Ⅰ
「ハルキ」
名を呼ばれた春季が目を覚ますと、眼前に冬香の顔があった。今は薄暗がりのため顔が見えにくかったものの、二卵性とはいえ双子であるゆえにどことなく春季と似通った顔立ちをしている。
「フユ姉」
「おはよ」
素っ気ない挨拶のあと、ゆっくりと身を寄せてきた。同じ毛布内に入っているのもあり、姉の首から下は見えないものの、くっついた部分には布の感触がある。またか、と春季は思った。
「前も秋姉さんに注意されてただろ」
「なんだっけ」
とぼけているのか、あるいは本当に忘れているのか。長年の付き合いであるにもかかわらず、春季にはにわかには判断し難かった。
「もう子供じゃないんだから一人で寝なさいって」
「どうでもいい」
無表情でそう切って捨てる同い年の姉を、非難するようにじっと見つめる。良くも悪くも長年の付き合いゆえ、こういう時は言っても聞かないことが多いというのは心得ているため、言葉よりも目が物を言うというのも知っていた。予想通り、さほど時を置かずに冬香は目を逸らす。
「だって、寒いし」
言い訳するように呟く姉の顔は、暗がりの中でも不貞腐れた表情を浮かべているのがわかった。
「いっぱい、布団をかぶればいいだろ」
「それより、人の方があったかいし」
寒がりな姉らしい言葉ではあったものの、ここで甘やかすと夏子が馬鹿にするようにからかってくるのが目に見えていたうえ、秋穂にいたってはなぜか不機嫌になって冬香ともども正座させられたうえで優しく説教してきそうだったため、受けいれないようにしないとと自らに言い聞かせる。
「それくらい我慢しろよ」
「我慢できないから言ってる」
言葉数こそ少ないものの、はっきりと意思を伝えてくる冬香。この時点で、別にいいんじゃないか、という方に気持ちは傾きかけていたものの、朝になってから他の二人の姉たちにばれたあとが面倒だな、という思いは変わらない。
「だったら、夏姉ちゃんか秋姉さんのところに行って来たらいいんじゃないかな。二人なら、喜んで一緒に寝てくれると思うけど」
捻りだした案を、春季は思いつきながら名案だなと惚れ惚れする。
「やだ」
その思いは、同い年の姉のにべもない拒絶により、数秒もしないうちに砕かれた。
「おれでもおれ以外でも変わんないだろ」
「違うよ。フユはハルキがいいの」
そう言って、より一層くっついてきた。半ばわかっていたことだが、他の姉二人はお気に召さないらしい。そう判断した春季は、どうにかして冬香に穏便に出て行ってもらう方法を考えようとしたものの、結局、案の一つも浮かんでこず、
「わかったよ。その代り、夏姉ちゃんと秋姉さんにばれないようにできるだけ朝早く出て行ってくれよ」
根負けして、両腕を上げ降参した。途端に冬香の顔がぱーっと明るくなる。
「善処する」
柔らかな声。それに気を良くしつつも、今までの経験則では春季の方が冬香より早起きであり、そんな春季よりも他の姉二人の方が起床時刻が早いのを知っているため、おそらく善処は善処で終わるだろうな、という緩やかな諦めの境地に達してもいた。
とにもかくにも感情乏しげな表情ながらもどことなくわくわくした様子の姉と目を合わせながら、眠気に身をゆだねようとする。
「さっきね」
しかし、今日の冬香はいつにもまして口数が多いせいか春季の入眠すらも遮った。
「窓の外を見たら、月明かりに照らされながら降ってる雪が見えたの」
どおりで寒いはずだ。そう思うのと同時に、室内に漂っている冷気がより身近なものに感じられる。直後に冬香が足を絡めてきた。布に包まれた太もも辺りは大分熱をともなっていたものの足先はひやりとしている。
「明日も降ってるかな」
「できれば、止んでほしいな」
咄嗟に本音を吐きだすと同時に、なぜだか冬香の両足が春季の右足を強く締めあげる。
「フユは、明日もチラついてて欲しいな」
どことなく夢見るような口ぶりでそう告げた同い年の姉。そう言えば、フユ姉は寒がりな癖して雪は割と好きだったな、と思い出す。名は体をあらわすというやつなのかもしれないが、それならそれで神様ももう少しこの姉を寒がりでないように作ってくれれば良かったのに、と春季は考える。
「ハルキも、一緒に雪見に行こう」
「雪見、ねえ」
こういう時に、雪合戦だとか雪だるま作りにならないあたりは非常にらしいと春季は感じた。ここら辺はこの姉がなにかと集団行動が苦手なのもかかわっているかもしれない。
「嫌なの」
「いや、いいよ。特に予定もなかったし」
それに球投げはあまりしたくない。心の中で付け加えた言葉は決して口には出さない。
「夏姉ちゃんと秋姉さんは」
「誘わなくていい。二人で行こ」
間髪入れずにそう応じる冬香。春季は苦笑いを浮かべつつも、わかった、と頷いてみせる。もう少し、他の姉二人にも心を開いてくれればいいのに、と考えつつも、これはこれで一人頼られているようで独占欲と自尊心が満たされる気がした。
「明日、楽しみ」
弾んだ同い年の姉の声は、目蓋を閉じた春季の心もまた浮つかせた。
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