第20話:小説家が覚悟を決めた件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ぼくは今、帝国ホテルのラウンジにいます。

 崔峰さいほうさんのお見合いが始まりました。お相手はフォーマルヒゲダンディズムです。

 着物姿で、深窓の令嬢という表現がぴったりの崔峰さいほうさんととってもお似合いです。


 ぼくは、もう諦めようと思いました。

 でも、れんちゃんはちがいました。


 会社で、毎日お昼に崔峰さいほうさんとランチしているれんちゃんは知っていたのです。


 崔峰さいほうさんが、空塚からつかさんのことが好きなのを知っていたのです。

 そのことを大声でまくしたてた蓮ちゃんは、帝国ホテルのラウンジで注目のまとになっています。

 リクルートスーツにお子ちゃまカップルと、トレンチコートの怪しい男は、注目の的になっています。


 空塚からつかさん……心中お察しします。

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 れんちゃんは、目に滲んだ涙を手のひらでゴシゴシとぬぐうと、すばやく空塚さんの後ろにまわった。

 そして、空塚からつかさんの背中をグイグイと押した。

 ぼくも急いで空塚さんの後ろにまわってグイグイと背中を押した。


 空塚からつかさんは重かった。

 前に進むのを全力でこばんでいた。でも、れんちゃんとふたりでグイグイと押していくと、少しずつ少しずつ前に歩いていった。


 空塚からつかさんは、前に歩きながら、手に持ったサングラスとマスク、それからハンチングをトレンチコートにつっこむと、それをぼくに渡した。


 空塚さんはスーツだった。空塚さんは、アースカラーのスーツをバッチリと着こなしていた。

 出版業界って意外とパーティー多いもの。服装は自由だけど、空塚からつかさんはそういった場には、結構こだわる人なんだ。礼儀にこだわる人なんだ。

 フォーマルだけど、刺し子生地きじのちょっとカジュアル(でも高級)なネクタイを合わせて、ちょっとカジュアル寄りにスーツを大人っぽく着こなして、バッチリと髪をセットしていた。


 空塚からつかさんは、前に歩きながら、ぼくにおっきな紙袋を渡した。紙袋の中にはおっきな花束があった。

 空塚からつかさんは、歩きながらゆるめていたネクタイを「キュっ」てしめると、背中を押しているぼくに手を出した。

 ぼくは、紙袋からおっきな花束を空塚からつかさんの手におくと、空塚からつかさんは花束をもってツカツカと歩いていった。


 ぼくとれんちゃんは、空塚からつかさんの背中を押すのをやめた。

 だけど空塚からつかさんはスタスタと歩いた。おっきな花束を持った空塚からつかさんは、真っ直ぐと、崔峰さいほうさんのもとに向かっていった。


 崔峰さいほうさんは、顔が真っ赤になっていた。

 そんな崔峰さいほうさんの元にまっすぐと歩いていった空塚からつかさんは、おっきな花束をさしだした。そして、


「好きです。おつきあいしてください」


って、一切の迷いなく告白をした。


 カッコイイ!


 森林公園の芝生広場のおっきなススキの前で、告白に失敗したぼくとはえらい違いだ。紅葉もみじ園で告白を仕切り直したぼくとはえらい違いだ。

 余計なことは語らない、めっちゃ男らしい告白だ。カッコイイ!


 帝国ホテルのラウンジは、めっちゃ静かになった。

 さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。(騒いでいたのはれんちゃんだけだけど)


 でも、みんな注目していた。突然始まった告白に、ぼくとれんちゃんはもちろん、崔峰さいほうさんのおじいさんも、お見合い相手のヒゲダンディズムも、ボーイさんも、その他のお客さんも、みんなみんな、空塚からつかさんの告白の行方に注目していた。


 みんなの注目が集まる中、崔峰さいほうさんはしずしずと言葉を発した。


「ありがとう……うれしい。

 わたしも、空塚くんのこと好きだよ。


 でも……無理です。わたしは、崔峰さいほう家を継ぐって決めてるの。

 大学を卒業してからちょっとだけ好きなことやらしてもらって……わがままを言わせてもらって、30代からは崔峰さいほう家を継ぐって最初から決めてたの。

 おじいさまの紳士服店を絶対潰さないって決めてたの。

 わたしが継ぐって……もう、幼稚園の頃から決めてたの。

 ……だから……ごめんなさい」


 みんなの注目が集まる中、崔峰さいほうさんはしずしずと頭をさげた。

 

「ああ、知っている。俺も最初から知っている。

 悪い。迷惑かけたな。じゃ、そういうことで」


 空塚からつかさんは回れ右すると、つかつかと帝国ホテルの出口にむかっていった。無表情だった。


 おかしいよ。両思いなんだよ? 空塚からつかさんと崔峰さいほうさんは、お互い相手が好きなんだよ??

