第17話:あきらめたらそこで試合終了な件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ちょっと……いや随分と苦しい理由で仮眠室の布団を干そうとしていたぼくは、、来年の3月で崔峰さんが会社を辞めることを知ってしまいました。


 なんでも、お婿さんをもらって実家にある紳士服の仕立て屋さんを継ぐそうです。

 でもって、そのお婿さんとのお見合いは明日だそうです。


 ストライクゾーンが60代の白髪紳士が大好きな崔峰さいほうさんは、意外と現実思考でした。(失礼)

 言葉のセンスは独特ですが、自分が置かれている境遇をしっかりと把握している大人の女性でした。


 ……でも、本当にいいのかなぁ。

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 ぼくは、仮眠室で息を殺して、聞こえてくる、崔峰さいほうさんと発子はつこさんの話を聞き続けた。


「で……最近たまーにやってる、刑事ドラマが最高に面白いんですよ。主人公が紅茶が大好きで、英国紳士っぽくて最高なんです! 

 あの俳優さん、もう最っっっっっっっっ高ハマり役です! あれは絶対、二十年以上続くレギュラー番組になると妄想し……すぎした……りなんかしちゃってます」


「おやおや? わたしはその俳優は、熱血教師や探偵の弟分のイメージが強すぎるのだがね……細かいことが気になるわたしの悪いクセ……あ、そういえば崔峰さいほう! 最後にひとつだけ……」


 崔峰さいほうさんと発子はつこさんの話題が、いつの間にかテレビドラマの話になっていたから、ぼくはテキパキと敷布団と掛け布団をたたんで窓際まで運んで、ベランダのサッシを雑巾で拭いたあとに丁寧に干した。外はもう暗くなり始めている。(この時間に布団を干す効果あるのかな? われながら、ちょっと苦しい)


 ぼくは、布団を星終えると時計を見た。5時5分前だった。


 今から出れば、発子はつこさんも頼まれた写真のフィルムの現像がちょうど出来上がるタイミングだ。でもって、帰ったら完全に暗くなる前に布団を取り込んでしまおう。


「すごい! カンペキ! 問題なし一文いちもんなし!!

 乙姫おとひめみなとくんがローディングサンダー!

 この調子で、乙姫おとひめくんの執事もお願いします!!」


 崔峰さいほうさんがスケッチブックを持って、れんちゃんのイラストを褒めていた。

 れんちゃんは、憧れの先輩の崔峰さいほうさんからお墨付きをもらって、真っ黒な墨汁のような髪の毛をゆらして喜んでいた。


 可愛い。


 れんちゃんの目は、ちょっと光っていた。そんな光った目を、れんちゃんは照れながら手のひらでこすった。


 良かった。本当に良かった。


 ぼくは、崔峰さいほうさんに太鼓判を押してもらったれんちゃんを見ながら、スリッパからスニーカーに履き替えて会社を出た。


 ぼくは、オシャレ可愛い制服を着たスポーツやってそうなボーイッシュ女子高生として、駅前で注目の的になり、商店街で注目の的になり、写真屋さんのお兄さんの注目の的になった。


 そして、暗めの緑色のウィッグかぶった女子高生が、あざと可愛いかったり、ままならない表情をしている写真と、美少女のおっぱいにはさまれて爆睡していた青年が飛び起きてめっちゃ慌てふためくまでの一部始終が激写された写真を、現像代を支払って、領収書といっしょに受け取った。


 そして、会社のある保険会社のビルに入ると、エレベーターの前にいる空塚からつかさんと遭遇した。


「お、けっこうな羞恥プレイだな」


 空塚からつかさんがニヤニヤしならが言ったから、ぼくは、


「はい。発子はつこさんに、まだ乙姫おとひめみなとのキャラクターがつかみきれていないから、この格好で行けって言われました。

 大好きな人のおっぱいに挟まれて寝ていた、いくじなしの男の写真を現像しに行けって言われました」


って返した。


 空塚からつかさんは、一瞬むっとした顔になったけど、すぐに真顔になって、


「まあ、両思いのお前らとは違うからな。崔峰さいほうさんはめちゃくちゃ年上好きだ。徹底的な枯れ専だ。年下の俺なんかハナっから眼中にない」


って言った。


 エレベーターが来た。ぼくと空塚からつかさんは中に入ると、ぼくは4階のボタンを押した。

 ぼくは、エレベーターの扉を見つめたまま、つまり空塚からつかさんを見ないで独り言のようにしゃべった。


「明日、崔峰さいほうさん、帝国ホテルでお見合いだそうです」

「ふーん。それで」


 空塚さんは独り言のように返してきたから、ぼくも独り言のように返した。


「いいんですか?」

「しゃーない」

「告白ぐらいは、しといた方がいいんじゃないですか?」

乙葉おとはにはカンケーない」

「……………………」

「……………………」


 会話の間が開くと、すぐにエレベーターは四階についた。

 扉が開くと発子はつこさんがいた。もう五時をすぎている。息子の七騎ななきくんを保育園にお迎えにいく時間だ。


 でも、ちょっと様子がおかしい。発子さんは仁王立ちをしていた。布製のトートバッグと、ブランドモノのバッグを床の上に置いて仁王立ちをしていた。


 え? どういうこと??


 発子はつこさんは仁王立ちのまま、空塚からつかさんの顔を見て言った。


「あきらめたらそこで試合終了ですよ」


 発子はつこさんは、床に置いてあった布製のトートバッグと、ブランドモノのバッグを肩にひっかけると、ぼくから現像した写真の入ったビニールを受け取ってツカツカとエレベータの中に入っていった。

 それから回れ右してエレベーターのボタンを押すと、


「あ、ちなみにこれは独り言なんだけれどもね。崔峰さいほうのお見合いは明日11時30分だからだそうだ。

 告白はそこですればいいのではないかい?

 ホテルのラウンジで告白なんて洒落てるね! ホテルの場所は、乙葉おとはくんに聞けばいいんではないかい? そんじゃ、おつかれ!」


 発子さんが独り言を言い切ると、エレベーターの扉は音もなく閉じた。


 え? どういうこと??


 ……あきらめたらそこで試合終了ですよ……


 もしかしてだけど……本当にもしかしてだけと、崔峰さいほうさんのお見合いの最中に、空塚さいほうさんに告白しろって言った?


 あと……ひょっとしてぼく、空塚さんの告白をサポートしろって命令された?? 崔峰さいほうさんのお見合いを、ぶっ潰せって……命令された??


 ……あきらめたらそこで試合終了ですよ……


 もしかしてだけど……発子はつこさん、崔峰さいほうさんが辞めるの、反対している? 空塚からつかさん、崔峰さいほうさんを付き合わせて、会社を辞めるのを止めさせようとしている???


 ……あきらめたらそこで試合終了ですよ……

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