第3話:社長命令で美少女に告白することになった件。

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【前回のあらすじ】


 姉さん! 事件です!


 試用期間中のデザイナーの癸生川けぶかわさんが、天才的な表現能力を持つ画力の持ち主でした。絵に魂を宿せる天才でした。


 でも、限定付きの天才みたいです。


 なぜなら、癸生川けぶかわさんは、ぼくをモデルにした場合にかぎり、天才的な表現能力を発揮できるんです。魂を宿せるんです。


 ちょっと意味がわかりません。


 あと、白状すると、ぼくは今、めちゃくちゃ興奮しています。理由は、新人デザイナー癸生川けぶかわさんが、ぼくのドストライクの、めちゃくちゃ美少女だからです。

 地味ショートの地味性格のはにかんだ笑顔が最高に可愛い美少女だからです。


 姉さん! ぼく、どうすればいいんだろう……。

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 可憐な美少女の癸生川けぶかわさんは、ちょっと考えられないくらい真っ赤になっていて、ちょっと考えられないくらい可愛かった。


 可愛かった。


 そして、この可愛い癸生川けぶかわさんは、どうやらぼくのことが好きらしい。


 ちょっと意味がわからない。


 身長がひくくて、別段、特徴がない顔で。

 彼女いない歴=年齢で。

 女装が趣味で。

 その女装趣味がバレて。

 その女装した写真を隠し撮りされて。

 その女装した写真もモチーフにスケッチをしてもらって。

 そのスケッチが、めちゃくちゃ上手で。

 でも、ぼくをモデルにしないと、絵に魂が宿らない。


 以上の情報を統括すると……発子はつこさんが何故、ぼくをディレクターに指名したかわかる。


 つまり、癸生川けぶかわさんの能力を最大限に発揮させるためだ。


 そして、何故、〝乙女ゲー〟なのかもようやく理解できた。

 ぼくは、コスプレした時の自分の可愛さには、結構自信がある。なぜならものすごく努力して、紫色の魔法少女やドジなメイドロボットのしぐさを研究して、再現しているからだ。

 そして、コスプレしたぼくの周囲で、写真を撮りまくってる人たちが、ぼくの可愛さを証明してくれている。


 つまり、コスプレの場合、客観的に可愛いぼくを、癸生川けぶかわさんは客観的に表現できている。


 でも、このロジックは、スケッチブックの最終ページで破綻した。


 癸生川けぶかわさんは、


 身長がひくくて、別段、特徴がない顔で。

 彼女いない歴=年齢で。

 女装が趣味。


という、気持ちが悪い男の日常の姿を、さわやかで、カワイイ、可愛らしいイケメンの男の子に脳内加工している。ちょっととんでもない想像力、いや〝妄想力〟だ。


 つまりは、〝恋は盲目〟ってことだ。


 そしてこの癸生川けぶかわさんの〝妄想力〟を駆使すれば、とんでもないキャラクターが爆誕する気がする。


 そして、とんでもなく魅力的なキャラクターが活躍するゲームを創ることで、まったくもってニッチなジャンルの新規開拓ができるかもしれない。

 つまりは、まだゲーム業界が開拓しきれていない、女性に対する需要の供給……社長の発子はつこさんがいうところの〝乙女ゲー〟を一般化できる気がする。


 つまりは、千載一遇のビックチャンスが転がってきたってことだ。


「はっはっは、ようやく理解ができたかね?」


「う、うわぁ! 発子はつこさん!? いつのまに?」


 びびった、めっちゃビビった。考え事をしていたら、目の前に発子はつこさんが居た。

 背がちぃちゃい発子はつこさんが、目の前でスタイルの良い、豊満な胸を腕組みで潰しながら立っていた。立ってぼくを見下ろしていた。


「はっはっは、乙葉おとはくんの叫び声があがったから、気がついたと思って戻ってきたんだがね? なんだかずーっと考え事をしていたのでね。目の前で待機させてもらっていた!」


 発子はつこさんは、ニコニコとわざとらしく笑い、そして、トンデモナイ事を言ってきた。


乙葉おとはくんと癸生川けぶかわちゃん、君たちは今日から付き合いなさい。命令」


 ぼくは、心のなかで「よっしゃ!」と思いつつ、テンパった。そしてテンパリながらしゃべった。テンパリながら、椅子から立ち上ってしゃべった。


「ちょ、ちょっとなに言ってるんですか? 勝手に決めないでくださいよ! そ、その、ものごとには順序が、だって、癸生川けぶかわさんの気持ちも聞いてないし……それに、その……あのぅ」


 ぼくが、もにょもにょものと口籠っていると、発子はつこさんが叫んだ。

 スタイルの良い、豊満な胸を腕ぐみでつぶしながら、背がめっちゃ低いから、体をそらしながらぼくをにらみながら叫んだ。


「君は、癸生川けぶかわちゃんの気持ちに気がついた! あとは君が癸生川けぶかわちゃんに告白すればいいだけだ! 君が癸生川けぶかわちゃんの事を好きなのは、ウチの社員全員が知っている!!」


