第6話:男の娘が〝末小吉〟を、美少女が〝大大吉〟をひいた件。

__________________________

【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 ぼくはれんちゃんに告白をして、OKをもらいました! 


 ぼくは、社長の発子はつこさんと、先輩の崔峰さいほうさんと、空塚からつかさんと、鹿島かしまさんと、植物公園のチケット売り場のおばさんと、植物公園の裏門のおじさんに背中を押されたて、紅葉もみじ園で告白に成功しました。


 天にも昇る気分とは、まさにこの事です!


 しかも、まだデートを続けていいみたいです。お寺の境内の散策をして、お寺のそばにある参道を散策して、お茶してもいいらしいです。


 ちょっと意味がわかりません。


 姉さん! ぼく、こんなに幸せになってしまって、どうすればいいんだろう……。

__________________________



 ぼくは、しっかり、しっかり、しっかり、しっかり、お願い事をしたれんちゃんと一緒に、発子はつこさんに言われた通り、おみくじを引くことにした。


 ひとり百円だったから、財布から百円玉を二枚出すとれんちゃんが、


「自分のおみくじは自分のお金で引きます!」


と、真剣に、圧強めに自分でお金を出すことを誇示した。


 可愛い。


 ぼくとれんちゃんは、互いに百円玉をおみくじの前の料金入れにチャリンと入れて、おみくじをひきあった。

 ぼくは〝末小吉すえしょうきち〟で、れんちゃんは〝大大吉だいだいきち〟だった。


 〝末小吉すえしょうきち〟と〝大大吉だいだいきち〟? なんじゃそれ?


 ぼくの〝末小吉すえしょうきち〟には、こんなことが書いてあった。


『人生は、激流を流れる笹の葉のごとく、よろずままならず。ゆえに流れに身を任せ、激流をくだるべし。何事も辛抱しんぼう強く耐えるべし。くだった先は大海とならん』


 なんじゃそれ?


 あと、『恋愛:道険し。よろずままならず』『待ち人:沢山いる。ままならず』『仕事:ままならず。他人より盗め』と書いてあった。


 なんじゃそれ? ままならないにも程がある。


 ちなみに、れんちゃんの〝大大吉だいだいきち〟にはこんな事が書いてあった。


『人生花開く。陽の当たる道を散策するがごとく。ときにかげるもそれはうるおいいの雨。よろずうまくいく。その幸せは、もっとも身近な人物がもたらす。感謝の念をわすれぬこと』


 いいなぁ。


 あと、『恋愛:よろずうまくいく』、『待ち人:すでに来たりし。うまくいく』『仕事:大器なり。僥倖ぎょうこう得てうまくいく』と書いてあった。


 いいなぁ。うまくいくにも程がある。


 ぼくとれんちゃんは、おみくじを境内の庭に結んだ。

 ぼくは、よろずままならない〝末小吉すえしょうきち〟を、れんちゃんは、よろずうまくいく〝大大吉だいだいきち〟を境内の庭に結んだ。

 正確には、れんちゃんが結んだおみくじは、たゆんたゆんのゆるんゆるんだったから、ぼくが「きゅ」って結び直した。


「ありがとう」


 れんちゃんは、ドジなメイドロボットのような、はにかんだ笑顔を見せた。ただ、おみくじを「きゅ」って結び直しただけの、ぼくのためだけに可憐に笑ってくれた。


 可愛い。


 そのあと、ぼくとれんちゃんは、お寺のすぐそばにあるお茶屋さんで、蕎麦まんじゅうをふたつ買った。

 ぼくが、蕎麦まんじゅうをもごもご食べていると、れんちゃんは、蕎麦まんじゅうを「ふーふー」と吹いていた。


 可愛い。


 ぼくは、蕎麦まんじゅうを食べ終わると、無料の蕎麦茶を紙コップに注いだ。


 暖かかった。


 ぼくは蕎麦茶をふたつの紙コップにそそいで、ひとつをれんちゃんに渡そうとしたけど、熱さに耐えながら蕎麦まんじゅうを可憐にもごもごと食べるれんちゃんを見て、紙コップを「ふーふー」した。

 そして、かなり「ぬる〜く」なってから、れんちゃんに手渡した。


「ありがとう」


 れんちゃんは、ドジなメイドロボットのような、はにかんだ笑顔で笑った。ただ、蕎麦茶を「ふーふー」しただけの、ぼくのためだけに可憐に笑ってくれた。


 可愛い。


 蕎麦まんじゅうと、蕎麦茶を飲んだぼくとれんちゃんは、お茶屋の向かいにあるお蕎麦屋さんに入った。


『名物、蕎麦シフォンケーキ! 御予約うけたまわります!!』


と張り紙があったので、多分ここが発子はつこさんがケーキを予約しているお店なんだろう。


「いらっしゃいませー。あらー学生さん? デート? いいわねぇ」


 店員のおばさんがほがらかに、ぼくとれんちゃんの繋いだ手を見ながら出迎えてくれた。


「あの……ケーキを予約していると思うんですけど」


「あらー、あなたたちが発子はつこさん所の!

