツバキが、その木と花を見て。
「そういうことか。師匠、そういうことなのか……!」
その場に膝からくずおれ、
「あなたは、ばかだ! 言わねばわからないだろう!? 言葉にせねば伝わらない思いもある! だから兄者はあんなふうに間違って……ああ、兄者も、
土を握りしめた掌が、駄々をこねるように打ち据えられる。
子供のように泣きじゃくりながら、涙が地面を濡らしていく。
そうして喉を詰まらせながら、ばか、ばかと、今は亡き師を、そして自分たちを罵倒した。
「レリック? ……ツバキ、どうしたの」
その様子を見守っていたフローが、小声で尋ねてきた。
彼女がどうして泣いているのかわからず戸惑っているのだ。
レリックはツバキの代わりに応える。
「あのふたつの木。フローは名前を知ってる?」
「ううん」
「赤い花の方は、
「……それって」
「ああ。これはきっと、爺さんが植えたやつだ。地上の植物を迷宮内に移植するなんてよくやる。さぞ高い魔道具を使ったんだろうな」
無言で続きを促してくるフローに、続けた。
「これは、爺さんの謎かけだよ。——『阿修羅顕明』を迷宮内に隠して、探させる。やがてこの隠れ家を突き止めるも、玄関は開かない。突き止めた者は外観を調べる……そうしたら裏庭には、ツバキとアカシアが植えられてる」
隠れ家の扉を開く鍵は、キースバレイドの遺伝子情報だった。
これはおそらく、あらかじめ登録しておいた特定の人物が触れることで起動する
ならばその登録された人物は、果たしてキースバレイドひとりであったか。
そして、或いは。
「きっと、扉は……爺さんだけじゃない。ツバキとアカシア、ふたりが同時に触れることでも開くようにしてあった」
老人の遠回しな悪戯であり、面倒くさい説法だ。
刀はお前たちふたりに譲る、という。
ただし、仲良くせねばやらんぞ——という。
お前たちはふたりとも
だからこの木のように、ふたりで一緒に『剣神』の後を継いでくれ——。
「ばかだ」
フローはレリックの結論を聞いて、ツバキと同じ罵倒を口にした。
「ばかだよ、キース爺ちゃんは。そんなの伝わんなかったら意味ない。でもって伝わんなかったし。……だいたいじいちゃん、死んだ時さ、私が呼びだしてもそんなこと全然……。強く思っといてくれたらよかったのに。私、せっかく
一年前、キースバレイドが殺された際。
当然、フローは『
だが、幾ら死者の魂を操れるといっても会話までできる訳ではない。言葉で問うても答えは返らず、ただ残留思念を読み取れるだけだ。
彼の魂から得られたのは、アカシアに対する申し訳なさと、ツバキに対する感謝の念だけだった。
「……きっと、もういいと思ったんだろうな。今更もう、答えを教えても遅いって。それを知ってもツバキが苦しむだけだって」
不器用さもあったのだと思う。
妻帯もせず、妹夫婦にも先立たれ、家族のいない孤独な身で剣に
兄弟子は養子に取り、妹弟子には姪っ子の面影を見て、そうしてふたりのことを家族だと思った。
けれど孤独の長かった彼は、家族という関係性に対して理想を持ちすぎていたせいで、心の機微を測り損ねた。
通じ合っているのだからと——だから示唆すれば行動で伝わると思い込んでしまった。
言葉の代わりに剣を交わし続けてきた人だから、そんなふうに勘違いしてしまった。
「爺ちゃん、そういうとこあった。変に夢見がちっていうか、言葉にせずとも伝わるのがよき、みたいな。家族でさえそんなん無理なのに、師弟だからって他人ができる訳ないよ。……ばか。ばか、ばーか」
フローも泣いていた。
これで彼女もまた、あの老爺を慕っていた。キースバレイドもフローを猫可愛がりして、まるで本当の祖父と孫のように——ああ、そうだ。きっとあの人はフローにも、亡き姪の面影を見ていたのだろう。
ツバキと、同じように。
※※※
風が吹く。
ふたつの木は隣り合って、けれどやや離れた位置に植えられており、枝は決して触れ合わない。
きっとこれを植えた人物は、長じても刃は交わらぬようにと願ったのだろう。
―――――――――――――――
これで第3話は終わりです。
読んでいただき、ありがとうございます!
いつも応援ボタンを押してくださっている方、★評価をくださった方、フォローいただいた方、コメントやレビューを書いてくださった方、みなさま本当にありがとうございます! 控えめに言ってだいぶ嬉しいです。
なんかこう、web小説としては目立ったフックがあまりない(追放ざまぁとか覚醒とか……)本作ではありますが、作者は面白いと思って書いていますので、読者のみなさまにとってもそうなら嬉しいな。
引き続き『レリック/アンダーグラウンド』をよろしくお願いいたします。
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