第5話:告白後のお願い事が、しっかりしすぎた件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 試用期間中のデザイナーの癸生川けぶかわさんに、社長命令で告白することになりました。


 ぼくは、社長の発子はつこさんと、先輩の崔峰さいほうさんと、空塚からつかさんと、鹿島かしまさんと、植物公園のチケット売り場のおばさんと、植物公園の裏門のおじさんに背中を押されたて告白をしようとしたら、癸生川けぶかわさんにさえぎられました。


 ぼくは、ガッツリ落ち込みました。


 でも、告白はしてもいいらしいです。なんでも、癸生川けぶかわさんは、名前を呼んで欲しいらしいです。

 れ、れれ、れんちゃんと呼ばれて告白されたいらしいです。


 ちょっと意味がわかりません。


 あと白状すると、ぼくは今、めちゃくちゃ嬉しいです。天にも登る気持ちです。

 だって、れ、れ、れんちゃんとお付き合いできるからです。


 姉さん! ぼく、どうすればいいんだろう……。

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 ぼくは、抜けるような青空の中尾、巨大ススキを背にして、芝生をもふもふと踏みしめながら歩いて行った。


 告白を仕切り直すためだ。


 ぼくは、紅葉もみじ園で告白を仕切り直すことにした。癸生川けぶかわさん……じゃない、れ、れんちゃんも、芝生をもふもふと踏みしめながら、ぼくの三歩後ろをついてきた。 


 紅葉もみじ園はすごかった。一面が真っ赤だった。


 上を見上げると、枝振りは豊かに真っ赤に染まっていて、足元も、落ち葉で一面真っ赤に染まっていた。


 綺麗だった。


 あまりの光景に、ぼくは歩みを止めて息を飲んでいると、癸生川けぶかわさん……じゃない、れんちゃんがいつの間にかぼくの右側に立っていた。ぼくの右側で、真っ赤な紅葉もみじ園に息をのんでいた。


 綺麗だった。


 息を飲んでいると、風が吹いた。数えきれない紅葉もみじが枝からこぼれ落ちて、宙を舞った。一面が真っ赤になった。


 綺麗だった。


 れんちゃんは、ぼーっと紅葉を見ていた、紅葉もみじ見惚みとれていた。美しい紅葉の海にたたずんでいた。


 綺麗だった。


 風がやむと、紅葉が一枚、れんちゃんの肩に乗った。オーバーオールの上に羽織った白いカーディガンの上に乗った。赤い紅葉もみじが白いカーディガンに映えた。ことさらに赤く映えた。


 綺麗だった。


 ぼくは、れんちゃんの肩に乗った紅葉をそっと取った。それに気づいたれんちゃんは、陶器の様な白い肌を真っ赤に染め上げた。


 綺麗だった。


 ぼくは、れんちゃんに告白した。


れんちゃん、初めて見た時から大好きでした」


 れんちゃんの顔が、さらに赤くなった。


 綺麗だった。


発子はつこさんに言われたからじゃないです。本当に純粋に、ずっとれんちゃんが好きだから、告白します。

 れんちゃん、好きです。付き合ってください……」


「…………………はい……………おねがいします」


 れんちゃんの顔が、ことさらに赤くなった。真っ赤になった。こんなに綺麗な赤色は、見た事がなかった。紅葉もみじ園は一瞬に色あせた。それくらい、れんちゃんの真っ赤に染まった顔は、圧倒的に美しかった。


 綺麗だった。


 ぼくは、すっと右手をだして、れんちゃんの左手をにぎった。


 冷たかった。


 れんちゃんの左手は、秋の抜けるような青空のなかの澄んだ空気にさらされて、冷たくなっていた。ぼくは、冷たい左手をぎゅっとにぎって、紅葉もみじ園を歩いた。真っ赤に染まった紅葉もみじの絨毯をサクサクと踏みしめながら、歩いて行った。


 れんちゃんは、ぼくの右側で、紅葉の絨毯をサクサクと踏みしめながら、一緒に歩いた。ぼくは、小さなれんちゃんに合わせて、ほんの少しだけ歩幅に小さくして、れんちゃんといっしょに、紅葉の絨毯をサクサク、サクサクと歩いて、植物公園の入り口に向かって行った。


 ぼくとれんちゃんが、手を繋いで植物園から出ようとしたら、おばさんがほがらかに声をかけてきた。


「あらー、あらあら! お幸せに!!」


 ぼくが、れんちゃんと一緒にほほを赤めていると、突然、ポケットが鳴り始めた。


 プルルルル


 携帯電話だった。正式にはPHSピッチだった。今年の夏に、購入したばかりのPHSピッチだった。発子はつこさんからだった。

 ぼくは、慌ててれんちゃんと手を離すと、ズボンのポケットからPHSピッチを取り出して電話に出た。


「はい、乙葉おとはです」


(あー、乙葉おとは君! いまどこ?)


