第19話:リクルートスーツの美少女が頼もしすぎる件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ぼくは今、帝国ホテルにいます。

 リクルートスーツを着て、めっちゃ高いブラックコーヒーを飲んでいます。目の前ではリクルートスーツを着た猫舌のれんちゃんが、ふぅふぅと息を吹きかけながら、角砂糖ふたつでミルクたっぷりの、めっちゃ甘いミルクコーヒーを飲んでいます。


 可愛い。


 しまった! またうっかりれんちゃんの可愛さに思考を持っていかれました。

 それどころではないのです。ついに崔峰さいほうさんのお見合いが始まってしまいました。空塚からつかさんがまだ来ていないのにお見合いが始まってしまいました。このままでは崔峰さいほうさんは、半年後には婚約して、来年の今頃は結婚です。来年の3月には、弊社を寿ことぶき退職してしまいます。


 空塚からつかさん、本当にいいの? 本当に本当にいいの??

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 れんちゃんの視線の先には、着物姿の崔峰さいほうさんがいた。

 グレーのストライプのスーツを着た、ロマンスグレーの老齢の紳士にエスコートされている。(崔峰さいほうさんのおじいさんかな?)


 崔峰さいほうさんは、赤い着物を着ていた。落ち着いた色合いで紅葉もみじをあしらった着物をきた崔峰さいほうさんは、とても大人の女性に見えた。

 夏コミで、猛暑のなかマスクとサングラスをして、紫色の魔法少女のコスプレをしているぼくを、望遠レンズで激写しまくっていた人と同一人物だとはとても思えない。


 どっからどうみても深窓のご令嬢だ。


 深層のご令嬢だけど、真相はオタクで、60代の白髪の執事が好みのタイプの崔峰さいほうさんは、しずしずと歩いて、ラウンジの奥にいる男性客のテーブルの前で止まった。


 男性客はオールバックで、40代くらいに見える。そして口ヒゲをはやしていた。

 ヒゲのダンディズムな人だった。


 まちがいない、崔峰さいほうさんのお見合い相手だ。


 崔峰さいほうさんは、しずしずとおじぎをすると、おじいさんに椅子をひいてもらって、しずしずと座った。

 お見合い相手のヒゲダンディズムは、こなれた感じで手をあげて、こなれた感じでボーイを呼び、こなれた感じで注文をすませて、こなれた感じで崔峰さいほうさんと会話を始めた。

 こういったフォーマルな場に、とても慣れている感じだった。

 

 フォーマルヒゲダンディズムだ。


 ぼくは、お茶漬けで有名なメーカーがやっている定食屋のセットメニューと同じ値段のコーヒーをすすりながら、崔峰さいほうさんは、住む世界が違うんだなって痛感した。

 無理してリクルートスーツ着て、緊張した震える手で、メニューの中で一番安いコーヒーをふたつ注文するのが精一杯の庶民なぼくとは、別の世界の住人なんだなって思った。


 ぼくが普段見ていた崔峰さいほうさんは、世を忍ぶ仮の姿なのだ。

 可愛い女の子が大好きで、復活した仮面ライダーが大大好きで、60代の白髪執事が大大大好きな、小さなゲーム会社のCGデザイナーの崔峰さいほうさんは、世を忍ぶ仮の姿なのだ。


 オフィシャルな崔峰さいほうさんのラブとピースは、ヒゲダンディズムな世界にあるんだ。

 ヒゲダンディズムとお見合いして、婚約して、結婚して、跡取りを授かるご令嬢なのだ。それがオフィシャル崔峰さいほうディズムなんだ。


 これは、ダメだ。本当にだめだ。


 空塚からつかさん、こなくて正解だったんじゃないかな。

 あんなお似合いのお見合いカップルそうそういないんじゃないかな?

 だってまるで大正時代みたいだもの。大正ロマンが抜け出てきたみたいだもの。


 こんなお似合いのお見合いカップルの間に入って告白するなんて、いくらなんでも無理なんじゃないかな?

 もう、あきらめよう。発子はつこさんもあきらめてください。

 頑張ってCGデザイナーの求人をして、優秀な人を見つけてください。


 ぼくは、ずいぶんとぬるくなったブラックコーヒーを飲み干した。

 そして、れんちゃんを見た。

 れんちゃんは睨みつけていた。すっごい「むっすー」って顔をして、一点を睨み続けていた。


 怖い。


 え? なんでそんな顔をしているの?

