第7話:美少女から濁点が取れた件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ぼくは今、社長の発子はつこさんに命令されて、れんちゃんに告白をしてOKをもらって、デートをした後の帰り道です。


 夢のような時間でした。


 そして、社長の発子はつこさんに命令されて、大きな蕎麦シフォンケーキを抱えて会社に向かっています。


 冷静に考えると、意味がわかりません。


 あと、よくよく考えたら、そもそも〝乙女ゲー〟を作れ! と命令されていたので、〝乙女ゲー〟について考える必要があるんだけど、その前にどうしても社長の発子はつこさんに伝えたいことがあるのです。絶対に伝えたいことがあるのです。


 姉さん! ぼく、ガンバルよ!

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 ぼくとれんちゃんは、会社に戻った。会社はとある保険会社の4階にあった。

 ぼくは、大きな蕎麦シフォンケーキを抱えているもんだから、れんちゃんが

裏口のドアを開けてくれて、エレベーターのボタンを押してくれた。

 でもって、会社のドアも開けてくれた。


 優しい。


 ぼくと蓮ちゃんが、玄関で靴をぬいでいると、偶然、トイレから戻ってきていた空塚からつかさんに出会した。


「おお、ご両人! 初デートお疲れまさです!」


 空塚からつかさんは、ニヤニヤと意地の悪い笑顔で、ぼくとれんちゃんをからかった。


 悪い気はしなかった。


 ぼくとれんちゃんは、置き場所に困った蕎麦シフォンケーキを、とりあえずミーティングルームに置いた。


「はっはっは! お勤めご苦労!」


 ふりむくと、そこに発子さんが、豊満な胸を腕組みで潰しながら立っていた。

 

「早速だが、新プロジェクトの発足を社員に報告したい! とりあえず、君たちの進捗を報告したまえ」


 そういいながら、発子はつこさんは、蕎麦シフォンケーキに占領されたミーティングルームの椅子に座った。


 ぼくは、とりあえず、分かり易く態度で示した。

 れんちゃんの右手をぎゅっとにぎった。


「はっはっは! これはこれは! おめでとう!」


 発子はつこさんは、満面の笑みをうかべながら、ぼくとれんちゃんが、ミーティングルームの椅子に座るのを見た。


「つまりは、そういう事だな! 乙葉おとは君と癸生川けぶかわちゃんは、お付き合いをする! はっはっは! 末長くお幸せに!」


 発子はつこさんの祝辞に、れんちゃんが肩をふるわせた。

 善は急げだ! ぼくはすぐさま発子はつこさんに申告した。


発子はつこさん、れんちゃんのことを、金輪際こんりんざいでください。お願いします」


 発子はつこさんは、一瞬、豆鉄砲をくらったような顔をしたが、すぐに真顔に顔になった。そして、大真面目に尋ねてきた。ぼくではなく、れんちゃんに尋ねてきた。


「なるほど、つまりは、君苗字でイジメられていたのか」


 れんちゃんは、肩をふるわせながら、無言でうなづいた。


「これはすまなかった。本当にすまなかった。いやはや、私はバカだな! 本当にバカだな! 崔峰さいほう的に言えばバカリズムだ!! 本当に申し訳ない」


 発子はつこさんは、机に両手をガッシリつくと、ガッツリと頭を下げて、れんちゃんに謝罪した。


 そう。れんちゃんは、自分の苗字が大嫌いだったのだ〝毛深ちゃん〟とあだ名を付けられた自分の苗字が大嫌いだったのだ。

 陶器のように白くてツルンツルンなお肌をしたれんちゃんのことを〝毛深ちゃん〟なんてセンスのないあだ名をつける人間のイカれた感性がちょっと信じられない。絶対にお友達になれない。


 れんちゃんは、苗字で呼ばれると、イジメられた過去を思い出して萎縮してしまうのだ。

 とにかく、自分の名前の〝濁点〟が大嫌いなのだ。


 けぶかわ れんげ


 この苗字と名前の、〝ぶ〟がとにかく大大大っ嫌いで、〝げ〟が、わりかし嫌いなのだ。


「いやはや、私と全く同じ境遇の世界一不幸な美少女がいたとは!

 わたしもね、この〝丁長ちょうちょう〟という苗字でね、小学生のころから随分とイジメられたものだよ!!

 〝お蝶夫人〟と呼ばれてね。小学生なのに〝夫人〟と呼ばわりされてだね! 男の子に『ざます、ざーますですわ!』とバカにされてね! 枕を涙で濡らしたものだよ!!」


 ……うん? 空塚からつかさんから聞いた話と違うぞ?


 確か、バカにされてムカついたから、両手をガシャコンと組み上げて、人差し指をバキュンと突き立て、イジメっ子を片っ端からカンチョーしまくって、ついでに校長先生もカンチョーしたから、〝カンチョー夫人〟って恐れられていたと聞いたんだけど? 

