第21話:小説家が元編集のお膳立で美少女をエスコートする件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ぼくは今、帝国ホテルのラウンジにいます。

 空塚からつかさんが、崔峰さいほうさんのお見合いをぶっ潰すのに成功しました!


 計画通り! あ、計画通りではないか……。


 絶対に修羅場になると思っていたのですが、とくに修羅場はなかったです。

 ビックリするくらいスムーズに、空塚からつかさんの告白は成功しました。

 空塚からつかさんが、崔峰さいほうさんのおじいさんにみぞおちをぶん殴られるだけで済みました。


 あ、好きな人のお見合いを、コソコソウジウジと隠れて見ている空塚からつかさんを、れんちゃんが見つけて大声で怒鳴った時は、完全に修羅場だったけど。


 空塚からつかさんは生き地獄だったと思います。


 でも、そのあとの空塚からつかさんの告白はめっちゃカッコよかったし、崔峰さいほうさんのおじいさんにみぞおちをぶん殴られてもグッとこらえる空塚からつかさんもカッコよかったです。


 なんにしても、よかった。よーーかったーー 。

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 崔峰さいほうさんのおじいさんは、背筋をしゃんとのばして帝国ホテルのラウンジを出ていった。

 空塚からつかさんは、崔峰さいほうさんのおじいさんが出ていった後もしばらくおじぎをしていた。直角90度のおじぎをしていた。


 もう本当にずっと動かない、石化の呪文を喰らったみたいに、本当にずっと動かない。


「……空塚からつかくん?」


 呪いを解いたのは、ヒゲダンディズムの丙田ひのえだ元編集長だ。

 丙田ひのえだ元編集長に声をかけられた空塚からつかさんは、ゆっくりと顔をあげると、みぞおちを押さえながら顔をゆがめていた。


「おじさま、本当に容赦ないなあ……」


 丙田ひのえだ元編集長は、にこにこしながらスーツの胸ポケットからセルロイド製の万年筆をとりだすと、ナプキンにさらさらと何かを書いて空塚からつかさんに突き出した。


「はい。今日の予定。もう全部予約済みだし、もったいないからかのえちゃんと一緒に行きなよ」


 ぼくは、ナプキンに書かれたメモをにも、注意深く食い入るようにみてしまった。

 歌舞伎座で観劇して、クルージングディナーをして、帝国ホテルのスイートルームに泊まる……もう、めっちゃな豪華な、目眩がしそうなくらいフォーマルダンディズムな完璧なデートプランが記されてあった。


空塚からつかくんは、歌舞伎に詳しいから丁度いいだろ?

 じゃ、あとは若い人同士でよろしくやってくれ」


 そう言うと丙田ひのえだ元編集長は、レシートを持った手をひらひらとふりながら、出口へと向かっていった。でも、数歩ほど歩いてからいきなり振り向くと、


「あ! そうそう、今度、君たちの会社にお邪魔するよ。

 相談したいことがあるから、社長さんによろしく言っといて」


と言って、スタスタとラウンジから出ていった。


 え? どういうこと??


 まあ、いいや、今はそんなことどうでもいいや。

 ぼくは、空塚からつかさんと崔峰さいほうさんを見た。気恥ずかしそうに見つめあっている。

 崔峰さいほうさんは、空塚からつかさんのくれた花束を持っていた。とっても大事そうに持っていた。


 ぼくは、れんちゃんの手をギュッとにぎった。

 れんちゃんは、手をゴニョゴニョと動かして、指をからめてきた。恋人つなぎだ。


「じゃ、ぼくたちはランチして帰ります」


「どこいくか決めてるのか?」


 空塚からつかさんが尋ねた。


「せっかくの銀座だから、ちょっと美味しいもの食べようかなって。オムライスで有名な喫茶店に行こうと思ってます。オムライス、れんちゃんの大好物だから」


「なんだ、歌舞伎座の隣じゃないか。だったら一緒に行こう。せっかくだから奢ってやるよ。ここのレシートも持ってこい」


 ぼくは、空塚からつかさんのお言葉に甘えることにした。

 ぼくとれんちゃんは、恋人つなぎのまま自分たちが座っていた席に行くと、ぼくはレシートを取って、れんちゃんはパンプスをはいた。


 空塚からつかさんはホテルのロビーにツカツカと歩いていって、何かを話していた。戻ってくると、崔峰さいほうさんから花束を受け取って、ロビーにわたして軽く会釈すると、ぼくたちの元に戻ってきた。


「あんなキザなものを持ち歩いて銀座を練り歩いたら、小っずかしいからな。ロビーに預けておくことにした」


 ぼくは「自分が持ってきたんじゃないですか!」と言おうとしたけど、今空塚からつかさんをからかったらみぞおちを殴られかねないから、ぐっと我慢をした。


 ぼくとれんちゃんと、空塚からつかさんと崔峰さいほうさんは、銀座の街並みを数分歩いて、歌舞伎座の隣の老舗の喫茶店に入った。

 そして、オムライス4つと、飲み物を4つ頼んだ。


 ほどなく、チキンライスの上に、ツヤツヤのプルンプルンのオムレツが乗った、オムライスが出てきた。

 フォークを使って、オムライスを「スッ」と切り裂いて、トロトロと流れ出る半熟卵をチキンライスに絡めて夢中になって食べている、ツヤツヤのプルンプルンのお肌のれんちゃんは、もう最高に幸せそうだった。


 可愛い。


 ぼくたち四人は、飲み物を飲みながら少し談笑した。

 空塚からつかさんは、ぼくが改稿した〝乙姫おとひめみなと〟のキャタクター設定をめっちゃほめてくれた。


 嬉しい。


 そして、れんちゃんが描いたキャラクターデザインをめっちゃ褒めてくれた。


 めっちゃ嬉しい。


 そしてそして、一刻も早くメインキャラの設定をあげろと催促された。


 ごもっともだった。


 他にもいろんな話して、飲み物を飲み干したぼくとれんちゃんは席を立った。

 開演時間まですこし間がある空塚からつかさんと崔峰さいほうさんを残して「ごちそうさまです」と、空塚からつかさんにお礼をして喫茶店を後にした。


 ぼくとれんちゃんは銀座線に乗って、終点の渋谷でバスに乗り換えて、家のまん前にあるバス停で降りて家にたどり着いた。


 ぼくとれんちゃんは、履き慣れない革靴とパンプスを脱いで家にあがると、すぐさま着なれていないリクルートスーツから普段着に着替えた。

 ぼくは、脱衣所という名前のキッチンで、れんちゃんは畳の六畳間で着替えた。


「……着替え終わったよ」


 六畳間かられんちゃんの声がした。

 ぼくがふすまを開けると、れんちゃんは、体のラインがピッタリと出る、スーツとタイトスカートから、ゆったりとしたトレーナーと、ゆったりとしたショートパンツに着替えていた。デニールの数値の薄い黒のストッキングはそのままだ。


 れんちゃんは履き慣れないパンプスで痛くなった足を伸ばしてくつろいでいた。ストッキングからすける足の裏がなまめかしかった。


 可愛い。


 ぼくは、れんちゃんの足の裏のなまめかしさにクラクラしながら、パソコンの電源を入れた。


 思いついたからだ。


 帝国ホテルでの出来事を、バスに揺られながらぼんやりと思い出していたら、〝乙女ゲー〟の幼馴染のキャタクター設定が、突然、頭の中に降ってきたからだ。


 ぼくは、テキストエディターを開くと、キーボードをカチャカチャとたたいた。

 れんちゃんは、スケッチブックを開くとシャカシャカと絵を描き始めた。

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