 でも……きっと多分これが大人の世界なんだ。きっとそうなんだ。 

 ぼくは、そう思わないと、自分にそういい気かせないと頭がどうにかなってしまいそうだった。


 ぼくは、空塚からつかさんに、なんて言葉をかけていいのかわからなくて、ただただ黙って見つめていた。

 横にいるれんちゃんも、黙って見つめていた。歯をぐっとかみしめていた。目には涙がうかんでいた。


 ぼくとれんちゃんが無言でいると、意外な人が空塚からつかさんに声をかけた。


「ちょっと待ってよ。君、空塚からつかくんだよね?」


 声をかけたのは、意外な人だった。崔峰さいほうさんのお見合い相手のヒゲダンディズムだった。


 空塚からつかさんは、声をかけられ振り向いた。そしてめっちゃ驚いた。


「えぇ! 丙田ひのえだ編集長!?」


「いやいや、僕は9月で退陣したよ。今は単なるプー太郎。

 てか、かっこいいじゃない空塚からつかくん。

 素敵な告白だったよ。小説のワンシーンみたいだ」


 丙田ひのえだ編集長と呼ばれたヒゲダンディズムはにこやかに答えた。


 え? どういうこと?


 編集長ってことは、空塚からつかさんが小説を書いてるレーベルの編集者さん? てか知り合い? てか空塚からつかさん、知り合いが目の前にいたのに今までずっと気づいてなかったの?? どんだけ告白するのにテンパってたの?(人のこと言えないけど)


 空塚からつかさんはビックリしていた。もう本当にビックリしていた。鳩が豆鉄砲を喰らったって表現があるけど、あれってきっと、今の空塚からつかさんのために使う言葉だと思う。


「と、遠縁の会社を継ぐって言ってたの、崔峰からつかさんの実家だったんですか!?」


 豆鉄砲の空塚からつかさんが聞くと、ヒゲダンディズムの丙田ひのえだ編集長(あ、元か……)は答えた。


「明治から続く老舗中の老舗紳士服店を、潰すわけにはいかないからね。我が国が誇る素晴らしい伝統技術をみすみすと潰すなんて耐えられない。

 だから婿養子にはいって、〝裁縫さいほう紳士服店〟のオーナーになる予定


 え? どういうこと??


 ヒゲダンディズムの丙田ひのえだ元編集長は、崔峰さいほうさんのおじいさんを見て話した。


「おじさま、今回の縁談はということでよろしいですよね?」


 え? え? どういうこと??


「ああ、もちろんだとも……」


 崔峰さいほうさんのおじいさんはウンウンとうなずいた。


 え? え? え? どういうこと??


 崔峰さいほうさんのおじいさんは、崔峰さいほうさんを見た。めっちゃ優しい顔をして崔峰さいほうさんに尋ねた。


かのえ、なぜ好きな人がいたのに言ってくれなかったんだい?」


「だって……わたしは〝裁縫さいほう紳士服店〟をつぐ運命があるから……跡継ぎを産まないといけない運命だから。

 だって……ぜったいに〝裁縫さいほう紳士服店〟を潰したくないから……」


「ありがとう……かのえは優しいね。でもおじいちゃんはね、かのえが幸せになるのが一番なんだよ。

 おじいちゃんはね、かのえのひ孫がみたいんだよ。おじいちゃんは、それが一番うれしいんだよ」


「でも、〝裁縫さいほう紳士服店〟はどうなるの?」


「聞いただろう、〝裁縫さいほう紳士服店〟は、丙田ひのえだのとこの坊やの忠治ひちゅうじくんが面倒をみてくれる。かのえは好きにしなさい」


 崔峰さいほうさんのおじいさんは、空塚からつかさんを見た。めっちゃ厳しい顔をして空塚からつかさんに尋ねた。


「君、名を名乗りたまえ」


空塚からつか克己かつみです」


かのえを一緒幸せにすると私に誓えるかね」


「誓います!」


「婿養子に入るのは?」


「問題ありません!」


「一刻も早くひ孫の顔を見せてくれるかね!?」


「はい!!」


「なるほど……」


 そう言うと、崔峰さいほうさんのおじいさんは、空塚からつかさんのみぞおちを思いっっっっっっきりなぐった。


「うぐ……」


 空塚からつかさんは、一瞬うめき声をあげたけど、すぐに姿勢をただすと崔峰さいほうさんのおじいさんの顔をまっすぐと見た。無表情で見た。


「ふん、悪くないだろう。克己かつみくんとやら、かのえをよろしく頼む!」


 そう言って、崔峰さいほうさんのおじいさんは出口に向かっていった。その背中は背筋がしゃんと伸びて、グレーのストライプのスーツもシャキンと伸びていた。


 カッコ良かった。


「ありがとうございます!!」


 空塚からつかさんは、礼儀正しく、シャキンと直角90度のおじぎをすると、崔峰さいほうさんのおじいさんが見えなくなるまで、ピクリとも動かなかった。


 カッコ良かった。

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