 空塚からつかさんも、うっかり三回くらい〝丁長ちょうちょうさん〟と口を滑らせてしまって、ガシャコンバッキュンとカンチョーを三回喰らったって聞いたけど……?


 ……ぼく、空塚からつかさんにダマされてた?


 ぼくが、割とどうでも良い誤情報のことを思い出していると、れんちゃんが

ポツリとつぶやいた。さっきからずっと頭を下げている発子はつこさんに向かってつぶやいた。


「頭を上げてください。発子はつこさんは……悪くないです。全然……悪くないです。嫌だって言えなかった私が悪いんです……」


 発子はつこさんは、れんちゃんの言葉を聞いて頭を上げた。笑っていた。


「つまりはあれだ。私に頭をさげさせたのは、乙葉おとは君か! いやーかっこいいねぇ! しびれるねぇ! 乙葉おとは君、かっこいいねぇ! ますます惚れちまったかい?」


「はい。大好き……です」


 発子はつこさんの言葉は、蓮ちゃんは真っ赤になってうなづいた。


 は? どういうこと?


「いやー! 乙葉おとは君はイケメンだねぇ! かっこいいねぇ! 憎いねえ! けどまあ、そんなことは今はどうでも良いねぇ!

 それよりも、今は私の目の前にいる世界一不幸な美少女の呼び名を考えなければならない。こいつは大問題だ!!」


 発子さんは、豊満な胸を腕組みで潰しながら悩み始めた。


 ちょっと意味がわからない。


 あんまりにも意味がわからないので、ぼくは発子はつこさんに思っていることをそのまま聞いた。


れんちゃんで良いのでは?」


「君はバカか! 大馬鹿ものか!!

 我々が、世界一不幸な美少女のマイスイートダーリンと同じ呼び方をして良いわけないだろう! 君はもう少し物を考えて発言をしたまえ!!」

 

 は? どういうこと?


 全く意味がわからないので、ぼくはれんちゃんを見た。

 れんちゃんは顔を真っ赤にして「コクン」とうなづいた。


 え? そういうこと?


「うーん! 難しいねぇ! 〝レンレン〟〝レンたん〟〝レンたそ〟いやいやこれは、むしろ乙葉おとは君が、世界一不幸な美少女とお家でふたりっきりになって、イチャイチャする時に使う呼び名だ! イノセントかつ神聖な絶対領域だ! 我々は踏み込んではならぬ!!」


 は? どういうこと?


 全く意味がわからないので、ぼくはれんちゃんで見た。

 れんちゃんは顔を真っ赤にして「コクン」とうなづいていた。


 え? そういうこと?


「なんとか……なんとか苗字をもじって、うーん、濁点がイヤなんだから……〝けふかわ〟……ん? 〝けふかわ〟?? そうか、閃いた!」


 そういうと、発子はつこさんは、机をバシンと叩いて立ち上がると、大声でさけんだ。


「うぉーい、今すぐ全員集合! 命令」


 発子はつこさんは、ミーティングルームの横にある、ゲーム機だらけの巨大なブラウン管のテレビの前に社員を集めると、大声でさけんだ。


「今日からみんな、このの苗字を呼ぶのは禁止!

 彼女のことは、ペンネームで呼ぶように! 命令!」


 は? どういうこと?


「彼女のペンネームは〝ケフカ〟だ!

 今日から、正社員の〝ケフちゃん〟だ!!」


 は? どういうこと?


 ちょっと意味がわからないから、ぼくが呆然としていると、敏腕ディレクターの鹿島かしまさんが、無表情で肯定した。


「いいですね。ラスボスみたいでミステリアスだ」


 つづけて、小説家兼、シナリーライターの空塚からつかさんもニヤニヤとイジワルな顔をして肯定した。


「同感。ちょっとイカれてる高笑いして登場しそう」


 つづけて、CGデザイナーの崔峰さいほうさんも謎の言語センスで肯定した。


「ステキック! サイケデリックステキッカナブル!」


 つづけて、今まさにタイムカードをガシャコンと打刻して、ウルトラスーパー重役出勤をかましてきたプログラマーの甲林きのえばやしさんが、寝癖だらけで肯定した。


「……よくわかんないけど、それで」


 最後に、顔を真っ赤に染め上げた、蓮ちゃんが、おじぎをしながら肯定した。


「はじめまして、〝ケフカ〟です。呼び辛かったら〝ケフちゃん〟って読んでください。よろしくお願いします」


 これが、後に00年代に一世を風靡ふうびした、天才イラストレーター。

 〝ケフカ〟の誕生の瞬間だった。


 愛称は〝ケフちゃん〟。

 プロフィールは完全非公開の、天才イラストレーターだった。

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