 いやぁーねぇ、わたしってば、学生さんと間違えちゃった!

 じゃ、こっちに座って座って!」


 ぼくとれんちゃんは、店員のおばさんに案内されて、だれもいないお店の中をスタスタと歩き、靴を脱いで座敷席に座った。紙で作った三角形の〝御予約席〟の札が置いてあった。御予約席からは、手入れの行き届いた素晴らしい中庭の絶景が楽しめた。


 店員のおばさんは、〝御予約席〟の札を素早くとって引き返すと、程なくしてお盆に蕎麦茶とお茶請けの揚げ蕎麦を持ってきた。


 ぼくがメニュー表を見ながら注文(ぼくは「いそべ巻き」、れんちゃんは「おしるこ」)を頼もうとすると、店員のおばさんは、ぼくの手から素早くメニューをひったくってほがらかに言った。


「いーのいーの! オーダーも、お代も、もう発子はつこさんからいただいているから!」


 そう言うと、店員のおばさんは素早く引き返して、程なくして、トンデモナイ大きなケーキを持ってきた。

 三段重ねで、クリームでコーティングされたそれは、まるでウエディングケーキみたいだった。


「はーい、これ、発子はつこさんのご注文の品よ!」


 店員のおばさんはほがらかに言って、他の店員さん数人をひきつれてウエディングケーキみたいな蕎麦シフォンをぼくとれんちゃんがいるテーブルの上に置いた。

 ウエディングケーキみたいな蕎麦シフォンケーキには、真ん中におっきなチョコレートのプレートがあって、


乙葉おとは君、癸生川けぶかわちゃん、末長くお幸せに!! by社員一同』


と、書いてあった。


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 ぼくとれんちゃんは、店員のおばさん他数名の心からの暖かい拍手で祝福された。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます」


 ぼくとれんちゃんは、顔を真っ赤にしながら、お礼を言った。


「いいわねぇー」

「青春ねー」

「若さっていいわよねぇー」

「本当ねぇー」


 店員のおばさん他数名が、ほがらかに感想を言い合いながら去っていくと、ぼくとれんちゃんは、恥ずかしくてたまらないチョコレートプレートを慌てて取り外して、7:3にパッキリ折って急いで食べ始めた。

 チョコレートプレートは、とびっきりにあまっあまっだった。ぼくとれんちゃんは、蕎麦茶を三回おかわりをして、どうにかこうにかたいらげた。

 


 ポーン


「毎度、◯◯バスにご乗車いただき、誠にありがとうございます」


 ぼくとれんちゃんは、どうにかこうにか、恥ずかしくてたまらないチョコレートプレートをたいらげて、帰りのバスに乗っていた。シフォンケーキは、お土産につつんでもらった。とても社員全員で食べ切れる量じゃなかったから、中段のふつうの大きさのシフォンケーキは、店員のおばさん他数名におすそわけした。


 ぼくは、一段目の巨大蕎麦シフォンケーキをなんとか抱えて、れんちゃんは最上段の小さい蕎麦シフォンケーキを可愛く抱えて、ゆるゆると坂をくだっていくバスにゆられていた。


 ぼくは、ずいぶんと抵抗がなくたったれんちゃんとの会話をたどたどしく楽しみながら、バスの中でずっと手をつないでいた。


 そして、理解した。


 なぜ、れんちゃんが、癸生川けぶかわさんと呼ばれて告白されるのを拒んだのか。

 そしてその理由は、絶対に発子はつこさんに報告しなければならないと思った。会社に戻ったら、開口一番、そのことを発子はつこさんに告げようと心に決めた。


 ポーン


「次は、〇〇駅北口。『暮らしの中の散歩道』。商店街のダイアスタンプカードを集めて……」


 ピンポーン


「次、停車します」


 ぼくは、バスの乗車ボタンを押した。程なくバスは停車して、ぼくは二人分の運賃を支払って下車をした。


 ぼくは、巨大蕎麦シフォンケーキをなんとか抱えて、れんちゃんは、小さな蕎麦シフォンケーキを可愛く抱えて、駅のホームの先にある、駅から徒歩1分の会社をめざした。

 ぼくが、巨大蕎麦シフォンケーキを両手で抱えているものだから、れんちゃんはとは手を繋げていなかった。


 寂しい。


 でも、れんちゃんはぼくの真横を一緒に歩んでくれていた。

 夕方になる前の、ゆっくりと倒れた太陽の日差しが、れんちゃんの黒髪をキラキラとオレンジに輝かせて、陶器のような白い肌をじんわりとオレンジに染めていた。


 綺麗だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る