「まだ、植物公園です。今から帰ります」


(おお! そいつは丁度ちょうどよかった、ちょっとお土産を買ってきてくれたまえ。〝蕎麦シフォンケーキ〟が食べたくなったのだよ。植物公園のそばのお寺の参道のお蕎麦さんの名物だから、買ってきてくれたまえ。ホールケーキの予約を入れたから。今、焼いてもらっている。お店で「予約した発子はつこです」と、言えば通じるから。

 ついでに、君たちもお茶して帰ってきたまえ。あ、その前にお寺を参拝して、おみくじを引きたまえ! ついでにすぐそばで売っている〝蕎麦まんじゅう〟も買い食いしたまえ!)


「え? もう外出してから結構時間経ってますよ……さすがに帰らないと……」


(命令! 必ず寄り道したまえ! はっはっは! それじゃ)


 ツーツーツー


 電話は、一歩的に切られた。


「どうしたんですか?」


 れんちゃんが聞いてきた。可愛い。


発子はつこさんからだった。なんか、蕎麦シフォンケーキをお土産に買ってこいって。

 ついでに、お寺を参拝して、おみくじひいて、蕎麦まんじゅうを買い食いしろって。もう、二時間以上外出しているのに……いいのかな? 今から寄り道したら軽く三時間を超えるけど……いいのかな?」


 れんちゃんが返事をした。ちょっと笑いならが返事をした。可愛い。


「いいんじゃ……ないですかね。今日はもう……サボっちゃって」


 れんちゃんは、ちょっとだけ前屈みになって、後ろに手を組んで微笑んだ。

 まるで天使と小悪魔が同居した、紫の髪をした魔法少女みたいにイジワルっぽく微笑んだ。


 可愛い。


 ぼくとれんちゃんは、手をつなぎできびすをかえした。


「あらー、あらあら。学生さん! デートの続き? お幸せにー!」


 おばさんからの祝福を背中に一身に浴びながら、スタスタ、スタスタと植物公園を引き返して行った。

 そして、雑木林ぞうきばやしの落ち葉をサクサク、サクサクとふみしめながら、裏門まで歩いて行って、


「おお! 学生さん! 告白、うまく行ったようだなだな! お幸せにー!」


と、おじさんからの祝福を背中に一身に浴びながら、テクテク、テクテクと、コンクリートの急な坂道を降りて、お寺の境内を目指した。


 境内は、数人が、まばらにいただけだった。

 ぼくとれんちゃんは、本堂の前の常香炉じょうこうろで厄除けの煙をあびた。れんちゃんは煙が目にしみて、しばしばしていた。


 可愛い。


 それから、本堂をお参りした。ぼくは五円玉を放り投げた。れんちゃんは奮発して五百円玉を放り投げた。

 ぼくが、れんちゃんとのお付き合いがうまくいきますように、あと、仕事が上手い事いきますようにとお願いして顔をあげたら、れんちゃんはめっちゃお願いごとしていた。


 さっきまでぼくがずっと握っていたから、あったかい左手と、ずっと抜けるような青空に晒されていた、ちゅめたい右手を、しっかりとくっつけて、色素の薄い茶色い瞳をしっかりとつむって、つややかな黒髪をしっかりと前にたらしておじぎをしながら、しっかりとお願い事をしていた。

 しっかり、しっかり、しっかり、しっかり、お願い事をしていた。


 可愛い。


 ぼくは、しっかり、しっかり、しっかり、しっかり、お願い事をしているれんちゃんを、うっとり、うっとり、うっとり、うっとり、見惚みとれていた。


 幸せだった。


 この幸せがずっと続けばいいのにと、かなりしばらく考えていると、おもむろにれんちゃんが顔を上げた。そしてぼくと目が会うと、


「ごめんなさい。色々とお願いしすぎちゃいました。図々しい……ですよね」


と、テレテレと顔を赤くして、ドジなメイドロボットのようにはにかんだ。


 幸せだった。


 ぼくは、この幸せが本当にずっと続けば良いのにと思った。


 幸せだった。

 本当に、本当に、幸せだった。


 そして、気がついてしまった。ぼくは、れんちゃんの事を知らない。れんちゃんがとてつもなく可愛くて、とてつもなく絵が上手な事以外、一切知らなかった。(猫舌で甘いウイスパーボイスなのは、今日初めて知った)


 れんちゃんは、どうして、ぼくのことを好きになってくれたんだろう……?


 なんで?

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