「は?」


「今更隠すな!!」


「は?」


「目で追っている! 君は癸生川けぶかわちゃんをずっと目で追っている! だれでもわかる! 社員全員が知っている!!」


「えーっと……」


 ヤバイ……ぼく、そんなに露骨に見ていたんだ。我ながらキモい。


「いやーさすがだねぇ! 観察の成果が、コスプレに出ていたよ! あのメイドロボットのしぐさ、まさに癸生川けぶかわちゃんそのものだったよ! あのはにかんだ笑顔は、癸生川けぶかわちゃんにそっくりだ!!」


「!!!!!!」


 バレてた! そこまでバレてた!! そんなとこまでガッツリバレてた。


「相思相愛、しかも互いを観察する事で、互いの表現能力が向上するんだ!

 はっはっはっ! 一石二鳥とはまさにこの事だ!

 だから乙葉おとは君。君は今すぐ癸生川けぶかわちゃん告白したまえ! 命令!!」


 ぼくは、発子はつこさんの無茶振りを聞きながら、癸生川けぶかわさんを見た。大好きな癸生川けぶかわさんを見た。

 いつもこっそりチラチラ見ていたつもりで、実は、社員全員にガッツリ好きなことがバレていた、大好きな癸生川けぶかわさんを見た。


 陶器のような白い肌が、さっきよりもさらに赤くなっている。でも、チワワみたいには震えていない。緊張していない。


 つまり。脈ありってことだ!!


乙葉おとは君と、癸生川けぶかわちゃんは、今日はもう、昼休みをとれ。てかデートに行ってこい! 二時間でも三時間かかってもいいから、乙葉おとはくんはきっちり、癸生川けぶかわちゃんに告白する!

 うーん、そうだなぁ! こっからバスで行ける植物公園なんかいいんでないかい? 平日だから、人も少ないだろうし、そばにあるお寺の門前は〝そば〟が名物だ!

大サービスで、取材費の一万円を進呈しよう!!」


 そう言うと発子はつこさんは、ガマ口財布から、五千円札を1枚と、二千円札1枚と、千円札を3枚差し出した。

 新渡戸稲造にとべいなぞう1枚と、紫式部むらさきしきぶ1枚と、夏目漱石なつめそうせき3枚を差し出した。


「はっはっはっ! 領収書はいらないよ! ついでにお釣りもとっときたまえ!」


 そう言うと、発子はつこさんは、ぼくと癸生川けぶかわさんをグイグイと玄関に押した。

 いつのまにか、崔峰さいほうさんも混じってグイグイと押していた。


 ぼくと、癸生川けぶかわさんがスリッパから靴に履き替えると、発子はつこさんが言った。


「はっはっはっ! 吉報を待つ!」


 崔峰さいほうさんも言った。


「今なら、紅葉もみじがステキック! 広場のススキもススキック!」


「は、はあ……」


 ぼくは、ふたりのみょうちくりんな応援に適当なあいずちをうつと、癸生川けぶかわさんを見て言った。


「じゃ、じゃあ、行こうか……」


 癸生川けぶかわさんは、陶器のような白い肌を真っ赤にして「こくん」とうなづいた。黒髪が、レースのように軽やかに揺れた。


 可愛い。


「おしあわせにー!!」

「おしあわせにー!!」


 ぼくと、癸生川けぶかわさんは、発子はつこさんと崔峰さいほうさんのみょうちくりんな声援を受けて、玄関を出ると、目の前にあるエレベータのボタンを押した。


 ほどなく、エレベーターが開くと、中から二人の男性が出てきた。


 先輩プランナーふたりだった。

 小説家兼、シナリオライターの空塚からつかさんと、敏腕びんわんゲームディレクターの鹿島かしまさんだった。


 空塚からつかさんは、興味深そうにイジワルに言った。


「お、ついにプロジェクトが始まったか! いや〜楽しみだわ〜!」


 鹿島かしまさんは、無表情でいった。


「ふつうの仕事ならいくらでもフォーローできるけど、こればっかりは乙葉おとは君、君にしか出来ないプロジェクトです。僕はフォローができません。頑張ってください」


「は、はあ」


 ぼくと、癸生川けぶかわさんは、空塚からつかさんと鹿島かしまさんと入れ替わりでエレベーターに入った。ぼくは、1階のボタンを押した。


 エレベーターが静かに閉まっていくなか、空塚からつかさんと鹿島かしまさんは、


「おしわわせに!!」

「おしあわせに……」


と、みょうちくりんな声援をかけてくれた。


 ぼくと、癸生川けぶかわさんは、植物公園行きのバス停に向かって行った。


 スタスタと歩くぼくの三歩あとを、癸生川けぶかわさんはスタスタとついてきていた。


 ぼくは、とても気まずくて、会話どころじゃなかった。

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