 ぼくはれんちゃんの視線の先を見た。


 茶色いトレンチコートとハンチングで、マスクとサングラスでおっきな紙袋をもった怪しい男がいた。


 え? あれってまさか……?


 ガチャン!


 突然テーブルが揺れた。ぼくが驚いて振り返ると、れんちゃんが両手でテーブルを叩いて立ち上がっていた。

 れんちゃんはパンプスをぬぎすてると、黒のストッキングでもふもふと高級そうな絨毯を踏みしめながら、マスクとサングラスの怪しい男の前に向かっていった。


 怪しい男は「ギョッ」として逃げようとしたけど、れんちゃんは猛ダッシュでおいかけると、トレンチコートの襟をつかんでおっきな声でどなった。


空塚からつかさんのいくじなし!!!」


 やっぱりそうだよね。空塚からつかさんだよね。

 空塚からつかさんは、サングラスとマスクを取った。そしてハンチングも取った。空塚からつかさんの髪はバッチリとセットしてあった。

 髪型がバッチリと決まっている空塚からつかさんは、れんちゃんに消え去りそうな声で、でも感情をあらわにして叫んだ。


「(ケフちゃん! 勘弁してくれよ!!)」


 空塚からつかさんは、明らかに焦っていた。

 わかる、すごくわかる。ぼくだったらこんな恥ずかしいところ好きな人に見られたくないもん。


 崔峰さいほうさんと、崔峰さいほうさんのおじいさんと、ヒゲダンディズムが、ぽかんとしながらコッチを見てるんだもん。控えめにいって地獄だもん。

 そんな地獄の空間で、れんちゃんはおっきな声でまくしたてた。


空塚からつかさんは、崔峰さいほうさんのこと全然わかっていない!!」

 なんで崔峰さいほうさんが、仮面ライダー好きなのか知ってますか!?

 なんで60代じゃない仮面ライダーの主人公が好きなのか知ってますか!?」


 空塚からつかさんが吐き捨てるようにいった。


「そりゃ……イケメンが好きなんだろうよ」


「そうです! 女の子はみんなイケメンが好きなんです!」 


「じゃあ次の質問!

 なんで崔峰さいほうさんが60代の執事のおじさまが好きなのか知っていますか!」


「そりゃあ……崔峰さいほうさんがおじいちゃん子だからだろうよ」


「そうです! でも半分不正解です!

 崔峰さいほうさんのおじいさんは執事じゃないです。

 60代の執事はに居るんです!」


 え? どういうこと??


崔峰さいほうさんは、空塚からつかさんの小説の執事のキャラクターが好きなんです!! 本当に本当に大大大好きなんです。

 あなたは、崔峰さいほうさんのとんでもないものを盗んでいったんです!!」


 え! そういうこと!?


「それに仮面ライダーの主人公の俳優さん、空塚からつかさんにちょっとだけ似てなくもないです!!」


 い……いや……いやいや、似てないよ……全く似てないよ。

 でも……髪型とか似てないでもないようでもない……。


「いいですか、空塚からつかさん! 理想と現実は違うんです! 二次元と三次元は違うんです! 一般人はイケメン俳優とはお付き合いはできないんです!!

 崔峰さいほうさんはそれがちゃーんと区別できる人なんです。

 不器用なわたしなんかとは全然違う大人のカッコイイ女性なんです!!


 でも……でもですよ!


 区別しすぎなんです! 現実を諦めすぎなんです!!

 現実にシビアすぎるんです!!

 お家の跡を継がないといけないのはしょうがないかもです。

 跡継ぎを迫られているのもしょうがないかもです。


 でも、でもですよ……せめて……結婚相手くらい……崔峰さいほうさんの夢を叶えてあげたっていいじゃないですか!! この人でなし!!」


 れんちゃんの目には光るものがあった。れんちゃんは手のひらで目をぐしぐしとこすると「キッ!」って空塚さんを睨んだ。


 れんちゃんの声はおっきかった。だから、ホテルのラウンジにいる人の全員が、れんちゃんと空塚からつかさんを見ていた。


 そしてもちろん、崔峰さいほうさんも、崔峰さいほうさんのおじいさんも、お見合い相手のヒゲダンディズムも、れんちゃんと空塚からつかさんを見ていた。

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