第3話 下層:遺骸
墟恒無人街
魔物は水中に潜んでいて、こちらを認めるや
細く長い首に似合わない巨大な頭部を持つそいつ——
軽く手を振る。それだけで
「フロー、他には?」
「ん、この近くはもう大丈夫。水の中の奴らもしばらくはあれに夢中」
血の混じった湖面がばしゃばしゃと波打っている。つい今しがた死んだ
「じゃあ、今のうちにこの歩道を抜けておこう」
「りょ」
「言い方」
「むー。りょーかい」
湖畔に沿って伸びるのは、
だが湖の中には獰猛な魔物が潜んでいて、森の中からはぎいきいといかにも恐ろしげな鳴き声が響いてくる。
「相変わらずの手際だな」
レリックたちの背後を歩いていた少女が、薄い笑みを浮かべて感嘆した。
「
「手を出す気がなかったくせによく言う」
少女の称賛に、レリックは苦笑で応える。
「どうせ面倒がったんだろ?」
「失礼な。信頼しているのだ、
「ものは言いよう」
「ふふん。まあいいではないか」
顔をしかめたレリックへ、腕を組んだまま頷く
歳は十九——名を、ツバキという。
前合わせでぴったりと身体を包んだ装束は太い帯でぎゅっと締められており、そのくせ袖だけが大きく垂れ下がっている。いかにも動きにくそうだがこれは彼女らの民族衣装らしく、
ツバキのその着物には蛇の絡みついた
が、不思議と彼女に似合っている。
どこかあどけない面立ちに鋭い
ヘヴンデリートでも有名な準一級冒険者であり、レリックたちの
彼女が、今回の依頼主であった。
「いや、申し訳ない気持ちもあるのだぞ。迷宮に立ち入ってからはや
ツバキは謝罪する。
ただ、申し訳ないと言いつつも態度はどこか尊大である。それがあまり厭味ではなくなんとなく許せてしまうのは彼女の愛嬌だろう。
「そうでもない」
それに首を振ったのはフローだった。
「敵を避けて道を選ぶのはちょっと疲れるし、最短距離を行くなら行くで私はむしろ楽。魔物はレリックが倒すので」
「いや僕は面倒なんだけどな……」
「まあ、下層ともなれば相手も手強くなってくる。そろそろ
そう言って、腰に
身の丈ほどの尺を持つ大太刀である。長さに比して細い刀身を包むのは
「……とはいえ、さすがにそろそろ一度小休止を取った方がいいかもな」
彼女の太刀をぼんやりと眺めながら、レリックはそう告げた。
「僕はこれでも慎重派なんでね。この先のことを考えたら万全を期しておきたいと考えてる。
「ふふん。鍛え方が足らんのだ。主ら、見るからにひ弱ではないか。
「鬼人族そういうところある」
フローがじと目でツバキを睨む。
「エルフも
「む、種族差別はよくないぞ! 鍛え方の問題だ!」
「聞こえない。つーん」
「ほう、その長い耳は飾りか?」
「エルフに長耳っていうのは差別ですー。はいツバキの負け、私の勝ち」
「なんだとぉ!?」
フローの肩に手を回してぐらぐらと揺さぶるツバキと、そんな彼女から顔をそむけてにやにやとするフロー。
昔からこのふたりは妙に仲がいいのだった——しかも軽口を叩き合う方向で。
そうしてひとしきりぐらぐらされた後、フローが真顔になって言う。
「でもやっぱり一度休憩を入れた方がいいよ。この先にある
「ずるいぞ。そんな目をされたらなにも言えぬではないか」
ツバキは優しい表情を浮かべ、フローの頭を撫でた。
だが両の瞳にはそれでも、
「まあ、確かにそうだな。気は急くが、慌てても仕方ないか」
その
「……師匠には、今しばらく待っていてもらおう」
そして、今回の探し物のことを口にするのだった。
※※※
それは上層——森や岩場の点在する草原とも、中層——立体的に入り組んだ洞窟とも、まったく異なったもの。
ひとつの街である。
民家のような建物がある。
噴水のある広場がある。
そういった集落があちこちにある。
そして、集落から離れた場所には様々な施設らしきものが点在している。
内部のほとんどが大きな水槽で占められた四角い屋敷。
森と湖畔を沿う、ベンチの据えられた
絵、彫刻などが整然と飾られた美術館。
中空を這う線路や見上げるほどの車輪、円形に並んだ作り物の馬など、なんに使うのか、なんのためにあるのかわからない構造物たちが点在する一画。
そんな集落たちと施設群とは、舗装された道路で結ばれている。辺を上り下りするための階段も、鈍色に光る金属でできている。あらゆる風景、あらゆる建物、あらゆる景色が、すべて現行文明ではとても再現できそうにない——どの国ともどの文化とも違う
ただし、暮らしている人間はひとりもいない。
民家にも、広場にも、集落にも。
水槽屋敷にも、自然公園にも、美術館にも、謎の構造物にも。
明らかに人の造った風景であるにも
民家に巣を作り、噴水広場を
冒険者たちが家屋の建材や構造物の破片などを剥ぎ取っても、数日も経てばいつの間にか元通りにになっていて、ここが
曰く『
先代文明の痕跡色濃く、しかしなにひとつとして訳がわからない。
それが『
※※※
そしてその『
探し物は、人だ。
ただし生者ではない。
故に『探し者』ではなく『探し物』だ。
墓を
『剣神』と異名を取ったかつての一級冒険者にして、特級冒険者序列二位の座にあった男——。
キースバレイド=ルビスウォーカーの、遺体である。
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